【完結】パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

水都 ミナト

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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

76. ルナ

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 ウィルダリアの街の裏通り、全身真っ黒な服装に身を包み、闇の中を闊歩する人物がいた。暗闇の中光る濃紺の瞳は、猫のように吊り上がっている。
 黒い外套をはためかし、魔法使い特有の三角帽を目深に被った少女の名は、ルナと言った。

 『彗星の新人コメットルーキー』の一員として瞬く間にダンジョンの階層を駆け上がり、一躍有名となったルナであったが、パーティメンバーを70階層に捨て置いたあの日から、その冒険者人生はガラリと変わってしまった。

 同じ魔法使いとして、格下だと馬鹿にし続けていたエレインが、自分を含むパーティのバックアップをしていた認め難い事実。彼女がいなければダンジョン攻略もそこまで順調に行かなかったというではないか。
 70階層で惨敗し、その事実を突きつけられたルナ達は、皆それぞれの道を歩むためにパーティを解散することとなった。

 ルナはパーティを解散してから、人目を避けてダンジョンに潜っていた。得意の闇魔法を鍛え上げ、いつの日か70階層の主とエレインを一網打尽にするべく努力を重ねていた。

「エレインがルナより優れているなんて、あり得ない」

 ルナは、そこらの魔法使いと違い、希少な闇魔法使いの家系であった。人は皆、5大属性の魔法のいずれかに適性を持つことが多いが、ルナが適性を示したのは闇魔法であった。闇魔法と光魔法は、特訓して習得できるものではなく、そもそもの適性が必要となる。そのため、家族同様に闇魔法に適性を示したことに、安堵したと共にとても誇らしかった。

 魔法使いとして、自分は秀でている。

 そのことがルナの自信であり、誇りであった。人並みに修行にも励んできた。ダンジョンでも自分の力は十分通用していると思っていた。ルナは自分の力を自負していたのだ。
 だが、あの日、その誇りもプライドも粉々に打ち砕かれてしまった。それもこれまで蔑み馬鹿にしていたエレインによって。

 ルナは70階層に挑んでから数ヶ月が経過する今でも、その時のことを鮮明に覚えているし、この怒りをひと時も忘れたことはなかった。

「エレイン…」

 ギリっと強く歯を食いしばり、憎き少女の名を呟く。

 先日ダンジョンの入り口付近で、かつてのパーティメンバーであるリリスを見かけた。その時、誰かが転移して消えていったが、間違いなくリリスはその者を『エレイン』と呼んでいた。

 アレクが騒ぎを起こしたことは、ルナの耳にも入っていた。だが、エレインは幸運にも難を逃れたらしい。きっと今頃エレインはダンジョンで悠々自適に暮らしているのだ。
 アレクは自分の力を過信するところがあった。結局爪が甘かったのだろうとルナはみていた。

「ルナなら、きっともっと上手くやった」

 闇に消えいる程の小さな声でルナが呟いたその時、物陰からくすくすと笑い声が聞こえた。

「誰」

 ルナは素早く杖を構えて牽制する。ゆらりと影の中から現れたのは、目深にフードを被った人物だった。

「先ほど『エレイン』の名を口にしたな?」

 フードの人物はルナの問いには答えずに、逆に問いかけてきた。

「それが何。お前、怪しい」

 尚も可笑そうに肩を震わせるフードの人物に、ルナは苛立ちを隠そうともせずに杖を突きつけた。

「いや、随分恨みを抱えていそうだったものでな。もしよかったら、そのエレインとかいう小娘と、小娘を保護する『破壊魔神』に復讐する協力してやろう」
「復讐…だと?」

 その言葉に、ルナは目を細めた。
 ルナの興味を引いたと悟ったフードの人物は、ニヤリと口元を歪める。

「お前、闇魔法を使えるな?」
「っ!何故それを」
「分かるんだよ。同じ闇魔法使いとしてな」
「な…お前も…?」

 ルナは自分と同じ闇魔法の使い手ということに興味を引かれたらしい。構えた杖を下ろし、徐々に話を聞く体勢になっている。

「ああ、そうさ。闇魔法の使い手は希少だからな。そこらの魔法使いとは違う。…どうだ?もっと自分はやれる、もっと認められたい、一番優秀なのは自分だ。そうは思わないか?」

 両手を広げて大袈裟な素振りで語るフードの人物ーーー闇魔法使いを、ルナは無言で目を眇めて見ている。否定も肯定もしない。そのことが自ずと答えを示していた。

「もし、エレインとやらと『破壊魔神』に一泡吹かせたいと思うのならば…この玉を小娘に投げつけるといい」
「これは…」

 闇魔法使いが懐から取り出したのは、手のひらサイズのガラスの玉のようだった。中には黒い靄が渦巻いている。どこか不気味な気配がする。

「ふはは、投げてみてのお楽しみさ。これはとても貴重なものだからな、無闇に壊さないように気をつけるんだ」

 いつの間にか目の前に立ちはだかっていた闇魔法使いが、ルナの手にガラス玉を握らせた。

「成功を祈っているよ」

 ふははという不気味な笑い声を残して、フードの人物は闇の中に消えていった。

 ルナは手のひらのガラス玉をキッと睨みつけた。

「こんなものに頼らなくても、ルナは次こそ勝つ」

 ガラス玉をカバンの中にしまい、三角帽を目深に被り直して宿へと向かった。


◇◇◇

 闇魔法使いは、住宅街の外れに姿を現した。辺りに人影がないことを確認して、地面の煉瓦をガコンと外した。すると、ボタンのようなものが現れ、それを押すと静かに煉瓦が沈み込み、左右に開いて人1人倒れるほどの穴が出現した。
 ボタンの上に煉瓦を戻してするりと穴の中に潜り込む。中から再びボタンを押すと、ガコンガコンと元の煉瓦通りに姿を戻した。

 地下に伸びる狭い階段を降りると、間もなく木製の扉が現れた。古びた鍵で錠を外し、中に入るとドアの脇に掛けられたランプに火を灯した。

「さて、あの闇魔法使いの小娘は上手くやるだろうか」

 くくくと可笑そうに肩を震わせ、壁に並んだ瓶を指でなぞる。瓶の中にはルナに渡したガラス玉と同じ黒い靄が渦巻いている。

 ルナがエレインにガラス玉を投げつけ、黒い靄を浴びせることができればーーー

「くくく、『破壊魔神』だけではなく、ダンジョンそのものも大きな混乱に陥るだろう」

 かつて自分が生まれ、そして捨てた場所。

 地上はダンジョンとは違い、一歩間違えれば命を落とすし、寿命も存在する。だが、死と隣り合わせになって初めて、自分は生きているのだと実感した。ダンジョンの駒ではなく、1人の魔物として。

 地上へ降りてどれぐらいの時が経つのか、もう数えはいないので分からないが、種族特有の能力故に今日まで生き永らえてこれた。
 その間に人類は、ダンジョンの周りに街を拓き、日々夢を求めてダンジョンに挑んでいる。

 ダンジョンが何のために存在し、何をもたらすのか。未だに謎が多いが、間違いなくダンジョンには何らかの意志が存在している。

「ふん、ダンジョンの意志…そのようなものに振り回されてたまるものか」

 アレクに授けた魔法を跳ね返す手鏡の量産型を秘密裏に流通させたが、ギルドがうまく立ち回りそのほとんどが応酬されてしまった。ダンジョンに混乱を招く算段だったのだが、流石に手鏡だけではそれは叶わなかった。

 ダンジョンに生まれた魔物やモンスターは言わばダンジョンの駒でしかない。そのようなものに一生を捧げるぐらいならば、その力が弱体化しても運命に抗いたかった。
 そのために捨てたものも多くあった。

 闇魔法使いは壁にかけられた狐の面を手に取った。真ん中が裂けるようにひび割れている。

「お前は今もつまらないダンジョンの中で生活をしているのだろうな。誰とも関わることなく」

 闇魔法使いはかつての同胞を思い、フードで隠れた目を細めた。
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