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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編

Part30 死闘・錯綜戦列/イプシロンの場合――

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■戦場の片隅にて。イプシロンの場合――

 イオタと一緒に居たあのビルの頂きから跳躍し、別なビルの上へと渡る。再び跳躍し、更に別なビルへと渡る。まるで石伝いに川を渡るように、イプシロンは闇街の空間上を渡ろうとしていた。そして、通信塔を兼ねた鉄塔に気づくと、その頂に張り付くようにして静止する。気配を一心に殺すと、その童話のキャラクターのような丸い目で醜悪な作戦行動が展開されているエリアを一望した。
 そしてイプシロンの視線が、かつて救った子どもたちを探し求めていた。
 
「どこだ? どこに行った?」

 まずは眺めたのは子どもたちがねぐらにしていたあの廃ビルだった。だがそこは熾烈な戦闘が行われていたこともあり、いまでは誰もいない。グラウザーや字田やベルトコーネをめぐる戦いのメインステージと化している。
 さらに視界の望遠倍率を上げて詳細に眺めていけば、その先の荒れ地に近いエリアに奇妙な建物があるのが見えた。市街地外れの荒れ地の片隅にて建築途中で放棄された小規模ビルである。その窓越しに小さな人影が見え隠れしている。
 
「こどもたち! 居た!」

 子どもたちの無事に安堵するイプシロンだったが、すっかり安心するにはまだ早かった。必死に姿を隠しているが小さな子どもたちも居るために隠しきれていない。視力や聴力の良いものが眺めれば即座に露見してしまうだろう。それに隠れた場所があまりに悪かった。
 
「だれかいる」

 ハッキリと姿は見えないが、イプシロンのその視力にはほんのわずかに微かにゆらゆらと揺らぐものが見える。イプシロンは自らの視界に映る映像にフィルターをかけた。
 
【 加工画像解析フィルター・作動      】
【 >ホログラム迷彩アンチフィルター    】

 シェン・レイのような高度なものではないが、それでも取っ掛かりだけでもつかみやすくなる。そしてそのフィルターを作動させた結果、たしかに人間のシルエットに似た何かが動いているのがつかめたのである。

「まちがいない」

 そっとつぶやきながらイプシロンは警戒して周囲を眺めた。
 
「誰かいる。子どもたちの近く、誰かいる。誰だ?!」

 そしてイプシロンは気付いた。その戦闘エリアの頭上遥かに対空している大型の〝なにか〟のシルエットがある事に。音も聞こえない。映像もハッキリとは見えない。だがあまりに何も見えないがゆえに綺麗すぎてシルエットがおぼろげに浮かんでくるのである。そのシルエットの正体をイプシロンは直感する。
 
「まさか――戦闘ヘリ?」

 それは悪夢の記憶に繋がるものである。そしてイプシロンが持つ忌まわしき記憶の鍵をこじ開けようとしていた。戦闘エリアの上空に戦闘ヘリが待機している時、行われるのは二つしかない。
 一つは地上への降下作戦。戦闘要員を送る事だ。
 そしてもう一つ――
 
「狙撃?」

――地上部隊支援のために支援攻撃が行われるのである。
 イプシロンはその可能性に気づいてしまったのだ。
 
 イプシロンはバケガエルである。笑われてなんぼの存在でしか無い。
 だがイプシロンとて、あのクラウンの部下である。クラウンに付き従って様々な場所を飛び回っているのだ。そして悪意に満ちた戦場や悲惨な犯罪現場を幾度もその目に焼き付けてきているのだ。

「そんな――まさか――」

 否定したかった。信じたくなかった。

「子供たち」

 だがその最悪の可能性が現実になろうとしていた。全ての状況がそれを確定しているのだ。
 
「狙っているやつがいる!」

 もう猶予はならなかった。もう我慢ならなかった。イプシロンは全ての不安をかなぐり捨てて全力で飛び出していた。その胸にある思いはただ一つだった。
 
「子どもたち守る」

 イプシロンはバケガエルである。
 笑われてなんぼ、驚かれてなんぼの存在である。
 大人はたいてい驚いて気味悪がって去っていく。
 だが子どもたちは違っていた。
 
「こどもたちの笑顔を、オレ守る!」

 いつでも子どもたちだけはイプシロンを怖がらなかった。
 子どもたちだけは、バケガエルのイプシロンを驚き、興味を持ち、そして笑って楽しんでくれたのだ。
 イプシロンは子供が好きだった。
 子どもたちの笑顔。それだけが生きがいだったのである。
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