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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part32 輝きの残渣/翁龍は眠る

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 セブン・カウンシル定期会合場――円卓の間――
 そこは今、混乱の極みにあった。
 爆散した機体の残骸がそこかしこに散らばっている。そればかりか、金属パーツの砕片が弾丸の様に飛散し天井やら壁面やら、四方八方に食い込んで、その凄まじさを物語る。

 ゴールデンセントラル200を管理する白翁グループの警備員たちが円卓の間に飛び込んでくる。グループ総帥の王麗沙の指示で呼びだされたのである。
 速やかに遅滞なく到着した信頼の置ける警備員たちは、麗沙の指示により手早く正確に状況を処理していく。麗沙の凛とした落ち着いた美声が響いていた。

「一切の残骸を残さず処理しなさい。爆発により生じた破損や消失は速やかに補充すること。タイミリミットは明朝5時。急ぎなさい!」

 麗沙の激がさらに飛ぶ。

「それと本社機能をここから予備の拠点へと移します。全ての情報資産及び機材・資料の全てを残さず持ち出しなさい。内部職員は最優先で召集! 明朝6時までにはここを退去します」

 すると、麗沙の所に社内内域専用のスマートフォンをお付きの女官が差し出してくる。最上階の執務室からだ。

〔王総帥、失礼いたします。お聞きしたいことが〕
〔速やかに話しなさい〕
〔ビル管内の情報基幹ネットワークはいかがいたしましょうか?〕
〔その件はすでに手を打ってあります。あなた達は現オフィスの退去準備を進めなさい。一切の痕跡を残さぬように。その後規定マニュアルに従いあなた達は専用チャーター便で帰国なさい。いいですね?〕
〔承知しました。総帥。すぐに取り掛かります〕
〔よろしい。これまでの勤めご苦労でした。またいずれ働いてもらうことになります。それまでゆっくり体を休めなさい〕

 麗沙は自らの執務室の秘書官たちに指示を出し、しばしの別れを告げる。そしてスマートフォンを切るとそれをお付きの女官へと返しつつ告げる。

「あなたたちも準備なさい。持ち場に関して規定の退去処理を行い、同じくチャーター便で帰国です。一切の遅滞はゆるされません。いいですね」
「はい、麗沙様――」

 主人たる麗沙の言葉を耳にしつつ、うやうやしく頭を垂れていたが、その肩が震えているのが判る。その女官に麗沙はそっと声をかけた。

「これが今生の別れではありません。時期が来ればいずれまた呼び寄せます。それまでの休暇のようなものです。いいですね?」
「はい、麗沙様――」

 顔を振り仰いだ女官の顔には涙が光っていた。別れはあまりに唐突だった。そして部屋の中の他の女官たちにも告げる。

「皆も、永の務め、ご苦労でした。また会うこともあるでしょう。さぁ、早くお行きなさい」

 麗沙の声に頭を垂れつつも女官は袖のたもとで、みな目元を拭っていた。慚愧の思いに耐えながらも、皆、粛々と務めをこなすのみだ。だがその涙こそが麗沙と女官たちとの絆の深さを物語っていたのだ。
 一通りの指示を出し終えて、麗沙は軽くため息をつく。そしてその視線は己の師にして祖父である王之神へと注がれる。王老師も厳しく指示を発しているところだった。
 之神のそばに黒衣のマオカラーシャツ姿の若者たちが数名召集されている。彼らに王老師は告げた。

「〝銀龍部隊〟を呼べ。そして一切のネット上の痕跡を消去させろ。お前たちは下層階の側から、上層階へのアクセス履歴がないかチェックだ。あらゆる一切の痕跡を残すな。行け!」
「ハッ!」

 両踵と両袖を規定どおり揃えて姿勢を正して声を発する。命令受諾の儀礼動作だ。そして足音も建てずに速やかに行動を開始する。彼らは白翁グループの者ではない。王直属にして、翁龍(オールドドラゴン)のメンバーなのだ。
 整然とそして粛々と退去作業は進んでいく。憮然とした表情でその作業の手際を眺めていた王老師は吐き捨てた。

「とんでもない大損害だ。いくらになるか検討もつかん」

 その老師の側へと麗沙が歩み寄る。

「老師、全ての手はずの指示出し終えました」
「よし、我々も一時、ここから移動する。状況を見ながら活動拠点を新たに構築する」
「承知しました。警察諸組織からの捜査に対しては?」
「すでにそちらも手を打った。〝銀龍〟が偽装証拠をでっち上げるだろう。建物内の爆発事故としてな。偽装が完了したなら証拠資料を送達する。暗記して漏れがないようにしなさい」
「承知しました。そのようにいたします。しかし――」

 その時、麗沙の視線はある男の所へと向いている。
 ファミリア・デラ・サングレのペガソだ。
 そのシャツの背中には飛び散った破片がいくつも食い込んで血だらけになっている。その様を心痛な思いで眺める。

「これからどうすれば――」

 思わず弱音を吐いた麗沙を王老師は横目で睨みつける。

胆小鬼ダンシャオグイ

 小声で吐き捨てた言葉は臆病者を意味する侮辱の言葉だった。その言葉を叩きつけられて麗沙の顔はハッとした。

「何も変わらん。何も変化せん。損失には対価を要求する。そのうえで彼らとの連携は継続する。今回の失態はサイレント・デルタのとしてのものではなくあくまでもファイブ個人のものだ。それに対してサイレント・デルタがいかなる代価を支払ってくるかで対応を決める。これで無視を決め込むなら総攻撃をかける。ネットの向こうの木人たちだろうが関係ない。翁龍の爪の力、思い知らせるのみだ」

 王老師は苛立ちこそは見せていたが、一抹の不安も諦念も無かった。ただ粛々と自らの組織の体制と行動と権威を堅持しつづけるのみだ。その全くブレない佇まいに麗沙は己の未熟さを噛み締めずには居られなかった。

「申し訳ございません。思い違いをしておりました。それではこちらでは他の七審の幹部の方々とも協議を内々に行います。早急に連絡網を構築いたします」
「うむ、それでよろしい」

 その上で2人は歩みをすすめる。向かう先はペガソの所だ。
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