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第二章 いざ、王都へ
第三十三話 (後半)sideフィーナ
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「クロヴィス様! 見えて来ました」
「ああ、随分と久しぶりのように感じるな」
王都での予定を全て終えた私たちは、再び十五日かけてアンソン辺境伯領へと帰還した。
馬車の窓から入り込む風を胸いっぱいに吸い込む。
草や土の匂いが心を落ち着かせてくれる。戻ってきたな、と感じるほどには、この場所はもう私の大切な場所となっている。
夜会での騒動の後、主犯格は軍部大臣であると判明し、謀反の疑いで処刑された。
かつて常勝を収めていたライラット王国の栄華に囚われ、長い年月をかけて築いてきた他国との協定を破って領土拡大を目論んでいたのだとか。
彼の考えに同調した共犯者もどんどん出て来ており、第一王子が立太子するまでに中央の人事は一新される見通しだ。
そして、ミランダ様についてなのだけど、驚くことに夜会の翌日に妹のミミリィ様と共にランディル家のタウンハウスにやって来た。改めてのお詫びと、お礼ということだった。
ミミリィ様はフィーナとすっかり意気投合して仲良くなったようで、二人仲良くお絵描きをして遊んでいた。フィーナが描いた絵を嬉しそうに胸に抱えて帰っていく姿は、見ていてほっこりと微笑ましいものだった。
領地に帰ってからも手紙のやり取りを約束していると嬉しそうにフィーナが教えてくれた。フィーナに同年代の友達ができて、母としても嬉しい気持ちでいっぱいだ。
そのフィーナだけれど、リューク殿下を護った礼にと国王陛下とリューク殿下との謁見の場が設けられた。
自室に篭りがちだった殿下は、あの日の出来事を契機に身体を鍛え直し、強く生きることを決意されたのだとか。
その意思表示を受けて、フィーナも嬉しそうに頬を染めていた。
目まぐるしい王都の日々を思い返しているうちに屋敷に到着した。
帰宅の知らせを入れていたため、セバスチャンを始めとした使用人の面々がにこやかに迎え入れてくれた。
不在時に大きなトラブルはなく、しっかりと勤めを果たしてくれたようだ。
「帰って来たな」
「ええ。帰って来ましたね」
私はクロヴィス様の手を取り、ゆっくりと馬車を降りて屋敷を見上げた。
結婚して、突然義娘ができて、最初は不安でいっぱいだったけれど、今は夫婦として、家族として、愛しい日々を過ごすことができている。
「クロヴィス様。フィーナ。これからもよろしくね」
「なんだ、急に改まって」
「はいっ! ずっとずっといっちょです!」
クロヴィス様は照れくさそうに微笑み、フィーナはビシッと右手を挙げて応えてくれた。
こうして無事に三人で帰って来れた喜びを噛み締めながら、私たちは仲良く手を繋いで屋敷に足を踏み入れた。
◇◇◇
「見て、クロエ! お父様とお母様よ! はああ……王都から戻ってますます仲良しになったわよねえ」
「ええ。良い傾向かと思われます」
季節は冬に差し掛かり、辺境の地では早くも雪がちらついている。
お父様とお母様は、二人で一本の傘を持ちながら、身を寄せ合ってうっすらと雪の積もる中庭を歩いている。
私とクロエはガゼボに身を潜めてその様子を堪能している。
王都から戻って二ヶ月。私は変わらず充実した日々を過ごしている――が、変わったことがいくつかある。
「どうして隠れているのだ? 出ていって一緒に庭を散策すればいいだろう」
「もうっ、分かっていないわね! こうして遠くから二人の甘い空気感を浴びるだけで私は幸せなのよ」
「分からん……」
そう言って首を捻っているのは、リューク殿下だ。
あの日の一件以降、リューク殿下は人が変わったように積極的に外に出て、剣の鍛錬も始めたのだけど、長年引きこもっていた彼の身体はまだまだ未熟で、急に運動をしたものだからすぐに熱を出して床に臥せってしまった。
そして、その様子を見ていた国王陛下が、「アンソン辺境伯領で療養の上、心身ともに鍛えてみてはどうだ?」とリューク殿下に提案されたのだ。もちろん、中央から追い出すという意味ではなく、言葉通りの意味である。
リューク殿下は政治の道具として利用されそうになっていた。
王国への忠誠を再確認し、人事を刷新している今、王都はかなりごたついている。
そうした経緯があり、一度政治の中心地から離れ、伸び伸びと過ごすことができる場所へ移るという話がまとまった。
そして現に、リューク殿下はアンソン辺境伯領にやって来てから日に日に活力を取り戻している。
肌艶はよく、ほっそりしていた身体も肉付きが良くなってきた。
黒い髪は艶やかで、真っ赤な瞳も強い意志を宿すようになった。きっと、将来とんでもない美男子になるのだろうと思うと、今から推しておくのもいいかと思えるほどだ。
そんなリューク殿下は、来年には立太子されるだろう第一王子の支えとなれるように、この地で剣技を極めると息巻いている。
『人生の楽しみ方を教えてくれるのだろう?』
殿下が少し照れくさそうにそういうものだから、こうして推しカプ観察会に入れてあげたのだけど、いまいちリューク殿下にはクロアネの魅力が伝わっていない。まあ、じっくり布教して、次第に沼に引き摺り込んでいくのもいいでしょう。
たまに熱を帯びた目をしているから、ちょっとずつでも魅力が伝わっていると信じたい。
ということで、リューク殿下がここにいることは納得ができるし、それなりに仲良く過ごしているのだけど――
「んもうっ、そこはグイッと腰を引いて抱きしめてしまいなさいよっ!」
「なんであんたがいるのよ」
どういうわけか、ミランダまでここにいるのだ。
じっとりとした視線を向けると、ミランダは「おほほ」と誤魔化そうとする。
自らの行いを反省したミランダは、クロアネの邪魔をしないと誓ったらしく、辺境伯領で領地運営や行儀見習いをする目的でしばらく滞在することになったのだけど。
「皆様、冷えてまいりましたので、お茶をどうぞ」
「クロエ様の淹れたお茶……! はあ、もったいなくて飲めないわ……」
「では、飲まなくても結構です」
「いやん! クロエ様ったら冷たい! でもそんなクールなところも好きっ!」
明らかに下心がある。
クロエに命を救われてからというもの、すっかりクロエ推しに転じたミランダは、こうしてクロエに熱烈なアプローチを仕掛けては冷たくあしらわれて息を荒げている。
ちなみに、私たちはそれぞれが転生者であると認め合っているので、原作小説の話で盛り上がったり、推し談義に花を咲かせたりと、なんやかんやでいい関係を築いている。
初めてクロアネの絵を見せた時は本当に驚いたわ。
『その絵……! あ、あなたはもしかして――』
『やめて! その名は前世に置いてきた!!!』
まさか、私の同人作品の読者だったなんて、妙な縁があるものだ。
私は一息つきながら、クロエが淹れてくれたお茶を口に含んだ。
「んぐっ!? お母様!?」
すっかり賑やかになってしまったわね。と内心でため息をつきながら、癒しを求めて両親に視線を向けると、お母様がしゃがみ込んでお父様が背中を摩っている光景が目に飛び込んできた。
慌てて二人の元に駆けつけた私は、数日後に嬉しすぎる報告を受けて卒倒することになるのだった。
おしまい
※本日閑話1本あげますのでそちらもぜひご覧ください
「ああ、随分と久しぶりのように感じるな」
王都での予定を全て終えた私たちは、再び十五日かけてアンソン辺境伯領へと帰還した。
馬車の窓から入り込む風を胸いっぱいに吸い込む。
草や土の匂いが心を落ち着かせてくれる。戻ってきたな、と感じるほどには、この場所はもう私の大切な場所となっている。
夜会での騒動の後、主犯格は軍部大臣であると判明し、謀反の疑いで処刑された。
かつて常勝を収めていたライラット王国の栄華に囚われ、長い年月をかけて築いてきた他国との協定を破って領土拡大を目論んでいたのだとか。
彼の考えに同調した共犯者もどんどん出て来ており、第一王子が立太子するまでに中央の人事は一新される見通しだ。
そして、ミランダ様についてなのだけど、驚くことに夜会の翌日に妹のミミリィ様と共にランディル家のタウンハウスにやって来た。改めてのお詫びと、お礼ということだった。
ミミリィ様はフィーナとすっかり意気投合して仲良くなったようで、二人仲良くお絵描きをして遊んでいた。フィーナが描いた絵を嬉しそうに胸に抱えて帰っていく姿は、見ていてほっこりと微笑ましいものだった。
領地に帰ってからも手紙のやり取りを約束していると嬉しそうにフィーナが教えてくれた。フィーナに同年代の友達ができて、母としても嬉しい気持ちでいっぱいだ。
そのフィーナだけれど、リューク殿下を護った礼にと国王陛下とリューク殿下との謁見の場が設けられた。
自室に篭りがちだった殿下は、あの日の出来事を契機に身体を鍛え直し、強く生きることを決意されたのだとか。
その意思表示を受けて、フィーナも嬉しそうに頬を染めていた。
目まぐるしい王都の日々を思い返しているうちに屋敷に到着した。
帰宅の知らせを入れていたため、セバスチャンを始めとした使用人の面々がにこやかに迎え入れてくれた。
不在時に大きなトラブルはなく、しっかりと勤めを果たしてくれたようだ。
「帰って来たな」
「ええ。帰って来ましたね」
私はクロヴィス様の手を取り、ゆっくりと馬車を降りて屋敷を見上げた。
結婚して、突然義娘ができて、最初は不安でいっぱいだったけれど、今は夫婦として、家族として、愛しい日々を過ごすことができている。
「クロヴィス様。フィーナ。これからもよろしくね」
「なんだ、急に改まって」
「はいっ! ずっとずっといっちょです!」
クロヴィス様は照れくさそうに微笑み、フィーナはビシッと右手を挙げて応えてくれた。
こうして無事に三人で帰って来れた喜びを噛み締めながら、私たちは仲良く手を繋いで屋敷に足を踏み入れた。
◇◇◇
「見て、クロエ! お父様とお母様よ! はああ……王都から戻ってますます仲良しになったわよねえ」
「ええ。良い傾向かと思われます」
季節は冬に差し掛かり、辺境の地では早くも雪がちらついている。
お父様とお母様は、二人で一本の傘を持ちながら、身を寄せ合ってうっすらと雪の積もる中庭を歩いている。
私とクロエはガゼボに身を潜めてその様子を堪能している。
王都から戻って二ヶ月。私は変わらず充実した日々を過ごしている――が、変わったことがいくつかある。
「どうして隠れているのだ? 出ていって一緒に庭を散策すればいいだろう」
「もうっ、分かっていないわね! こうして遠くから二人の甘い空気感を浴びるだけで私は幸せなのよ」
「分からん……」
そう言って首を捻っているのは、リューク殿下だ。
あの日の一件以降、リューク殿下は人が変わったように積極的に外に出て、剣の鍛錬も始めたのだけど、長年引きこもっていた彼の身体はまだまだ未熟で、急に運動をしたものだからすぐに熱を出して床に臥せってしまった。
そして、その様子を見ていた国王陛下が、「アンソン辺境伯領で療養の上、心身ともに鍛えてみてはどうだ?」とリューク殿下に提案されたのだ。もちろん、中央から追い出すという意味ではなく、言葉通りの意味である。
リューク殿下は政治の道具として利用されそうになっていた。
王国への忠誠を再確認し、人事を刷新している今、王都はかなりごたついている。
そうした経緯があり、一度政治の中心地から離れ、伸び伸びと過ごすことができる場所へ移るという話がまとまった。
そして現に、リューク殿下はアンソン辺境伯領にやって来てから日に日に活力を取り戻している。
肌艶はよく、ほっそりしていた身体も肉付きが良くなってきた。
黒い髪は艶やかで、真っ赤な瞳も強い意志を宿すようになった。きっと、将来とんでもない美男子になるのだろうと思うと、今から推しておくのもいいかと思えるほどだ。
そんなリューク殿下は、来年には立太子されるだろう第一王子の支えとなれるように、この地で剣技を極めると息巻いている。
『人生の楽しみ方を教えてくれるのだろう?』
殿下が少し照れくさそうにそういうものだから、こうして推しカプ観察会に入れてあげたのだけど、いまいちリューク殿下にはクロアネの魅力が伝わっていない。まあ、じっくり布教して、次第に沼に引き摺り込んでいくのもいいでしょう。
たまに熱を帯びた目をしているから、ちょっとずつでも魅力が伝わっていると信じたい。
ということで、リューク殿下がここにいることは納得ができるし、それなりに仲良く過ごしているのだけど――
「んもうっ、そこはグイッと腰を引いて抱きしめてしまいなさいよっ!」
「なんであんたがいるのよ」
どういうわけか、ミランダまでここにいるのだ。
じっとりとした視線を向けると、ミランダは「おほほ」と誤魔化そうとする。
自らの行いを反省したミランダは、クロアネの邪魔をしないと誓ったらしく、辺境伯領で領地運営や行儀見習いをする目的でしばらく滞在することになったのだけど。
「皆様、冷えてまいりましたので、お茶をどうぞ」
「クロエ様の淹れたお茶……! はあ、もったいなくて飲めないわ……」
「では、飲まなくても結構です」
「いやん! クロエ様ったら冷たい! でもそんなクールなところも好きっ!」
明らかに下心がある。
クロエに命を救われてからというもの、すっかりクロエ推しに転じたミランダは、こうしてクロエに熱烈なアプローチを仕掛けては冷たくあしらわれて息を荒げている。
ちなみに、私たちはそれぞれが転生者であると認め合っているので、原作小説の話で盛り上がったり、推し談義に花を咲かせたりと、なんやかんやでいい関係を築いている。
初めてクロアネの絵を見せた時は本当に驚いたわ。
『その絵……! あ、あなたはもしかして――』
『やめて! その名は前世に置いてきた!!!』
まさか、私の同人作品の読者だったなんて、妙な縁があるものだ。
私は一息つきながら、クロエが淹れてくれたお茶を口に含んだ。
「んぐっ!? お母様!?」
すっかり賑やかになってしまったわね。と内心でため息をつきながら、癒しを求めて両親に視線を向けると、お母様がしゃがみ込んでお父様が背中を摩っている光景が目に飛び込んできた。
慌てて二人の元に駆けつけた私は、数日後に嬉しすぎる報告を受けて卒倒することになるのだった。
おしまい
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