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第一章 代行稼業と迷い猫
結衣と亜衣①
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「はい。確かにお預かりしました」
「よろしくお願いします」
極力人の少ない場所を選んで早足で勘定係を訪ねた結衣。依頼を受注した際の請負書と、実際にいただいた依頼料を照らし合わせ、過不足がないかを確認してもらう。
勘定係の担当は、大きな丸眼鏡をクイッとあげると事務的に結衣から依頼料を受け取った。冷たい印象を受けるけれど、必要以上のことは喋らないため、それが結衣にはありがたかった。
必要な手続きを終え、ホッと一息つきながら離れを目指す。
母家は落ち着かない。早く鬼丸の待つ離れに戻りたい。そう考えて、自ずと気持ちが急いてしまった。
だから、廊下の角から人影が飛び出して来たことに気づかなかった。
「きゃっ! ご、ごめんなさ……」
軽い衝撃の後、数歩よろめいた結衣はなんとか転ばずに踏ん張ることができた。慌てて相手に謝罪しようと顔をあげた結衣の表情が強張った。
「……どうして母屋にいるの」
「あ、亜衣……」
視線の先に佇んでいたのは、氷のように冷たい目をしたたった一人の妹だった。
亜衣は、結衣の一つ下の妹だ。幼い頃の結衣に及ばずとも、優れた巫力を誇り、三体のあやかしと使い魔契約をしている。
結衣に代わり、幼くして宝月家の次期当主としての重責を背負う妹。力を失うあの日まで、姉である結衣にたいそう懐いてよく背中を追いかけて来ていた可愛い妹。
あの頃の無邪気な笑顔が嘘のように、今では感情を失った人形のように無表情である。
肩に触れるほどの長さで切り揃えられた艶やかな黒髪。厚みのある前髪は、耳元にかけて少しずつ長くなるように整えられている。切長の焦茶色の瞳が細められ、結衣の足元に視線が落とされた。「あっ」と声を発した時にはもう、結衣の足元に落ちていた一枚の紙は亜衣の手のひらの中だった。
「……落ち葉掃除に蔵掃除。相変わらず程度の低い依頼を受けたのね。宝月家に恥じない行動を取ってちょうだい」
亜衣が拾ったのは勘定係から受け取った依頼書の控えだった。そこには今日受けた依頼内容が記されている。
亜衣は呆れたように首を振ると、紙を結衣に押し付けるように手渡した。
「ご、ごめん。でも、依頼に大小なんてない。困っている人がいたら手を差し伸べる、それが私たち代行稼業の誇りだわ」
亜衣が受けている依頼は、お祓いや祈祷を始めとし、結衣には到底成し遂げることができない内容の仕事ばかり。そんな亜衣からすれば、結衣の仕事は下働きや見習いが請け負う程度の低い依頼でしかないのだろう。
けれど、結衣は自らの仕事に誇りを持っていた。どれだけ馬鹿にされようと、依頼者の感謝の言葉と笑顔が結衣の背中を押してくれる。できる仕事は少なくても、困っている人がいるなら手助けする。それが結衣なりの矜持であった。
結衣の言葉に、亜衣は目を見開いた。二の句を継がずにギッと結衣を睨みつける。
「あなたにはその程度がお似合いね。くれぐれも分不相応な依頼には手を出さないで。用事が終わったのならさっさと出ていって」
亜衣は吐き捨てるようにそういうと、踵を返して自室がある方向へと去っていった。
「ふう……亜衣は相変わらずみたいね。あの子の言う通り、早く離れなくちゃ」
母屋には父や宝月の重鎮たちがいる。彼らに見つかると何を言われるか分からない。
結衣は依頼書の控えをギュッと握りしめて、離れに向かった。
「よろしくお願いします」
極力人の少ない場所を選んで早足で勘定係を訪ねた結衣。依頼を受注した際の請負書と、実際にいただいた依頼料を照らし合わせ、過不足がないかを確認してもらう。
勘定係の担当は、大きな丸眼鏡をクイッとあげると事務的に結衣から依頼料を受け取った。冷たい印象を受けるけれど、必要以上のことは喋らないため、それが結衣にはありがたかった。
必要な手続きを終え、ホッと一息つきながら離れを目指す。
母家は落ち着かない。早く鬼丸の待つ離れに戻りたい。そう考えて、自ずと気持ちが急いてしまった。
だから、廊下の角から人影が飛び出して来たことに気づかなかった。
「きゃっ! ご、ごめんなさ……」
軽い衝撃の後、数歩よろめいた結衣はなんとか転ばずに踏ん張ることができた。慌てて相手に謝罪しようと顔をあげた結衣の表情が強張った。
「……どうして母屋にいるの」
「あ、亜衣……」
視線の先に佇んでいたのは、氷のように冷たい目をしたたった一人の妹だった。
亜衣は、結衣の一つ下の妹だ。幼い頃の結衣に及ばずとも、優れた巫力を誇り、三体のあやかしと使い魔契約をしている。
結衣に代わり、幼くして宝月家の次期当主としての重責を背負う妹。力を失うあの日まで、姉である結衣にたいそう懐いてよく背中を追いかけて来ていた可愛い妹。
あの頃の無邪気な笑顔が嘘のように、今では感情を失った人形のように無表情である。
肩に触れるほどの長さで切り揃えられた艶やかな黒髪。厚みのある前髪は、耳元にかけて少しずつ長くなるように整えられている。切長の焦茶色の瞳が細められ、結衣の足元に視線が落とされた。「あっ」と声を発した時にはもう、結衣の足元に落ちていた一枚の紙は亜衣の手のひらの中だった。
「……落ち葉掃除に蔵掃除。相変わらず程度の低い依頼を受けたのね。宝月家に恥じない行動を取ってちょうだい」
亜衣が拾ったのは勘定係から受け取った依頼書の控えだった。そこには今日受けた依頼内容が記されている。
亜衣は呆れたように首を振ると、紙を結衣に押し付けるように手渡した。
「ご、ごめん。でも、依頼に大小なんてない。困っている人がいたら手を差し伸べる、それが私たち代行稼業の誇りだわ」
亜衣が受けている依頼は、お祓いや祈祷を始めとし、結衣には到底成し遂げることができない内容の仕事ばかり。そんな亜衣からすれば、結衣の仕事は下働きや見習いが請け負う程度の低い依頼でしかないのだろう。
けれど、結衣は自らの仕事に誇りを持っていた。どれだけ馬鹿にされようと、依頼者の感謝の言葉と笑顔が結衣の背中を押してくれる。できる仕事は少なくても、困っている人がいるなら手助けする。それが結衣なりの矜持であった。
結衣の言葉に、亜衣は目を見開いた。二の句を継がずにギッと結衣を睨みつける。
「あなたにはその程度がお似合いね。くれぐれも分不相応な依頼には手を出さないで。用事が終わったのならさっさと出ていって」
亜衣は吐き捨てるようにそういうと、踵を返して自室がある方向へと去っていった。
「ふう……亜衣は相変わらずみたいね。あの子の言う通り、早く離れなくちゃ」
母屋には父や宝月の重鎮たちがいる。彼らに見つかると何を言われるか分からない。
結衣は依頼書の控えをギュッと握りしめて、離れに向かった。
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