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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part35 死闘・正義のシルエット/カエルはやっぱりカエルでした

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「おれ帰る。オマエどっか行け」
「え?」
 
 いささかマヌケな声で香田は問い返したが、イプシロンの言葉は聞き間違いでは無い。
 
「オマエ、地上を攻撃することもうできない。子供らを襲った悪いヤツ死んだ。オマエを殺すこと意味ない。だからお前、どっか行け」

 そしてそれっきり一瞥もすること無くパイロットの香田から離れていく。ヒタヒタと足音を鳴らし、向かうのはヘリの側面であった。そこに彼を待っていたのは空戦ドローンのうちの一機である。
 
〔良いのですか? このまま終わって〕

 ディアリオの声が問い掛けてくる。だがそれに対してもイプシロンは素直だ。
 
「いい。俺、殺すことが目的でない。地上の子供らを助けたいだけ。やることはやった。だからもういい」

 イプシロンは開け放たれた側面ドアの辺りに位置すると外へと飛び出す準備をしていた。その傍らでディアリオに向けてこう告げたのだ。
 
「お前には救けてもらった。ディアリオ――、いつかこのお礼する」

 とてもついさっきまで死闘を演じていたとは思えないような朴訥さだった。そしてこれがイプシロンという存在なのだとディアリオは感じずにはいられない。
 
〔覚えておきましょう〕
「じゃあな」

 ディアリオの答えにシンプルな返事だけを残してイプシロンはそこから地上へ向けて、夜空へと飛び出していったのである。それはどこまでいってもカエルとしてのジャンプである。
 その地上へと落下していくシルエットを視認しながら、ディアリオは香田へと告げた。
 
〔命を救われましたね〕
「―――」

 香田は答えない。沈黙したままだ。
 
〔まだ、殺りますか?〕
「やらねえよ。墜落させないだけで精一杯だ。問題の出ない場所を探してヘリを降ろして投降するよ」
〔良いのですか?〕
「あぁ、流石にもう限界だ。それに最近、自分が何のために危険に身を晒しているのかわからなくなってきてたんだ。財津みたいな殺しが大好きなイカレ野郎と一緒にいると、こんなヤツと同じにされたくねぇとも思っちまうしな」
 
 まるで憑き物が落ちたような弱気な言葉だった。ヘリパイロットと言う現場から一歩下がった立場で有るが故に、組織の論理への洗脳はまだ浅かったらしい。彼のその言葉を信じて、救いの手を差し伸べるべきであろう。

〔ならば、警察内での貴方の身柄と安全は保証します。公安4課に保護を求めてください。悪いようにはしません〕
「頼む。まだ死にたくねえ」
〔了解です。では警視庁管内から離れてください。東へ、千葉エリアへと逃れてください。後ほどこちらからアプローチします〕
「判った――」

 それっきり二人は会話を打ち切っていた。そして香田は一路、ヘリを東へと進路を取る。やがて警視庁公安4課が身柄保護のための人間を手配するだろう。そのための連絡と要請を大戸島に送るのはディアリオの役目である。
 
〔課長、大戸島課長聞こえますか? こちらディアリオです――〕

 ディアリオと大戸島、二人のやり取りが始まる。
 そして今、一人の黒い盤古の隊員が、闘いから自ら逃れていったのである。


 @     @     @
 
 
 一つの闘いは終わった。そして、大空での戦いを終えて地上へと舞い降りてくるのは一匹のカエルであった。
 両手両足を広げて、落下速度を下げながらイプシロンは舞い降りてくる。とは言えパラシュートもなしの自由落下では流石にノーダメージとはいかないだろう。だが――
 
「ホホホ、主賓のお帰りですねぇ」

 それまで完全にその身を隠していたクラウンだったが、一切のステルス関連の機能を解除するとその姿をあらわす。両腕を目いっぱいに広げ空を仰ぐ。そして地上へと返ってきたイプシロンその腕で受け止めたのである。
 
「おっと!」

――ボスッ!――
 
 それはまるでドッジボール球技のボールでも受けたかのようなマイルドな衝撃であった。イプシロンはと言えば思わぬクラウンの登場に驚きつつも、報告と挨拶だけは忘れないクラウンである。
 
「ただいま! クラウンたま」
「はい、おかえりなさい」
「子どもたちを殺そうとする奴ら追い払った! 手こずったけどなんとかなった」
「ほうほう、それはそれは――。子どもたちの笑顔が守れたのであればそれで何よりです」

 受け止めたイプシロンの身体を地面へとおろす。その姿をつぶさに見れば、鋭利な刃で切り刻まれたかのように傷だらけである。その姿にクラウンは思わず苦笑する。
 
「それより、まだやれますか?」
「あい。俺、まだやれる」
「ならば、イオタの方に合流なさい。あちらも戦いで苦戦しているはずです」
「あい! クラウンたま!」
「よし、それでは――」

 だがその時、そんなやりとりをするクラウンとイプシロンの、本当の姿を見守る集団があった。
 
「みつけた――クラウンの姿ついに捉えた」

 その言葉が新たな戦いの火種をまねこうとしていた。それまで姿を隠していた〝彼女たち〟だったがその視線の先についにクラウンを捉えたのである。
 
「死の道化師! あいつがここに!」

 声の主はエルバ、ペガソの腹心の部下であり彼に忠誠を誓った女性たちからなる精鋭部隊のリーダー格だ。

「行くよ。みんな」

 エルバは告げた。あの忌まわしい過去の〝オトシマエ〟をつけるために。愛する人の敵をうつために。彼女たちが抱いた正義、それは――
 
『復讐』

――である。
 そして、この夜最大の成果について、エルバは彼女たちの主人の元へと報告したのだ。今こそ密かに懐き続けた大願へとチェックメイトする為に――
 
「――ペガソ様、エルバです。ご報告いたします」

 それが主人への最大のプレゼントになると信じて。
 彼女たちの主人の名は、ファミリア・デラ・サングレ首魁ペガソ、
 かたや彼女たちの部隊の名は、ペラ――
 彼女たちはある思いを介して深い絆で結ばれていたのである。
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