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第四話 チルと魔物討伐 1
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『チル~~~~~~』
『チル、ズルいではないか。わっちもチルと寝所を共にしたいのじゃ!』
『そうです。妾もチルと共に生活を……』
案の定、レオンとの共同生活が始まってからというもの、神様たちが大いに拗ねている。
レオンが羨ましい、ズルい、恨めしい、などなど。
ともかく、僕の大事な同居人だから、何かしたら許さないと釘は刺しておいた。
とはいえ、毎夜毎夜この調子なのだから困ったものだ。
「だから、あんたたちのせいで寝不足なんだから、そろそろ僕の体調を慮って毎晩話しかけてくるのをやめたらどう?」
『無理だな。もはや日課となっている』
『そうだぞ! オレ様もチルと話すことが何よりの楽しみなのだ!』
そうだそうだ、と声を揃えて言われては、あまり強くは出られない。
僕のことを大事に想ってくれているのはよく理解しているんだよなあ。
ただ、本当に、少し眠る時間をくれれば解決するんだけど。強情な神様たちは一分一秒でも長く僕といたいらしい。
『レオンとやらの睡眠魔法で、五日に一度の高頻度でチルと交信できなくなったのじゃ。チルと繋がれない夜の寂しさがわかるか?』
「おい、いかがわしい言い方はよせよ」
『私だって、チルのいない夜は枕を涙で濡らしているんだから』
「はぁ……明日は久々の魔物討伐の依頼が入っているんだ。頼むから寝かせてくれよ」
『ほう? その程度の依頼、チルならばあっという間に片付いてしまうだろう?』
「んー、買い被りすぎだよ。魔物の種類や数、被害状況の詳細は行って見ないとわからないし。レオンにも実戦を見せたかったしちょうどいい依頼だったんだ」
『いいではないか! 楽しそうだ! オレ様も混ぜろ!』
「ダメだって。海から出てくるなよ!」
本当に血の気が多くて困った神様だ。
例の如く、一睡もできずに朝を迎えた僕は、顔を洗って身支度を整え、朝食の準備に取り掛かる。レオンはあまり朝に強くないので、美味しい朝ごはんの匂いで誘い出すのだ。
朝食を済ませたら、今日は海の向こうの国に向かう。
どうやら近隣の森から魔物の群れが現れたらしく、国民に被害が出る前に討伐してほしいというものだ。
僕は普通の人よりも魔法に長け、知識も豊富なので、世界中から困り事があったら依頼を受けるようにしている。一人で森にこもって生きていてもつまらないし、せっかく得た知識なので誰かの役に立てたいからね。
世界的に展開している連合ギルドを経由して依頼は届く。報酬については依頼内容や依頼者によって流動的に設定している。なるべく貧しい人には金銭を要求しないようにして、報酬のやり取りはギルドに一任している。
連合ギルドに含まれる金融ギルドに口座を開き、依頼者にはその口座に報酬を振り込んでもらう仕組みだ。
「んにゃ……ベーコンと卵の匂い」
「おはよう、レオン。起きたかい? 顔を洗っておいで」
「ん……」
今日の依頼内容を頭の中で復習していると、こんがり焼けたベーコンと卵の香りに釣られてレオンが起き出してきた。僕のお古の服を身に纏っているが、今日はせっかく大きめの国に行くので、レオンの服も何着か購入したいと思っている。
朝食と着替えを済ませ、僕はレオンを連れて家の外に出た。
「さて、今日は魔物討伐に出向く。レオンは危ないから僕の側から離れないようにね」
「分かった。レオン、チルの側にいる」
昨日から言い聞かせていたけれど、念押しで伝えると、レオンは真剣な目をして深く頷いてくれた。
「よし、じゃあ依頼主のいるザギルモンド王国に向かう。ほら、手を出して」
「ん」
差し出されたレオンの手を握ると、僕は魔法陣を発動させた。転移魔法だ。転移先は、ザギルモンド王国の王座の間。
「『転移』」
「にゃっ⁉︎」
目を閉じて空間が歪む浮遊感に耐える。
転移魔法は便利だけど、このグニャッとした感覚が得意ではないので、余程遠方に出向く必要があるとき以外は極力使わないようにしている。
「よし、うまくいった。レオン、目を開けてもいいよ」
「ん……」
目を開けた先に鎮座していたのは、ザギルモンド王国の国王であるロスター・ザギルモンド。僕からしたら、どっぷりとしたお腹と顎が特徴的なただの中年男性なんだけどね。
時間と移動手段は伝えてあったけど、ザギルモンド国王は突然現れた僕たちを目にして大層驚いた様子だ。ギョッと目を見開いて半分椅子から滑り落ちている。慌てて居住まいを正して、コホンと咳払いをしていたけれど、しっかり見ちゃったからもう遅いよ。
「そなたが大賢者チルか。よくぞ参っ」
「ええ、そうです。前置きはいいので、本題に入ってください」
急拵えの重厚感のある声音で厳かに国王が告げる。彼の相手をしに来たわけではないので、さっさと情報を得て被害が大きい現地に赴きたい僕は、彼の言葉を遮った。国王は少し不満げに眉を顰めたけれど、再度咳払いをして胸を張って話し始めた。うーん、偉そうにしないと話もできないのだろうか。権力者というのは困ったものだ。
「コホン、今回そなたを呼んだのは他でもない。我が国の西方にある砦に魔物の軍勢が押し寄せておってな。駐屯兵と急遽編成して派遣した部隊で交戦しておるのだが、防戦一方なのだ。兵も随分と疲弊しておる。砦が破られては民の安全も危ぶまれる。至急援軍として砦に駆けつけて欲し」
「西方の砦……なるほど。確か砦のすぐ側に村があったな。一度行ったことがあるし転移できるよ。とにかく民に危険が及ばないように魔物を全滅させればいいよね」
「え? ああ、そ、そうだな。報酬は弾む。よろしく頼」
「ああ、最初に聞いていた額で十分だよ。予算に余裕があるなら、砦で頑張った兵士たちを労ってあげて。そうと決まればすぐに行こうか。レオン、続けての転移だけど、少し我慢してほしい」
「ん。レオン、大丈夫」
国王が呆気に取られている間に、僕は素早くレオンの手を握る。
「じゃあ、サクッと片付けて報告に戻るから」
「う、うむ。健闘を祈ってお」
「『転移』」
「おいっ!」
遠くに国王の激励と不満の言葉を聞きながら、僕たちは再びグニャリとした感覚に耐える。
「う……にゃっ」
「どうやら、うまく目的地に転移できたみたいだね」
目を開ける前から、耳に刀が交わる音や怒号といった喧騒が飛び込んできた。どうやら交戦真っ只中らしい。
目を開けると、無機質な石の壁に囲まれた場所にいた。砦の一角だろう。幸いにもここまでは魔物は入ってきていないようだ。
「さ、全容を把握するには高い位置から戦況を見るに限る。レオン、捕まって」
「にゃ、にゃ~⁉︎」
僕はレオンの腰を抱き寄せると、風を足に纏わせて一気に上空へと飛び上がった。
眼下には、あちこちで交戦する兵士と魔物、そして所々に立ち上る炎、次々と砦内に運び込まれる怪我人の姿があった。
「ひっ……」
「レオンは鼻が効くから辛いだろう? 血肉が焼け焦げた匂いがひどい。戦況は芳しくないようだね」
砦の外には深い森が広がっている。だからこそ砦が居住区に魔物が立ち入らないように防波堤の役割を担っているのだろう。
その割には兵士の装備や武器が貧相に見えるのは気のせいだろうか。
「とにかく、今は魔物の掃除だな。レオン、よく見ているんだよ。ちょっとうるさいだろうから耳は塞いでいるんだ」
「ん」
レオンがペタンと倒した耳を両手で抑えたことを確認し、僕は地面に向かって手を翳した。魔力を感知できる魔物を全て標的としてマークしていく。
「『迅雷の矢』」
呟くように唱えたと同時に、耳を擘く雷鳴が轟く。眼下では眩い閃光がバチバチと弾け、狙いを定めた魔物たちを雷の矢が射抜いていく。雷に打たれた魔物たちは、攻撃されたことにも気付かぬまま黒焦げになって消滅していった。
「はい、おしまい。レオン、いいよ」
「すご……」
呆気に取られたようにポカンと口を開けているレオンの手をそっと解いてやる。そして、現場の指揮官らしき兵士の元へとふわりと降り立った。
「あ、あなたは……」
「僕はチル。ザギルモンド国王の依頼で魔物の掃除をしに来たんだ。全部片付いたと思うけど、動ける兵士たちに周囲を探索してもらってね」
「チル……も、もしや、大賢者様ですか⁉︎」
指揮官の兵士は、鎧はあちこち傷だらけ、疲労感が滲む顔色。三○代前半と見られるが、疲れ切った顔のせいで実年齢より老けて見えるのかもしれない。どうやら、大量の魔物相手に随分と苦戦していたらしい。
討伐ついでだし、もう少しお節介をしていこうかな。
「うん、一応大賢者って言われているよ。君、怪我人はどこ?」
「はっ! こちらです」
慌てて敬礼をする指揮官の兵士に続いて砦の中に入っていく。
砦の各所に損傷が見られるが、大きな欠損はない。よく砦を守り切ったものだ。
案内されたのは、砦で一番大きな広場だという。広場には何人もの兵士が包帯でぐるぐる巻きにされて横たわっていた。うめき声や、浅い呼吸の音が入り乱れ、血の匂いが充満している。
「昼夜問わずの戦闘続きで、多くの怪我人を出してしまいました。救援物資は中々届かず、ポーションや薬草なども枯渇しており、この様です」
「へえ……そう。とにかく、まずは治療だね。――『空間治癒魔法』」
「なっ……」
不足している物資については気になるが、まずは怪我人の治療が第一だ。
僕はこの部屋の中にいる怪我人を対象に、まとめて治癒魔法を発動した。指揮官の兵士は目が溢れそうなほど驚いているけれど、無理もない。この魔法を使えるのは、人間ではきっと僕だけだから。なにせ女神ヴィーナ直伝の超高難度の治癒魔法だからね。その効果も彼女の折り紙付きさ。
「う、嘘だろ……痛くない」
「折れた骨がくっついたぞ!」
「身体中の傷が塞がっている!」
部屋中から驚きの声が上がる。よし、全員完治したようだな。
「じゃあ、これで依頼は終了ってことで――ああ、おまけに砦に結界を張っておいたから、ちょっとやそっとじゃ魔物が近づけないと思うよ」
「何から何まで、なんとお礼を申し上げればよいのか……」
指揮官の兵士は感極まって涙を流している。
「国王からしっかりと報酬は貰うから気にしないで。僕の力で少しでも多くの人が生きやすい世の中になれば、それだけで十分幸せだからさ。これからもしっかり砦の役割を果たして、民たちの安全な暮らしを守ってあげてね」
「はいっ! 自分、今日のことは一生忘れません!」
「はは、大袈裟。じゃあ、僕は報告に戻るから」
「本当にありがとうございました!」
僕は部屋中の兵士に拝まれながら盛大に送り出されてしまった。
『チル、ズルいではないか。わっちもチルと寝所を共にしたいのじゃ!』
『そうです。妾もチルと共に生活を……』
案の定、レオンとの共同生活が始まってからというもの、神様たちが大いに拗ねている。
レオンが羨ましい、ズルい、恨めしい、などなど。
ともかく、僕の大事な同居人だから、何かしたら許さないと釘は刺しておいた。
とはいえ、毎夜毎夜この調子なのだから困ったものだ。
「だから、あんたたちのせいで寝不足なんだから、そろそろ僕の体調を慮って毎晩話しかけてくるのをやめたらどう?」
『無理だな。もはや日課となっている』
『そうだぞ! オレ様もチルと話すことが何よりの楽しみなのだ!』
そうだそうだ、と声を揃えて言われては、あまり強くは出られない。
僕のことを大事に想ってくれているのはよく理解しているんだよなあ。
ただ、本当に、少し眠る時間をくれれば解決するんだけど。強情な神様たちは一分一秒でも長く僕といたいらしい。
『レオンとやらの睡眠魔法で、五日に一度の高頻度でチルと交信できなくなったのじゃ。チルと繋がれない夜の寂しさがわかるか?』
「おい、いかがわしい言い方はよせよ」
『私だって、チルのいない夜は枕を涙で濡らしているんだから』
「はぁ……明日は久々の魔物討伐の依頼が入っているんだ。頼むから寝かせてくれよ」
『ほう? その程度の依頼、チルならばあっという間に片付いてしまうだろう?』
「んー、買い被りすぎだよ。魔物の種類や数、被害状況の詳細は行って見ないとわからないし。レオンにも実戦を見せたかったしちょうどいい依頼だったんだ」
『いいではないか! 楽しそうだ! オレ様も混ぜろ!』
「ダメだって。海から出てくるなよ!」
本当に血の気が多くて困った神様だ。
例の如く、一睡もできずに朝を迎えた僕は、顔を洗って身支度を整え、朝食の準備に取り掛かる。レオンはあまり朝に強くないので、美味しい朝ごはんの匂いで誘い出すのだ。
朝食を済ませたら、今日は海の向こうの国に向かう。
どうやら近隣の森から魔物の群れが現れたらしく、国民に被害が出る前に討伐してほしいというものだ。
僕は普通の人よりも魔法に長け、知識も豊富なので、世界中から困り事があったら依頼を受けるようにしている。一人で森にこもって生きていてもつまらないし、せっかく得た知識なので誰かの役に立てたいからね。
世界的に展開している連合ギルドを経由して依頼は届く。報酬については依頼内容や依頼者によって流動的に設定している。なるべく貧しい人には金銭を要求しないようにして、報酬のやり取りはギルドに一任している。
連合ギルドに含まれる金融ギルドに口座を開き、依頼者にはその口座に報酬を振り込んでもらう仕組みだ。
「んにゃ……ベーコンと卵の匂い」
「おはよう、レオン。起きたかい? 顔を洗っておいで」
「ん……」
今日の依頼内容を頭の中で復習していると、こんがり焼けたベーコンと卵の香りに釣られてレオンが起き出してきた。僕のお古の服を身に纏っているが、今日はせっかく大きめの国に行くので、レオンの服も何着か購入したいと思っている。
朝食と着替えを済ませ、僕はレオンを連れて家の外に出た。
「さて、今日は魔物討伐に出向く。レオンは危ないから僕の側から離れないようにね」
「分かった。レオン、チルの側にいる」
昨日から言い聞かせていたけれど、念押しで伝えると、レオンは真剣な目をして深く頷いてくれた。
「よし、じゃあ依頼主のいるザギルモンド王国に向かう。ほら、手を出して」
「ん」
差し出されたレオンの手を握ると、僕は魔法陣を発動させた。転移魔法だ。転移先は、ザギルモンド王国の王座の間。
「『転移』」
「にゃっ⁉︎」
目を閉じて空間が歪む浮遊感に耐える。
転移魔法は便利だけど、このグニャッとした感覚が得意ではないので、余程遠方に出向く必要があるとき以外は極力使わないようにしている。
「よし、うまくいった。レオン、目を開けてもいいよ」
「ん……」
目を開けた先に鎮座していたのは、ザギルモンド王国の国王であるロスター・ザギルモンド。僕からしたら、どっぷりとしたお腹と顎が特徴的なただの中年男性なんだけどね。
時間と移動手段は伝えてあったけど、ザギルモンド国王は突然現れた僕たちを目にして大層驚いた様子だ。ギョッと目を見開いて半分椅子から滑り落ちている。慌てて居住まいを正して、コホンと咳払いをしていたけれど、しっかり見ちゃったからもう遅いよ。
「そなたが大賢者チルか。よくぞ参っ」
「ええ、そうです。前置きはいいので、本題に入ってください」
急拵えの重厚感のある声音で厳かに国王が告げる。彼の相手をしに来たわけではないので、さっさと情報を得て被害が大きい現地に赴きたい僕は、彼の言葉を遮った。国王は少し不満げに眉を顰めたけれど、再度咳払いをして胸を張って話し始めた。うーん、偉そうにしないと話もできないのだろうか。権力者というのは困ったものだ。
「コホン、今回そなたを呼んだのは他でもない。我が国の西方にある砦に魔物の軍勢が押し寄せておってな。駐屯兵と急遽編成して派遣した部隊で交戦しておるのだが、防戦一方なのだ。兵も随分と疲弊しておる。砦が破られては民の安全も危ぶまれる。至急援軍として砦に駆けつけて欲し」
「西方の砦……なるほど。確か砦のすぐ側に村があったな。一度行ったことがあるし転移できるよ。とにかく民に危険が及ばないように魔物を全滅させればいいよね」
「え? ああ、そ、そうだな。報酬は弾む。よろしく頼」
「ああ、最初に聞いていた額で十分だよ。予算に余裕があるなら、砦で頑張った兵士たちを労ってあげて。そうと決まればすぐに行こうか。レオン、続けての転移だけど、少し我慢してほしい」
「ん。レオン、大丈夫」
国王が呆気に取られている間に、僕は素早くレオンの手を握る。
「じゃあ、サクッと片付けて報告に戻るから」
「う、うむ。健闘を祈ってお」
「『転移』」
「おいっ!」
遠くに国王の激励と不満の言葉を聞きながら、僕たちは再びグニャリとした感覚に耐える。
「う……にゃっ」
「どうやら、うまく目的地に転移できたみたいだね」
目を開ける前から、耳に刀が交わる音や怒号といった喧騒が飛び込んできた。どうやら交戦真っ只中らしい。
目を開けると、無機質な石の壁に囲まれた場所にいた。砦の一角だろう。幸いにもここまでは魔物は入ってきていないようだ。
「さ、全容を把握するには高い位置から戦況を見るに限る。レオン、捕まって」
「にゃ、にゃ~⁉︎」
僕はレオンの腰を抱き寄せると、風を足に纏わせて一気に上空へと飛び上がった。
眼下には、あちこちで交戦する兵士と魔物、そして所々に立ち上る炎、次々と砦内に運び込まれる怪我人の姿があった。
「ひっ……」
「レオンは鼻が効くから辛いだろう? 血肉が焼け焦げた匂いがひどい。戦況は芳しくないようだね」
砦の外には深い森が広がっている。だからこそ砦が居住区に魔物が立ち入らないように防波堤の役割を担っているのだろう。
その割には兵士の装備や武器が貧相に見えるのは気のせいだろうか。
「とにかく、今は魔物の掃除だな。レオン、よく見ているんだよ。ちょっとうるさいだろうから耳は塞いでいるんだ」
「ん」
レオンがペタンと倒した耳を両手で抑えたことを確認し、僕は地面に向かって手を翳した。魔力を感知できる魔物を全て標的としてマークしていく。
「『迅雷の矢』」
呟くように唱えたと同時に、耳を擘く雷鳴が轟く。眼下では眩い閃光がバチバチと弾け、狙いを定めた魔物たちを雷の矢が射抜いていく。雷に打たれた魔物たちは、攻撃されたことにも気付かぬまま黒焦げになって消滅していった。
「はい、おしまい。レオン、いいよ」
「すご……」
呆気に取られたようにポカンと口を開けているレオンの手をそっと解いてやる。そして、現場の指揮官らしき兵士の元へとふわりと降り立った。
「あ、あなたは……」
「僕はチル。ザギルモンド国王の依頼で魔物の掃除をしに来たんだ。全部片付いたと思うけど、動ける兵士たちに周囲を探索してもらってね」
「チル……も、もしや、大賢者様ですか⁉︎」
指揮官の兵士は、鎧はあちこち傷だらけ、疲労感が滲む顔色。三○代前半と見られるが、疲れ切った顔のせいで実年齢より老けて見えるのかもしれない。どうやら、大量の魔物相手に随分と苦戦していたらしい。
討伐ついでだし、もう少しお節介をしていこうかな。
「うん、一応大賢者って言われているよ。君、怪我人はどこ?」
「はっ! こちらです」
慌てて敬礼をする指揮官の兵士に続いて砦の中に入っていく。
砦の各所に損傷が見られるが、大きな欠損はない。よく砦を守り切ったものだ。
案内されたのは、砦で一番大きな広場だという。広場には何人もの兵士が包帯でぐるぐる巻きにされて横たわっていた。うめき声や、浅い呼吸の音が入り乱れ、血の匂いが充満している。
「昼夜問わずの戦闘続きで、多くの怪我人を出してしまいました。救援物資は中々届かず、ポーションや薬草なども枯渇しており、この様です」
「へえ……そう。とにかく、まずは治療だね。――『空間治癒魔法』」
「なっ……」
不足している物資については気になるが、まずは怪我人の治療が第一だ。
僕はこの部屋の中にいる怪我人を対象に、まとめて治癒魔法を発動した。指揮官の兵士は目が溢れそうなほど驚いているけれど、無理もない。この魔法を使えるのは、人間ではきっと僕だけだから。なにせ女神ヴィーナ直伝の超高難度の治癒魔法だからね。その効果も彼女の折り紙付きさ。
「う、嘘だろ……痛くない」
「折れた骨がくっついたぞ!」
「身体中の傷が塞がっている!」
部屋中から驚きの声が上がる。よし、全員完治したようだな。
「じゃあ、これで依頼は終了ってことで――ああ、おまけに砦に結界を張っておいたから、ちょっとやそっとじゃ魔物が近づけないと思うよ」
「何から何まで、なんとお礼を申し上げればよいのか……」
指揮官の兵士は感極まって涙を流している。
「国王からしっかりと報酬は貰うから気にしないで。僕の力で少しでも多くの人が生きやすい世の中になれば、それだけで十分幸せだからさ。これからもしっかり砦の役割を果たして、民たちの安全な暮らしを守ってあげてね」
「はいっ! 自分、今日のことは一生忘れません!」
「はは、大袈裟。じゃあ、僕は報告に戻るから」
「本当にありがとうございました!」
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