あやかし代行稼業の落ちこぼれ〜使い魔の鬼の子に過保護に愛されています〜

水都 ミナト

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第二章 落ちこぼれとエリート

宝月家と御影家②

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「御影家の小僧か。どんな奴だ?」

「あ、そっか。鬼丸は会ったことがなかったっけ」


 結衣と鬼丸も未だ騒つく広場から早々に立ち去るべく腰を上げる。鬼丸は辰輝を一瞥し、結衣を見上げて問いかけた。


「御影家の次男で、まあ、見ての通り元気な人なんだけど……その、亜依の許嫁、だよ」

「は? 許嫁だと!?」


 結衣の言葉に、鬼丸は大層驚いた様子で目を剥いた。

 実は、関東方面で活動する宝月家と、関西方面で活動する御影家は、古くから対立してきた。どちらがより優れたあやかし代行稼業かを競い合って来たのだ。
 けれど、当代の当主である結衣の父の願鉄と、辰輝の父の御影緑之助ろくのすけは馬があった。共に仕事を請け負うこともあれば、酒を飲み交わすこともある。

 二人は、両家の諍いを憂い、手を取り合う契機となるよう互いの子供を許嫁とした。宝月家の次期当主に、御影家の次男である辰輝を入婿として迎えるというものだ。

 許嫁の話は、結衣が生まれた頃に浮上した話である。
 つまり、当初辰輝の許嫁は結衣だった。

 けれど、結衣が力を失い、亜依が次期当主となったことで、辰輝の許嫁も亜依へと変えられた。
 イタズラ小僧で幼い頃によく嫌がらせをされた辰輝のことが苦手な結衣であったが、両家のためであれば結婚を受け入れる考えだった。だが、自分が次期当主として相応しくないと烙印を押されたことで、次期当主の任を亜依に背負わせるだけでなく、亜依の結婚相手までも家に決められることとなってしまった。

 客観的に見て、亜依と辰輝はあまり仲がいいとはいえない。特に亜依が辰輝をよく思っていないことが、姉である結衣には分かるのだ。

 将来進むべき道も、結婚相手も決められてしまった亜衣。どうしても辰輝の話となると、申し訳なさが胸を締め付ける。


「許嫁……家同士が決めた結婚か。もし結衣が次期当主のままだったら、あの小僧と結婚させられていたのは結衣ということか」


 掻い摘んで説明をすると、鬼丸は面白くないと隠すことなく顔に表した。


「おい、結衣!」


 ますます不機嫌になった鬼丸の背を押して退出しようとした結衣の背に、今まさに話題にしていた人物の声がかけられた。

 結衣はびくりと肩を跳ねさせ、ゆっくりと後ろを振り向いた。


「たっちゃん……」

「たっちゃんだと!?」

「やめい。子供の頃のあだ名やろ。恥ずかしいわ」


 ついつい幼い頃の呼び名で呼んでしまった結衣は慌てて口を両手で押さえた。鬼丸は目を剥いて敵対心を露わにしているし、辰輝も舌を出しておどけている。


「ご、ごめん。えっと……辰輝くん? 私に何か用事でも?」


 こほんと咳払いをしてから問いかけると、辰輝は少し懐かしそうに結衣に微笑みかけた後、視線を鬼丸に落とした。


「いや、な。久しぶりに会うんやし、挨拶しとこ思うて。それに結衣の使い魔の話聞いて、会いたいと思うとったんや」


 辰輝の言う通り、結衣と辰輝が顔を合わせるのは実に三年ぶりのこと。契約の儀もそれぞれの家門ごとに行われるため、結衣も辰輝の使い魔と顔を合わせたことはない。

 初対面を迎えた辰輝と鬼丸の間には剣呑な雰囲気が流れている。


「で、お前が鬼丸か。鬼に間違いないようやな」

「ふん、御影の小僧。不用意に結衣に近付くな。これは警告だ」


 バチバチと何故か火花を飛ばす二人。間に挟まれた結衣はたまったものではない。


「ちょ、ちょっと! これからしばらく一緒に生活するんだし、仲良く! ね?」


 慌てて笑顔を繕って間を取り持つ結衣。


「まあ、せやなあ。せやけど、結衣は離れに住んどるんやろ? 仕事以外で顔合わすことあるんかいな」

「ふんっ」

「いってぇ!」


 頭をボリボリかいて無神経なことを言う辰輝に、鬼丸が怒りの蹴りをお見舞いした。見事に脛に的中したようで、辰輝は涙を滲ませながら片足を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「お前なぁ! いてて。まあええ。とにかく仕事が始まったら足引っ張るんやないで」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。行くぞ、結衣」


 鬼丸は最後に辰輝を睨みつけると、結衣を押し出すように広間から出て行こうとした。


「結衣」


 すでに身体が廊下に出ている状態で声をかけられた結衣は、首を反らせて顔だけ広間に覗かせた。さっきまで鬼丸と子供っぽい言い合いをしていた辰輝であるが、今は真剣な眼差しを向けている。


「なんで鬼なんちゅう高位のあやかしが、こっちに影響を与えんと長居できてんねん。おかしいやろ。自分おまえ、ほんま何者やねん。結衣もおかしいと思わんのか」

 鬼丸、そして結衣に対して、辰輝は低い声で疑問を投げかける。


「え……」


 突然の指摘に頭が真っ白になり、言葉が紡げない。目を泳がせる結衣に代わって答えたのは鬼丸だった。


「俺は妖力の制御が飛び抜けてうまいんだ。もういいだろう。今度こそ行くぞ、結衣」

「え、あ……辰輝くん、またね!」


 鬼丸に強く背を押された結衣は、辛うじて辰輝に挨拶をすると、ぐいぐいと母家の廊下を鬼丸に押されて進んでいった。

 小さくなる背を見つめながら、辰輝はクシャリと髪をかき上げた。


「妖力を制御……ねえ。そんな簡単な話とちゃうやろ。あいつの狙いはなんや?」


 結衣と鬼丸の姿が見えなくなっても、辰輝はしばらく離れの方向を見つめていた。


「辰輝くん」

「おわっ! なんや、亜衣か。脅かすなや」


 物思いに耽る辰輝の意識を引き戻したのは、亜衣の鋭い声だった。


「あの人と何を話していたの」

「あの人……? ああ、結衣のことかいな。えらい他人行儀な言い方やな」

「あなたには関係ないことよ。お願いだから滞在中、あの人に必要以上に絡むのはやめてちょうだい。一応は私たちは許嫁なわけだし、他の女の子と仲良くしていると印象が悪いんじゃない?」

「まあ、確かにせやけど……」

「じゃあ、そういうことだから。明日からよろしくね」


 口籠る辰輝を一瞥もすることなく、亜衣は踵を返して自室に続く廊下へと去っていった。

「はぁ、なんやねん。亜衣のことやから、ヤキモチっちゅうわけないしなぁ。どうやら随分と拗らせとるようやな」


 思っていた以上に面倒そうな臭いを感じた辰輝は、ため息を隠すことなく吐いてから割り当てられた部屋へと足を向けた。
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