【完結】政略結婚をしたらいきなり子持ちになりました。義娘が私たち夫婦をニヤニヤしながら観察してきます。

水都 ミナト

文字の大きさ
上 下
35 / 36
第二章 いざ、王都へ

番外編 クロエの一日<前編> ◆sideクロエ

しおりを挟む

 窓の外が明るくなってきた気配を感じ、パチリと目を開けた。
 極力音を立てずに身体を起こすと、隣でもぞりと布団の山が動いた。

「むにゃむにゃ……」

 スヤスヤと気持ちよさそうに眠っているのは、私が誠心誠意お仕えしているフィーナお嬢様である。

「ぐふふ……たまらん……推しカプ最高」

 夢の中でも推し活に余念がないのかと、思わず笑みが漏れる。
 私はフィーナお嬢様の涎をそっと拭い、するりとベッドを抜け出した。

 お嬢様の足元ではウォルが丸くなって眠っている。

 私はお嬢様とウォルを起こさないように気配を殺しながらクローゼットを開け、着慣れたメイド服に素早く袖を通す。

 朝食は家族みんなで召し上がるので、お嬢様が起きてくる前に今日のドレスと顔を洗うためのお湯を用意しておく。
 お嬢様は屋敷を駆け回ることが多いので(廊下を走らないと口うるさく伝えているが、なかなかどうして言うことを聞いてくれない)、ドレスは軽くて動きやすいものを選ぶのがポイントだ。

 クローゼットを開け、しばし逡巡した後、淡いピンクのドレスを手に取った。
 奥様が最近新しく誂えたものだ。このドレスを着たお嬢様はきっと天使のように可愛らしいに違いない。

 そうこうしている間に、お嬢様の起床時間が近づいてきた。
 私はそっとカーテンを開けて室内に爽やかな朝日を取り込んだ。

 こうすると、大抵先に起きるのはウォルだ。

「ファオ~……」

 やはりいつも通り、ウォルが大きなあくびをしながらのそりと身体を起こした。ベッドから軽やかに降り立ち、グッと全身を伸ばしている。
 朝日を浴びて輝く白銀の精霊は今日も気高く美しい。

「ウォル。おはようございます」

「ウォルゥ」

 ウォルはまだ少しトロンとした目で私の足に擦り寄ってくれる。
 フッと笑みを漏らしながら、準備していたブラシで軽く毛を整えてやる。
 ウォルはブラッシングが大好きなので、グルルと喉を鳴らしながら気持ちよさそうに蕩けている。

「よし、いいですよ」

「ウォルッ!」

 ウォルはキリッとキメ顔(お嬢様に教えてもらった言葉である)をしてから、ふわりとベッドに飛び乗ってお嬢様のもっちりとした頬を舐めた。

「うう~ん……ふふっ、ウォルったら、くすぐったいわ」

 お嬢様は身じろぎをしながらベッドから起き上がり、ウォルのふわふわの毛に顔を埋めた。
 寝起きのお嬢様も天使のように愛らしい。

「おはようございます。お嬢様」

「おはよう、クロエ」

 ふにゃりと笑みを浮かべるお嬢様のそばに、適温に調整したお湯が入ったボウルを運ぶ。
 パシャパシャと顔を洗い、お日様の香りがするタオルで水気を拭き取る。

 しっかりと保湿をしてから、御髪を整え、寝衣からドレスに着替える手伝いをする。

「うん、今日もバッチリ! 最高に可愛いわね」

「大変お似合いでございます」

「うふ、ありがとう。クロエ」

 ドレスを着て満足げに微笑むお嬢様。
 その笑顔が見られるだけで、どれほど私が幸せを感じているのか当の本人は知らないのだろう。

 ご両親を亡くされてまだ半年ほど。
 アンソン家に引き取られた当初のお嬢様は、それまでキラキラと好奇心に満ちていた瞳は翳り、俯くばかりだった。

 けれど、ある日を境に溌剌と元気に、そして謎めいた言動をするようになった。
 始めはついに寂しさの限界を超えておかしくなってしまったのかと胸が張り裂けそうに痛んだものだが、どうやらそういうわけではなさそうだった。

 お嬢様は毎日活き活きと暮らし、アンソン家の当主であるご主人様と奥様の関係を紡ぐために心血を注いでいた。
 お嬢様曰く、推し活と言うらしいのだが、推し活に励むお嬢様はとても楽しそうだ。

 元傭兵だった父を護衛として雇ってくれたフィーナお嬢様のご両親には恩を返しきれなかったが、お嬢様の幸せのために誠心誠意仕えることを誓っている私にとって、お嬢様の笑顔は何物にも変え難いものである。

「さて、行きましょうか。お父様とお母様を待たせてしまうわ」

「はい。参りましょう」

 ウォルと戯れていたお嬢様は、スックと立ち上がるとスキップをしながら扉へと向かった。
 私は素早く扉を開けてお嬢様と共に食堂へ続く廊下を歩く。

 お嬢様はご両親――もとい推しカプに会えるのがさぞかし嬉しいようで、鼻歌まで口ずさんでいる。

 食堂に到着すると、すでにご主人様と奥様も到着していて各自席についていた。

「おとうたま! おかあたま! おはようございましゅ!」

 ご主人様と奥様の前ではしっかりと年相応の振る舞いをするお嬢様。
 その切り替えの早さにはいつも感心させられる。

 お二人は穏やかな笑みを浮かべてお嬢様を愛おしげに見つめながら口を開いた。

「ああ、おはよう」

「おはよう、フィーナ。昨日はよく眠れたかしら?」

「はいっ! おふたりはたっぷりよふかしされましモガモガッ!」

「え? 今なんて?」

「何でもございません」

 お嬢様はすぐに余計なことを口走る悪癖があるため、私はご主人様と奥様の尊厳を守るべくお嬢様の口を塞いだ。
 そのまま素早くお嬢様を席につかせて食事の準備を整える。

「ハッ! ちょっとクロエ! 大変よ!」

「どうなさいましたか?」

 ニコニコとお二人に笑顔を向けていたお嬢様が突然、私にだけ聞こえる声で話しかけてきた。

「お母様の首筋に……あ、あれはそういうことよね!? ヒェッ! 推しカプがラブラブで今日も昇天しそう……神に感謝を」

 お嬢様は悟りを開いたような表情で合掌して天を仰いだ。
 私はなるほどとお嬢様の言葉の意味を理解し、こんなこともあろうかと用意していたスカーフを取り出した。

 そして素早く奥様の後ろに控え、断りを入れてからそっと例のものが隠れるようにスカーフを巻いた。

「あ……クロエ、その……あ、ありがとう」

「とんでもございません」

 奥様は聡い方なので、私の行動の意味を瞬時に理解したようだ。
 ほわりと頬を染めて、ご主人様に聞こえないように私に礼を言ってくれる。

 恥じらうように頬を染める奥様は大変可愛らしい。女の私でも胸がギュンッとときめくほどの破壊力である。
 私は眉間に皺が寄りそうになるのをグッと堪え、一礼してからフィーナお嬢様の後ろへと戻った。

「さすがね、クロエ」

「恐縮です」

 朝食は終始和やかな雰囲気で終了し、お嬢様は自室へと戻った。

 今日は午前中は家庭教師と王国の歴史の勉強。
 午後はいつも通り絵を描く時間に充てられる。

 屋敷に到着した家庭教師をお嬢様の部屋に迎え入れ、私は勉強の息抜き用のおやつを準備するために厨房へと向かった。




ーーーーー
ご無沙汰しております!
お久しぶりに番外編を書いてみました。

実は本作、他サイト様のコンテストに入賞いたしまして、書籍化が決まりました・:*+.\(( °ω° ))/.:+

規定に則り、アルファポリス様では作品を引き下げる予定ですが、もうしばらく残しておくつもりです。
引き下げ時期が決まりましたらまたお知らせします!

番外編後編は作者の商業1周年記念で12/30に公開予定です(ง •̀ω•́)ง
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】何回も告白されて断っていますが、(周りが応援?) 私婚約者がいますの。

BBやっこ
恋愛
ある日、学園のカフェでのんびりお茶と本を読みながら過ごしていると。 男性が近づいてきました。突然、私にプロポーズしてくる知らない男。 いえ、知った顔ではありました。学園の制服を着ています。 私はドレスですが、同級生の平民でした。 困ります。

貴族令嬢ですがいじめっ子たちが王子様からの溺愛を受けたことが無いのは驚きでした!

朱之ユク
恋愛
 貴族令嬢スカーレットはクラスメイトのイジメっ子たちから目をつけられていた。  理由はその美しい容姿だった。道行く人すべてがスカーレットに振り返るほどの美貌を持ち、多くの人間が彼女に一目ぼれする容姿を持っていた。  だから、彼女はイジメにあっていたのだ。  しかし、スカーレットは知ってしまう。  クラスメイトのイジメっ子はこの国の王子様に溺愛を受けたことが無いのだ。  スカーレットからすれば当たり前の光景。婚約者に愛されるなど当然のことだった。  だから、スカーレットは可哀そうな彼女たちを許すことにしました。だって、あまりにみじめなんだから。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

処理中です...