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第二章 いざ、王都へ
第二十九話 side???
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もう、うんざりだ。
僕は照明を落とした部屋の中、ベランダの窓を開け放ち頬を撫でる風を感じている。
月明かりだけが優しく室内を照らす中、僕はぼんやりと宙に視線を彷徨わせた。
まだ七つになったばかりだというのに、僕はもう自分の人生を諦めている。
もっとずっと幼い頃は、歳の離れた兄上の後を追うように庭園を走り回ったものだ。
だが、今の僕は余程のことがない限り、自室から外には出ない。
数年前に高熱を出してからというもの、風邪を引きやすくなってしまった。両親は病弱な僕を心配し、身体が成長して強くなるまではのんびり過ごすといいと言われている。
第二王子に生まれた僕が、そのような甘えを享受できるのも、兄上が立派に王子としての勤めを果たしてくれているからだ。
僕は兄上が大好きだ。尊敬しているし、憧れている。
武芸に秀で、地頭もいい。誰にでも分け隔てなく接する寛容さも持ち合わせていて、国をより良くしようと貪欲に学ぶ姿勢もある。どこからどう見ても完璧な次期国王だ。
僕も、そんな兄上の支えとなり、共に国を導いていきたい。幼い頃はそんな未来を夢見ていたものだ。
けれど、僕たちの周囲がそうさせてはくれなかった。
兄上は生まれた時から隣国の王女を妃に迎えることが決まっていた。
国同士の繋がりを強めるための婚約であるが、何度もお互いの国を行き来して交流を重ねてきた二人の間には、確かな信頼と愛がある。
国の行末は安泰だ。
誰もがそう思うはずなのに――
僕からすればほんの些細なことで、兄上を退けたいと考える輩がいるのだ。
そいつらは登城のたびに僕を見つけては懇々と血筋の尊さと素晴らしさについて説いては満足した様子で帰って行く。そんな大人たちと顔を合わせたくない気持ちも相まって、僕はますます自室に引き篭もるようになった。
血筋を重んじる偏った考え方は即刻捨て去るべきだと思い、父上にも不穏な一派は排除すべきでは? と進言したことがあるが、実際に何か事件が起こったわけでもないし不満を口にしただけでは糾弾できないと言われてしまった。
もしかすると、血統主義は方便で、僕をお飾りの王に押し上げてこの平和な国を混乱させようとしているのでは。
そんな言いしれない不安が胸の中で渦巻いている。
あらゆることに不満を抱いている間に、兄上は隣国へ留学に出てしまい、それがまた僕を持ち上げようとする奴らの行動を助長させている。
打算しかない大人に狙われ、部屋に引き篭もりながら自らの無力さを痛感する日々。
部屋に篭っていると身体を動かす機会も減っていき、僕の身体はすっかり貧相で貧弱なものとなっていった。
家庭教師はついているので、自室で勉強や読書に勤しんでいる。
いつか、兄上の助けとなるように――どうしてもその考えが捨てられず、僕はかろうじて生にしがみついている。
兄上は隣国から定期的に手紙を送ってくれて、それだけが毎日の楽しみになっている。
狭い世界で生きる僕とは違い、広い世界を知る兄上。
僕にもたまには外に出て色んなものを自分の目で見て世界を感じろと言うが、外に出たところで反第一王子の一派に見つかって都合よく利用されるのがオチだろう。
兄上との繋がり以外に生きる価値も目的も、楽しさも何も見出せていない僕の人生はつまらないものだと思う。
静かに、息を殺して、ただ過ぎゆく時間に身を委ねている。
――だが、やはり僕の存在は兄上の邪魔をしてしまうようだ。
窓から夜風に乗って流れてくる夜会の賑わいを背に、僕はゆっくりと扉の方に身体を向けた。
いつのまにか音もなく、全身真っ黒な服を着た男が二人、そこに立っていた。
「――何者だ」
自分でも驚くほど、冷静で低い声が出た。
もしかすると、いつかこんな日が来るのではないかと、どこかでそう感じ取っていたのかもしれない。
「へへっ、殿下。こんばんは。今夜は月がよく見えますな。満月のようですよ」
そう言いながらジワジワとこちらとの距離をってくる男は一体誰なのか。
少し掠れた声だが、聞き覚えがない。今日この日のために雇われた男なのだろうか。
「さあ、俺とちょっくら夜の散歩と行きましょう。大人しくしてりゃ、痛い思いはしなくてすみますからね」
その男は、手をこまねきながらおかしなことを言う。
「一体どこに行くと言うのだ」
「へへっ、ちょっと監禁するだけですよ。なあに、死にはしません。この部屋に篭ってるのとそう変わらねえさ」
下品な笑みを浮かべる男たちを、ぼーっと見つめる。
――ほら、やっぱり。
僕の人生は碌でもないものなんだ。
どうせ抵抗したって、ひょろひょろの僕が逃げ切れるわけもない。
僕は全てを諦めて、抵抗することなく男たちに捕まる――はずだった。
「うわっ!? なんだ?」
「前が見えねえ!」
男たちの手が僕に伸びてきたその時、ふわりとカーテンが風に靡いた。
そして激しい突風が部屋の中に吹き込んできた。
続けて僕を中心に小さな竜巻が起こり、慌てて身を引いた男たちとの距離が少し離れた。
「ビンゴ! 見つけたわ」
激しい風が吹きやみ、開け放たれた窓から降り立ったのは――銀の髪を月光に反射させ、白銀の狼に跨った幼い少女だった。
ーーーーー
すみません!!!
大事なところで公開順が前後してしまいました。
前2話も公開したのでぜひそちらもご覧ください!
僕は照明を落とした部屋の中、ベランダの窓を開け放ち頬を撫でる風を感じている。
月明かりだけが優しく室内を照らす中、僕はぼんやりと宙に視線を彷徨わせた。
まだ七つになったばかりだというのに、僕はもう自分の人生を諦めている。
もっとずっと幼い頃は、歳の離れた兄上の後を追うように庭園を走り回ったものだ。
だが、今の僕は余程のことがない限り、自室から外には出ない。
数年前に高熱を出してからというもの、風邪を引きやすくなってしまった。両親は病弱な僕を心配し、身体が成長して強くなるまではのんびり過ごすといいと言われている。
第二王子に生まれた僕が、そのような甘えを享受できるのも、兄上が立派に王子としての勤めを果たしてくれているからだ。
僕は兄上が大好きだ。尊敬しているし、憧れている。
武芸に秀で、地頭もいい。誰にでも分け隔てなく接する寛容さも持ち合わせていて、国をより良くしようと貪欲に学ぶ姿勢もある。どこからどう見ても完璧な次期国王だ。
僕も、そんな兄上の支えとなり、共に国を導いていきたい。幼い頃はそんな未来を夢見ていたものだ。
けれど、僕たちの周囲がそうさせてはくれなかった。
兄上は生まれた時から隣国の王女を妃に迎えることが決まっていた。
国同士の繋がりを強めるための婚約であるが、何度もお互いの国を行き来して交流を重ねてきた二人の間には、確かな信頼と愛がある。
国の行末は安泰だ。
誰もがそう思うはずなのに――
僕からすればほんの些細なことで、兄上を退けたいと考える輩がいるのだ。
そいつらは登城のたびに僕を見つけては懇々と血筋の尊さと素晴らしさについて説いては満足した様子で帰って行く。そんな大人たちと顔を合わせたくない気持ちも相まって、僕はますます自室に引き篭もるようになった。
血筋を重んじる偏った考え方は即刻捨て去るべきだと思い、父上にも不穏な一派は排除すべきでは? と進言したことがあるが、実際に何か事件が起こったわけでもないし不満を口にしただけでは糾弾できないと言われてしまった。
もしかすると、血統主義は方便で、僕をお飾りの王に押し上げてこの平和な国を混乱させようとしているのでは。
そんな言いしれない不安が胸の中で渦巻いている。
あらゆることに不満を抱いている間に、兄上は隣国へ留学に出てしまい、それがまた僕を持ち上げようとする奴らの行動を助長させている。
打算しかない大人に狙われ、部屋に引き篭もりながら自らの無力さを痛感する日々。
部屋に篭っていると身体を動かす機会も減っていき、僕の身体はすっかり貧相で貧弱なものとなっていった。
家庭教師はついているので、自室で勉強や読書に勤しんでいる。
いつか、兄上の助けとなるように――どうしてもその考えが捨てられず、僕はかろうじて生にしがみついている。
兄上は隣国から定期的に手紙を送ってくれて、それだけが毎日の楽しみになっている。
狭い世界で生きる僕とは違い、広い世界を知る兄上。
僕にもたまには外に出て色んなものを自分の目で見て世界を感じろと言うが、外に出たところで反第一王子の一派に見つかって都合よく利用されるのがオチだろう。
兄上との繋がり以外に生きる価値も目的も、楽しさも何も見出せていない僕の人生はつまらないものだと思う。
静かに、息を殺して、ただ過ぎゆく時間に身を委ねている。
――だが、やはり僕の存在は兄上の邪魔をしてしまうようだ。
窓から夜風に乗って流れてくる夜会の賑わいを背に、僕はゆっくりと扉の方に身体を向けた。
いつのまにか音もなく、全身真っ黒な服を着た男が二人、そこに立っていた。
「――何者だ」
自分でも驚くほど、冷静で低い声が出た。
もしかすると、いつかこんな日が来るのではないかと、どこかでそう感じ取っていたのかもしれない。
「へへっ、殿下。こんばんは。今夜は月がよく見えますな。満月のようですよ」
そう言いながらジワジワとこちらとの距離をってくる男は一体誰なのか。
少し掠れた声だが、聞き覚えがない。今日この日のために雇われた男なのだろうか。
「さあ、俺とちょっくら夜の散歩と行きましょう。大人しくしてりゃ、痛い思いはしなくてすみますからね」
その男は、手をこまねきながらおかしなことを言う。
「一体どこに行くと言うのだ」
「へへっ、ちょっと監禁するだけですよ。なあに、死にはしません。この部屋に篭ってるのとそう変わらねえさ」
下品な笑みを浮かべる男たちを、ぼーっと見つめる。
――ほら、やっぱり。
僕の人生は碌でもないものなんだ。
どうせ抵抗したって、ひょろひょろの僕が逃げ切れるわけもない。
僕は全てを諦めて、抵抗することなく男たちに捕まる――はずだった。
「うわっ!? なんだ?」
「前が見えねえ!」
男たちの手が僕に伸びてきたその時、ふわりとカーテンが風に靡いた。
そして激しい突風が部屋の中に吹き込んできた。
続けて僕を中心に小さな竜巻が起こり、慌てて身を引いた男たちとの距離が少し離れた。
「ビンゴ! 見つけたわ」
激しい風が吹きやみ、開け放たれた窓から降り立ったのは――銀の髪を月光に反射させ、白銀の狼に跨った幼い少女だった。
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