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第二章 いざ、王都へ

第二十四話

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「おお! クロヴィスではないか。立派になったな」

「国王陛下におかれましては、ご健勝のご様子で何よりです」


 夜会の開始から少し遅れて玉座に現れた国王陛下に、無事にご挨拶をすることができた。

 私はクロヴィス様の一歩後ろに控えて、淑女の礼をとる。


「アネットも久しいな。グランが可愛い孫が遠くに行ってしまったと嘆いていたぞ」

「お久しゅうございます。王都に滞在する間に祖父には会いたいと考えております」

「おお、そうしてやるといい。きっと喜ぶ」


 祖父同士が決めた縁組だというのに、アンソン辺境伯に嫁いだことを嘆いているとは……私の祖父は随分と勝手な生き物だと密やかに苦笑する。
 それだけ愛してくれているということなので、悪い気はしないが、祖父は私のこととなると少し周りが見えなくなるのが玉にきずである。

 孫馬鹿であるはずの祖父が未だに姿を現さないことに少々疑問を抱くが、辺境伯領に戻るまでには何かしら連絡が入るだろう。


「それにしても、よき夫婦関係を築いているようで安心した。これからも辺境の地を守り、我が国を支えてくれ」

「はっ、もちろんでございます」


 円満な謁見を済ませ、私たちはダンスホールへと歩みを進めた。
 王家お抱えの楽団が協奏曲を奏でていて、すでに数組がダンスに興じている。


「アネット」


 ちょうど曲の切れ間になり、クロヴィス様が私に手を差し出した。


「俺と踊ってくれるか?」


 クロヴィス様と踊るのは、デビュタントの日以来。あの日抱いた恋心や胸の高鳴りを思い出して胸が熱くなる。


「はい、もちろんです」


 私は笑みを深めてクロヴィス様の手を取った。

 クロヴィス様はあまり社交の場に赴かないため、ダンスの機会はほとんどない。にも関わらず、ステップは軽やかで、リードも自然で踊りやすい。ピタリと密着する体勢にはドギマギしてしまうが、こうして再びクロヴィス様と踊ることができてとても幸せだ。

 そう思いながらステップを踏んでいると、視界の端がチカリと瞬いた。

 あの光は、精霊かしら?

 辺境伯領ほどではないとはいえ、王都にも精霊はいる。特に王城の庭園は緑豊かで季節の花々も美しく手入れがされているので、多くの精霊の憩いの場となっている。

 きっと、賑やかで楽しい雰囲気に惹かれてきたのね。
 そう思いながら、しばしのダンスを楽しんだ。






 ◇◇◇


「陛下との謁見も済んだし、ダンスも踊った。頃合いを見て屋敷に戻ろうか」

「ええ、そうですね。フィーナはもう寝てしまったかしら」

「どうだろうな」


 壁際に下がって果実水で喉を潤しながら、盛り上がりを見せる会場を眺める。

 装飾品も、参加者のドレスも宝石も、会場中がキラキラと輝いている。
 誰もが憧れ、胸躍らせる場であるはずが、すでに辺境伯領の豊かな自然が恋しくなっていることに気がついた。
 もうすっかりアンソン家の一員になったのだなあとしみじみする。

 クロヴィス様と夫婦となり、まだ一年にも満たないけれど、今日までの日々は確実に私の中に降り積もっている。
 クロヴィス様も、フィーナも、屋敷のみんなはもう私の家族だ。せっかく王都に来たのだから、いつも誠心誠意仕えてくれる使用人のみんなにも手土産を持って帰りたい。
 あとでクロヴィス様に相談してみようかしら。
 なんて考えていると、不意に目を惹く桃色の髪が視界の端で揺れた。


「あ……」


 先ほど見かけたミランダ様だわ。
 今度こそご挨拶をしなくては……

 そう思ってミランダ様の方へと身体を向けると、彼女もこちらに気づいたようで、穏やかな笑みを浮かべて人混みを縫って近づいてきてくれた。
 その手にはワイングラスいっぱいに注がれた葡萄酒。食事中だったのかもしれない。


「ごきげんよう。先ほどはご挨拶できずに失礼いたしました。ミランダ・カロラインですわ」

「いえ、こちらこそ。アネット・アンソンでございます。どうぞお見知りおきください」


 ミランダ様はニコニコと温和な笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。
 王都では同じ学園に通ってはいたけれど、二つ年上の彼女とは学年が異なったためにほとんど交流はなかったので初めましてに近い。


「確か、宰相閣下の。クロヴィス・アンソンだ」


 クロヴィス様も名乗りを済ませ、和やかな雰囲気が流れる。

 ……ん?
 けれど、ほんの少しの違和感を抱いた。

 いや、違和感とはまた違う――なんだか嫌な予感とでも言おうか。背筋がぞくっと震えるような……


「っ!」


 悪寒の正体を探るべく周囲を見渡して――ミランダ様がクロヴィス様に熱い視線を向けていることに気がついた。

 うっとりと、舐めるように。

 肉食獣が獲物を見据えるような、そんな獰猛な色さえ滲ませている。


「? アネット?」


 言い知れない恐怖がぶわりと足元から迫り上がって来て、私は思わずクロヴィス様の腕に縋りついてしまった。
 クロヴィス様は少し戸惑った様子ながらも、その手を振り切ることはせずに、私の手に大きな手を重ねてくれる。


「……チッ」


 クロヴィス様の温もりにホッと息を吐いていると、今度は殺気にも近い視線を感じた。背中に冷たい汗が伝う。

 もしかして――ミランダ様はクロヴィス様に特別な想いを抱いている?

 そう思うと、サッと血の気が引くようだった。

 ミランダ様は宰相の娘で、女性らしく愛らしい容姿の持ち主だ。侯爵令嬢としての立ち居振る舞いも完璧。
 中央と辺境伯領の繋がりを強めるためには、きっとクロヴィス様にふさわしい相手だ。

 でも、クロヴィス様の隣は誰にも譲りたくない。いや、譲らない。

 そう決意を込めて、勇気を出してミランダ様の視線を正面から受け止めた。
 途端にミランダ様はパッと表情を明るい笑みに戻して口を開いた。


「ふふふ、とても仲がよろしいのですね。羨ましいですわ……あっ!」


 そう口元に手を添えて、ミランダ様がワイングラスを僅かに掲げたその時、ドレスの裾を踏んでこちらに倒れ込んできた。

 バシャッ!


「ああっ! やだ、ごめんなさいっ!」


 その拍子に、たっぷりの葡萄酒が私のドレスに降り注いだ。ミランダ様はサッと顔を青ざめさせてオロオロと狼狽えている。


「大丈夫です。お怪我はありませんでしたか?」

「え、ええ……って、それどころじゃないわ! 少し奥様をお借りしますわね」

「なっ、おいっ」


 安心させるようにミランダ様に差し出した手をがっしりと掴まれてしまった。
 そしてそのままミランダ様にグイグイと手を引かれていく。どうやら会場の外に出ようとしているらしい。


「えっ、ミランダ様? どちらに……」

「そのドレスじゃ帰りの馬車も汚れてしまいますわ。こういう時のためにパウダールームが用意されておりますの。ドレスの貸し出しも準備がございますので、着替えてしまいましょう。ドレスは我が家の腕利きのメイドがシミひとつ残さずに綺麗にしてみせますわ!」

「えっ? あの……」


 戸惑う私の手を離す素振りなく、ミランダ様は人混みを巧みに掻き分けていく。

 絡まる足を前に進めながらなんとか後ろを振り向くと、呆気に取られたクロヴィス様の周りにはすでに着飾ったご令嬢たちの輪ができていた。

 クロヴィス様から離れないようにと、フィーナにあれほど念押しされていたのに……

 後ろ髪を引かれながらも、確かに着替えは必要かと思い直し、私は素直にミランダ様の好意に甘えることにした。
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