【完結】神様、ちょっと黙ってて! 〜神様に愛されすぎた最強賢者は毎晩寝不足〜

水都 ミナト

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第五話 スタンピードは突然に 1

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「はあっ、はあっ、はあっ」
「くそっ! なんだってんだ!」

 荒い呼吸を吐きながら、決死の表情で駆けるのは猫耳族の群れの者たちである。男女入り混じった十名ほどの群れだ。

 橙色の髪と尖った耳が特徴的な群れは今、経験したこともない数の魔物に追われていた。巨大な鎌を持つカマキリに似た昆虫型の魔物は、ザクザクと鎌で地面を抉り、土を巻き上げながら猫耳族の群れを追い詰めていく。

「ちくしょう! なんなんだよこの数は……! こんな時、あの愚図のレオンが居れば……」
「魔物の群れに放り投げて、その隙に逃げることができたってのによお!」

 群れの長と思しき男と、その息子であろう男が表情を醜く歪ませながら吐き捨てるように言った。

 得意の攻撃魔法で迎撃するも、硬い鎌に弾かれて全く攻撃が通る気配がない。カタカタと不気味な音を鳴らす顎には、涎が滴っている。

 追いつかれたら鎌で切り刻まれて喰われてしまう。

 本能的にそう悟って、必死で逃げて、逃げて、逃げて続けている。
 けれども、距離が離れるどころか徐々に追いつかれつつある。獲物を前に興奮し切ったカマキリたちは時折奇声を発しながらも統率の取れた動きで猫耳族の群れを追い込んでいく。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 攻撃魔法が効かない。爪も牙も届かない。対抗する術がない。

 ――もし、奴らの足止めができる手段があれば。
 群れの長の脳裏には、いつもビクビク縮こまる一人の少女の姿がこびりついて離れない。

 ――もし、こんな時。レオンの睡眠魔法でカマキリ達を足止めすることができたなら。
 先程から頭に浮かぶ仮説を、頭を振って強引に振り払う。

 睡眠魔法は姑息で使い物にならない。そう長きにわたり蔑んできたのは自分だ。
 レオンを無能だ、役立たずだ、タダ飯ぐらいの愚図だと群れから追い出したのは自分だ。

 弱肉強食。
 狩るものと狩られるもの。
 狩りの腕こそ全て。
 攻撃魔法至上主義。

 それ以外は無価値で姑息な手段であり、忌み嫌うべきもの。

 これまで声高に語ってきたその全てが、ガラガラと音を立てて崩れていく。

「はあっ……はあっ……はあっ」

 全力で走り続けて肺が悲鳴を上げている。
 喉がカラカラに渇いて激しい痛みが走る。
 足がもつれて今に転びそうだ。

 カマキリ達が土を抉る音、カタカタと顎が鳴る不気味な音が耳にまとわりついて離れない。


 ――ああ、これが『狩られる者』、『弱者』というものか。


 森を抜けて眩い光に目を細める。
 目が慣れてようやく眼前に広がったのは、反り立った高い絶壁だった。行き止まりだ。

「うそ、だろ……」

 絶壁を背にして身を寄せ合う猫耳族の者たちは、恐怖に目を見開き、ヒュッヒュッと限界が近い肺でなんとか呼吸を整えようとする。

 最後の抵抗にと、全力でフーフー威嚇をするけれど、あっという間にカマキリたちに取り囲まれてしまった。カマキリたちは涎を垂らしながら、カンカンと威嚇するように鎌を打ち付け始めた。
 まるで、これから食事を開始すると、そう宣言するように――

「う、ひっ……うわぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 ヒュッと鎌が空を切る音がして、断末魔の叫びが森中に響き渡った。



 ◇◇◇



「ん……?」

 何やら遠くで悲鳴のようなものが聞こえた気がして、僕は空を見上げた。

「チル?」
「レオンは何か聞こえた?」
「え?」

 キョトンと首を傾げるレオンには何も聞こえなかったらしい。気のせいか?
 僕たちは森で山菜や木の実を探しているところだ。森にはもちろん魔物も出る。魔物同士の諍いか?

「――なんだか嫌な予感がするな。レオン、うちへ帰ろう」
「え? うん」

 何が何だか分からないといった様子のレオンの手を引き、家への帰路を急ぐ。

 なぜだか急に森の気配が変わった。
 よくないことが起こる兆しが見える。

 早足で森を抜けて、家が建つ開けた場所に出た僕たちに大きな影が重なった。

「ひっ」

 咄嗟に空を仰いだ僕たちは、二人揃って息を呑んだ。

「ど、ドラゴン……?」

 なぜ、この森にドラゴンが?

 しかも、一頭二頭の話ではない。
 頭上を次々に飛んでいくのは数十頭にも渡るドラゴンだった。森がおかしかったのはこのせいか?

「レオンは危ないから家に入っていて。結界を張るから絶対に外に出ちゃダメだよ」
「えっ、チルは?」

 レオンの背を押して家の中に促すも、レオンは不安げな表情で僕を見つめている。

「僕は異変の原因を探ってくる。大丈夫、すぐに戻るから」

 ポンッとレオンの頭を撫でる。彼女が躊躇いがちに家の中に入ったことを確認し、僕は結界を張った。

「さて、行くか」

 ゴウッと風を巻き起こして空へと飛び上がる。
 空を駆けるドラゴンの合間を縫い、さらに上空へ飛ぶ。

 これほどのドラゴンが揃って大移動するなんて、何があったんだ?

「――『魔力探知』」 

 森の様子もおかしいので、僕はここら一帯で魔力を発するモノを探知することにした。

「はあっ⁉︎ なんだよ、これは!」

 魔力探知に引っかかったのは、夥しい数の魔物だった。
 平常時に森にいる十倍、いや、もっと大量の魔物がいる。目的地があるのか、一様に同じ方向へと向かっている。

「どこからこんなにたくさんの魔物が現れたんだ?」

 魔物の目的も気になるが、まずは出所を締めたい。

 魔力探知の出力を上げて探ると、その答えはすぐに出た。
 空間の歪みがあちこちにできている。異空間――つまり魔界から、続々と魔物たちが進行してきている。

 その時、ブンッと目の前にいくつもの依頼書が転送されてきた。そのどれもが緊急事態を示す赤色の紙に依頼内容が書き殴られている。

 連合ギルドが受けた依頼は、こうして僕の元へ転送されてくるのだけれど、流石にこの数は異常だ。それにそのどれもが赤紙ときた。

 とりあえず両手に一枚ずつ取ってザッと目を通す。

「なんだよ、これ」

 続いて他の依頼書も手当たり次第に手に取り目を走らせる。

 どれも書いてあることは同じ。

『突然大量の魔物が現れた。スタンピードが起こっている。至急援軍を』

 僕は魔力探知で見つけた空間の歪みに意識を集中する。
 異界同士を繋げることは、その辺の魔物にできる所業ではなく、安易に誰が糸を引いているのか想像できた。

「でも、なんで?」

 魔界の王、リヴァルドは、『チルが暮らす世界だ。魔物たちが必要以上に暴れないよう、よーく言い聞かせておくさ』と修行時代に約束してくれたはずだ。彼は簡単に約束を反故にする男ではない。神様の約束は半ば誓いのようなもの。余程の理由があるのか、あるいは、魔界で何か異常事態(イレギュラー)が起こっているのか。

 どちらにしろ、このまま放っておくと世界中が大混乱に陥る。

「チッ。仕方ない」

 僕は宙に浮かぶ依頼書全てに転移の魔法陣を展開した。この依頼書は特殊な作りになっている。僕の元に送られてくるのは複製で、依頼者が原本を保持している。二つの依頼書は繋がっていて、僕は依頼書を通じて依頼主の元に転移することができる。

 流石に十以上もの国に同時に向かうことはできない。ならば、こうするまでだ。

「『状態異常付与――麻痺パラライズ』」

 対象を魔物に絞り、状態異常魔法を発動する。それと同時に、全ての依頼書に施した転移魔法も発動する。弾けるような閃光が、全ての魔法陣に吸い込まれていく。これで転移先に現れた魔物の群れを行動不能にすることができただろう。とりあえずの応急処置といったところだ。

「さて、次はこの異常事態の原因を――ん?」

 どうしたものかと頬を掻いていると、眼下を飛びゆくドラゴンの中に、見知った顔を見つけた。

「おい! ヴェルディじゃないか!」
『チル殿っ⁉︎』






ーーーーー
本作を見つけていただきありがとうございます。
ファンタジー小説大賞にエントリーしておりますので、もしよろしければ一票を投じていただけると嬉しいです…!
引き続き頑張りますので、チルをよろしくお願いいたします。
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