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第二章 落ちこぼれとエリート
結衣と失くし物②
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「それで? わざわざ僕を訪ねに来るってことは、何か困りごと?」
瞳を伏せて煙管を吸いながら、呑気な声で尋ねる七緒。
「ええ。実は、失くなった掛け軸を探しているの。状況からしてあやかし絡みじゃないかと踏んでいるのだけど……手がかりが何もなくて」
結衣は、先ほど清子から聞いた情報を七緒に話した。
七緒は、ふんふん、と頷きながらも興味がなさそうに煙管を味わっている。
「なるほどなるほど。多分だけど百々目鬼の仕業じゃないかなあ。あの子たち、収集癖があるからさ。ちょっと待ってね、ちょうどいい代物が……」
よっこらせと立ち上がった七緒がゆらゆらと尻尾を揺らしながら壁際にずらりと並ぶ木札を眺めている。やがて一枚の木札を壁から丁寧に取り出すと、プラプラと結衣たちに振ってみせた。そこには毛糸のような絵が描かれている。
「あったあった。これを使ってみよう。それで、その清子っておばあさんの私物は借りてきているのかな?」
眠そうに半分瞼を落としたまま、七緒は結衣に向かって手を差し出す。
こうなることが分かっていたため、結衣は清子からハンカチを一枚預かっていた。
「はい。これで大丈夫かな?」
「ん、十分十分。じゃあ、出すから下がってて」
満足げに目を細めた七緒は、木札をヒョイっと宙に放り投げて両手を合わせた。
すると、ボフン、と音がして、モクモクと雲のように白い煙が現れた。そしてコロンと結衣の足元に転がり出てきたのは、真っ赤な毛糸玉。そしてどこから現れたのか、ひらりひらりと一枚の葉が舞い落ちた。
「これはね、『物と所有者を繋ぐ赤い糸』だよ。糸の端にハンカチを結びつけて、妖力に乗せて糸を風に流せば探し物に行き着くよ」
煙管の炭を落とした七緒が可愛い我が子を自慢するようにニヤッと口の端を上げた。
ここは、外から見ればただの駄菓子屋に見える。けれど、その実態は妖狸が経営する隠世の不思議な道具を取り扱う店なのだ。
「相変わらず変なものばかりだな」
いつの間にか店の奥に入って一面の木札を眺めていた鬼丸が、感心したような、呆れたような声を出した。怒るでもなく七緒は鬼丸に微笑みかける。
「色々あるよう。『正しい帰り道を教えてくれる杖』、『匂いを嗅げば忘れた記憶を呼び起こせるお香』、『苦手な食材を食べることができるふりかけ』とかね。何か気になるものある?」
木札を指差し説明する七緒の言葉に、ピクリと鬼丸の眉が反応した。何か気になる品でもあったのかと気になったが、鬼丸が何か問おうと口を開く前に、結衣はパチンと手を叩いた
「んもう。その話をし出したらキリがないでしょう。今は依頼を先に片付けましょう」
「あっはは。分かった分かった。じゃあ、毛糸をハンカチに結んで……いくよお」
七緒は赤い毛糸の先を二周ハンカチに巻き付けて結ぶと、人差し指と中指を立てて印を組んだ。すると、ふわりと淡い光が毛糸を包み込み、毛糸はまるで生きているかのように動き始めた。
「さ、探し始めた。追いかけて追いかけて」
結衣と鬼丸に発破をかけつつ自分は動こうとしない七緒。それもいつものことなので、結衣は気にすることなく七緒にお礼を言うと、フヨフヨと尋ね人を探すかの如く彷徨う毛糸を追いかけた。
「多分、また境界の綻びだろうね」
「ああ、恐らくな」
毛糸の後を追いながら、結衣と鬼丸は顔を見合わせる。
「そういえば、さっき七緒の店に何か気になる物でもあったの?」
先ほどは話を遮ってしまったが、何か欲しい物でもあったのかと結衣は鬼丸に尋ねた。
「いや……興味深いと思っただけだ」
「そう? 何か欲しいものがあったら言ってね。日頃のお礼を兼ねてプレゼントするよ?」
「お前……プレゼントというのは当人にバレないようにするものだろう?」
「違うわよ。確かにサプライズは素敵だけど、欲しいものを聞いてから買いに行く人も多いんだよ?」
「ふん、人間は相変わらずおかしなことをする」
そんな話をしていると、毛糸がとある雑居ビルの中に滑り込んでいった。どうやら空き家のようで、ドアも施錠されずに中に侵入できた。四階建ての構造で、各階は貸しオフィスだったのだろうか。古びた机や椅子がそのまま残されている階もあった。
「屋上?」
止まることなく階段を這い上がっていく毛糸を追って、二人は雑居ビルの屋上までやってきた。
「うぅ、寒い」
「さっさと終わらせろ。温かい風呂が俺を待っている」
鬼丸は肩をすくませながら悪態をつく。
屋上の中心には、小ぶりな社が建っていた。毛糸の先は社にまっすぐ向かっていく。
「あの社に綻びが生じているのかな。鬼丸、もっと近付いて――」
「こんなところで何しとるんや」
社を調べようとしたその時、頭上から降ってきたのは辰輝の声だった。
瞳を伏せて煙管を吸いながら、呑気な声で尋ねる七緒。
「ええ。実は、失くなった掛け軸を探しているの。状況からしてあやかし絡みじゃないかと踏んでいるのだけど……手がかりが何もなくて」
結衣は、先ほど清子から聞いた情報を七緒に話した。
七緒は、ふんふん、と頷きながらも興味がなさそうに煙管を味わっている。
「なるほどなるほど。多分だけど百々目鬼の仕業じゃないかなあ。あの子たち、収集癖があるからさ。ちょっと待ってね、ちょうどいい代物が……」
よっこらせと立ち上がった七緒がゆらゆらと尻尾を揺らしながら壁際にずらりと並ぶ木札を眺めている。やがて一枚の木札を壁から丁寧に取り出すと、プラプラと結衣たちに振ってみせた。そこには毛糸のような絵が描かれている。
「あったあった。これを使ってみよう。それで、その清子っておばあさんの私物は借りてきているのかな?」
眠そうに半分瞼を落としたまま、七緒は結衣に向かって手を差し出す。
こうなることが分かっていたため、結衣は清子からハンカチを一枚預かっていた。
「はい。これで大丈夫かな?」
「ん、十分十分。じゃあ、出すから下がってて」
満足げに目を細めた七緒は、木札をヒョイっと宙に放り投げて両手を合わせた。
すると、ボフン、と音がして、モクモクと雲のように白い煙が現れた。そしてコロンと結衣の足元に転がり出てきたのは、真っ赤な毛糸玉。そしてどこから現れたのか、ひらりひらりと一枚の葉が舞い落ちた。
「これはね、『物と所有者を繋ぐ赤い糸』だよ。糸の端にハンカチを結びつけて、妖力に乗せて糸を風に流せば探し物に行き着くよ」
煙管の炭を落とした七緒が可愛い我が子を自慢するようにニヤッと口の端を上げた。
ここは、外から見ればただの駄菓子屋に見える。けれど、その実態は妖狸が経営する隠世の不思議な道具を取り扱う店なのだ。
「相変わらず変なものばかりだな」
いつの間にか店の奥に入って一面の木札を眺めていた鬼丸が、感心したような、呆れたような声を出した。怒るでもなく七緒は鬼丸に微笑みかける。
「色々あるよう。『正しい帰り道を教えてくれる杖』、『匂いを嗅げば忘れた記憶を呼び起こせるお香』、『苦手な食材を食べることができるふりかけ』とかね。何か気になるものある?」
木札を指差し説明する七緒の言葉に、ピクリと鬼丸の眉が反応した。何か気になる品でもあったのかと気になったが、鬼丸が何か問おうと口を開く前に、結衣はパチンと手を叩いた
「んもう。その話をし出したらキリがないでしょう。今は依頼を先に片付けましょう」
「あっはは。分かった分かった。じゃあ、毛糸をハンカチに結んで……いくよお」
七緒は赤い毛糸の先を二周ハンカチに巻き付けて結ぶと、人差し指と中指を立てて印を組んだ。すると、ふわりと淡い光が毛糸を包み込み、毛糸はまるで生きているかのように動き始めた。
「さ、探し始めた。追いかけて追いかけて」
結衣と鬼丸に発破をかけつつ自分は動こうとしない七緒。それもいつものことなので、結衣は気にすることなく七緒にお礼を言うと、フヨフヨと尋ね人を探すかの如く彷徨う毛糸を追いかけた。
「多分、また境界の綻びだろうね」
「ああ、恐らくな」
毛糸の後を追いながら、結衣と鬼丸は顔を見合わせる。
「そういえば、さっき七緒の店に何か気になる物でもあったの?」
先ほどは話を遮ってしまったが、何か欲しい物でもあったのかと結衣は鬼丸に尋ねた。
「いや……興味深いと思っただけだ」
「そう? 何か欲しいものがあったら言ってね。日頃のお礼を兼ねてプレゼントするよ?」
「お前……プレゼントというのは当人にバレないようにするものだろう?」
「違うわよ。確かにサプライズは素敵だけど、欲しいものを聞いてから買いに行く人も多いんだよ?」
「ふん、人間は相変わらずおかしなことをする」
そんな話をしていると、毛糸がとある雑居ビルの中に滑り込んでいった。どうやら空き家のようで、ドアも施錠されずに中に侵入できた。四階建ての構造で、各階は貸しオフィスだったのだろうか。古びた机や椅子がそのまま残されている階もあった。
「屋上?」
止まることなく階段を這い上がっていく毛糸を追って、二人は雑居ビルの屋上までやってきた。
「うぅ、寒い」
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鬼丸は肩をすくませながら悪態をつく。
屋上の中心には、小ぶりな社が建っていた。毛糸の先は社にまっすぐ向かっていく。
「あの社に綻びが生じているのかな。鬼丸、もっと近付いて――」
「こんなところで何しとるんや」
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