あやかし代行稼業の落ちこぼれ〜使い魔の鬼の子に過保護に愛されています〜

水都 ミナト

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第四章 過去と現在

鬼丸と結衣の過去②

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 割れた腕輪からぶわりと真っ黒な煙幕のようなものが噴き出し、あっという間に幼き結衣を包み込んでしまった。黒煙は激しく渦巻いて、やがて霧散した。
 真っ黒な闇から解放された幼い身体は、ぐしゃりと地に伏してしまった。鬼丸は苦しそうに呻きながら手を伸ばしているが、その手が幼い結衣に届くことはない。

 結衣の手首には、鎖のような紋様が刻まれて青白い光を放っている。

 そうだったのか。結衣は、苦しむ鬼丸に手を差し伸べて、その代償として力とこの時の記憶を封じられてしまったのだ。

 結衣は固唾を飲んで眼下の様子を見守る。
 鬼丸に腕輪を与えた男が言っていた通り、腕輪が割れたことで、鬼丸の身体は強制的に隠世かくりよに引き戻されようとしている。


「ぐ……必ず、必ずお前を守る。【契約の儀】、その時まで待っていろ」


 鬼丸は四つん這いで何とか眠るように倒れている幼い結衣の手を取り、手首の紋様にそっと唇を寄せた。その姿は透けていて、背景が透過して見えている。

 やがて、鬼丸の姿は跡形もなく消えてしまった。





「はぁっ、はぁっ……戻った、のか。あの娘は!?」

「頭領! 一体全体何があったって言うんですかい」


 場面は再び隠世かくりよへ切り替わった。強制的に引き戻された鬼丸が肩で大きく息をしながら、縋るように白髪の男性に問いかけている。


「娘? まさか、向こうで人間と会ったのですか?」


 驚き目を見開く男性に、鬼丸は途切れ途切れに現世うつしよでの出来事を説明した。事の顛末を聞いた男性は、深く息を吐いて頭を抱えた。


「なんという事でしょう。確かに宝月の者だと言っていたのですね? あやかしと使い魔契約をして力を借り受けることを生業とする一族だと聞いたことがあります」


 その話は鬼丸もよく知るところであった。あやかしを現世うつしよに呼び寄せ、協力して仕事をこなす。現世うつしよに興味を持つあやかしも多く、使い魔契約をしているものは呼びつけに応じて境界を行き来できるようになるのだ。


「恐らく、腕輪に施していたまじないを解いたことで、呪詛返しにあったのでしょう。まさか人間が鬼族きっての呪詛師である私のまじないを破るとは……よほどの才覚の持ち主なのでしょう」

「あの娘は一体どうなる。目覚めるのか?」


 必死の形相で、男性の胸ぐらを掴む鬼丸であるが、ゆっくり首を振る男性を前に力なく腕を下ろした。


「事情が事情ですから、特別ですよ」


 項垂れる鬼丸を見かねた男性が、部屋を出ていき、大きな水瓶を持って戻ってきた。


「なんだ、それは」

「これは『水鏡みずかがみ』。現世うつしよを覗き見る特別な道具です」


 男性はそう言いながら、水瓶に水を注いでいく。とぷりとぷりと水が満ちていく。


「頭領とその人間の少女を繋ぐまじないの残滓を辿るとしましょうか」


 促されるままに鬼丸が水面を覗き込むと、風もないのに水瓶の水面が波紋を描き始めた。

 ゆらゆら揺れる水面は、やがて鏡のように光を反射し始め、どこかの映像を映し始めた。


「あの娘だ!」


 そこには、ちょうど家の者に倒れているところを発見されて屋敷に担ぎ込まれている幼き結衣の様子が映し出されていた。


「音声までは繋げませんが、現世うつしよの様子を垣間見ることができます」


 鬼丸は水瓶の縁を両手で掴み、目一杯に中を覗き込んでいる。

 水瓶の中では、幼き結衣が目を覚まし、両親に事情を問われている様子が映し出されている。やがて、両親は結衣の手首に刻まれた紋様に気付き、勢いよく結衣の腕を掴み上げた。音声がなくとも酷く叱責されていることが分かる。これまで優しかった両親の豹変ぶりに、幼き結衣は目を大きく見開いて震えている。


「くっ……俺のせいで……」


 鬼丸は血が滲むほどに唇を噛み締めている。ほんの些細な好奇心。悪戯心にも似た気持ちで現世うつしよの地を踏んだ鬼丸。鬼の頭領である鬼丸は、高位のあやかしの中でもさらに上位の存在であり、その妖力も他と比べ物にならないほどに膨大だ。

 そんな力を簡単に封じることなどできなかったのだ。場合によっては、制御しきれずに妖力が暴走してもっと大きな被害をもたらしていた可能性もある。それこそ、境界を大きく揺るがすような被害が生まれていたかもしれない。そのような危険が、たった一人の幼気な少女を襲ったのだ。少女の約束された明るい未来を閉ざしてしまったのだ。


「必ず、お前を守ってやるからな」


 この日から鬼丸は、毎日水瓶に水を張り、結衣の行動を見守るようになった。





 ――――――――
 いつもお付き合いいただきありがとうございます。
 本作は、本日まで開催中のキャラ文芸大賞エントリー作品となります。
 1月中に完結まで書けず、また、毎日更新もできておらずに申し訳ございません。
 物語も終盤に差し掛かっております。2月中完結を目指しますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
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