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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される
101. ウォンとシン②
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「お前が、俺の生きた証…?」
「ああ、そうだ」
目を瞬くシンに、ウォンはフッと柔らかな笑みを浮かべた。
「俺にとって、お前と過ごした日々は輝いていたよ。他愛のないことで笑ったり、怒ったり、毎日が楽しかった。同じ種に生まれ、家族と呼べる存在は居ないが、それよりも深い絆で繋がっていると信じていた」
ウォンは懐かしむように空を見上げた。
太陽が傾き、ウォンの顔に日の光がさす。シンは目を眇めるが、逆光の中、ウォンの表情は読み取れなかった。
「だが、俺は気付くことができなかった。お前がそれほどまでに悩んでいたことに。…俺では、お前の心の拠り所になれなかったのだな」
「なっ、ちが…」
シンにとっても、ウォンと過ごした日々はかけがえのないものだ。当時のことを思い返すと、心が暖まり、満ち足りた気持ちになる。
だからこそ思い出さないようにしていた。
ーーーあの頃に戻りたい、そう思ってしまうから。
黙り込んだシンに、ウォンは言葉を続ける。
「俺は…いや、私は…お前と共に生きたかった」
シンは目を見開いてウォンの顔色を探る。
声に寂しさが滲んでいたが、一歩シンに歩み寄ったウォンの表情は穏やかだった。
「ふっ、あの2人を見ていて、ようやくそのことに気付いたのだ。あまりにも気付くのが遅すぎたがな」
(…そうか、ずっと欲していたものは、既に手に入れていたのか。…それを手放したのは俺自身というわけだ)
空虚な思いがシンの胸を締め付ける。
自らの存在意義、そんなものはとっくの昔に明らかだったのだ。誰かのために生きる、それだけで十分だったのだ。自分を必要としてくれる存在が、きちんといたのだ。
シンは肩から力が抜けていき、よろりと壁に背を預けてへたり込んだ。
シンの隣に膝をついて、ウォンは手を差し出しながら尚も語りかける。
「シン。今からでも遅くはない。ダンジョンに戻らないか?一緒に75階層で暮らそう」
「っ!」
ウォンの誘いはとても魅力的だ。
だが、差し出された手をシンは握らなかった。いや、握ることはできなかった。
「今更どの面下げて戻れるというんだ。俺は地上で様々な悪事に手を染め、何人もの命を奪って来た。お前の隣に立つ資格はない」
「シン…」
ウォンは悲しげに眉を下げた。そして、ぎゅっと手を握り締めると、意を決したようにシンの眉間をトンと指でつついた。
小さな印のようなものが仄かに光り、シンの額に刻まれて染み込むように消えていく。
「これ以上お前に人の命を奪わせたくはない。この印はお前の吸魂鬼としての力を封じるものだ。つまり…分かるな?」
(…人間の魂を喰らい、生き永らえることが出来なくなったというわけか)
ウォンの言わんとすることを理解したシンであるが、不思議と怒りや絶望といった感情は湧かなかった。むしろ、これで終われるという安堵の気持ちが胸を満たした。
シンは今の生き方に疲れていた。このまま終わりを迎えられるのならば、それもいいかもしれない。
「フッ、命が燃え尽きるまで、せいぜい足掻いてみせるさ。…最期にお前に会えてよかったよ、ウォン」
シンは足に力を込めて立ち上がった。寿命がつき、この世から消えてしまっても、ウォンがシンの生きた証となる。それも悪くない。
「シン、1人で不安ならば私も地上に残って…」
「…ばーか。お断りだ」
「シン」
「お前はダンジョンに帰れ。お前は、俺の生きた証なんだろ?お前が地上でのたれ死んだら俺の生きた証はどこにも残らない。お前は生きるんだ。それに…お前は見つけたんだろ?他にも、大切な存在ってやつを」
シンと共に地上残るべきか迷いを見せていたウォンは、僅かに目を見開いた。
「ははっ、目を見たら分かるさ。俺を誰だと思ってるんだ」
「…ああ、そうだった。帰ると約束して来たのだった」
ウォンはエレインとの約束を思い出し、転移の魔石を懐から取り出した。
「お別れだ、ウォン」
「…ああ」
シンはウォンの目を真っ直ぐに見据えると、フッと笑みを漏らしてフードを被った。ウォンが見送る中、シンは路地裏ではなく日の当たる表通りへと向かって行った。
ウォンはシンの姿が雑踏の中に消えていくまで見送ると、魔石を握りしめてエレインの待つ場所へと転移をした。
◇◇◇
ウォンが70階層に戻った途端、エレインが弾丸のようにウォンの胸に飛び込んできた。
「ウォン!良かった!おかえり!」
満面の笑みで出迎えてくれたエレインに少したじろぎながらも、ウォンは笑みを漏らして応えた。
「…ああ、ただいま」
慈しむようにエレインの頬を撫でると、エレインは照れ臭そうにしながらもされるがままに目を細めた。
その様子を少し離れたところでホムラが何か言いたげに睨んでいる。嫉妬深い男だ。
シンがダンジョンを去ってからというもの、吸魂鬼としての力を忌み嫌い、誰とも関わることなく森の奥深くで暮らしていたウォン。
あの日森に迷い込み、魔獣に襲われていたエレインを救ったことでウォンの生活は一変した。あれほど嫌って来た吸魂鬼の力を初めて人助けに使うことができた。何ともない日々を愛おしく感じ、次にエレインに会える日を心待ちにするようになった。
(シン、私は見つけたよ。お前のいないダンジョンでも、大切な存在を…自分の居場所を)
ウォンが笑みを深めると、応えるようにエレインも嬉しそうに微笑んだ。
ーーーーー
次回で完結です。このあと9時過ぎに投稿します!
「ああ、そうだ」
目を瞬くシンに、ウォンはフッと柔らかな笑みを浮かべた。
「俺にとって、お前と過ごした日々は輝いていたよ。他愛のないことで笑ったり、怒ったり、毎日が楽しかった。同じ種に生まれ、家族と呼べる存在は居ないが、それよりも深い絆で繋がっていると信じていた」
ウォンは懐かしむように空を見上げた。
太陽が傾き、ウォンの顔に日の光がさす。シンは目を眇めるが、逆光の中、ウォンの表情は読み取れなかった。
「だが、俺は気付くことができなかった。お前がそれほどまでに悩んでいたことに。…俺では、お前の心の拠り所になれなかったのだな」
「なっ、ちが…」
シンにとっても、ウォンと過ごした日々はかけがえのないものだ。当時のことを思い返すと、心が暖まり、満ち足りた気持ちになる。
だからこそ思い出さないようにしていた。
ーーーあの頃に戻りたい、そう思ってしまうから。
黙り込んだシンに、ウォンは言葉を続ける。
「俺は…いや、私は…お前と共に生きたかった」
シンは目を見開いてウォンの顔色を探る。
声に寂しさが滲んでいたが、一歩シンに歩み寄ったウォンの表情は穏やかだった。
「ふっ、あの2人を見ていて、ようやくそのことに気付いたのだ。あまりにも気付くのが遅すぎたがな」
(…そうか、ずっと欲していたものは、既に手に入れていたのか。…それを手放したのは俺自身というわけだ)
空虚な思いがシンの胸を締め付ける。
自らの存在意義、そんなものはとっくの昔に明らかだったのだ。誰かのために生きる、それだけで十分だったのだ。自分を必要としてくれる存在が、きちんといたのだ。
シンは肩から力が抜けていき、よろりと壁に背を預けてへたり込んだ。
シンの隣に膝をついて、ウォンは手を差し出しながら尚も語りかける。
「シン。今からでも遅くはない。ダンジョンに戻らないか?一緒に75階層で暮らそう」
「っ!」
ウォンの誘いはとても魅力的だ。
だが、差し出された手をシンは握らなかった。いや、握ることはできなかった。
「今更どの面下げて戻れるというんだ。俺は地上で様々な悪事に手を染め、何人もの命を奪って来た。お前の隣に立つ資格はない」
「シン…」
ウォンは悲しげに眉を下げた。そして、ぎゅっと手を握り締めると、意を決したようにシンの眉間をトンと指でつついた。
小さな印のようなものが仄かに光り、シンの額に刻まれて染み込むように消えていく。
「これ以上お前に人の命を奪わせたくはない。この印はお前の吸魂鬼としての力を封じるものだ。つまり…分かるな?」
(…人間の魂を喰らい、生き永らえることが出来なくなったというわけか)
ウォンの言わんとすることを理解したシンであるが、不思議と怒りや絶望といった感情は湧かなかった。むしろ、これで終われるという安堵の気持ちが胸を満たした。
シンは今の生き方に疲れていた。このまま終わりを迎えられるのならば、それもいいかもしれない。
「フッ、命が燃え尽きるまで、せいぜい足掻いてみせるさ。…最期にお前に会えてよかったよ、ウォン」
シンは足に力を込めて立ち上がった。寿命がつき、この世から消えてしまっても、ウォンがシンの生きた証となる。それも悪くない。
「シン、1人で不安ならば私も地上に残って…」
「…ばーか。お断りだ」
「シン」
「お前はダンジョンに帰れ。お前は、俺の生きた証なんだろ?お前が地上でのたれ死んだら俺の生きた証はどこにも残らない。お前は生きるんだ。それに…お前は見つけたんだろ?他にも、大切な存在ってやつを」
シンと共に地上残るべきか迷いを見せていたウォンは、僅かに目を見開いた。
「ははっ、目を見たら分かるさ。俺を誰だと思ってるんだ」
「…ああ、そうだった。帰ると約束して来たのだった」
ウォンはエレインとの約束を思い出し、転移の魔石を懐から取り出した。
「お別れだ、ウォン」
「…ああ」
シンはウォンの目を真っ直ぐに見据えると、フッと笑みを漏らしてフードを被った。ウォンが見送る中、シンは路地裏ではなく日の当たる表通りへと向かって行った。
ウォンはシンの姿が雑踏の中に消えていくまで見送ると、魔石を握りしめてエレインの待つ場所へと転移をした。
◇◇◇
ウォンが70階層に戻った途端、エレインが弾丸のようにウォンの胸に飛び込んできた。
「ウォン!良かった!おかえり!」
満面の笑みで出迎えてくれたエレインに少したじろぎながらも、ウォンは笑みを漏らして応えた。
「…ああ、ただいま」
慈しむようにエレインの頬を撫でると、エレインは照れ臭そうにしながらもされるがままに目を細めた。
その様子を少し離れたところでホムラが何か言いたげに睨んでいる。嫉妬深い男だ。
シンがダンジョンを去ってからというもの、吸魂鬼としての力を忌み嫌い、誰とも関わることなく森の奥深くで暮らしていたウォン。
あの日森に迷い込み、魔獣に襲われていたエレインを救ったことでウォンの生活は一変した。あれほど嫌って来た吸魂鬼の力を初めて人助けに使うことができた。何ともない日々を愛おしく感じ、次にエレインに会える日を心待ちにするようになった。
(シン、私は見つけたよ。お前のいないダンジョンでも、大切な存在を…自分の居場所を)
ウォンが笑みを深めると、応えるようにエレインも嬉しそうに微笑んだ。
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次回で完結です。このあと9時過ぎに投稿します!
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