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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される
84. 吸魂鬼
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エレインの転移の魔石を握りしめて、ドリューンが転移の呪文を唱えた。瞬く間に、3人は75階層の大樹の前に転移した。もちろん、未だぐったりと意識を失ったままのエレインも一緒だ。
切迫したホムラ達と対照的に、大樹はいつもと変わりなくその荘厳な佇まいでザアザアと木の葉を揺らしている。
「なんの騒ぎだ」
樹洞からゆらりと姿を現したのは、目的の人物であるウォンだ。突然住処の前に出現したホムラ一行に警戒心をあらわにした。
「急な来訪を詫びる。だが、ともかく話を聞いてくれ」
傷だらけのホムラの切羽詰まった顔をじっと見つめるウォン。数秒ののち、顎を引いて事情の説明を求めた。
ホムラ達は静かにウォンの目の前に蔦でぐるぐる巻きにされたエレインを横たえた。その姿を見たウォンはわずかに息を呑んだ。
「…何があった」
「私が説明するわ」
ウォンに問われ、ドリューンが事情を説明する。狐の面で表情は読めないが、徐々にウォンの表情が強張っていくのが気配から察せられた。
「なるほど。黒い靄に呑まれたと言ったな」
「ええ、私たちはそれがあるハイエルフの魂ではないかと考えているわ。気を失う前にエレインちゃんの魂を征服したと言っていたの。事情は分からないけれど、エレインちゃんの身体を乗っ取っていた者は、憎しみに満ち、この世を恨む念が強く込められていたわ」
「…それで、なぜここに来た」
ウォンの中では既に答えが出ているのだろう。だが、敢えてウォンはこの場所へ来た理由、ウォンに助けを求める理由を問うた。
その問いに答えたのはホムラであった。
「お前は、吸魂鬼なんじゃねぇか?」
「…………気付いていたのか」
「吸魂鬼…?初めて聞きました」
アグニは初めて聞く種族の名に怪訝な顔をしてホムラとウォンを見比べている。
「ああ、ダンジョンでも数少ない種族のはずだ」
「…ふ、数少ない、か。今ダンジョンに居る吸魂鬼は俺ただ一人だ」
ホムラの言葉に、自嘲気味にウォンが言った。そして、忌々しそうに狐の面に触れた。
「…吸魂鬼とは、対象の魂を吸い取り喰らう魔物。そしてこの狐の面は、吸魂鬼としての衝動や魔力を封じるもの。もう俺は何十年、何百年もの間、誰の魂も喰らうことなく生きてきた」
低く、呟くようなウォンの言葉に、ホムラ達は静かに聞き入った。ウォンは、ぐったりと横たわるエレインの側まで歩み寄り、膝をついてエレインの様子を確認する。
「黒い靄の正体は、お前達が言う通り何者かの魂だろう。強いハイエルフ特有の魔力を感じる。他者の魂を取り出し、留めておけるのは限られた者のみ。…そうか、やはり生きていたのだな」
「…お前は、犯人に心当たりがあるんだな」
「…ああ。だが、その話は長くなる。今はエレインを救うことが第一だ。エレインが黒い靄を浴びてどれぐらいの時間が経つ?」
「ええと…1時間前後、だと思います」
顎に手を当てながらアグニが答えると、ウォンはそっとエレインの背中に手を滑らせて上体を持ち上げた。
「う…」
エレインは苦しそうに呻き声を上げるが、目を覚ます気配はない。
「まださほど時間が経っていないようだな。吸魔の樹により魔力を吸われ、ハイエルフの魂はエレインを抑え込むのにやっと、というところだな。エレインは今、きっと必死で抵抗しているのだろう」
「エレイン…」
「2つの魂が混在していたとしても、触れた魂同士が融和することはない。エレインの身体の中には、エレイン自身の魂と、入り込んだハイエルフの魂が共生している状態だ。…ふむ、恨みに我を忘れた執念深いハイエルフの魂だけを正確に抜き取るのは…なかなか骨が折れるな」
「…できねぇのか?」
ホムラが悲痛な表情で縋るように問いかける。ウォンはホムラを一瞥すると、小さく笑った。
「できないとは言っていない。だが、流石に直接の吸魂が必要でな」
「直接?」
訝しむホムラをよそに、ウォンは狐の面に手を添え、静かにその面を外した。現れたのは切れ長の黒い瞳に細く凛々しい眉、スッと伸びた鼻筋に浅い唇。ウォンは中性的な顔立ちをしていた。
「この面は、俺の吸魂鬼としての力を封ずるもの。俺は不用意に相手の魂を奪うことを嫌い、奪うことしかできない自らの力を呪ってきた。長らくこの面で力を封じてきたが、まさかこの力で誰かの命を救うことができるかもしれないなど…思いもよらなかった」
優しく、慈しむように腕の中のエレインを見つめるウォン。そして静かにエレインに語りかけた。
「聞こえているか?先に、無許可で口を吸うことを詫びよう。お前を救うためだ、我慢するんだ。その代わり…必ずお前を救うと誓おう」
「お、おい!まさかお前…っ!」
ホムラが足を踏み出し、全てを尋ねきる前に、ウォンはエレインの背と後頭部に手を回し、引き寄せるようにして唇を重ねた。
切迫したホムラ達と対照的に、大樹はいつもと変わりなくその荘厳な佇まいでザアザアと木の葉を揺らしている。
「なんの騒ぎだ」
樹洞からゆらりと姿を現したのは、目的の人物であるウォンだ。突然住処の前に出現したホムラ一行に警戒心をあらわにした。
「急な来訪を詫びる。だが、ともかく話を聞いてくれ」
傷だらけのホムラの切羽詰まった顔をじっと見つめるウォン。数秒ののち、顎を引いて事情の説明を求めた。
ホムラ達は静かにウォンの目の前に蔦でぐるぐる巻きにされたエレインを横たえた。その姿を見たウォンはわずかに息を呑んだ。
「…何があった」
「私が説明するわ」
ウォンに問われ、ドリューンが事情を説明する。狐の面で表情は読めないが、徐々にウォンの表情が強張っていくのが気配から察せられた。
「なるほど。黒い靄に呑まれたと言ったな」
「ええ、私たちはそれがあるハイエルフの魂ではないかと考えているわ。気を失う前にエレインちゃんの魂を征服したと言っていたの。事情は分からないけれど、エレインちゃんの身体を乗っ取っていた者は、憎しみに満ち、この世を恨む念が強く込められていたわ」
「…それで、なぜここに来た」
ウォンの中では既に答えが出ているのだろう。だが、敢えてウォンはこの場所へ来た理由、ウォンに助けを求める理由を問うた。
その問いに答えたのはホムラであった。
「お前は、吸魂鬼なんじゃねぇか?」
「…………気付いていたのか」
「吸魂鬼…?初めて聞きました」
アグニは初めて聞く種族の名に怪訝な顔をしてホムラとウォンを見比べている。
「ああ、ダンジョンでも数少ない種族のはずだ」
「…ふ、数少ない、か。今ダンジョンに居る吸魂鬼は俺ただ一人だ」
ホムラの言葉に、自嘲気味にウォンが言った。そして、忌々しそうに狐の面に触れた。
「…吸魂鬼とは、対象の魂を吸い取り喰らう魔物。そしてこの狐の面は、吸魂鬼としての衝動や魔力を封じるもの。もう俺は何十年、何百年もの間、誰の魂も喰らうことなく生きてきた」
低く、呟くようなウォンの言葉に、ホムラ達は静かに聞き入った。ウォンは、ぐったりと横たわるエレインの側まで歩み寄り、膝をついてエレインの様子を確認する。
「黒い靄の正体は、お前達が言う通り何者かの魂だろう。強いハイエルフ特有の魔力を感じる。他者の魂を取り出し、留めておけるのは限られた者のみ。…そうか、やはり生きていたのだな」
「…お前は、犯人に心当たりがあるんだな」
「…ああ。だが、その話は長くなる。今はエレインを救うことが第一だ。エレインが黒い靄を浴びてどれぐらいの時間が経つ?」
「ええと…1時間前後、だと思います」
顎に手を当てながらアグニが答えると、ウォンはそっとエレインの背中に手を滑らせて上体を持ち上げた。
「う…」
エレインは苦しそうに呻き声を上げるが、目を覚ます気配はない。
「まださほど時間が経っていないようだな。吸魔の樹により魔力を吸われ、ハイエルフの魂はエレインを抑え込むのにやっと、というところだな。エレインは今、きっと必死で抵抗しているのだろう」
「エレイン…」
「2つの魂が混在していたとしても、触れた魂同士が融和することはない。エレインの身体の中には、エレイン自身の魂と、入り込んだハイエルフの魂が共生している状態だ。…ふむ、恨みに我を忘れた執念深いハイエルフの魂だけを正確に抜き取るのは…なかなか骨が折れるな」
「…できねぇのか?」
ホムラが悲痛な表情で縋るように問いかける。ウォンはホムラを一瞥すると、小さく笑った。
「できないとは言っていない。だが、流石に直接の吸魂が必要でな」
「直接?」
訝しむホムラをよそに、ウォンは狐の面に手を添え、静かにその面を外した。現れたのは切れ長の黒い瞳に細く凛々しい眉、スッと伸びた鼻筋に浅い唇。ウォンは中性的な顔立ちをしていた。
「この面は、俺の吸魂鬼としての力を封ずるもの。俺は不用意に相手の魂を奪うことを嫌い、奪うことしかできない自らの力を呪ってきた。長らくこの面で力を封じてきたが、まさかこの力で誰かの命を救うことができるかもしれないなど…思いもよらなかった」
優しく、慈しむように腕の中のエレインを見つめるウォン。そして静かにエレインに語りかけた。
「聞こえているか?先に、無許可で口を吸うことを詫びよう。お前を救うためだ、我慢するんだ。その代わり…必ずお前を救うと誓おう」
「お、おい!まさかお前…っ!」
ホムラが足を踏み出し、全てを尋ねきる前に、ウォンはエレインの背と後頭部に手を回し、引き寄せるようにして唇を重ねた。
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