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第二章 いざ、王都へ
第三十一話
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「アネット!!」
「クロヴィス様!?」
クロエが廊下に転がる男たちを睨みつけている間、ミランダ様に怪我がないかを確認していた私は、愛しい人の声に目を輝かせた。
血相を変えて駆けてきたクロヴィス様は、その勢いのままに私を力強く抱きしめた。
「ああ、無事でよかった。フィーナとウォルの姿が見えた気がして、気になって探しに来たんだ。なかなか会場から脱出できずに遅くなってしまった。すまない」
「いえ、こうして来てくださいましたもの。ありがとうございます。私たちは無事です。怪我もありませんわ」
あまりにも力が強いので、フフッと笑いながら背中をトントンと叩くと、クロヴィス様はハッとした様子で腕の力を緩めた。けれど、逞しい腕の中からは解放してくれなかった。
「それで、本当にフィーナがここにいたのか? 道すがら出会った精霊に色々と話を聞いたのだが……どこに行った?」
「そ、それが――」
第二王子の無事を確かめにウォルと飛び出して行ったと伝えると、クロヴィス様の表情が強張った。
「なんだと!? どうして一人で……いや、すまない。あの子のことだ、制止する間もなく飛び出して行ったのだろう」
「ええ……私たちも後を追いたい気持ちはありましたが、この場を離れるわけにもいかず困惑していたところです」
でも、クロヴィス様が来てくれた。
私が向かって何ができるか分からないけれど、大事な娘を一人にさせるわけにはいかない。この場を引渡したらすぐにフィーナの元に向かわなくては。
「そうだな。他にも刺客が潜んでいる可能性も捨てきれない。無闇に一人にならず、この場に留まる判断は正しい。……クロエ、ここは俺が受け持つ。すぐに衛兵を呼んできてくれ。引き渡し次第フィーナの元へ向かう。それと、経緯については後で詳しく聞かせてもらうぞ」
「はい、覚悟はできております」
クロエは表情を変えずに足を一歩引いて深く頭を下げた。
きっと、クロエはフィーナの無茶を止めることができなかったのだろう。
それに、クロエとフィーナが居なければ、私一人の力だけでは、ミランダ様を救出することはできなかった。あまり酷い罰を与えないでほしい。
そう進言しようとしたけれど、隣で蹲っていたミランダ様が勢いよく立ち上がったため、私は驚いて口をつぐんでしまった。
「クッ、クロエ様を責めないでくださいまし! クロエ様が居なければ、私は今頃この世に居なかったかもしれません! 危険を冒したことはもちろん、褒められたものではありませんが、ここは結果オーライということでどうか……!」
私が言おうとしたことをミランダ様が代弁してくれた。
結果オーライとはなんだろう?
ミランダ様の物言いと勢いに、少しフィーナに既視感を抱いてしまう。
「あ、ああ……もちろん事情はしっかりと聞かせてもらうが……」
クロヴィス様も戸惑ったように私に視線を向けてくる。
……後でしっかり話します。
そう伝えるようにゆっくり頷くと、クロヴィス様は髪をグシャリとかき上げた。
「とにかく、急いで衛兵を呼んできてくれ」
クロエは再び頭を下げると、ひらりとスカートを翻して早足で廊下を進んでいった。
「あっ、クロエ様……」
その背に思わずといったように手を伸ばしたのは、ミランダ様だ。なぜか切なげに瞳を揺らしている。
クロヴィス様はクロエの背を見送ると、廊下に転がる男たちを見下ろした。
「それで、こいつらが俺の愛しいアネットを害そうとしたクソ野郎どもか」
「えっ、あ、私は別に……」
実際に被害に遭っていたのはミランダ様で、私は――そう声をかけたくても、怒りに満ちたクロヴィス様は声をかけられる様子ではない。
ようやく私を腕の中から解放し、クロエが倒した男に歩み寄った。クロヴィス様は男のグッと胸ぐらを掴んで低い声を落とす。
「いいか? 黒幕が一体誰なのか、誰が裏で糸を引いているのか、この件にどこまで関わっているのか、知っている情報は洗いざらい吐くことだ。俺は大切な家族以外には優しくないのでな、うっかり尋問に力が入ってしまうかもしれん。沈黙すべきか、包み隠さずに答えるか。どちらを選ぶのが懸命な判断かよく考えることだ」
「はっ、はいっ」
クロヴィス様の殺気を直に浴びた男は、ガチガチと歯を鳴らしながら何度も何度も頷いている。
「それにしても、どうしてこんなに警備が手薄い? ……まさか」
クロヴィス様はブツブツと考えに耽り始めた。
「――俺の予想が正しければ、じきに分かることか」
何か思い当たることがあるのか、クロヴィス様は苦虫を噛み潰したような顔をした。
そして、改めて私に向き合い、深く息を吐いた。
「怖い思いをさせたな。やはり、ほんのひとときであれ、君と離れるべきではなかった。王都にいる間、俺はもうアネットの側を離れない」
「く、クロヴィス様……そんな、クロヴィス様は何も悪くありません。あの場を離れたのは私の判断ですし」
「いえ! 元はと言えば私がアネット様に粗相をしたのがいけないのです! クロヴィス様とお近づきになろうなど浅はかなことを考え、会場から一番離れたパウダールームに送り届けたのも私です。本当に申し訳ありません! 私は痛感しました。人の恋路を邪魔するものではないと……それに、お二人の間には私が入り込む隙はないということも、クロアネも案外悪くないということもよく分かりました!」
「えっ?」
突然ものすごい剣幕で捲し立てたミランダ様。
なんだかとんでもないことを打ち明けられた気がするけれど、気のせいかしら?
いつの間にか私の隣に戻って肩をしっかりと抱いていたクロヴィス様を見上げ、ミランダ様は微笑んだ。
「それに………………私は運命の人と出会ってしまったので」
ミランダ様は恥ずかしそうに視線を外して、ポッと頬を染めた。
ええと、その運命の人というのは……
これまでの彼女の様子を見るに明らかなのだけど……
私はあえて口にすることをやめた。
「クロヴィス様!?」
クロエが廊下に転がる男たちを睨みつけている間、ミランダ様に怪我がないかを確認していた私は、愛しい人の声に目を輝かせた。
血相を変えて駆けてきたクロヴィス様は、その勢いのままに私を力強く抱きしめた。
「ああ、無事でよかった。フィーナとウォルの姿が見えた気がして、気になって探しに来たんだ。なかなか会場から脱出できずに遅くなってしまった。すまない」
「いえ、こうして来てくださいましたもの。ありがとうございます。私たちは無事です。怪我もありませんわ」
あまりにも力が強いので、フフッと笑いながら背中をトントンと叩くと、クロヴィス様はハッとした様子で腕の力を緩めた。けれど、逞しい腕の中からは解放してくれなかった。
「それで、本当にフィーナがここにいたのか? 道すがら出会った精霊に色々と話を聞いたのだが……どこに行った?」
「そ、それが――」
第二王子の無事を確かめにウォルと飛び出して行ったと伝えると、クロヴィス様の表情が強張った。
「なんだと!? どうして一人で……いや、すまない。あの子のことだ、制止する間もなく飛び出して行ったのだろう」
「ええ……私たちも後を追いたい気持ちはありましたが、この場を離れるわけにもいかず困惑していたところです」
でも、クロヴィス様が来てくれた。
私が向かって何ができるか分からないけれど、大事な娘を一人にさせるわけにはいかない。この場を引渡したらすぐにフィーナの元に向かわなくては。
「そうだな。他にも刺客が潜んでいる可能性も捨てきれない。無闇に一人にならず、この場に留まる判断は正しい。……クロエ、ここは俺が受け持つ。すぐに衛兵を呼んできてくれ。引き渡し次第フィーナの元へ向かう。それと、経緯については後で詳しく聞かせてもらうぞ」
「はい、覚悟はできております」
クロエは表情を変えずに足を一歩引いて深く頭を下げた。
きっと、クロエはフィーナの無茶を止めることができなかったのだろう。
それに、クロエとフィーナが居なければ、私一人の力だけでは、ミランダ様を救出することはできなかった。あまり酷い罰を与えないでほしい。
そう進言しようとしたけれど、隣で蹲っていたミランダ様が勢いよく立ち上がったため、私は驚いて口をつぐんでしまった。
「クッ、クロエ様を責めないでくださいまし! クロエ様が居なければ、私は今頃この世に居なかったかもしれません! 危険を冒したことはもちろん、褒められたものではありませんが、ここは結果オーライということでどうか……!」
私が言おうとしたことをミランダ様が代弁してくれた。
結果オーライとはなんだろう?
ミランダ様の物言いと勢いに、少しフィーナに既視感を抱いてしまう。
「あ、ああ……もちろん事情はしっかりと聞かせてもらうが……」
クロヴィス様も戸惑ったように私に視線を向けてくる。
……後でしっかり話します。
そう伝えるようにゆっくり頷くと、クロヴィス様は髪をグシャリとかき上げた。
「とにかく、急いで衛兵を呼んできてくれ」
クロエは再び頭を下げると、ひらりとスカートを翻して早足で廊下を進んでいった。
「あっ、クロエ様……」
その背に思わずといったように手を伸ばしたのは、ミランダ様だ。なぜか切なげに瞳を揺らしている。
クロヴィス様はクロエの背を見送ると、廊下に転がる男たちを見下ろした。
「それで、こいつらが俺の愛しいアネットを害そうとしたクソ野郎どもか」
「えっ、あ、私は別に……」
実際に被害に遭っていたのはミランダ様で、私は――そう声をかけたくても、怒りに満ちたクロヴィス様は声をかけられる様子ではない。
ようやく私を腕の中から解放し、クロエが倒した男に歩み寄った。クロヴィス様は男のグッと胸ぐらを掴んで低い声を落とす。
「いいか? 黒幕が一体誰なのか、誰が裏で糸を引いているのか、この件にどこまで関わっているのか、知っている情報は洗いざらい吐くことだ。俺は大切な家族以外には優しくないのでな、うっかり尋問に力が入ってしまうかもしれん。沈黙すべきか、包み隠さずに答えるか。どちらを選ぶのが懸命な判断かよく考えることだ」
「はっ、はいっ」
クロヴィス様の殺気を直に浴びた男は、ガチガチと歯を鳴らしながら何度も何度も頷いている。
「それにしても、どうしてこんなに警備が手薄い? ……まさか」
クロヴィス様はブツブツと考えに耽り始めた。
「――俺の予想が正しければ、じきに分かることか」
何か思い当たることがあるのか、クロヴィス様は苦虫を噛み潰したような顔をした。
そして、改めて私に向き合い、深く息を吐いた。
「怖い思いをさせたな。やはり、ほんのひとときであれ、君と離れるべきではなかった。王都にいる間、俺はもうアネットの側を離れない」
「く、クロヴィス様……そんな、クロヴィス様は何も悪くありません。あの場を離れたのは私の判断ですし」
「いえ! 元はと言えば私がアネット様に粗相をしたのがいけないのです! クロヴィス様とお近づきになろうなど浅はかなことを考え、会場から一番離れたパウダールームに送り届けたのも私です。本当に申し訳ありません! 私は痛感しました。人の恋路を邪魔するものではないと……それに、お二人の間には私が入り込む隙はないということも、クロアネも案外悪くないということもよく分かりました!」
「えっ?」
突然ものすごい剣幕で捲し立てたミランダ様。
なんだかとんでもないことを打ち明けられた気がするけれど、気のせいかしら?
いつの間にか私の隣に戻って肩をしっかりと抱いていたクロヴィス様を見上げ、ミランダ様は微笑んだ。
「それに………………私は運命の人と出会ってしまったので」
ミランダ様は恥ずかしそうに視線を外して、ポッと頬を染めた。
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これまでの彼女の様子を見るに明らかなのだけど……
私はあえて口にすることをやめた。
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