【完結】ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜

水都 ミナト

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第十二話 ロベルトの憂鬱

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 街で騒ぎを起こした翌日、ロベルトは未だ怒りが収まらない様子のメアリーを宥めるのに苦労していた。
 あの場でルイーゼの弟のアレンが登場したのには驚かされた。彼は、何とも油断ならない雰囲気を醸し出していた。

 ルイーゼといえば、最近は随分と親しみやすくなったと聞く。
 ここ数日、学園内ではルイーゼの話題で盛り上がる生徒があちらこちらで見られた。驚くことに密かにファンクラブまでもが設立されているらしい。ルイーゼに親切にしてもらった、気にかけてもらった、微笑みかけてもらったと、着実にその会員数は増えているようだ。
 更には、ロベルトにまで話の矛先は向き、“ルイーゼの本当の魅力に気付かずに婚約破棄をした愚かな男”というレッテルを貼られる始末だ。これまで散々ルイーゼの陰口を言っていたくせにと、ロベルトは何とも言えない気持ちになった。


 ロベルトには優秀な兄がいる。
 よくその兄と比較されて、落ちこぼれだとか物覚えが悪いだとか幼い頃から厳しい目を向けられてきた。この国の王と王妃である両親だけは、兄と比較せずにロベルト自身を尊重してくれたが、周囲はどうしても優秀な兄と比較をしたがった。
 そんな兄は、幼い頃から隣国を転々として、今も歴史や政治についての見識を広めている。
 一方のロベルトは国に残り、ヒューリヒ王立学園に入学をした。ロベルトなりに勉学に励んでいたのだが、学園での成績は中の中と振るわなかった。

 その中で常にトップの成績を保っていたのがルイーゼであった。

 周囲と関わり合いを持たず、妬みや僻みの視線を浴びつつも、気高く孤高の存在であったルイーゼに、ロベルトは密かに憧憬の念を抱いていた。
 意を決して父である国王にルイーゼと婚約をしたいと申し入れ、ヴァンブルク家から承諾の回答が来た時には喜びの余り、宙に浮かぶ心地であった。

 婚約者となって以降、ロベルトはルイーゼとの距離を縮めようと努めたつもりだったのだが、ルイーゼの心を開くことは叶わなかった。それどころか、人付き合いや自己表現が不得手なルイーゼは、学年を重ねるごとに孤立していき、ロベルトはそんなルイーゼを支えることができない自分に歯痒さを感じていた。

 今思えば、ルイーゼは自分の評判を鑑みて、ロベルトに迷惑をかけないように距離を置いていたのかもしれない。とも思うのだが、如何せん当時のロベルトにそのような考えに至る心の余裕はなかった。ロベルトを頼ろうとしないルイーゼに対しても苛立ちを感じるようになり、次第に彼女に冷たく当たり、距離を取るようになった。そのことがよりルイーゼを追い詰めることになるとは露程も思わずに。

 ルイーゼを切り捨ててまで選んだメアリーは、決して優秀だとは言えないロベルトにとって、砂漠の中のオアシスのような存在であった。
 些細な話にも笑顔を見せ、コロコロ表情を変える彼女はとても眩かった。ロベルトはすごい、ロベルトは素敵だ、ロベルトが好きだと真っ直ぐに述べる彼女に、ロベルトも次第に入れ込んでいった。
 そうだ、自分は決して落ちこぼれでもなければ出来損ないでもない。自分に関心を持たず、周囲への態度も貴族として相応しいと言えないルイーゼなんて、婚約者としては不適当である、と。次第にロベルトは自分に都合よく物事を解釈するようになっていった。
 そして進級パーティの場で、晴れてルイーゼとの婚約を解消し、自分を支えてくれる将来の伴侶と公認の仲になった、と思っていた。

 しかし、最近のメアリーは目に見えて苛立っており、ロベルトにまで当たり散らすようになっていた。表面上は優しく宥めているものの、目を吊り上げて罵声を浴びせる彼女の表情は醜く歪んで見えた。今までの可憐な彼女の姿は偽りであったのか、と思わずにはいられなかった。


 ーーーーー本当に、自分の選択は正しかったのだろうか。


 ロベルトの脳裏に浮かぶのは、冷たくも強い意志を秘めたアメジスト色の瞳。全てを見透かすようなその瞳に見据えられ、ロベルトの瞳は戸惑いがちに揺らいだ。


◇◇◇

 その日の昼時、ロベルトは未だ機嫌の治らないメアリーと共に中庭に向かっていた。中庭に面した廊下を歩いていると、前方からマリアとラナに囲まれたルイーゼがやって来た。

 友人達に囲まれて、ルイーゼの表情も柔らかい。思わずロベルトはルイーゼの姿に見惚れてしまった。
 ロベルトの様子に気付いたメアリーもまた、ルイーゼの存在に視認したようだ。悔しそうに爪を噛みながらルイーゼを睨みつけると、何かを思いついたようにニヤリと口元を歪めた。
 そして、ロベルトが呆けているうちにスタスタとルイーゼに向かって歩き出した。

 ロベルトが我に返った時には、メアリーはルイーゼとすれ違うところでーーー

「いったぁぁい!!酷いわ!突き飛ばすことないじゃない!」

 わざとルイーゼの肩にぶつかり、大袈裟に尻餅をついた。

 メアリーの行動にロベルトの顔面は蒼白だ。誰がどう見てもメアリーの自作自演である。昔のルイーゼであれば、この手も通用したかもしれないが…

「…メアリーあなた一体何をしているの」
「今わざとルイーゼ様にぶつかったでしょう。私たち見ていたもの」

 今はルイーゼの味方をする友人がいる。
 メアリーの行動に表情を強張らせていたルイーゼだったが、マリアとラナが咄嗟に彼女を庇ったため、ほっと表情を和ませた。

「な、何よ…!あんたたち散々この女に嫌がらせをして来たくせに!今更更生したところで許されるとでも思ってるの!?」

 尻餅をついたまま喚くメアリーの言葉にも二人は動じなかった。

「ええ、許されると思ってなんかいないわ。だけどね、こんな私たちでも、ルイーゼ様は友達だって言ってくれるの。だからこれから先、ルイーゼ様を悲しませるようなことはしないって誓ったのよ」

 真っ直ぐにメアリーを見据えるマリア。その目には強い意志が秘められていた。

「くっ…ラナ…ラナ、ねぇ、あなたは私の親友でしょう?親友を見捨ててその女の肩を持つっていうの?」

 メアリーは自分が不利だと悟り、今度はラナに訴えかけた。

「親友、ね。今更何をいっているの?自分に都合のいい時にだけ親友扱いして、私は何度もあなたに利用されてきた。ずっとあなたが昔みたいに心優しい子に戻ってくれるって信じてた。でも、もう無理みたいね。私たちは友達でも何でもないわ。お互いに思いやる気持ちがないと本当の友達とは言えない…今のメアリーにはそれがないもの」

 メアリーの訴えに、ラナは悲しそうにゆっくりと首を振った。メアリーは絶句して目を見開いている。

「なんだなんだ?何の騒ぎだ?」
「あの尻餅ついてる子がルイーゼ様にわざとぶつかってたわ。私見たもの」
「あれ、あの子…昨日街のドレス店でも騒いでたわよね?」
「ああ、俺も見たよ!」

 そうこうしてる間に、周りに生徒たちが集まって来ていた。
 その中にメアリーの味方をするものはいなかった。

 またか…と溜息をつきながらも、ロベルトは座り込むメアリーに手を貸し、半ば強引に立たせるとジッとルイーゼを見つめた。ルイーゼの瞳には少し戸惑いの色が滲んだが、ロベルトは力無く微笑むと、

「すまなかった」

 そう言ってメアリーを連れてその場から離れた。

 中庭を挟んだ対面の廊下から、アレンがこちらをじっと見ていることには気が付かなかった。
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