あやかし代行稼業の落ちこぼれ〜使い魔の鬼の子に過保護に愛されています〜

水都 ミナト

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第一章 代行稼業と迷い猫

結衣と鬼丸②

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 納屋の掃除を終え、ほくほくに出来上がった焼き芋を堪能した結衣と鬼丸は、依頼料をしっかりと受け取ると、宝月の屋敷へと帰った。

 江戸時代から続く名家とあって、その佇まいは荘厳だ。

 正門には道場の木札のようにデカデカと『宝月』と綴られた表札が掲げられている。外壁は母家と幾つもある離れをぐるりと囲んでおり、一周するのに何十分もかかってしまう。

 結衣と鬼丸は、勝手口から敷地内に入ると、真っ直ぐに母家――ではなく、一番遠くの離れへと向かった。

 宝月家は、広い敷地を管理するために、たくさんの使用人を雇っている。あちこちに庭や家屋を手入れしたり、大量の洗濯物を干したりする使用人の姿が見える。
 けれど、宝月家の長女である結衣が戻ったというのに、誰一人として労いの言葉をかける素振りはない。
 それどころか、結衣に向けられるのは人を見下したような目線であった。


「あら、結衣様が戻られたわ」

「誰か出迎えたら?」

「ええ? 嫌よ。忙しいもの。落ちこぼれのお嬢様に構う時間なんてないわ」

「今日はどんな依頼を受けたのかしら?」

「きっとまた雑用まがいの依頼をこなしてきたのよ」

「あら、知らないの? 落ち葉集めと納屋掃除よ」

「プフッ、子供でもできそうな依頼じゃない」

「そんなに落ち葉掃除が得意なら私たちの仕事を手伝って欲しいものね」

「妹であり、次期当主の亜衣様とは雲泥の差ね」

「ちょっと、聞こえるわよ」


 クスクス、と嘲笑の声があちこちから聞こえてくる。

 その空気を切るように、結衣は背筋を伸ばして颯爽と離れへの道のりを進む。

 そんな姿をも嘲笑う使用人に、鬼丸が殺気の籠った視線を向ける。


「ひっ。それにしても、落ちこぼれがどうして最高位の鬼と契約できたんだかねえ」

「知らないわよ。でも、鬼とはいえ子供でしょう?」

「違うわよ。子供とはいえ鬼なのよ。ヤダヤダ。なんでずっとこっちにいるのかしらね」

「あら、あっちから呼び寄せるには力が足りないからじゃないの?」

「ああ、そういうこと」


 ヒソヒソと、けれど明確な悪意を持った声は纏わりつくように耳に絡みつく。


「チッ」


 鬼丸は嫌悪感を露わにもう一度使用人たちを睨みつけると、足早に結衣の後を追った。


 使用人たちの言うことは正しくもあり、間違ってもいる。

 宝月の人間は、必要に際して使い魔契約をしたあやかしを隠世かくりよから呼び寄せる。つまり、あやかしは日頃、隠世かくりよで彼らの生活を営んでいる。

 けれど、鬼丸は常に現世うつしよにいる。

 それは結衣にあやかしを呼び寄せる力が不足しているからではなく、鬼丸の意思によるものである。先ほどのように、結衣に向けられる悪意の眼差しから彼女を守るため、唯一の使い魔として彼女の側に仕えるためであった。


「ふう、もうすっかり慣れちゃったわね」


 日当たりの悪い最奥の離れに結衣の部屋がある。その部屋に着いてドカッとベッドに腰を下ろした結衣は、うーん、と伸びをしながら肩を回した。努めて明るく振る舞っているが、その瞳には寂しさの色が滲んでいる。


「あんな奴らクビにすればいいだろう」

「ダメよ。彼女たちにも生活があるんだから」


 高い位置でまとめていた髪紐を解き、パサリと艶のある黒髪が結衣の肩に流れる。
 上着を脱ぐと、左手首に刻まれた鎖のような紋様が嫌でも目についた。

 由緒正しき宝月家の長女に生まれたのに、一番奥まった離れに部屋を与えられ、使用人からも馬鹿にされる結衣。

 それも仕方がない。

 だって、結衣は生まれ持った膨大な力を失い、今では僅かばかりの巫力を残すのみとなってしまったのだから。
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