上 下
17 / 25
第二章 落ちこぼれとエリート

結衣と失くし物③

しおりを挟む
 慌てて空を仰ぐと、夕日を背にして空を滑空している辰輝の姿があった。辰輝を運んでいるのは、彼の使い魔の一人、鴉天狗である。若い天狗であるが高位のあやかしに違いはなく、そんな鴉天狗と契約を交わすことができる辰輝の技量が窺える。

 辰輝は危なげなく結衣の隣に着地し、鴉天狗は翼を羽ばたかせながら辰輝の後方に降り立ち、こちらの様子を窺っている。


「たっちゃ……た、辰輝くん。どうしてここに?」

「それはこっちの台詞や。俺は綻びの気配を感じて様子見にきただけや。そしたら結衣と鬼の小僧がおったんや」

「小僧と言うな、小僧が」

「あぁん?」


 バチチ、と鬼丸と辰輝の間に火花が散る。やはり、どう言うわけかこの二人は馬が合わないらしい。


「ちょっと、今は喧嘩している場合じゃないでしょう? それぞれの仕事を終わらせましょう」

「あ? 仕事?」


 結衣の言葉に怪訝な顔をする辰輝。結衣はここに至った経緯を簡単に説明した。


「はーん。なるほどなぁ……おもろい道具があったもんや」


 辰輝は興味津々といった様子で毛糸の糸をクイクイッと引っ張ってくる。


「ま、話聞く感じやとこの社に綻びが生じとることは確かやな。黒田坊、記録しときや」

「御意」


 辰輝の指示を受け、鴉天狗の黒田坊は胸元から巻物を取り出すと、シャッと広げてサラサラと筆を走らせた。


「さて、俺の仕事はこれで終いや。次はそっちの番やで」


 どうやら見学を決め込んだらしく、辰輝は腕組みをして一歩下がった。お手並み拝見とでも言いたげな態度にムッとするが、結衣はため息をついて社の裏に回り込んで毛糸の先を辿る。


「鬼丸、ここみたい」


 結衣が指差した先で毛糸がプツリと途切れている。結衣に綻びがもたらす空間の揺らぎを視認することはできないが、明らかに別の時空に毛糸が吸い込まれている。鬼丸も結衣の隣に立ち、糸が消えた場所に視線を向ける。


「間違いない。この先に掛け軸がある。糸はまだ動いているか?」

「うーん……あ、ちょうど止まったみたい」


 結衣の手のひらの上にはすっかり小ぶりになった毛糸玉が乗っている。先ほどまでシュルシュルと糸が解けていたのだが、今は大人しく結衣の手のひらに収まっている。


「目的を達成したのだろう。結衣、糸をしっかり握っていろよ。俺の合図で思い切り引け」

「ん、分かった」


 鬼丸に言われるままに残った毛糸を解いて手にしっかりと巻き付けて握り込む。鬼丸も毛糸を両手で握り、綱引きのような体勢をとる。


「いくぞ。さん、に、いち……今だ!」

「えいっ!」


 鬼丸の声に合わせて勢いよく糸を引くと、クンッと手応えを感じた。勢いのまま後ろに下がっていくと、綻びから掛け軸の軸紐が現れた。


「出てきた!」

「このまま引っ張り出すぞ」


 再び、「せーの」と息を合わせて糸を引くと、ひらりと掛け軸が飛び出してきた。


「やった! ……んん?」


 探していた掛け軸を無事に見つけられた喜びが胸に湧き上がるが、結衣はとある違和感も同時に胸に抱いた。赤い毛糸が掛け軸に巻き付いており、糸の端はまだ向こう側に入ったままなのだ。

 結衣と鬼丸は顔を見合わせ、掛け軸を丁寧に回収してから残る糸を引いてみた。すると、茶器や鍋、さらにはぬいぐるみまで綻びから飛び出してきた。

 そういえば、清子は最近よく物が失くなると言っていた。もしやこれが全部そうなのだろうか。結衣は呆気に取られながらも一つ一つを大事に取り上げて状態を確認した。


「恐らく清子のものだろう。掛け軸と同じ匂いがする」


 鬼丸が親指で鼻を押さえながら言うのだから間違いない。これは清子の失くし物だ。どれも古いものだが、とても状態がいい。きっと大事に大事に保管されてきたのだろう。


「あの狸の言うように、百々目鬼どどめきの仕業であれば合点がいく。奴らは想いの篭った品を収集するへきがある」


 あやかしを惹きつけるほど大切にされていたものというわけか。本当に、清子の元に返すことが叶ってよかったと、結衣は心からそう思った。

 清子の品々に思いを馳せていると、背後からパチパチと拍手が聞こえた。


「おー、見事や。綻びの修復は俺らに任しとき。今日見つけた綻びは明日まとめて閉じてまう。探して閉じるを繰り返せば、そのうちこの街から綻びは一掃されるっちゅうわけやな」


 簡単そうに言っているが、複数の綻びをまとめて閉じる所業ができるのは、現当主を除けば、辰輝と亜衣ぐらいだろう。結衣には綻びを閉じるどころか見ることさえ叶わない。誰がどう見てもエリートと落ちこぼれだ。

 現に、七緒の力に頼らなければきっと掛け軸を見つけることはできなかった。鬼丸や七緒の手助けなしには碌に依頼もこなせないのだと改めて痛感してしまう。


「あは……ありがとう」


 辰輝の賞賛も素直に受け取ることができずに、どうしても笑顔が引き攣ってしまう。そんな結衣の様子に気づく様子もない辰輝は、考え込むように顎に手を添えた。


「しっかし、亜依の奴がやたらと結衣を隠世かくりよから遠ざけようとするもんで、よっぽど役立たずなんやろう思っとったわ。今の見てる感じ、そこまでキィキィ言わんでええと思うけどなあ」


 その言葉にギクリと肩が強張る。亜衣に隠世かくりよに近付くなと釘を刺されてまだ数週間しか経っていない。今日のことが耳に入れば、きっとまた怒られる。あるいは、しばらく謹慎処分を受けることもあり得る。


「あ、あの! 今日のことは、亜衣には言わないでほしいの」

「はあ? なんでやねん」


 胸の前で手を組んで懇願すると、辰輝は素っ頓狂な声を上げた。けれど、結衣の表情から切迫した気持ちを読み取ったのか、辰輝はため息をついて頭を掻いた。


「なんや、やっぱり厄介なことになっとるんやなあ」

「え?」

「ええ、ええ。こっちの話や」


 ひらひら手を振られてはぐらかされてしまえば、それ以上は無理に追求できなかった。


「ええで。ここに結衣がおったことは内緒にしといたる。その代わり、今度パフェ食べに連れてってや」

「パフェ? そういえば、辰輝くん甘いもの好きだったよね」


 想定外の条件に、結衣の緊張感も緩んで小さく噴き出した。面白くないのは鬼丸だ。目の前で主人がよその男と出かける約束を取り付けているのだから。


「俺も行くぞ」

「はぁ? おチビはお呼びやない」

「俺は結衣の使い魔だ。害虫から守るのも俺の役割だ」

「だーれーがー害虫や!」

「よく分かっているじゃないか」


 やはりギャイギャイと言い合いが始まる二人を前に、(案外仲が良いのかも?)と思ってしまったのは内緒にしておこう。きっと両者全力で否定するに決まっているのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

処理中です...