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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part 40 死闘・武人タウゼント/運命の交差路

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「このような無様な成りではあるがなぁ」
「馬鹿野郎! ハロウィンの仮装パーティーの時期じゃねえぞ!」
「そう言うな。准尉殿! これでも吾輩、この格好気に入っとるのでなぁ」
「言ってろ! アメ公!」

 ボリスの顔に思わず笑みが浮かぶ。そしてその目からは涙が溢れていた。ボリスにとっても、タウゼントにとっても、あの過去は取り返せないのだ。
 
「時に准尉殿、娘子は息災か?」
「そうだと言いたいが――テロに巻き込まれて吹き飛ばされて死んだよ」
「あの狂える拳魔の一派か?」
「そうだ」

 それ以上は問えなかった。踏み込んではならない領域の記憶だからだ。だが、今はそれより先になさねばならないことがある。タウゼントはボリスに問いかけた。
 
「ならば問うが。あのような〝愚か者〟を許しておけるか?」

 愚か者――それが権田や黒い盤古の連中のことを意図しているのは明確だった。

「愚問だ。あのネジ曲がりきった性根。ぶっ叩いてやりたくなる!」
「ならばそれを行うのは、老兵たる我らの努め。先輩らしく新兵はしっかり教育してやらんとなぁ」
Правильно!その通りだ!

 それはあの72時間の任務の中で何度も聞いたフレーズだった。たとえ運命の偶然に弄ばれたのだとしても、あの時の記憶は彼らが助け合う理由には十分過ぎるモノであった。
 
――ミシッ――

 地面が鈍い軋み音を放った。仰向けに倒れ伏していたはずの権田がその身を起こし始めたのだ。 
 ボリスはタウゼントに問う。
 
「やれるか?」
「無論である」
「ならば俺たちがバックアップする。やつの行動を阻害する!」
「心得た、ならば吾輩がヤツにとどめを刺す、今少しで儂の〝余り〟の部分が追いつく故」
「了解」

 そして先に動いたのはタウゼント――ボリスの元を離れ、権田の方へと走り出していく。対する敵は完全に立ち上がり、復活した視聴覚で現在状況を把握しようとその視線を周囲へと走らせていた。ボリスも、それを視界に捕らえつつ静かなる男たちに対して指示を下す。
 
〔全員に告げる! これよりタウゼント卿と共同戦線を張る! その際、全部隊を3つに分ける。右手に4名、左手に4名展開! 重比重フレシェット弾とKS23Mのショットシェルにて頭部を中心に攻撃! 敵の攻撃行動を妨害しろ! 残りは私とともに中遠距離レンジからの支援攻撃だ! 急げ!〕

 無線回線を通じて指示に対する返答の声がする。一斉に返される言葉は一つしか無い。
 
даダー!〕

 そしてボリスたち静かなる男たちも行動を開始する。全ては力なきか弱いものたちを、そして信念のために闘い続けた誇りの記憶を護るため。
 
――護る――

 その明確な信念のもと、彼らは動き出したのである。
 
 
 @     @     @
 
 
 タウゼントは今、奇妙な縁が紡ぎ出す運命の交差路の真っ只中にあった。
 かつての命の恩人、
 対立を乗り越えて共に轡を並べて戦った異国の戦友、
 そしてそのいずれもが、タウゼントが持つ戦人・武人としての矜持を真に語り合える相手であった。
 その頭部に被った鈍銀色の兜の中で誰にも聞こえぬ声で密かにつぶやいてみる。
 
『まさか、このような異郷の地にてかのような出会いが有るとは。あの人がお膳立てしたわけではあるまいが――』

 そして、タウゼントは〝もう一人の彼〟からの声を聞く。
 
〔旦那様~~!!〕

 その特徴的な声――、控えめでありつつも懇切丁寧な言い回し。いつでもタウゼントのそばに有る、もう一人の彼――
 
〔来たか! パイチョス!〕
〔はいです! 旦那様! あと10秒ほどでそちらに参ります!〕
〔よし! お前が帰着と同時に〝結合〟を行う! 準備せよ!〕
〔かしこまりましてございます! 旦那様!〕

 無線通信で届いたその声の主は、タウゼントの忠実なる従者パイチョスであった。先程の道先案内を終えたのである。
 
〔それでは!〕
〔うむ!〕

 そして、両足に力をこめて立ち上がり姿勢を正すと、振り向かずにボリスに告げる。
 
「ボリス准尉殿、10秒後に5秒ほど時間をいただきたい」

 その求めにボリスは答える。
 
「支援攻撃だな?」
「吾輩が近接格闘戦への準備対応を行う!」
「わかった。その間、ヤツを牽制する!」

 そしてボリスが静かなる男たちの隊員たちに指示を送った。それは精密機械の如き緻密さでの行動だった。

〔全員に告ぐ、16秒稼ぐ! 敵重装兵が動き次第、その攻撃行動を牽制する〕

 老いている、傷ついている、立ち枯れている。
 サイボーグ処置を受けたとは言え、老いさらばえた肉体では若い連中と同等か僅かにそれを超える肉体機能を取り戻すのが精一杯だ。圧倒的な戦闘力を得ようとしても老いて枯れた中枢組織がそれを制御しきれないのだ。だからこそ彼らは重火器に頼らざるをえないのである。
 だが老兵は死なない。己の魂の中に培った信念の元に立ち上がり、体が動く限り戦うのみだ。 ボリスからの指示を静かなる男たちは速やかに受諾する。

даダー!〕 
 
 そして、ボリスは静かに笑みを浮かべながらタウゼントへと告げたのだ。
 
「タウゼント卿」

 微かにタウゼントの頭が右へと動く。ボリスは彼にさらに告げた。
 
「生きてここから帰るぞ」

 その言葉にタウゼントは静かに頷いた。
 
「無論である」
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