25 / 25
第四章 過去と現在
鬼丸と結衣の過去②
しおりを挟む
割れた腕輪からぶわりと真っ黒な煙幕のようなものが噴き出し、あっという間に幼き結衣を包み込んでしまった。黒煙は激しく渦巻いて、やがて霧散した。
真っ黒な闇から解放された幼い身体は、ぐしゃりと地に伏してしまった。鬼丸は苦しそうに呻きながら手を伸ばしているが、その手が幼い結衣に届くことはない。
結衣の手首には、鎖のような紋様が刻まれて青白い光を放っている。
そうだったのか。結衣は、苦しむ鬼丸に手を差し伸べて、その代償として力とこの時の記憶を封じられてしまったのだ。
結衣は固唾を飲んで眼下の様子を見守る。
鬼丸に腕輪を与えた男が言っていた通り、腕輪が割れたことで、鬼丸の身体は強制的に隠世に引き戻されようとしている。
「ぐ……必ず、必ずお前を守る。【契約の儀】、その時まで待っていろ」
鬼丸は四つん這いで何とか眠るように倒れている幼い結衣の手を取り、手首の紋様にそっと唇を寄せた。その姿は透けていて、背景が透過して見えている。
やがて、鬼丸の姿は跡形もなく消えてしまった。
「はぁっ、はぁっ……戻った、のか。あの娘は!?」
「頭領! 一体全体何があったって言うんですかい」
場面は再び隠世へ切り替わった。強制的に引き戻された鬼丸が肩で大きく息をしながら、縋るように白髪の男性に問いかけている。
「娘? まさか、向こうで人間と会ったのですか?」
驚き目を見開く男性に、鬼丸は途切れ途切れに現世での出来事を説明した。事の顛末を聞いた男性は、深く息を吐いて頭を抱えた。
「なんという事でしょう。確かに宝月の者だと言っていたのですね? あやかしと使い魔契約をして力を借り受けることを生業とする一族だと聞いたことがあります」
その話は鬼丸もよく知るところであった。あやかしを現世に呼び寄せ、協力して仕事をこなす。現世に興味を持つあやかしも多く、使い魔契約をしているものは呼びつけに応じて境界を行き来できるようになるのだ。
「恐らく、腕輪に施していた呪いを解いたことで、呪詛返しにあったのでしょう。まさか人間が鬼族きっての呪詛師である私の呪いを破るとは……よほどの才覚の持ち主なのでしょう」
「あの娘は一体どうなる。目覚めるのか?」
必死の形相で、男性の胸ぐらを掴む鬼丸であるが、ゆっくり首を振る男性を前に力なく腕を下ろした。
「事情が事情ですから、特別ですよ」
項垂れる鬼丸を見かねた男性が、部屋を出ていき、大きな水瓶を持って戻ってきた。
「なんだ、それは」
「これは『水鏡』。現世を覗き見る特別な道具です」
男性はそう言いながら、水瓶に水を注いでいく。とぷりとぷりと水が満ちていく。
「頭領とその人間の少女を繋ぐ呪いの残滓を辿るとしましょうか」
促されるままに鬼丸が水面を覗き込むと、風もないのに水瓶の水面が波紋を描き始めた。
ゆらゆら揺れる水面は、やがて鏡のように光を反射し始め、どこかの映像を映し始めた。
「あの娘だ!」
そこには、ちょうど家の者に倒れているところを発見されて屋敷に担ぎ込まれている幼き結衣の様子が映し出されていた。
「音声までは繋げませんが、現世の様子を垣間見ることができます」
鬼丸は水瓶の縁を両手で掴み、目一杯に中を覗き込んでいる。
水瓶の中では、幼き結衣が目を覚まし、両親に事情を問われている様子が映し出されている。やがて、両親は結衣の手首に刻まれた紋様に気付き、勢いよく結衣の腕を掴み上げた。音声がなくとも酷く叱責されていることが分かる。これまで優しかった両親の豹変ぶりに、幼き結衣は目を大きく見開いて震えている。
「くっ……俺のせいで……」
鬼丸は血が滲むほどに唇を噛み締めている。ほんの些細な好奇心。悪戯心にも似た気持ちで現世の地を踏んだ鬼丸。鬼の頭領である鬼丸は、高位のあやかしの中でもさらに上位の存在であり、その妖力も他と比べ物にならないほどに膨大だ。
そんな力を簡単に封じることなどできなかったのだ。場合によっては、制御しきれずに妖力が暴走してもっと大きな被害をもたらしていた可能性もある。それこそ、境界を大きく揺るがすような被害が生まれていたかもしれない。そのような危険が、たった一人の幼気な少女を襲ったのだ。少女の約束された明るい未来を閉ざしてしまったのだ。
「必ず、お前を守ってやるからな」
この日から鬼丸は、毎日水瓶に水を張り、結衣の行動を見守るようになった。
――――――――
いつもお付き合いいただきありがとうございます。
本作は、本日まで開催中のキャラ文芸大賞エントリー作品となります。
1月中に完結まで書けず、また、毎日更新もできておらずに申し訳ございません。
物語も終盤に差し掛かっております。2月中完結を目指しますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
真っ黒な闇から解放された幼い身体は、ぐしゃりと地に伏してしまった。鬼丸は苦しそうに呻きながら手を伸ばしているが、その手が幼い結衣に届くことはない。
結衣の手首には、鎖のような紋様が刻まれて青白い光を放っている。
そうだったのか。結衣は、苦しむ鬼丸に手を差し伸べて、その代償として力とこの時の記憶を封じられてしまったのだ。
結衣は固唾を飲んで眼下の様子を見守る。
鬼丸に腕輪を与えた男が言っていた通り、腕輪が割れたことで、鬼丸の身体は強制的に隠世に引き戻されようとしている。
「ぐ……必ず、必ずお前を守る。【契約の儀】、その時まで待っていろ」
鬼丸は四つん這いで何とか眠るように倒れている幼い結衣の手を取り、手首の紋様にそっと唇を寄せた。その姿は透けていて、背景が透過して見えている。
やがて、鬼丸の姿は跡形もなく消えてしまった。
「はぁっ、はぁっ……戻った、のか。あの娘は!?」
「頭領! 一体全体何があったって言うんですかい」
場面は再び隠世へ切り替わった。強制的に引き戻された鬼丸が肩で大きく息をしながら、縋るように白髪の男性に問いかけている。
「娘? まさか、向こうで人間と会ったのですか?」
驚き目を見開く男性に、鬼丸は途切れ途切れに現世での出来事を説明した。事の顛末を聞いた男性は、深く息を吐いて頭を抱えた。
「なんという事でしょう。確かに宝月の者だと言っていたのですね? あやかしと使い魔契約をして力を借り受けることを生業とする一族だと聞いたことがあります」
その話は鬼丸もよく知るところであった。あやかしを現世に呼び寄せ、協力して仕事をこなす。現世に興味を持つあやかしも多く、使い魔契約をしているものは呼びつけに応じて境界を行き来できるようになるのだ。
「恐らく、腕輪に施していた呪いを解いたことで、呪詛返しにあったのでしょう。まさか人間が鬼族きっての呪詛師である私の呪いを破るとは……よほどの才覚の持ち主なのでしょう」
「あの娘は一体どうなる。目覚めるのか?」
必死の形相で、男性の胸ぐらを掴む鬼丸であるが、ゆっくり首を振る男性を前に力なく腕を下ろした。
「事情が事情ですから、特別ですよ」
項垂れる鬼丸を見かねた男性が、部屋を出ていき、大きな水瓶を持って戻ってきた。
「なんだ、それは」
「これは『水鏡』。現世を覗き見る特別な道具です」
男性はそう言いながら、水瓶に水を注いでいく。とぷりとぷりと水が満ちていく。
「頭領とその人間の少女を繋ぐ呪いの残滓を辿るとしましょうか」
促されるままに鬼丸が水面を覗き込むと、風もないのに水瓶の水面が波紋を描き始めた。
ゆらゆら揺れる水面は、やがて鏡のように光を反射し始め、どこかの映像を映し始めた。
「あの娘だ!」
そこには、ちょうど家の者に倒れているところを発見されて屋敷に担ぎ込まれている幼き結衣の様子が映し出されていた。
「音声までは繋げませんが、現世の様子を垣間見ることができます」
鬼丸は水瓶の縁を両手で掴み、目一杯に中を覗き込んでいる。
水瓶の中では、幼き結衣が目を覚まし、両親に事情を問われている様子が映し出されている。やがて、両親は結衣の手首に刻まれた紋様に気付き、勢いよく結衣の腕を掴み上げた。音声がなくとも酷く叱責されていることが分かる。これまで優しかった両親の豹変ぶりに、幼き結衣は目を大きく見開いて震えている。
「くっ……俺のせいで……」
鬼丸は血が滲むほどに唇を噛み締めている。ほんの些細な好奇心。悪戯心にも似た気持ちで現世の地を踏んだ鬼丸。鬼の頭領である鬼丸は、高位のあやかしの中でもさらに上位の存在であり、その妖力も他と比べ物にならないほどに膨大だ。
そんな力を簡単に封じることなどできなかったのだ。場合によっては、制御しきれずに妖力が暴走してもっと大きな被害をもたらしていた可能性もある。それこそ、境界を大きく揺るがすような被害が生まれていたかもしれない。そのような危険が、たった一人の幼気な少女を襲ったのだ。少女の約束された明るい未来を閉ざしてしまったのだ。
「必ず、お前を守ってやるからな」
この日から鬼丸は、毎日水瓶に水を張り、結衣の行動を見守るようになった。
――――――――
いつもお付き合いいただきありがとうございます。
本作は、本日まで開催中のキャラ文芸大賞エントリー作品となります。
1月中に完結まで書けず、また、毎日更新もできておらずに申し訳ございません。
物語も終盤に差し掛かっております。2月中完結を目指しますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
0
お気に入りに追加
44
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜
あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』
という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。
それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。
そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。
まず、夫が会いに来ない。
次に、使用人が仕事をしてくれない。
なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。
でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……?
そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。
すると、まさかの大激怒!?
あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。
────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。
と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……?
善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。
────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください!
◆小説家になろう様でも、公開中◆
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる