あやかし代行稼業の落ちこぼれ〜使い魔の鬼の子に過保護に愛されています〜

水都 ミナト

文字の大きさ
上 下
13 / 25
第二章 落ちこぼれとエリート

宝月家と御影家①

しおりを挟む
 季節は進み、すっかり起き上がるのが辛くなってきたある日の朝。


「ううっ、さむっ!」


 意識が浮上した結衣は、布団の中で丸くなると身震いをひとつした。布団を頭から被ったままのそりと立ち上がり、ゆっくりと窓辺に近づく。


「わぁっ、雪だ……! そりゃあ寒いわけだ」


 窓の外には一面銀世界、というわけではないが、屋根瓦の上や木の枝にうっすら雪が積もっている。


(すっかり冬ね。鬼丸、きっとまだ寝てるよね。起こしてあげなくちゃ)


 廊下に出てハァッと吐き出す息が白い。鬼丸は寒さが苦手なので、冬の日は寝坊しがちである。今日は久しぶりに母家への招集がかかっているため、早めに用意をしておかないと。


「鬼丸、起きてる? 雪、積もってるよ」


 結衣の部屋に隣接している鬼丸の部屋の前に立ち、中に声をかける。けれど、予想通り返事はない。恐らくまだ布団の温もりに包まれて夢見心地なのだろう。


「もう、入るからね」


 結衣は断りを入れてから鬼丸の部屋に足を踏み入れた。

 鬼丸の部屋は随分と質素だ。着替えが入れられている箪笥が壁際に置いてあり、小さな机と座布団以外に家具はない。部屋の真ん中に敷かれた布団はこんもりとかまくらのように盛り上がっている。鬼丸だろう。


「はい、起きてくださーい」


 気持ちよく眠っていそうなので申し訳ないが、仕事だから仕方がない。結衣は布団の端を両手で掴んでベリッと引き剥がすように捲った。


「…………寒い」


 中には、小さく縮こまった鬼丸が眉間に深い皺を寄せていた。細く目を開けて、愛しの布団との仲を引き裂いたのは誰かと眼球が動く。


「……結衣か」

「おはよう。今日は母屋に行く日だから早く起きなよ」


 無言で抗議してくる鬼丸に、結衣はパンパンと手を叩きながら起床を促す。


「チッ」


 舌打ちをして、寝癖のついた頭を掻きながら、鬼丸はのそのそと身体を起こした。

 いつもの鋭い眼はとろんと少し垂れ目がちになっており、着崩した寝巻きの浴衣が一層の色気を引き出している。仕草といい雰囲気といい、やはり鬼丸は見た目よりも年を重ねているのだろうか。

 そんなことを考えていると、着替えをするからと鬼丸に部屋を追い出された。




 着替えと時子が支度してくれた朝食を済ませると、結衣と鬼丸は目立たぬように母屋へと侵入した。母屋はいつも使用人が忙しそうに駆け回っているのだが、今日は特段バタバタしている様子だ。


「? 何かあるのかな。来客とか?」

「知らん。行けば分かるだろう」


 鬼丸は真綿がたっぷり入った厚手のちゃんちゃんこに包まれながら、むっすりとしている。まだ叩き起こされたことを根に持っているようだ。あるいは、結衣が母屋に足を踏み入れること自体よく思っていないので、それで機嫌を損ねているのかもしれない。

 ひたひたと長い廊下を進み、母家で最も大きい広間に続く襖をそっと開いた。
 広間にはすでに宝月に連なる面々の姿が揃っている。上座には現当主である父の願鉄が腕組みをして鎮座している。願鉄は齢四十五となるが、筋骨隆々としていて、僅かに白髪の混じった黒髪を後ろに撫でつけている。久しぶりに見る父の姿に、結衣の身体が強張る。もう随分と父と会話をしていない。

 ずらりと並べられた座布団の空いた席に静かに着席すると、願鉄の隣に座っている亜衣が立ち上がった。


「みんな、集まってくれてありがとう。実は秋に妖狐を隠世かくりよに帰したあたりから、この辺りで現世うつしよ隠世かくりよの境界に小さな綻びが生じているの。力の強いあやかしが迷い込んだ影響だとは思うけれど、小さな綻びは放っておいたら次第に大きくなってあやかしを再び呼び寄せてしまうかもしれない。だから……はぁ、御影家との共同作戦を実施することが決まったわ」


 亜衣の話を受けて、広間はざわりとどよめいた。

 御影家とは、宝月家と並ぶ名家であり、宝月家と同じくあやかしと使い魔契約をして代行稼業を営んでいる家系である。『東の宝月、西の御影』とは、この業界では有名な言葉である。


「御影家と共同……? ということは、もしかして」


 結衣の脳裏にとある人物の姿がよぎる。
 結衣が考え込むように顎を摘んだその時、上座付近の襖が勢いよく開いた。

 皆の視線が集まる中、一人の少年が勇み足で広間に入り、亜衣の前に仁王立ちをすると腕を組んで踏ん反り返った。


「前置きが長いわ! さっさと紹介せぇ!」


 広場の面々が呆気に取られる中、少年はくるりと一同を振り向くとニカっと笑った。


「あー、まあ、みんな知っとると思うけど、俺は御影みかげ辰輝たつきや。この俺がわざわざ協力しに来たんや。サクッと綻びみーんな見っけて、繕うて、おしまいや!」


 大きな声の少年の名は、御影辰輝。癖毛がちな明るい茶髪に八重歯が特徴的な人懐っこい顔つきをしている。歳は結衣と同じ十八歳。

 段取りを無視した登場に、亜衣は眉間を押さえながら深くため息をついた。


「はぁ……あのね、物には順序というものがあるの。呼ばれるまで勝手に出てこないでちょうだい」

「はぁ? お前の話が長いねん。待ちくたびれたわ」


 一方の辰輝は悪びれた様子もなく反論する。亜衣は「もういいわ」と再びため息をついてから使用人に声をかけて辰輝の席を用意させた。


「とにかく、辰輝君は索敵能力に長けているから、仕方なく協力を依頼したの。これからしばらく辰輝君率いる御影家の人たちが居候することが決まったわ。両家の交流を深める意味もあるから、くれぐれも仲良くね」

「おう、世話になるな! よろしく頼むわ」


 ゲンナリとした様子の亜衣に対し、辰輝は陽気に笑っている。広間にも戸惑いの声があちこちで上がっていて、歓迎モード一色というわけではないようだ。どうも辰輝は幼い頃から場の空気が読めないところがあるので、平気な顔で用意された席に腰掛けた。

 その後、亜衣から当面の動きについての説明があった。今日は御影家関係者の旅の疲れを癒すため、部屋の用意や荷物の整理に充てる。本格的に綻び探しが始まるのは明日からだ。

 仕事の割り振りや共同生活における留意点などの説明を一通り受け、その場は解散となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆小説家になろう様でも、公開中◆

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...