【完結】神様、ちょっと黙ってて! 〜神様に愛されすぎた最強賢者は毎晩寝不足〜

水都 ミナト

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第四話 チルと魔物討伐 2

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「な、なんと……もう戻ったのか⁉︎」
「魔物は綺麗に片付けてきましたよ。また伝令役から報告を受けてください。あの場に居たのでしょう?」
「う、うむ……そうするとしよう」

 あっという間に依頼を片付けた僕たちが再び王座の間に現れると、ザギルモンド国王は驚きのあまりピョンッと軽く飛び上がっていた。

「ああ、そういえば、なかなか支援物資が届かないって嘆いていたけど、まさか手配していないなんてことは……ないよね?」
「も、もちろんだとも! 魔物の影響だろう。すぐに追加の物資を手配しよう」

 僕の問いに明らかに狼狽する国王。
 やはり、わざと物資を届けないようにしていたのだ。
 でも、砦が破られたら自国に魔物の群れが押し寄せてくるだろう。その危険に晒されるメリットはどこにもない。
 では、この国王は兵士を危険に晒してまで何をしようとしていたのだろう?

 ――まあ、今回の依頼の範疇外なので、余計な首を突っ込むことはないか。

「じゃあ、振り込みはこの口座管理番号までよろしくね。また何か困ったことがあったら依頼して」

 国王の側付きに番号を書いた紙を渡すと、僕はレオンに向き合った。今日は転移ばかりで申し訳ないな。
「さ、レオン。帰ろう」
「ん」
「ちょ、ちょっと待て! せっかくなのだから、晩餐会でも……」

 僕がレオンの手を取り、転移しようとした時、背後から国王の縋るような声が聞こえた。僕は首だけで国王に振り向き、笑顔を返す。

「そういうの、いらないかな。じゃあね」
「おいっ……!」
「『転移』」

 ガタンと椅子を鳴らす音がしたけれど、僕は構わず転移魔法を発動した。途端にグニャリと視界が歪んで気持ち悪い。

「うー……流石に一日に四回はキツイな」
「……おえ」
「わーっ! レオン⁉︎ バケツバケツ!」

 一仕事終えて愛しの我が家を仰ぎ見て、ほっと一息つくまもなく、顔を真っ青にしたレオンが目を回して倒れてしまった。転移魔法での移動が初めてだったのに、四回も付き合わせてしまったので致し方あるまい。

 レオンの吐瀉物を素早く片付け、服を着替えさせてベッドに運ぶ。と、ここでレオンの服を買い忘れていたことに気づいた。

「あちゃー。ザギルモンドの国王がいけ好かなくて帰りたい気持ちが勝っちゃったな。今度仕切り直して買い出しに行こう。……森の外の一番近い町へ」

 しばらく転移魔法は封印だな。
 絹の布を水につけて硬くしぼり、レオンの額に乗せながら僕は心の中の禁止魔法一覧に、『転移魔法の連続使用』とそっと書き加えた。






 その日の夜、少し横になって気分が回復したレオンと、根菜のスープとパンを食べた。

「レオン、気分はどう?」
「大丈夫。ごめんなさい。レオン、弱い」

 しょんぼりと耳を垂らしながらスプーンでスープをかき混ぜるレオン。随分と落ち込んでしまっている。

「そんなことはないさ。誰だって転移魔法酔いはするもんだ。僕だってあのグニャリとした感覚は苦手なんだよ」
「チルも?」
「ああ、そうさ。それよりも、今日一日、僕の魔法をよく見てくれたかい?」
「ん。すごかった。雷、ビュンって」

 話題を変えると、レオンはガバッと顔を上げてキラキラ輝く瞳で頷いた。『迅雷の矢』の真似をしているのか両手をシュッシュと素早く繰り出してくる。

「あはは。気に入ってくれたならよかった。治癒魔法の方はどうだった?」
「治癒魔法? 怪我人みんな治した魔法、すごかった」
「そう。レオンも何か得意な魔法を身につけられたらいいなって考えているんだけどね、僕は治癒魔法が君に適していると思うんだよ」
「え、治癒? レオンが?」

 てっきり攻撃魔法を仕込まれるのかと考えていたようで、レオンは意外そうに目を丸くした。

「意外でもないよ? レオンが使う睡眠魔法は、すごく繊細な魔力操作を伴う難しい魔法なんだ。睡眠魔法を自在に操るレオンなら、今日使った『空間治癒魔法』だって、使えるようになるかもしれない」
「あんなにすごい魔法……レオンにも、できる?」
「ああ、いっぱい特訓しないとだけどな」

 不安げに僕を見上げてくるレオンを安心させるように、すっかり毛艶が戻ってふわふわになった橙色の髪を撫でる。

 今まで制限された生活を強いられてきたレオンだけど、決して向上心や探究心がないわけではない。
 むしろ、日常生活で何気なく僕が使う魔法一つ一つにも目を輝かせている彼女は、しっかり学べばそこらの治癒師よりも凄腕になると踏んでいる。

「実践も見せられたし、明日から少しずつ魔法の練習をしていこうか。レオンはひょろっとしているから、筋肉ももうちょっとつけないとね」
「ん。レオン、チルみたいに誰かを助けられるようになりたい」
「お、いいじゃん。レオンのペースで気負わず、一緒に頑張ろうな」
「ありがとう」

 やっぱりレオンは性根の優しい子だ。

 幼少期から虐げられてきて辛い思いをしてきたのだから、これからは存分に自分のために生きればいいのに、誰かを救いたいと願っている。もしかすると、同じように辛い目に遭っている者を助けたいと考えているのかもしれない。

 僕にできることは、レオンが自信を持って人のために自らの力を振るように、しっかり指導してあげること。

「さ、食器を片付けて風呂の用意をしよう」
「ん」

 僕たちの家からは優しい灯りが漏れ、カチャカチャと食器が重なる楽しげな音が響いていた。







『やーん! チルったら、私が教えた治癒魔法を使ってくれたのね! 嬉しいわ~』
『ふん、魔物を一掃した雷魔法はわっちが教えたものじゃ。流石の凄まじさであったじゃろう』

 その日の晩、依頼をやり遂げた達成感のまま眠りたかったのだけど、そう簡単にはいかなかった。

 昨日魔物討伐に行くと伝えていたからか、どうやら神様たちは僕たちの行動を見ていたらしい。暇人か。
 口々に僕の活躍を絶賛し、分析し、解説している。暇人だ。

『くそう、魔物どもが羨ましいぞ。おい、チル! あんな雑魚相手じゃ消化不良だろう? オレ様が相手してやるから今すぐ海底に来い!』

 しばらく聞き手に徹していたけれど、急にボールが飛んできた。

「馬鹿言うなよ」
『そうだぜ? 相手になるのは俺さ。チル、そろそろ魔界が恋しいだろう? いつ来てくれてもいいんだぜ?』
「同じことを何回も言わせるなって」
『うふふ、それにしても、チルにかかれば魔物の群れなんてチョチョイのちょいよね! 見ていて気持ちがいいぐらいの豪快な魔法だったわ。あんな一瞬で片がついたら、消化不良なんじゃない?』
「あー……まあ、確かに物足りなさは感じるけどね」

 なにせ、神様たちを相手に修行していたんだからね。
 規格外の強さを誇る神々に勝るものはないだろう。

 そう思っての言葉だったけど、何やら不気味な沈黙が流れる。え? なに?

『……ふむ、そうか。確かにそうだろうな』
『チルはもっと、こう、腕がなる仕事を求めておるのだな?』
『ふむ! 生ぬるい相手ばかりだと腕が鈍ってしまうからなあ!』
「え? うーん、別に厳しい戦いを求めているわけじゃないから……」

 と、そこで僕はパチリと目を開けた。朝だ。

「はあ、今日も眠れなかった。まったく、神様たちは僕以外に娯楽を見つけるべきだ」

 僕はブツブツ苦言を呈しながら、顔を洗うために洗面台へと向かった。


 ◇◇◇


『ううむ。チルとの交信が切れてしまった。寂しいのう』

 チルが起床した後も、神々は話し足りないようで念話を続けていた。

『だが、確かにチルは人間界では暴れ足りないのではないか? オレ様の元で修行していた時は、血気盛んな臣下どもとも毎日組手をしていたからな!』
『そりゃあ、その辺の魔物の群れなんざ秒殺だろうよ。それこそドラゴンの群れの暴走や大量の魔物によるスタンピードでも起こらない限り、手応えもクソもないだろうよ』
『それよ、それ!』
『どれだよ』

 リヴァルドとアトラスの会話を割って、ヴィーナが叫んだ。妙案が浮かんだとばかりに声に喜色が乗っている。
 大抵ヴィーナが何か思いつく時は碌なことがない。

『スタンピードを起こすのよ! そうすればチルは思う存分戦えるじゃない!』
『お前…………たまにはいいこと言うじゃねえか!』
『海の魔物は俺様に任せておけ! 皆チルと戦えるとなれば喜んで参加するだろう!』
『おい、お前たち……』

 冷静なキララが制止する隙もなく、三人の神たちはあれやこれやと打ち合わせを開始してしまった。
 キララは仲裁が面倒になったらしく、ため息をついて念話から抜けていった。

『いいじゃねえか! 楽しくなってきたぜ!』
『ガハハ! オレ様も乗り込んでチルを驚かせてやろうか⁉︎』
『お馬鹿! それは狡いわよ! 抜け駆け禁止!』
『……はあ、やれやれ。そんなことをしてはチルが怒り狂うのは目に見えているのに……聞いていませんね。面倒ごとはごめんなので、妾は傍観とさせていただきましょう』

 リーフィンは止める者がいなくなって徐々にエスカレートしていく神々を前にため息をついた。


 ◇◇◇


 チルがザギルモンド王国を去った日の夕方遅く、チルが瞬く間に魔物を駆逐した様子が、ザギルモンド王国の国王に報告された。

「ふ、大賢者チル、か。砦を犠牲にした甲斐があったというものよ。あの者の力は規格外だ。必ず我が手中に欲しい」

 一国の王を前にしても動じない強さと図太さ。報告内容から分かる圧倒的強者であるということ。権力に縛られず、自由に生きているという世界で唯一大賢者の称号を背負う者。

 ザギルモンド王国は比較的新興国家である。世襲制で引き継いできた王位も、ロスターで三代目。

 大陸の他の大国にも引けを取らない国家に成り上がるべく、汚い取引にも手を出してきた。そんな中で耳にした圧倒的強者の噂。
 その真価を確かめるべく、砦の外で魔物寄せの草を燃やし、大賢者の力を借りなければならない危機的な状況を作り出した。その力の真価を見極めるためには、一匹二匹の魔物では不足している。あえて救援物資を送らず、大きな犠牲が出ない程度に拮抗した状況を作り上げるのは大変だった。

 砦で実際にチルの力を目の当たりにした兵士たちは、口を揃えて「大賢者と呼ぶにふさわしい人物」だと言い、神を崇めるかのように感謝の言葉を述べ続けた。

「あの者を手中に収めることができれば……大国全てを取り込み、大陸の王となるのも夢ではなかろうて」

 ロスターは不気味な笑みを浮かべると、愛娘を玉座の間へと呼んだ。
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