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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

64. ショッピング

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「エレイン氏、よろしければこちらを」
「?ウィッグ…?」
「ええ、ずっとフードを被っているよりは買い物しやすいでしょう」
「ありがとうございます!!」

 エレインはローラとの話が済むと、リリスと共にウィルダリアの街へと向かった。フードを目深に被ってギルドを出ようとしたところ、ローラがウィッグを貸してくれたのだ。栗色のセミロング、エレインの水色の髪よりも周囲に溶け込みやすい馴染みのある髪色を選んでくれた。

 ローラに手を振り、エレインとリリスはギルドの裏口から出て行った。

 2人の姿が見えなくなるまで見送ると、ローラは静かにギルドの裏口の扉を閉めた。

「ローラちゃん」
「マスター」

 すると、いつの間にかローラの後方に佇んでいた大男に声をかけられた。見上げるほどの巨漢、筋骨隆々だが何処か優しい顔立ちをした中年男性は、ギルドのマスターであり、ローラの父であった。赤い髪の癖毛がローラとよく似ている。

「パパって呼んでっていつも言っているだろう」
「仕事中です、マスター。私語は謹んでください」
「ローラちゃんは相変わらず冷たいね…」

 少し涙目になりながらもギルドマスターはローラに話しかける。

「あの2人はいい子だね」
「ええ、とても」
「アレックス氏のことは、何も?」
「…ええ。知る必要のないことです」

 ローラはカチャッと扉の鍵を閉めると、深く溜息をついた。

 エレインに一方的な恨みを持ち、凶行に及んだアレク。その身柄は確保され、ギルド最深部の牢屋で終身刑に処されている。それが表立った情報である。
 だが、実のところ、アレクは現在ギルド経営の精神病院に入院していた。ローラがエレインに処罰を伝えたあの日、アレクは牢の中で倒れているところを発見された。命に別状はなかったものの、目は虚で呼びかけに対しても何の反応もしない。まるで魂を抜かれたかのように廃人となってしまっていたのだ。
 闇の魔道具の副作用なのか、あるいは何者かに襲われたのか。判断を下すには、余りにも情報が不足しすぎていた。ギルド上層部は、アレクのことを秘密裏に精神病院へと移管し、正式発表としては終身刑とした。

「彼が正常であれば、闇の魔道具の入手経路なども白状させることができただけに残念です」
「そうだな…彼は相変わらずなのか?」
「ええ…食事や排泄、睡眠など生命維持に必要な行動は取るものの、それ以外は…空の一点を見つめたまま何も反応を示さないようです」
「そうか…」

 エレインやリリスも、アレクは終身刑となり、ギルドの地下牢から出ることはないと説明されている。不要な心配をかけまいとするローラの判断であった。

「もし、アレックス氏に魔道具を手渡した者による口封じだとしたら…」
「そうだな。知りすぎると狙われる恐れもある。彼女たちに詳細を知らせない判断は正しいと思うよ。だが、今日1日とはいえ、街の散策を許可するのは…少し危険ではないかい?」

 ローラらしくない気配りに、父であるギルドマスターは首を傾げている。ローラはニヤリと笑みを浮かべると、小さく肩をすくめた。

「ご安心を。ギルドの暗部に警備をさせています。こちらの都合で地上へ呼び立てたのです。無事に帰すまでが私の責務です。それにエレイン氏も弱くはありません。久々に会ってよく分かりました。彼女はあの鬼神殿にかなり鍛えられていますよ」
「はっはっは、そうか。それは惜しい人材を失ったものだな」
「ええ…本当に」

 エレインが正当な評価を受けて、頼れる仲間とパーティを組んでいたら、もしかすると前人未到の70階層を突破していたのは彼女だったかもしれない。ローラはそう思わずにはいられなかった。


◇◇◇

「んんーっ!おいひいっ」

 エレインとリリスは、ギルドを後にすると、昼時ということもあり真っ直ぐに食事処へと向かった。

 エレインは半熟卵がとろりとしたオムライスを、リリスはハーブの効いたパスタを頼んでいた。アグニの料理もとても美味であるが、やはり地上の食事は格別だ。エレインは久々の店の味に舌鼓を打っていた。

「エレイン、この後はどこに行きましょう?折角なのでアナタの行きたいお店に行きましょう」
「本当?嬉しい!えっとね…とりあえず服をたくさん買おうかなと思ってるんだけど…荷物が多くなっちゃうから最後に見たいんだよね。あとはアグニちゃんに食べ物のお土産を買ってあげたい!それにドリューさんにハーブティーでしょ、ホムラさんには…何がいいかなぁ」

 エレインは指を折りながら行きたい場所を挙げていく。

「食べ物も最後の方がいいですね。ハーブティーに合う茶菓子も買いましょう。いいお店を知っていますよ」
「わーい!流石リリス!」

 ふふふと二人で微笑み合い、食事を済ませると早速リリス御用達のティーショップへと赴いた。

 カランコロンと心地よい鈴の音を鳴らしながら店内に入ると、ふわりとハーブ独特の香りが鼻孔をくすぐった。

「このお店のハーブは全て自家栽培なのですよ。とても品質が良くて本当に美味しいんです」
「すごーい…」

 エレインは棚に所狭しと並ぶ茶葉の入った瓶を眺める。店員らしき女性が笑みを携えながら近付いて来て色々と解説をしてくれた。時より試飲をさせて貰いながら、エレインは幾つかの茶葉を選んだ。

「えっと、カモミールにペパーミント…ローズヒップか。どれもいい香り~」

 茶葉が包まれた紙袋を手に、エレインはほくほくと頬を上気させていた。リリスが選んだアールグレイのクッキーに、プレーンのフィナンシェなども購入し、上機嫌で店を後にした。

「またのご利用をお待ちしております」

 店員の女性の笑顔に見送られながら、エレインとリリスは次なる店へと向かう。

「パンやパスタを持ち帰ってはどうでしょう?」
「いいね!パンは焼けてもパスタの麺はダンジョンでは作れないもんね」

 二人はパン屋とパスタ専門店を梯子して、パン屋では食パンとバゲット、そしてベリーのジャムに蜂蜜を、パスタ専門店ではパスタ麺とトマトソースを購入した。

 その後、甘味処で小休憩を取り、続いてエレインの服を見に行った。

「エレインはもう少し可愛い服装も似合うと思うのです!」
「えっと…ちょっとこれは露出が…」
「1枚ぐらいいいでしょう?これでホムラ様を悩殺しましょう」
「えっ!?何でここでホムラさんの名前が出るわけ!?」

 目をギラギラさせて鼻息荒く詰め寄るリリスに根負けし、エレインは修行やダンジョン攻略で着用する丈夫な服を3組と、少しひらりとしたワンピースの部屋着を1着購入した。ついでに下着も数枚新調した。これもリリスがゴリ押しして、シンプルなデザインのものの中に1枚、レース生地の大人っぽい下着が含まれた。
 着せ替え人形のように何着も試着をさせられ、エレインはすっかりくたびれてしまった。

 店を出ると、すでに空は朱色に染まっており、夕暮れ時となっていた。日が落ちると夜店がいくつか出店されるため、そこでアグニお気に入りの串焼きを買ってダンジョンへ戻ることにした。

「ん?」

 出店の準備に勤しむ屋台通りに差し掛かった時、ふとあるものがエレインの目にとまった。

「綺麗…」

 大荷物をどっこいしょと道の脇に置いて、エレインが手に取ったのは、真っ赤な魔石のペンダントであった。細く長いチェーンの先に、小指の先ほどの魔石がついている。ガチャガチャした装飾もなく、男性でもつけれそうなシンプルなものだ。

「エレイン?どうかしましたか?」

 エレインが立ち止まったことに遅れて気がついたリリスが、エレインの手元を覗き込んだ。

「まぁ、綺麗ですね」
「うん…ホムラさんの瞳の色に似てるなって思って」

(ホムラさんへのお土産に、買って行こうかな…付けてくれるかな?)

「お、お嬢ちゃん、お目が高いね。プレゼントかい?」

 エレインが目元を和ませて食い入るようにペンダントを見ていたため、店主の男性がにこやかに話しかけてきた。

「あ…はい。お世話になっている人に、プレゼントしようかなって…」
「そりゃあいい!ちなみにそれは男の人かい?」
「?はい、そうですが…」

 エレインが首を傾げながら答えると、そうかそうかと店主の男性は少しニヤニヤと口元を綻ばせながら頷いていた。

 リリスはエレインにバレないように店主の男性に向かって、シーっと人差し指を口に当てて口止めの素振りをした。

 今、ウィルダリアの街では、意中の異性にその人の瞳の色と同じ色の魔石を贈ることが流行っているのだ。勿論ダンジョンに住んでいるエレインの知るところではないが、是非ともエレインにはホムラに贈り物をしてほしいリリスは、店主が余計なことを言わないように釘を刺したのだ。

「エレイン!とっても素敵なプレゼントだと思います!ホムラ様もきっと喜びますよ!」
「う、うん…あの、これください!」

 食い気味のリリスに少したじろぎつつも、エレインは真っ赤な魔石のペンダントを購入した。店主の男性はうんうんと微笑みながら丁寧に袋に包んでくれ、なぜかハートのシールを貼ってくれた。

「お嬢ちゃん、頑張ってね」
「?はい、ありがとうございます?」

 そして何故か激励の言葉を受けて、エレインは魔石の出店を後にした。

(ホムラさん、喜んでくれるかな…)

 色々と気になることは多いが、いい土産が買えたとエレインは満足気だ。

 その後、アグニお気に入りの串焼きを3本購入し、エレインはダンジョン前へと戻って来た。

「リリス、今日は付き合ってくれてありがとう!」
「いいえ、私もとっても楽しかったです。また遊びに行きますね。ホムラ様にくれぐれもよろしくお伝えください」
「?う、うん。分かった」

 謎に念を押されて、エレインは首を捻りながらも頷いた。そして物陰に移動してウィッグを外すと、リリスに預けてフードを被った。

「ローラさんにお礼を言っておいてね!」
「任せてください。では、エレイン。お気をつけて」

 リリスに手を振りながら、エレインは両手いっぱいの荷物を抱えて70階層へと転移した。


◇◇◇

「エレイン…?」

 エレインが転移する間際、偶然近くを通っていた人物がその名を聞いて足を止めた。声がした方に目をやると、ちょうど誰かが転移して光の粒子になったところで、その姿は確認できなかったが、確かに『エレイン』と呼ばれていた。その名を呼んだ人物に目を移すと、司祭服を着たその姿には見覚えがあった。

「リリス…?ということは、やはり…」

 憎しみに顔を歪め、ギリっと歯を食いしばった少女は、魔法使い特有の三角帽を深く被り直し、夜の闇に消えていった。
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