5 / 36
第一章 娘ができました
第五話
しおりを挟む私たちが家族となって、早くも一ヶ月が経過した。
初夜の翌日は、昼まで起き上がることができずに、前夜の余韻に浸りながらぼうっと過ごしていたのだけれど、
「おかあたま、おはようございます」
「お、おはよう。フィーナ」
お昼過ぎになって、ベッドから起き上がれない私の様子を見に、クロエと共に軽食を持ったフィーナがやって来た。
「むふふ……」
「フィ、フィーナ? どうしたの? 何か楽しいことでもあったのかしら?」
「むふ、いえ、ゆうべはおたのしみでモガモガッ」
「え、なんて?」
口元に手を当てて楽しそうなフィーナが何かを言いかけたけれど、目にも止まらぬ速さでクロエがフィーナの口を両手で塞いだ。
「プハッ。いけないいけない……むふふ、フィーはおとうたまとおかあたまがなかよちでうれしいのです!」
「な、仲良し……そ、そうね。ありがとう……?」
曇りなき眼で意味深なことを言われて、つい昨晩のことを思い出して顔が熱くなる。
仲良し……昨晩はそれはもう優しく接してくれて、これまで積み上げてきた想いを重ねあい、夫婦となれた喜びを噛み締め合った。
確かに、仲良し……なのだろうか。
そうだといいなと思う。
まだ、夫婦となったばかりなので、クロヴィス様の支えとなれるように頑張らねばと気持ちが引き締まるのだが……娘にそう言われるのは、なんとも恥ずかしい。
どうも照れ臭くて、鼻の上まで布団を引き上げて顔を隠していると、
「はあ……推しカプ最高」
と、妙な言葉が聞こえた。
「え? 何? 何か言った? おし……?」
随分と大人びた声だった。クロエ……ではないわよね。
もしかして、フィーナ?
そう思って聞き返すも、フィーナは「なんのことれすか?」と満面の笑みで小首を傾げ、目を瞬く私を残してそそくさと部屋を出て行ってしまった。まるで嵐のようだった。
その時だけでなく、フィーナはなんとも大人びた子供だった。
すっかりアンソン家での生活にも慣れてくれたようで、笑顔をよく見せてくれて、たくさん話してくれるようになったのは本当に嬉しい。嬉しいのだけれど……本当に四歳児? と思わされる言動をすることがある。
初夜以降は、極力家族三人で寝たいと話し合ったのだが、週に一度、フィーナはクロエの元で寝ると言い張った。
その言葉通り、週に一度、フィーナは口元にニヤニヤとした笑みを携えながら、スキップをして寝室を出て行ってしまう。
最初は戸惑った私たちだったけれど、確かに夫婦二人だけの時間も大切だ。ということで、そうした日はフィーナとクロエに甘えさせてもらっている。
クロヴィス様は国境警備の仕事が主務で、主に屋敷の執務室で仕事をされている。
けれど、定期的に領地の様子を視察するために朝早くから出かけることも少なくはない。
その時は決まって私とフィーナでお見送りをする。
朝早いから寝ていていいのよ、と諭しても、「フィーも!」と意地でも頷かない。意外と頑固なところもあるのかもしれない。毎日新たな発見ばかりで驚かされる。
「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「いってらっちゃい!」
お見送りの際、クロヴィス様はいつも私とフィーナの頬にキスをしてくれる。
流石に子供の前で口づけをするのは憚られる。と、お互いに思っていたのだけれど、
「はあ、おかあたまにはおくちにすればいいのに……」
ある日、ボソッと残念そうにフィーナが呟いたので、二人して小さく飛び上がってしまった。
「えっ、えっ、ええっ!?」
四歳児、ませすぎでは!? と目を剥く私たちに、フィーナがトドメの一言。
「フィーのことは、くうき……いえ、かべだとおもってくだしゃい!」
「ええっ!?」
どういう意味!? と顔を見合わせて困惑する私たちを見て、フィーナはますます楽しそうに笑みを深める。
あまり、クロヴィス様を困らせたくないのだけれど……そう思い、眉を下げた。
「と、とにかく、行ってくる」
「あっ、は、はい」
クロヴィス様はコホンと咳払いをして、ほんのり頬を赤く染めたまま正面扉に身体を向け――サッと振り返ってツカツカと私の前にやって来た。
な、なに!?
と思っている間に、腰をグイッと引き寄せられて、唇に温もりを感じた。
「~~!?」
「……行ってくる」
耳まで真っ赤になったクロヴィス様が急いで出ていく姿を呆然と見送る私。
バタン、と扉がしまった音で我に帰ると、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
し、心臓に悪いわ……!
遅れてバクバクと騒ぎ立てる心臓。
嬉しいやら、恥ずかしいやらで、わあっと両頬を押さえる私の隣に、フィーナもぐしゃりと崩れ落ちた。
「フィーナ!? どうしたの!? 大丈夫!?」
慌てて様子を確認すると、フィーナの小さな身体はプルプルと震えている。四つん這いになる形で蹲り、片手で口を押さえている。
発作!? 大変だわ!
「クロエ! クロエーッ! すぐに来て!」
私が慌ててクロエを呼んでいる間に、またもや大人びた声音でフィーナが呟いた。
「も、萌え……ああ、壁になりたい」
やっぱり、フィーナは変わった子なのかもしれない。
こうして、平和で穏やかな滑り出しを見せた新婚生活だったけれど、クロヴィス様のお仕事が忙しさを増すにつれて、夫婦としてすれ違うことも増えていった。
460
お気に入りに追加
979
あなたにおすすめの小説

貴族令嬢ですがいじめっ子たちが王子様からの溺愛を受けたことが無いのは驚きでした!
朱之ユク
恋愛
貴族令嬢スカーレットはクラスメイトのイジメっ子たちから目をつけられていた。
理由はその美しい容姿だった。道行く人すべてがスカーレットに振り返るほどの美貌を持ち、多くの人間が彼女に一目ぼれする容姿を持っていた。
だから、彼女はイジメにあっていたのだ。
しかし、スカーレットは知ってしまう。
クラスメイトのイジメっ子はこの国の王子様に溺愛を受けたことが無いのだ。
スカーレットからすれば当たり前の光景。婚約者に愛されるなど当然のことだった。
だから、スカーレットは可哀そうな彼女たちを許すことにしました。だって、あまりにみじめなんだから。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。
『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。
すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。
隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!?
そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。
認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。
そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。
「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。
一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。
◇全15話、5万字弱のお話です
◇他サイトにも掲載予定です

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!
枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」
そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。
「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」
「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」
外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】何回も告白されて断っていますが、(周りが応援?) 私婚約者がいますの。
BBやっこ
恋愛
ある日、学園のカフェでのんびりお茶と本を読みながら過ごしていると。
男性が近づいてきました。突然、私にプロポーズしてくる知らない男。
いえ、知った顔ではありました。学園の制服を着ています。
私はドレスですが、同級生の平民でした。
困ります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる