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第二章 落ちこぼれとエリート
結衣と失くし物①
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翌日、早速辰輝率いる御影家の異能者たちは調査のために街へと繰り出した。
まずは一気に綻びの場所を特定して地図に書き込み、まとめて繕う作戦となっている。
結衣と鬼丸は現時点では特に任務を与えられていないため、通常の依頼を受注していた。年末が近づいてきていることもあり、大掃除の依頼が非常に多いのだ。
「さ、鬼丸。今日も張り切って掃除するわよ」
「毎日掃除ばかりでつまらん」
「そんなこと言わないで。私たちの手を必要としてくれている人がいるのだもの。行きましょう」
渋る鬼丸を発破して結衣たちは依頼者の元へと向かう。その道中で頭をよぎるのは、昨日の辰輝の言葉である。
『なんで鬼なんちゅう高位のあやかしが、こっちに影響を与えんと長居できてんねん。おかしいやろ。自分、ほんま何者やねん。結衣もおかしいと思わんのか』
確かに辰輝のいう通りである。むしろ、どうして今まで気にしてこなかったのか頭を抱えたくなるほどだ。鬼のような高位のあやかしが現世に何年も滞在するとなると、漏れ出た妖気で二つの世界の境界が曖昧になってしまう。現に先日神社に現れた妖狐の影響と思われる綻びが無数に発現しているのだ。
本当に鬼丸の言うように妖気をうまく制御しているのか腕力も体力も人間と比べると常人離れしているが、目立って周囲に影響を及ぼしている様子はない。
やはり本来の力を抑えているのだろうか。そうまでして、結衣の側にいることを選んでくれたのだろうか。そこまでする理由が何かあるのだろうか。鬼丸に不自由はさせていないだろうか。
ぐるぐると頭の中を渦巻くのはそうした疑問ばかり。
「おい」
「……」
「おい、結衣」
「……わっ! お、鬼丸。どうしたの?」
顎に手を当てて考え込んでいて鬼丸の声に反応できなかった。グッと袖を引かれて、ようやく結衣は顔を上げた。
「もう着くぞ。何を無駄なことを考えている」
「無駄って……ううん、ごめん。行こうか」
ボーッとしている間に目的地に到着していたらしい。
先ほど悶々と考えていた疑問を鬼丸にぶつけようかと一瞬考えたが、今はまだ鬼丸の答えを受け止める覚悟ができていない。考え出せば、どうして力の乏しい結衣の呼びかけに応えて使い魔契約を結んでくれたのか、どうして隠世に戻ることなくいつも結衣のそばにいてくれるのか、疑問は次から次へとどんどん浮かんでくる。
「よし! 切り替えて頑張ろう」
結衣は自身に絡みつく疑問を振り払うように両頬をペチンと叩くと、依頼者の家のドアベルを鳴らした。
朝、昼、夕方と三件の依頼をこなした結衣と鬼丸は、心地よい疲労感を抱きながら帰路についていた。
宝月の屋敷の前が見えてきた頃、門を叩こうかどうしようかと右往左往している人物がいることに気がついた。
「安田のおばあちゃん? それに、そちらは?」
「ああ、結衣ちゃん。それに鬼丸ちゃんも」
そこに居たのは、民代と、民代と同年代と思しき着物の女性だった。
「あのね、実は清ちゃんの話を聞いてあげて欲しいのよ」
「突然の訪問失礼いたします。民ちゃんの友人の中辻清子と申します」
丁寧に腰を折った女性は、清子というらしい。物腰が柔らかく、どこか気品を感じさせる。
「実は最近、物がよく失くなるのです。私ももう歳ですから、どこかにしまい込んでしまったのか、はたまた捨ててしまったのかと思っていたのですが……今日、家の大掃除をして出したばかりの掛け軸が失くなっていたのです」
清子の話を聞いた結衣と鬼丸は顔を見合わせた。
「鬼丸、これってもしかしなくても?」
「十中八九、あやかし絡みだろう。受けるのか?」
答えが分かっていても、結衣の意見をきちんと問うてくれる鬼丸に、結衣は微笑みを携えて首肯する。
「そうね。安田のおばあちゃんのお友達が困っているのだもの。無碍にはできないわ」
「分かった」
結衣の答えを受けて、鬼丸は満足げに微笑む。
「よかったわねえ、清ちゃん。二人に任せておけば安心よ」
「ありがとうございます。主人が残した大事な物なのです」
清子は涙ぐみながら袖で目元を押さえている。
路傍なので、いくつか失くし物についてとその時の状況を教えてもらうに留め、必要があれば改めて訪問するとして正式に依頼を受けた。話がまとまると、民代と清子は頭を下げながら帰っていった。
「さて、物探しか。俺は動物のように鼻が効くわけではないからな。気乗りせんが、奴を訪ねるか」
「そうだね。久しぶりだね」
ちょうど時刻は夕暮れ時。
結衣と鬼丸は屋敷に背を向けて、商店街の方へと向かった。
シャッターの下りた店が目立つが、昨今では比較的活気のある商店街を進み、途中で裏道に入る。二つ道を折れた先に、こぢんまりとした駄菓子屋が現れた。
「七緒、いる?」
背景に溶け込むような儚ささえ感じさせる店構えの駄菓子屋に足を踏み入れ、奥に声をかける結衣。結衣たち以外に客の姿はない。
「はいはい。来ると思っていたよ」
店の奥に声をかけたのに、返事は背後から返ってきた。ゆっくり振り向くと、店の前のベンチで煙管を吹かせた中性的な顔立ちの人物が膝を立てて座っていた。
ふぅ、と息を吐き出すと、ゆらりと白煙が立ち上る。その煙に呼応するように、その人の腰から生える二本の太くて毛並みのいい尻尾が揺れている。
「出たな、化け狸」
「ひどいなあ。せめて妖狸って呼んでよ」
クスクス笑いながら再び煙を燻らせるのは、妖狸の七緒。現世と隠世が交わる時間にのみ店を構えるあやかしである。
まずは一気に綻びの場所を特定して地図に書き込み、まとめて繕う作戦となっている。
結衣と鬼丸は現時点では特に任務を与えられていないため、通常の依頼を受注していた。年末が近づいてきていることもあり、大掃除の依頼が非常に多いのだ。
「さ、鬼丸。今日も張り切って掃除するわよ」
「毎日掃除ばかりでつまらん」
「そんなこと言わないで。私たちの手を必要としてくれている人がいるのだもの。行きましょう」
渋る鬼丸を発破して結衣たちは依頼者の元へと向かう。その道中で頭をよぎるのは、昨日の辰輝の言葉である。
『なんで鬼なんちゅう高位のあやかしが、こっちに影響を与えんと長居できてんねん。おかしいやろ。自分、ほんま何者やねん。結衣もおかしいと思わんのか』
確かに辰輝のいう通りである。むしろ、どうして今まで気にしてこなかったのか頭を抱えたくなるほどだ。鬼のような高位のあやかしが現世に何年も滞在するとなると、漏れ出た妖気で二つの世界の境界が曖昧になってしまう。現に先日神社に現れた妖狐の影響と思われる綻びが無数に発現しているのだ。
本当に鬼丸の言うように妖気をうまく制御しているのか腕力も体力も人間と比べると常人離れしているが、目立って周囲に影響を及ぼしている様子はない。
やはり本来の力を抑えているのだろうか。そうまでして、結衣の側にいることを選んでくれたのだろうか。そこまでする理由が何かあるのだろうか。鬼丸に不自由はさせていないだろうか。
ぐるぐると頭の中を渦巻くのはそうした疑問ばかり。
「おい」
「……」
「おい、結衣」
「……わっ! お、鬼丸。どうしたの?」
顎に手を当てて考え込んでいて鬼丸の声に反応できなかった。グッと袖を引かれて、ようやく結衣は顔を上げた。
「もう着くぞ。何を無駄なことを考えている」
「無駄って……ううん、ごめん。行こうか」
ボーッとしている間に目的地に到着していたらしい。
先ほど悶々と考えていた疑問を鬼丸にぶつけようかと一瞬考えたが、今はまだ鬼丸の答えを受け止める覚悟ができていない。考え出せば、どうして力の乏しい結衣の呼びかけに応えて使い魔契約を結んでくれたのか、どうして隠世に戻ることなくいつも結衣のそばにいてくれるのか、疑問は次から次へとどんどん浮かんでくる。
「よし! 切り替えて頑張ろう」
結衣は自身に絡みつく疑問を振り払うように両頬をペチンと叩くと、依頼者の家のドアベルを鳴らした。
朝、昼、夕方と三件の依頼をこなした結衣と鬼丸は、心地よい疲労感を抱きながら帰路についていた。
宝月の屋敷の前が見えてきた頃、門を叩こうかどうしようかと右往左往している人物がいることに気がついた。
「安田のおばあちゃん? それに、そちらは?」
「ああ、結衣ちゃん。それに鬼丸ちゃんも」
そこに居たのは、民代と、民代と同年代と思しき着物の女性だった。
「あのね、実は清ちゃんの話を聞いてあげて欲しいのよ」
「突然の訪問失礼いたします。民ちゃんの友人の中辻清子と申します」
丁寧に腰を折った女性は、清子というらしい。物腰が柔らかく、どこか気品を感じさせる。
「実は最近、物がよく失くなるのです。私ももう歳ですから、どこかにしまい込んでしまったのか、はたまた捨ててしまったのかと思っていたのですが……今日、家の大掃除をして出したばかりの掛け軸が失くなっていたのです」
清子の話を聞いた結衣と鬼丸は顔を見合わせた。
「鬼丸、これってもしかしなくても?」
「十中八九、あやかし絡みだろう。受けるのか?」
答えが分かっていても、結衣の意見をきちんと問うてくれる鬼丸に、結衣は微笑みを携えて首肯する。
「そうね。安田のおばあちゃんのお友達が困っているのだもの。無碍にはできないわ」
「分かった」
結衣の答えを受けて、鬼丸は満足げに微笑む。
「よかったわねえ、清ちゃん。二人に任せておけば安心よ」
「ありがとうございます。主人が残した大事な物なのです」
清子は涙ぐみながら袖で目元を押さえている。
路傍なので、いくつか失くし物についてとその時の状況を教えてもらうに留め、必要があれば改めて訪問するとして正式に依頼を受けた。話がまとまると、民代と清子は頭を下げながら帰っていった。
「さて、物探しか。俺は動物のように鼻が効くわけではないからな。気乗りせんが、奴を訪ねるか」
「そうだね。久しぶりだね」
ちょうど時刻は夕暮れ時。
結衣と鬼丸は屋敷に背を向けて、商店街の方へと向かった。
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「七緒、いる?」
背景に溶け込むような儚ささえ感じさせる店構えの駄菓子屋に足を踏み入れ、奥に声をかける結衣。結衣たち以外に客の姿はない。
「はいはい。来ると思っていたよ」
店の奥に声をかけたのに、返事は背後から返ってきた。ゆっくり振り向くと、店の前のベンチで煙管を吹かせた中性的な顔立ちの人物が膝を立てて座っていた。
ふぅ、と息を吐き出すと、ゆらりと白煙が立ち上る。その煙に呼応するように、その人の腰から生える二本の太くて毛並みのいい尻尾が揺れている。
「出たな、化け狸」
「ひどいなあ。せめて妖狸って呼んでよ」
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