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第一部 ダンジョンの階層主は、パーティに捨てられた泣き虫魔法使いに翻弄される
40. エレインとリリス
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夜も更けた頃、街外れの寂れた廃屋の中に、アレクの姿があった。隙間風が吹き込むボロ屋であるが、宿に泊まる金もないため、屋根があり雨風が凌げればどこでもよかった。
建て付けが悪く、ドアの隙間から吹き込んだ風が、ひゅうひゅうと不気味な音を立てている。
アレクは灯したロウソクの下で、懐から怪しげな鏡と短剣を取り出し、目の前に並べる。
そして、昼間の闇魔法使いとのやりとりを思い返す。
『要らないさ。金はね。魔道具の効果を確認できればそれでいい…だが、無事に使えた暁には…それ相応の対価を貰いに行く』
『くくく、それでいい。後はどうやって地上に誘い出すかだが、それは自分で考えるんだな』
(対価とは何だ?それに奴の言う通り、問題は『破壊魔神』をどうやって地上へおびき寄せるか…)
闇魔法使いはいかにも怪しい人物であるが、もはやアレクに選択肢は与えられていない。ホムラを地上へおびき出し、与えられた魔道具で息の根を止める。
憎きホムラの顔を思い浮かべた時、ふと、もう一人の許されざる人物の顔が脳裏に浮かんだ。
パーティ時代にいつもアレクを苛立たせ、先日アレクのプライドをズタズタにした魔法使いの姿が。
(エレイン…そうだ、アイツにも俺は復讐を果たせていない)
先日の戦いでも、エレインは姿を見せていた。ホムラとのやりとりを見るに、お互い信頼関係を築いている様子だった。
その時、アレクに妙案が浮かんだ。
「そうだ、エレイン。くくく、奴を囮にすればいいんじゃないか。そうすれば二人とも一網打尽に出来る。ははっ、あはははは!」
エレインを人質にし、ホムラを地上へおびき寄せる。そして二人仲良くあの世へ送る。何と素晴らしい考えか。
月の見えない闇夜の中に、アレクの高笑いが吸い込まれて消えていった。
◇◇◇
「えっと…確か中央神殿はこっちだったはず…」
100人の冒険者が70階層で散った日から、早くも7日が経過した。
今、エレインは地上へ降りてきている。
「ふむ、その中央神殿とやらに元仲間の治癒師がいるのですね」
今回はアグニも一緒である。70階層への挑戦者がめっきり減ってしまい、暇を持て余していたので着いてきてしまった。
「そのはず…とりあえず行ってみようか」
エレインの目的は、リリスに会うことだった。先日バタバタした別れになってしまい、心配もさせているだろうということで、事の顛末を伝えに来たのだ。ついでにその後のアレクの動向が分かればいいな、という淡い期待もしている。
「ここだね」
「ふむ、これまた大きな建物ですね」
エレインとアグニが見上げるのは、真っ白なレンガで建てられた神殿である。ウィルダリアの中心にダンジョンの塔があり、そこから南に下った大通りの先に位置している。
窓には色とりどりのステンドグラスが嵌め込まれており、街随一の美しさを誇る建造物だ。
「神殿は出入り自由だから、とりあえず中に入ろうか」
神殿には様々な事情を抱えた人がやって来る。神に慈悲を乞う者、日頃の感謝を伝える者、罪を吐露する者、その目的も様々である。
エレインとアグニは相変わらずフード付きの外套を被っているのだが、特に怪しまれることもなく中央の祭壇までやって来れた。姿を見られたくない人もちらほら居るようで、エレイン達以外にも似たような様相の者が居た。
「えーっと…ここで働いてるはずなんだけど…あっ!」
エレインが辺りを見回すと、祭壇の上で祈りを捧げているリリスを発見した。祈りの邪魔をしてはいけないので、壁際に退散してしばしの間待つ。
リリスが祈り終えて祭壇から降りてきたタイミングで、エレインは彼女に声をかけた。
「り、リリス…やっほー?」
「何ですかその挨拶」
アグニに変な目で見られるが、まだどうしてもリリスに対して気さくに接することが難しいエレインである。
「まぁ…!わざわざ会いに来てくれたのですか?」
声をかけられたリリスは目を見開き、嬉しそうに頬を上気させた。
「あの後どうなったのか心配したのですよ…!まあ、アナタがダンジョンに戻ってしばらくしてから、続々とボロボロになった冒険者の皆様が地上へ戻って参りましたので…おおよその検討はついていましたが」
リリスはその時の様子を思い出したのか、苦い表情をしている。
「あ!そうだ!ちょうどお昼時ですし、良かったら一緒にランチでもいかが?」
「いいでしょう」
「何でアグニちゃんが答えてるの?」
パンと両手を合わせてリリスが提案したことに、真っ先に了承したのはアグニであった。すっかり地上の食事が気に入ったようで、今日も隙あらば何か食べ物を入手しようと目を光らせていた。
「あら、その子は…?」
「ん?僕ですか?前に会いましたよね?僕は火りゅ…」
「わー!わー!し、親戚の子供なの!」
リリスからの問いに相変わらず普通に名乗ろうとするアグニに、エレインは慌てて声を張り上げた。
リリスは目をパチパチ瞬かせていたが、空気を読んでか食事処へとそのまま案内をしてくれた。
◇◇◇
「ん~~このたまごサンドはなかなか美味ですね」
「卵がとろけて口の中に溢れる~おいひい~」
「うふふ、気に入ってもらえて何よりです」
リリスが連れて行ってくれたのは、小洒落た食事処であった。サンドイッチが有名らしく、様々な具材を挟んだ品々が並んでいた。
エレインとアグニはたまごサンドを注文し、口一杯に頬張りながら舌鼓を打っていた。
「それにしても、本当無事で何よりです」
「へへ、心配かけてごめんね」
リリスはエレインが転移した後も、しばらくダンジョンの前で右往左往としていたらしい。冒険者達が見るも無惨な様相で戻ってきたため、恐らくエレインは無事だとは思っていたようだが、かなり心配をかけたみたいだ。
エレインは、リリスが自分の身を心配してくれていたことが素直に嬉しかった。かつてはそんな心遣いをされたことは無かったのだが、少しずつ分かり合えているのだろうか。
「あ…そういえば、あの後アレクって…」
口元についた卵を拭いながら、恐る恐るエレインが尋ねると、リリスは表情を曇らせた。
「ええ…彼は、100人の冒険者達への支払いを踏み倒して雲隠れしてしまったようです。自業自得ではあるのですが、何処でどうしているのか…」
「そっか…」
どうやらアレクは、かなり無理をして挑んできていたらしい。或いは、100人集まればホムラに勝てると安易に考えていたのだろうか。
(うーん、アレクって思ったより楽観的と言うか、自分の力を過信しすぎていると言うか…)
その後も3人は近況や、ダンジョンの話で盛り上がったのだった。
◇◇◇
「じゃあ、見送りありがとう」
まだ少し照れ臭そうに視線を逸らせながら、エレインが礼を言う。場所はダンジョン前である。リリスはまだ神殿での仕事が残っているらしいのだが、わざわざ見送りに来てくれた。
「いえ、またぜひ遊びに来てください…えと、その…」
「ん?」
別れの言葉を述べつつも、リリスは何やらモジモジ手をこまねいている。
「その、良ければ…5日後に久しぶりに丸丸一日お休みを貰えるんですが…一緒に街を散策するのは如何でしょうか…?」
リリスも気まずそうに視線を逸らす。エレインは思考がしばらく停止した。
「ダメ、でしょうか?」
「えっ、あっ!いや、分かった!あ、ありがとう…」
リリスの瞳が潤み、エレインは咄嗟に承諾してしまった。途端にパァッとリリスの表情が明るくなった。
「では、5日後の真昼にダンジョン前で会いましょう!」
嬉しそうに手を振りながら、リリスは神殿の方へと去って行った。
「むふふ。よかったですね、友達ができて」
「と、友達…なのかな?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるアグニに冷やかされたエレインは、なんだか胸がむずむずした。
「さて、帰る前にもう少し何か食べて行きませんか?」
「えっ!?帰る流れだったじゃん!」
ポケットから《転移門》の魔石を取り出そうとしていたエレインだったが、アグニがすたすたと飲食街へ向かって行ったため、慌てて後を追った。
◇◇◇
「へぇ…5日後に、ね。リリスのやつも存外使えるじゃないか」
エレイン達の様子を、フードを目深に被ったアレクが物陰から盗み見ていることには、誰も気付いていなかった。
建て付けが悪く、ドアの隙間から吹き込んだ風が、ひゅうひゅうと不気味な音を立てている。
アレクは灯したロウソクの下で、懐から怪しげな鏡と短剣を取り出し、目の前に並べる。
そして、昼間の闇魔法使いとのやりとりを思い返す。
『要らないさ。金はね。魔道具の効果を確認できればそれでいい…だが、無事に使えた暁には…それ相応の対価を貰いに行く』
『くくく、それでいい。後はどうやって地上に誘い出すかだが、それは自分で考えるんだな』
(対価とは何だ?それに奴の言う通り、問題は『破壊魔神』をどうやって地上へおびき寄せるか…)
闇魔法使いはいかにも怪しい人物であるが、もはやアレクに選択肢は与えられていない。ホムラを地上へおびき出し、与えられた魔道具で息の根を止める。
憎きホムラの顔を思い浮かべた時、ふと、もう一人の許されざる人物の顔が脳裏に浮かんだ。
パーティ時代にいつもアレクを苛立たせ、先日アレクのプライドをズタズタにした魔法使いの姿が。
(エレイン…そうだ、アイツにも俺は復讐を果たせていない)
先日の戦いでも、エレインは姿を見せていた。ホムラとのやりとりを見るに、お互い信頼関係を築いている様子だった。
その時、アレクに妙案が浮かんだ。
「そうだ、エレイン。くくく、奴を囮にすればいいんじゃないか。そうすれば二人とも一網打尽に出来る。ははっ、あはははは!」
エレインを人質にし、ホムラを地上へおびき寄せる。そして二人仲良くあの世へ送る。何と素晴らしい考えか。
月の見えない闇夜の中に、アレクの高笑いが吸い込まれて消えていった。
◇◇◇
「えっと…確か中央神殿はこっちだったはず…」
100人の冒険者が70階層で散った日から、早くも7日が経過した。
今、エレインは地上へ降りてきている。
「ふむ、その中央神殿とやらに元仲間の治癒師がいるのですね」
今回はアグニも一緒である。70階層への挑戦者がめっきり減ってしまい、暇を持て余していたので着いてきてしまった。
「そのはず…とりあえず行ってみようか」
エレインの目的は、リリスに会うことだった。先日バタバタした別れになってしまい、心配もさせているだろうということで、事の顛末を伝えに来たのだ。ついでにその後のアレクの動向が分かればいいな、という淡い期待もしている。
「ここだね」
「ふむ、これまた大きな建物ですね」
エレインとアグニが見上げるのは、真っ白なレンガで建てられた神殿である。ウィルダリアの中心にダンジョンの塔があり、そこから南に下った大通りの先に位置している。
窓には色とりどりのステンドグラスが嵌め込まれており、街随一の美しさを誇る建造物だ。
「神殿は出入り自由だから、とりあえず中に入ろうか」
神殿には様々な事情を抱えた人がやって来る。神に慈悲を乞う者、日頃の感謝を伝える者、罪を吐露する者、その目的も様々である。
エレインとアグニは相変わらずフード付きの外套を被っているのだが、特に怪しまれることもなく中央の祭壇までやって来れた。姿を見られたくない人もちらほら居るようで、エレイン達以外にも似たような様相の者が居た。
「えーっと…ここで働いてるはずなんだけど…あっ!」
エレインが辺りを見回すと、祭壇の上で祈りを捧げているリリスを発見した。祈りの邪魔をしてはいけないので、壁際に退散してしばしの間待つ。
リリスが祈り終えて祭壇から降りてきたタイミングで、エレインは彼女に声をかけた。
「り、リリス…やっほー?」
「何ですかその挨拶」
アグニに変な目で見られるが、まだどうしてもリリスに対して気さくに接することが難しいエレインである。
「まぁ…!わざわざ会いに来てくれたのですか?」
声をかけられたリリスは目を見開き、嬉しそうに頬を上気させた。
「あの後どうなったのか心配したのですよ…!まあ、アナタがダンジョンに戻ってしばらくしてから、続々とボロボロになった冒険者の皆様が地上へ戻って参りましたので…おおよその検討はついていましたが」
リリスはその時の様子を思い出したのか、苦い表情をしている。
「あ!そうだ!ちょうどお昼時ですし、良かったら一緒にランチでもいかが?」
「いいでしょう」
「何でアグニちゃんが答えてるの?」
パンと両手を合わせてリリスが提案したことに、真っ先に了承したのはアグニであった。すっかり地上の食事が気に入ったようで、今日も隙あらば何か食べ物を入手しようと目を光らせていた。
「あら、その子は…?」
「ん?僕ですか?前に会いましたよね?僕は火りゅ…」
「わー!わー!し、親戚の子供なの!」
リリスからの問いに相変わらず普通に名乗ろうとするアグニに、エレインは慌てて声を張り上げた。
リリスは目をパチパチ瞬かせていたが、空気を読んでか食事処へとそのまま案内をしてくれた。
◇◇◇
「ん~~このたまごサンドはなかなか美味ですね」
「卵がとろけて口の中に溢れる~おいひい~」
「うふふ、気に入ってもらえて何よりです」
リリスが連れて行ってくれたのは、小洒落た食事処であった。サンドイッチが有名らしく、様々な具材を挟んだ品々が並んでいた。
エレインとアグニはたまごサンドを注文し、口一杯に頬張りながら舌鼓を打っていた。
「それにしても、本当無事で何よりです」
「へへ、心配かけてごめんね」
リリスはエレインが転移した後も、しばらくダンジョンの前で右往左往としていたらしい。冒険者達が見るも無惨な様相で戻ってきたため、恐らくエレインは無事だとは思っていたようだが、かなり心配をかけたみたいだ。
エレインは、リリスが自分の身を心配してくれていたことが素直に嬉しかった。かつてはそんな心遣いをされたことは無かったのだが、少しずつ分かり合えているのだろうか。
「あ…そういえば、あの後アレクって…」
口元についた卵を拭いながら、恐る恐るエレインが尋ねると、リリスは表情を曇らせた。
「ええ…彼は、100人の冒険者達への支払いを踏み倒して雲隠れしてしまったようです。自業自得ではあるのですが、何処でどうしているのか…」
「そっか…」
どうやらアレクは、かなり無理をして挑んできていたらしい。或いは、100人集まればホムラに勝てると安易に考えていたのだろうか。
(うーん、アレクって思ったより楽観的と言うか、自分の力を過信しすぎていると言うか…)
その後も3人は近況や、ダンジョンの話で盛り上がったのだった。
◇◇◇
「じゃあ、見送りありがとう」
まだ少し照れ臭そうに視線を逸らせながら、エレインが礼を言う。場所はダンジョン前である。リリスはまだ神殿での仕事が残っているらしいのだが、わざわざ見送りに来てくれた。
「いえ、またぜひ遊びに来てください…えと、その…」
「ん?」
別れの言葉を述べつつも、リリスは何やらモジモジ手をこまねいている。
「その、良ければ…5日後に久しぶりに丸丸一日お休みを貰えるんですが…一緒に街を散策するのは如何でしょうか…?」
リリスも気まずそうに視線を逸らす。エレインは思考がしばらく停止した。
「ダメ、でしょうか?」
「えっ、あっ!いや、分かった!あ、ありがとう…」
リリスの瞳が潤み、エレインは咄嗟に承諾してしまった。途端にパァッとリリスの表情が明るくなった。
「では、5日後の真昼にダンジョン前で会いましょう!」
嬉しそうに手を振りながら、リリスは神殿の方へと去って行った。
「むふふ。よかったですね、友達ができて」
「と、友達…なのかな?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるアグニに冷やかされたエレインは、なんだか胸がむずむずした。
「さて、帰る前にもう少し何か食べて行きませんか?」
「えっ!?帰る流れだったじゃん!」
ポケットから《転移門》の魔石を取り出そうとしていたエレインだったが、アグニがすたすたと飲食街へ向かって行ったため、慌てて後を追った。
◇◇◇
「へぇ…5日後に、ね。リリスのやつも存外使えるじゃないか」
エレイン達の様子を、フードを目深に被ったアレクが物陰から盗み見ていることには、誰も気付いていなかった。
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