4 / 7
馬で視察に参ります
しおりを挟む
「クリス、起きているか?」
それから数日後、朝目覚めて身支度を整えていると、部屋をノックする音が聞こえました。アルベルト様です。
「はい、ちょうど支度が整ったところですわ」
私はブロンドの髪を高い位置で束ね、アルベルト様が待つ部屋の外へと向かいました。
「おはよう、クリス」
「お、おはようございます。アルベルト様」
うう、何でしょう。先日の抱擁の一件から、アルベルト様の笑顔が眩しく思えます。
「今日は馬に乗って少し遠出をしようと思うんだが、一緒にどうかと思ってな」
「馬ですか!?ええ!是非ご一緒させてください!」
馬と聞いて私の目はきらりと輝いたことでしょう。私は動物が大好きで、特に馬のお世話は幼少期から行っておりまして、こう見えて乗馬の腕は随一と自負しておりますのよ。
馬に乗れるのが嬉しくて、ふんふんと鼻歌を口ずさみながらアルベルト様の横を歩いていると、ふっと笑みを漏らす音が聞こえました。どうかしたのかと思い、アルベルト様を見上げると、どきりとするような優しい笑みを浮かべていらっしゃいました。
「……クリスは、今日もかわいいな」
「へっ!?な、何ですか急に…」
「急になものか。照れ臭くて口に出さないだけで毎日思っている」
「な、ななっ…かっ、からかうのも程々になさってください!怒りますわよ!」
「ははっ、すまない」
ぷくりと頬を膨らませて抗議しましたが、アルベルト様はちっとも悪びれていないようです。
私たちはそのまま食堂で朝食を済ませると、アルベルト様の愛馬がいる馬小屋へと向かいました。
「まあっ!!とても美しいですわね」
「そうだろう。自慢の愛馬だ。名前はロナルドと言う」
私が目を輝かせるのも致し方ないかと思います。だって、アルベルト様の愛馬は艶やかな銀色の立髪を靡かせるとても美しい子でしたもの。水晶玉のような透き通った瞳は、アルベルト様と同じく綺麗なターコイズ色で感嘆の声が漏れてしまうほど美しいのです。アルベルト様の許可を取り、撫でさせていただきましたが、毛並みも良く、大切に育てられていることが伺えました。
「さ、クリス。乗って」
「はいっ!えっ、ひゃあっ」
アルベルト様が乗馬の準備を整えてくださると、私は鞍に手をかけてロナルドに跨ろうと致しました。が、アルベルト様に両脇をひょいと抱えられて軽々と持ち上げられてしまったのです。思わず変な声を発してしまいました。はしたないですわ…
そのままロナルドに乗せられ戸惑う私の後ろに、アルベルト様は颯爽と飛び乗られました。そして、私を包み込むように手綱を握ると、緩やかにロナルドが駆け出しました。
こ、この体勢…後ろから抱きしめられているようで落ち着きませんわ!
◇◇◇
「気持ちいい…」
風を切るように軽やかに駆けるロナルド。柔らかな春の風が戯れるように私達の肌を撫でては流れていき、とても心地よいです。背中から感じる熱も幾分か和らぐような気がします。
「ほら、見てごらんクリス。クリスが来る前は土しかなかった道の脇にも若草が生えてきている。恵みの雨でこのリアスの地も息を吹き返したようにあちこちで草花が芽吹き始めているんだ」
「あら、本当ですわ。このまま緑豊かなリアスに戻るといいですわね」
アルベルト様のおっしゃる通り、少し前までは乾いた土しかなかった歩道も、枯れ草が目立っていた小高い丘も、新緑が薄い絨毯のように広がり始めているようです。アルベルト様の表情は見えませんが、声音から嬉しそうなご様子が感じられ、私もとても温かな気持ちになりました。
それからしばらく馬を走らせて、私達はリアスと隣の領土の境界付近までやって来ました。アルベルト様が手綱を引くと、ロナルドはゆっくりと歩を緩めてコツコツと蹄の音を鳴らしながら歩き始めました。そのままの速度で周囲を視察していると、農作業に励む領民の方々から声をかけられました。
「若様!ほら見てくれよ、この間の雨が降って以来どの作物も生き生きとしてらぁ。何なら例年より育ちが早いぐらいだ。あとひと月もしないうちに収穫ができそうだ」
「なんだと、それは随分と早いな。楽しみにしている」
「領主様ーっ!こっちも順調に育ってるよ。これで食糧不足も無事解消されそうだ。これだけあったら今年は久々に果実酒も作れそうだよ」
「そうか、ありがとう。引き続き励んでくれ」
「領主様!その子はどうしたんだい?もしかして領主様の“いい人”かい?」
「ばっ、馬鹿なこと言ってないで手を動かすんだ」
「うふふふ」
皆さんの会話から、アルベルト様は本当に領民の皆さんから慕われているのだと感じ、嬉しくてつい笑みを溢してしまいました。すると、私の後ろに座るアルベルト様が、グイッと上半身を傾けて横から私の顔を覗き込んできたではありませんか。
「何を笑っているんだい?」
「あああアルベルト様っ!?危ないですので元に戻ってくださいな!」
「多少は平気だよ。こうしてしっかりと手綱を握っていればね」
「~~~っ!」
ロナルドの負担にならない程度に手綱を引き寄せるアルベルト様ですが、そうすると、アルベルト様と私の密着度が上がり、ダイレクトにアルベルト様の体温を背中で感じた私は声にならない声をあげてしまいました。そんな私の反応を可笑しそうに喉を鳴らして笑うアルベルト様。
「…アルベルト様は意地悪ですわね」
「すまん、つい楽しくてな」
「ほら!楽しんでいらっしゃいます!」
そんな他愛のないやり取りをしながら、無事に視察は終わり、再びロナルドに揺られて私たちは屋敷へと戻りました。全く、アルベルト様といると心臓が持ちませんわ。でも、不思議とそれが嫌じゃないことに…今はまだ、気づかないフリをすることにいたします。
それから数日後、朝目覚めて身支度を整えていると、部屋をノックする音が聞こえました。アルベルト様です。
「はい、ちょうど支度が整ったところですわ」
私はブロンドの髪を高い位置で束ね、アルベルト様が待つ部屋の外へと向かいました。
「おはよう、クリス」
「お、おはようございます。アルベルト様」
うう、何でしょう。先日の抱擁の一件から、アルベルト様の笑顔が眩しく思えます。
「今日は馬に乗って少し遠出をしようと思うんだが、一緒にどうかと思ってな」
「馬ですか!?ええ!是非ご一緒させてください!」
馬と聞いて私の目はきらりと輝いたことでしょう。私は動物が大好きで、特に馬のお世話は幼少期から行っておりまして、こう見えて乗馬の腕は随一と自負しておりますのよ。
馬に乗れるのが嬉しくて、ふんふんと鼻歌を口ずさみながらアルベルト様の横を歩いていると、ふっと笑みを漏らす音が聞こえました。どうかしたのかと思い、アルベルト様を見上げると、どきりとするような優しい笑みを浮かべていらっしゃいました。
「……クリスは、今日もかわいいな」
「へっ!?な、何ですか急に…」
「急になものか。照れ臭くて口に出さないだけで毎日思っている」
「な、ななっ…かっ、からかうのも程々になさってください!怒りますわよ!」
「ははっ、すまない」
ぷくりと頬を膨らませて抗議しましたが、アルベルト様はちっとも悪びれていないようです。
私たちはそのまま食堂で朝食を済ませると、アルベルト様の愛馬がいる馬小屋へと向かいました。
「まあっ!!とても美しいですわね」
「そうだろう。自慢の愛馬だ。名前はロナルドと言う」
私が目を輝かせるのも致し方ないかと思います。だって、アルベルト様の愛馬は艶やかな銀色の立髪を靡かせるとても美しい子でしたもの。水晶玉のような透き通った瞳は、アルベルト様と同じく綺麗なターコイズ色で感嘆の声が漏れてしまうほど美しいのです。アルベルト様の許可を取り、撫でさせていただきましたが、毛並みも良く、大切に育てられていることが伺えました。
「さ、クリス。乗って」
「はいっ!えっ、ひゃあっ」
アルベルト様が乗馬の準備を整えてくださると、私は鞍に手をかけてロナルドに跨ろうと致しました。が、アルベルト様に両脇をひょいと抱えられて軽々と持ち上げられてしまったのです。思わず変な声を発してしまいました。はしたないですわ…
そのままロナルドに乗せられ戸惑う私の後ろに、アルベルト様は颯爽と飛び乗られました。そして、私を包み込むように手綱を握ると、緩やかにロナルドが駆け出しました。
こ、この体勢…後ろから抱きしめられているようで落ち着きませんわ!
◇◇◇
「気持ちいい…」
風を切るように軽やかに駆けるロナルド。柔らかな春の風が戯れるように私達の肌を撫でては流れていき、とても心地よいです。背中から感じる熱も幾分か和らぐような気がします。
「ほら、見てごらんクリス。クリスが来る前は土しかなかった道の脇にも若草が生えてきている。恵みの雨でこのリアスの地も息を吹き返したようにあちこちで草花が芽吹き始めているんだ」
「あら、本当ですわ。このまま緑豊かなリアスに戻るといいですわね」
アルベルト様のおっしゃる通り、少し前までは乾いた土しかなかった歩道も、枯れ草が目立っていた小高い丘も、新緑が薄い絨毯のように広がり始めているようです。アルベルト様の表情は見えませんが、声音から嬉しそうなご様子が感じられ、私もとても温かな気持ちになりました。
それからしばらく馬を走らせて、私達はリアスと隣の領土の境界付近までやって来ました。アルベルト様が手綱を引くと、ロナルドはゆっくりと歩を緩めてコツコツと蹄の音を鳴らしながら歩き始めました。そのままの速度で周囲を視察していると、農作業に励む領民の方々から声をかけられました。
「若様!ほら見てくれよ、この間の雨が降って以来どの作物も生き生きとしてらぁ。何なら例年より育ちが早いぐらいだ。あとひと月もしないうちに収穫ができそうだ」
「なんだと、それは随分と早いな。楽しみにしている」
「領主様ーっ!こっちも順調に育ってるよ。これで食糧不足も無事解消されそうだ。これだけあったら今年は久々に果実酒も作れそうだよ」
「そうか、ありがとう。引き続き励んでくれ」
「領主様!その子はどうしたんだい?もしかして領主様の“いい人”かい?」
「ばっ、馬鹿なこと言ってないで手を動かすんだ」
「うふふふ」
皆さんの会話から、アルベルト様は本当に領民の皆さんから慕われているのだと感じ、嬉しくてつい笑みを溢してしまいました。すると、私の後ろに座るアルベルト様が、グイッと上半身を傾けて横から私の顔を覗き込んできたではありませんか。
「何を笑っているんだい?」
「あああアルベルト様っ!?危ないですので元に戻ってくださいな!」
「多少は平気だよ。こうしてしっかりと手綱を握っていればね」
「~~~っ!」
ロナルドの負担にならない程度に手綱を引き寄せるアルベルト様ですが、そうすると、アルベルト様と私の密着度が上がり、ダイレクトにアルベルト様の体温を背中で感じた私は声にならない声をあげてしまいました。そんな私の反応を可笑しそうに喉を鳴らして笑うアルベルト様。
「…アルベルト様は意地悪ですわね」
「すまん、つい楽しくてな」
「ほら!楽しんでいらっしゃいます!」
そんな他愛のないやり取りをしながら、無事に視察は終わり、再びロナルドに揺られて私たちは屋敷へと戻りました。全く、アルベルト様といると心臓が持ちませんわ。でも、不思議とそれが嫌じゃないことに…今はまだ、気づかないフリをすることにいたします。
39
お気に入りに追加
517
あなたにおすすめの小説
【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。
えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】
アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。
愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。
何年間も耐えてきたのに__
「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」
アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。
愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。
頭の緩い殿下は、どうやら私の財産を独り占めできると思っているらしいので、ぶん殴ることにした。
和泉鷹央
恋愛
イゼッタは女公爵である。
まだ十七歳と若い彼女は、二年前に家族が他界してしまい実家であるバーンズ公爵家の当主となった。
王太子ナルシスと婚約をしたのは、それからすぐのこと。
十歳年上の次期国王候補は、隣国との国境沿いにある自由貿易地域によく出かけては数週間も戻らない日々。
ナルシスはその街にある公営カジノでギャンブルに熱を上げていた。
対戦相手は隣国の若き不動産王。
やがてすべてを巻き上げられた彼は、借金のカタとして婚約者であるイゼッタを差し出すことを認めてしまい……。
他の投稿サイトでも掲載しています。
婚約破棄には婚約破棄を
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『目には目を歯には歯を、婚約破棄には婚約破棄を』
サヴィル公爵家の長女ヒルダはメクスバラ王家の第一王子メイナードと婚約していた。だが王妃の座を狙う異母妹のヘーゼルは色情狂のメイナード王子を誘惑してモノにしていた。そして王侯貴族が集まる舞踏会でヒルダに冤罪を着せて婚約破棄追放刑にする心算だった。だがそれはヒルダに見破られていたのだった。
没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。
木山楽斗
恋愛
両親が亡くなってすぐに兄が失踪した。
不幸が重なると思っていた私に、さらにさらなる不幸が降りかかってきた。兄が失踪したのは子爵家の財産のほとんどを手放さなければならい程の借金を抱えていたからだったのだ。
当然のことながら、使用人達は解雇しなければならなくなった。
多くの使用人が、私のことを罵倒してきた。子爵家の勝手のせいで、職を失うことになったからである。
しかし、中には私のことを心配してくれる者もいた。
その中の一人、フェリオスは私の元から決して離れようとしなかった。彼は、私のためにその人生を捧げる覚悟を決めていたのだ。
私は、そんな彼とともにとあるものを見つけた。
それは、先祖が密かに残していた遺産である。
驚くべきことに、それは子爵家の財産をも上回る程のものだった。おかげで、子爵家は存続することができたのである。
そんな中、私の元に帰ってくる者達がいた。
それは、かつて私を罵倒してきた使用人達である。
彼らは、私に媚を売ってきた。もう一度雇って欲しいとそう言ってきたのである。
しかし、流石に私もそんな彼らのことは受け入れられない。
「今更、掌を返しても遅い」
それが、私の素直な気持ちだった。
※2021/12/25 改題しました。(旧題:没落貴族一歩手前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更掌を返してももう遅いのです。)
婚約解消をしたら、隣国で素敵な出会いがありました。
しあ
恋愛
「私との婚約を解消して欲しい」
婚約者のエーリッヒ様からそう言われたので、あっさり承諾をした。
あまりにもあっさり承諾したので、困惑するエーリッヒ様を置いて、私は家族と隣国へ旅行へ出かけた。
幼い頃から第1王子の婚約者という事で暇なく過ごしていたので、家族旅行なんて楽しみだ。
それに、いった旅行先で以前会った男性とも再会できた。
その方が観光案内をして下さると言うので、お願いしようと思います。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
婚約は破棄します‼ ~そしてイケメンな幼馴染と結婚して幸せに暮らしました~
百谷シカ
恋愛
私を寄宿学校なんかに閉じ込めたくせして、お父様が手紙を送ってきた。
『ミレイユ、お前は婚約した。お相手のアルマン伯爵が会いたがっている。伯爵が広場まで迎えに行くそうだ。外泊許可はこちらで取り付ける。失礼のないように。日程は下記の通り』
「──はっ?」
冗談でしょ?
そりゃ、いつかは政略結婚で嫁ぐとは思ってきたけど、今なの?
とりあえず、角が立たないように会うだけ会うか。
当日、汽車の窓から婚約者を見て悪寒がした。気持ち悪い中年男だ。私は見つからないように汽車を乗り継ぎ、別の町へ向かった。この生理的に無理な結婚から逃れるためには、奥の手を使うしかない。幼馴染のセドリックと結婚するのだ。
「あんな男と結婚したくないの、助けて!」
「いいよ」
親友同士、きっとうまくやれる。そう思ったのに……
「ところで俺、爵位いらないから。大工になるけど、君、一緒に来るよね?」
「……んえっ?」
♡令嬢と令息の庶民体験型ラブストーリー♡
=====================================
(完結済)
(2020.9.7~カクヨム掲載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる