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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part31 シャイニングソルジャーズ/緊急アラート

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「……なに? あれ」

 フィールはその光景が信じられなかった。
 
「ドローン? なんでこんなに」

 数が信じられなかった。
 
「どうして出てくるの?」

 理由が信じられなかった。
 
「なんで、完璧に退路を絶とうとするの?」

 その緻密なまでの統率力が信じられなかった。その黒の群れはフィールの周囲を濃密に取り囲み、まさに黒の外壁と呼ぶにふさわしい障壁を構成していた。
 
「これ――全部――」

 そして目の前で展開された機能が信じられなかった。
 それは半円形の黒いシルエット。直径は60センチほどで一見すれば皆同一の形状である。ホバリングファンは内部に内蔵式でありローターを損傷して墜落する可能性は低い。ましてやその半円形の形状が防御力と耐久力を高めるための物であることは一目でわかる。
 
 あるドローンは、左右に分かれて内部からレーザー銃口を露出させる。
 あるドローンは、機体の4箇所から空間放電用の高圧端子を展開させる。
 あるドローンは、機体下部の円周部から回転式のノコ刃を露出させる。
 あるドローンは、機体を旋回させながら金属製のワイヤーを放射する。
 あるドローンは、ペッパーボックス式の散弾発射装置を展開させた。
 そしてあるドローンは太い筒状の器具を露出させる。直径5センチ程度でそこから放たれたのは赤く輝く炎で、それは火炎放射器と呼ばれるものだ。
 
 射抜く、放電する、切断する、絡める、撃ち抜く、焼く――

 おおよそ考えられるだけの悪意がそこには並べられていた。その数100体。単なる量産用機体だとは考えられないバリエーションだ。そしてそこに込められた執念と狂気を感じずには居られなかった。
 
「――――」

 フィールは完全に言葉を失う。もはやそこから感じられる恐怖は言葉では表現できるものではなかったのだ。
 
――ブゥゥゥゥン――

 重く響く唸り声、それはドローン内部に組み込まれたエアダクトファンの音だ。だがそれが100機分以上も集まることにより、まるで地響きを立てて迫りくる怪鳥の羽音のようにも思えてくる。今、フィールが汗をかく機能をもっていたとしたら、全身いたるところから冷や汗をかき、心臓はこれまでにないくらいに鼓動を早めていただろう。
 そして、フィールは今まさに生まれて初めて〝心の底からの恐怖〟と言う物を味わいつつ有ったのだ。
 
「に、逃げ――」

 かすかにつぶやき眼下を見る。だが下からもドローンの群れが密集形態で退路を遮断している。反射的に頭上を仰ぐ。するとそこにかすかな隙間が有る。それはまさに絶望の中の僥倖のように思えただろう。
 
――まだ間に合う!――

 そう直感して全速力を頭上の一点からの脱出へと向かわせる。
 マグネウィングを、電磁バーニヤを、フルで作動させて急加速する。
 
――お願い! 間に合って!――

 絶望を必死に振り切ろうとするフィールの思いが最後の望みへとつながろうとしていた。そしてそこにしか希望はなかったのだ。だが――
 
〔かかった――〕

 不気味な、それでいて他者を見下した、嫌味な声が響く。それは音声の発信元を特定さえ無いように、全てのドローンの中のいずれかから無差別にランダムに変化を繰り返しながらメッセージが発信されている。フィールはそれを耳にした時、強烈な不安と共に、背筋に冷たいものが走るのを感じる。

「え?」

 フィールがそう呟くと同時にソレは悪意の牙を剥いたのである。
 数十メートル程の等間隔距離をおいて離れた位置に、6つの方向に端正な六角形を描いて特別なドローンが待機していた。

――指向性放電兵器――

 かつてあの南本牧の事件で、スネイルドラゴンの悪名高き幹部ハイロンが用いていた殺人用途の放電兵器だ。それを仕込まれた機体が他のドローンの群れに隠れ潜んでいた。唯一残された退路へとフィールが逃げ手を伸ばしたさいに、6つの方向から一直線に青白い紫電がほとばしったのだ。電圧のレベルもあのハイロンが装備していたものとは比較にならないくらいに高いものだ。
 ソレはまさに天使を射抜く悪魔の弓矢。6条の放電はフィールの体を一瞬にして貫く。
 左手、首筋、背面、左腰、左太腿、そして右足首。それらの箇所が細く絞られた高圧放電により焼かれ、プロテクターで覆われていない場所は構成素材のバイオプラスチックを焼損する。そしてその下地となるメッシュフレームは露出して、その内部メカニズムを無残にも晒すのである。
 フィールにも痛覚システムはある。
 痛みは肉体のトラブルを知らせるためには最も効率的でわかりやすいシステムである。それをアンドロイド開発の過程で必要なものとして取り込んだとしても何ら不思議ではなかった。だが――
 
「ギャァッ!!」

 壮絶な悲鳴がなりひびく。6条の青白い紫電の直線光はフィールの体表を焼いたのみならず、その防護構造をやすやすと突破して内部メカニズムを浸潤する。それは筆舌に尽くしがたい苦痛を伴ってフィールの体を犯していくのである。

【   体内機能モニタリングシステム    】
【    <<<緊急アラート>>>     】
【  ―各部主要部分障害及び破損発生―   】
【                     】
【1:左手首貫通創発生           】
【  左指系統小指薬指駆動系破損発生    】
【                     】
【2:首部右後方外部焼損          】
【  内部予備プロテクター構造により    】
【            重要機能部破壊阻止】
【                     】
【3:背面電撃傷発生、           】
【  損傷度軽度              】
【                     】
【4:左腰部体表、開放損傷発生       】
【  内部動力B系統露出          】
【  高圧動力ケーブル予備系統軽度損傷発生 】
【              絶縁能力低下中】
【                     】
【5:左太腿貫通損傷            】
【  左大腿部内部予備フレーム軽度損傷   】
【         >左股関節部運動障害発生】
【6:右足首関節部放電受傷         】
【  オプショナルギアプロテクター     】
【        による保護成功、損傷度軽微】

 それら6ヶ所のうち致命的だったのは左腰だった。腰はその運動機能の重要性から首と並んで保護しにくい場所の一つだ。それも体表部が露出している部分が破損してしまったのだ。内部メカはまだ破損していなかったが、そこが弱点となり敵の狙い目となるのは明らかだった。そしてなにより――
 
「しまった!」

 残る数多のドローンがフィールの頭上を塞いでいく。それはまるで、自由への扉を閉ざされ、絶望の牢獄へと引きずり込まれる光景のようであった。退路は完全に絶たれた。今、フィールを取り囲んでいるのは100を超える数の敵意、そして邪悪なる歓喜。その絶望の群れがフィールへと話しかけてくる。
 
〔日本警察がほこるアンドロイド警官、特攻装警――、その紅一点にして白銀の天使――、ようこそ終末の舞台へ。ようこそ処刑の空間へ、まずは君を迎えられた事を光栄に思うよ! まずは挨拶と行こうか。私の名は〝ファイブ〟――字名をシルバーフェイスのファイブ――、以後お見知りおきを!〕
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