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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/死闘編
Part30 死闘・錯綜戦列/ダウとトリーの場合――
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今、戦火は燃え上がろうとしていた。
災厄の象徴を破壊しようとする者。
災厄の象徴を眠らせようとする者。
災厄の象徴を目覚めさせようとする者。
様々な立場の者たちが1つの地に集い始めていた。
戦火が燃え上がろうとしていた。
今、一つの戦いが始まろうとしていたのである。
■とある屋上にて。ダウとトリーの場合――
そこは8階建てくらいの小規模なビルの屋上だった。
ビルの半数以上が空室で放置されている。そこに潜り込んでいる人影の集団があった。
とは言え、残っているのはわずかに4人程度、他は各々の判断ですでに動いていた。屋上に居る二人は見張りの役目をしていた。
人影は少女である。
歳の頃、15ないし16と言ったところだろう。
二人とも小柄で子供っぽいあどけなさと、大人びた背伸び感が同居している年頃だった。
1人は男装の美少女。薄紫のショートヘアを革製のハンチング帽に押し込んでいる。シャツにネクタイ。スエード革のチョッキベスト、濃緑にチェック柄の半ズボン、白いタイツに編み上げブーツ。肩には防寒用にハーフマントをはおっている。その肩にかけられているのは狙撃用のライフル銃で軍用にも民生用にも広く使われているレミントンライフルである。右腰には護身用とは思えないショートバレルのリボルバーも下げられている。
一見すると狩り仕様の英国のご令嬢とも見えるが、それにしてはあまりにも物々しかった。
その顔立ちは凛々しく。子供っぽさと凛々しさが中和して、独特の気高さを純粋さをかもしだしている。その視線はまっすぐに事件の起きている場所を見つめていた。
彼女の隣には所在なさげに佇んでいるもう一人の少女が居る。
背丈は狩猟姿の男装少女と同じくらいだが、ルックスは全くの真逆である。
肩出しで膝上丈の真紅のスカートドレス。腰から下はチェック模様とフリル付きで腰から上は光沢感のある生地で豊かな胸を包んでいる。ドレスの下には幾重にもピンク色のパニエが重ねられている。足は薄ピンクのストッキングタイツで両足は膝下までのロングの革ブーツ。赤色でそこかしこに女の子らしいリボンがあしらわれている。髪も深いピンク色のふわふわロングで髪の両サイドにはリボンアクセ。そのアクセのある辺りには奇妙なことに猫のような獣耳がついている。そして少女はその手にコーンに盛られたトルコアイスを手にしていて、それを味わっていた。
よほどその味がお気に召しているのか、スカートの裾からは長い猫尻尾が覗いていて尻尾の先端が右に左にと楽しげに踊っている。その猫耳少女が男装少女の所へと歩み寄った。
「ダウ、食べる? たべかけだけど」
猫耳少女はニコニコと笑顔を絶やさぬまま話しかける。すると傍らの男装少女であるダウは静かに微笑み返しながらこたえる。
「トリー――、じゃ、もらおうかな」
ダウに問いかけた少女の名はトリーと言う。ダウの返事にトリーは手にしていたトルコアイスを差し出す。
「はい」
「ありがとう。この辺、空気が澱んでるからのどが渇いていたんだ」
そして受け取ったアイスを口にすると、年相応の少女のようにはにかみながら味わっている。
「どう?」
「うん、悪くない」
「でしょ? 本物のトルコの職人さんが作ったんだって! お話してたらオマケしてもらっちゃった」
「トリーは相変わらず仲良くなるのが早いな。僕には無理だな」
「そんなこと無いよ。あたしは馬鹿だから怖いってことを感じないし、ちょっとおしゃべりなだけだよ」
明るく笑いながら謙遜するトリーに、ダウは少し羨ましそうに言う。
「でも、それだけ人の心に入り込めるってだけでも才能だと思うな。僕にはできないよ。すぐに考え込むからね」
そう自嘲気味につぶやくダウだったが、自らの欠点を納得しているようであり、決してそこに悲観し耽溺しているようにはみえない。そんなダウにトリーは告げる。
「でもあたし、思慮深いってだけでもすごい才能だと思うな」
「そう言ってもらえると安心するよ」
そう答えつつダウはトリーにアイスを返す。
「ありがとう」
「うん」
はにかむダウにトリーも笑顔で答えた。そしてアイスを受け取りながら語る。
「そう言えばウノちゃん、大丈夫かな」
「今、交渉に行ってるんだろう? クラウンって人物の所に」
「うん。なんかパッと見すごい人だし」
「そうだね。常識が通用しそうにないから難しいと思うな。それに――」
ダウは不安げに言葉を区切る。
「〝あれ〟はまともな人間じゃない。危険すぎる」
慎重に言葉を選びながらダウはクラウンの人と成りを評した。
「すべての価値観が常識人から外れていて、昨日親切にしていたと思えば、次の日には首筋に刃物を振るう――、そうかと思えば人間をゴミみたいに見ていたと思えば、その生き残りを手塩にかけて守る――、あらゆることが矛盾している。何を成したいのか、何を目的に見据えているのか整合性がまったくない。敵対すれば一切の慈悲も容赦もなく、それでいて自分の仲間内は手厚く守る。両極端で気分屋、分析すればするほど常識的な人間の範疇から遠ざかっていく。理論的なコミニュケーションはまず無理だな」
そしてため息をつきながら言った。
「交渉はできないだろうな」
ダウのその言葉にトリーは言う。
「まぁ、私達の望んでいることを認めてもらうのは無理だろうね。でも――」
トリーが漏らした意外な言葉にダウは思わず視線を向けた。
「わたしは〝可哀想な人〟だとおもったな」
「可哀想?」
「うん――、何て言うかさ、過去にあまりに大きな困難に襲われて心も気持ちも何もかも滅茶苦茶にされてさ、それでいて人間という生き物を諦めきれずに何とか近づこうとしている。それでもうまく行かなくてもがいている――」
トリーは少し悲しそうに瞼を伏せながら言葉を続けた。
「でも、気が狂いそうなほどの苦しみや怒りや不安と言ったものにずっと襲われ続けてて沸き起こる怒りを抑えきれなくなる。そんな風に見える。ほらあの人、仮面をずっと付けてるでしょ?」
「あぁ、ピエロだからね」
「うん。でも多分あれ、ああやっていないと自分の本心がどうなのかわからなくなるんだと思う。あの仮面の下の素顔はきっと泣いていると思うな」
「それはトリーがそう〝感じる〟のかい?」
「うん、わたしの〝力〟は〝感じる〟ことと〝伝える〟ことしかできないから」
トリーが語る言葉をダウはしみじみと噛み締めている。そしてダウは大きく頷きながらまた前を見据える。
「わかった。今のトリーの言葉覚えておくよ」
「うん」
それは理性派と情緒派の会話だった。全てを理で分析し判断する事で対処するタイプと、センスと感情で感じることで向き合うタイプとの違いが現れていた。だがそこには対立も齟齬も無かった。
トリーはアイスを食べ終えると軽く両手をはたいてコーンの欠片を払い落とす。そしてその仕草にダウもトリーが休憩を終えたことを悟った。
「行くのかい? トリー」
「うん、アタシもそろそろ動く。この辺の動物さんたちとお話しておきたいし」
「そうか、他の連中は?」
「デュウとペデラは下で待ってた。パンプとタンとグウィントとダエアはもう街の方へ行ったよ」
「わかった。僕もウノからの指示を待って動くよ」
「オッケー、それじゃまたあとで会おうね!」
「あぁ、君も気をつけて」
「うん!」
ダウの言葉にトリーは目いっぱいに笑顔を浮かべて手を振りながら去っていく。あとには軽やかに金属製の外階段を降りていく足音がきこえる。
その時だ。
「――僕だ。うんわかった。スグ行く」
ダウは右手を自らの右耳にあてながら独り言のようにつぶやき始めた。まるで電話で誰かと語り合っているかのように。そして通話を終えたかのように右手をおろすときびすを返してその場から離れて歩き始める。
「行こう」
今、ダウの視線は何よりも強く前方を見据えていた。力強い視線をたたえて彼女はこうつぶやいた。
「僕らの戦場が待ってる」
そしてそれはこれから始まる戦いへと続いているのである。
災厄の象徴を破壊しようとする者。
災厄の象徴を眠らせようとする者。
災厄の象徴を目覚めさせようとする者。
様々な立場の者たちが1つの地に集い始めていた。
戦火が燃え上がろうとしていた。
今、一つの戦いが始まろうとしていたのである。
■とある屋上にて。ダウとトリーの場合――
そこは8階建てくらいの小規模なビルの屋上だった。
ビルの半数以上が空室で放置されている。そこに潜り込んでいる人影の集団があった。
とは言え、残っているのはわずかに4人程度、他は各々の判断ですでに動いていた。屋上に居る二人は見張りの役目をしていた。
人影は少女である。
歳の頃、15ないし16と言ったところだろう。
二人とも小柄で子供っぽいあどけなさと、大人びた背伸び感が同居している年頃だった。
1人は男装の美少女。薄紫のショートヘアを革製のハンチング帽に押し込んでいる。シャツにネクタイ。スエード革のチョッキベスト、濃緑にチェック柄の半ズボン、白いタイツに編み上げブーツ。肩には防寒用にハーフマントをはおっている。その肩にかけられているのは狙撃用のライフル銃で軍用にも民生用にも広く使われているレミントンライフルである。右腰には護身用とは思えないショートバレルのリボルバーも下げられている。
一見すると狩り仕様の英国のご令嬢とも見えるが、それにしてはあまりにも物々しかった。
その顔立ちは凛々しく。子供っぽさと凛々しさが中和して、独特の気高さを純粋さをかもしだしている。その視線はまっすぐに事件の起きている場所を見つめていた。
彼女の隣には所在なさげに佇んでいるもう一人の少女が居る。
背丈は狩猟姿の男装少女と同じくらいだが、ルックスは全くの真逆である。
肩出しで膝上丈の真紅のスカートドレス。腰から下はチェック模様とフリル付きで腰から上は光沢感のある生地で豊かな胸を包んでいる。ドレスの下には幾重にもピンク色のパニエが重ねられている。足は薄ピンクのストッキングタイツで両足は膝下までのロングの革ブーツ。赤色でそこかしこに女の子らしいリボンがあしらわれている。髪も深いピンク色のふわふわロングで髪の両サイドにはリボンアクセ。そのアクセのある辺りには奇妙なことに猫のような獣耳がついている。そして少女はその手にコーンに盛られたトルコアイスを手にしていて、それを味わっていた。
よほどその味がお気に召しているのか、スカートの裾からは長い猫尻尾が覗いていて尻尾の先端が右に左にと楽しげに踊っている。その猫耳少女が男装少女の所へと歩み寄った。
「ダウ、食べる? たべかけだけど」
猫耳少女はニコニコと笑顔を絶やさぬまま話しかける。すると傍らの男装少女であるダウは静かに微笑み返しながらこたえる。
「トリー――、じゃ、もらおうかな」
ダウに問いかけた少女の名はトリーと言う。ダウの返事にトリーは手にしていたトルコアイスを差し出す。
「はい」
「ありがとう。この辺、空気が澱んでるからのどが渇いていたんだ」
そして受け取ったアイスを口にすると、年相応の少女のようにはにかみながら味わっている。
「どう?」
「うん、悪くない」
「でしょ? 本物のトルコの職人さんが作ったんだって! お話してたらオマケしてもらっちゃった」
「トリーは相変わらず仲良くなるのが早いな。僕には無理だな」
「そんなこと無いよ。あたしは馬鹿だから怖いってことを感じないし、ちょっとおしゃべりなだけだよ」
明るく笑いながら謙遜するトリーに、ダウは少し羨ましそうに言う。
「でも、それだけ人の心に入り込めるってだけでも才能だと思うな。僕にはできないよ。すぐに考え込むからね」
そう自嘲気味につぶやくダウだったが、自らの欠点を納得しているようであり、決してそこに悲観し耽溺しているようにはみえない。そんなダウにトリーは告げる。
「でもあたし、思慮深いってだけでもすごい才能だと思うな」
「そう言ってもらえると安心するよ」
そう答えつつダウはトリーにアイスを返す。
「ありがとう」
「うん」
はにかむダウにトリーも笑顔で答えた。そしてアイスを受け取りながら語る。
「そう言えばウノちゃん、大丈夫かな」
「今、交渉に行ってるんだろう? クラウンって人物の所に」
「うん。なんかパッと見すごい人だし」
「そうだね。常識が通用しそうにないから難しいと思うな。それに――」
ダウは不安げに言葉を区切る。
「〝あれ〟はまともな人間じゃない。危険すぎる」
慎重に言葉を選びながらダウはクラウンの人と成りを評した。
「すべての価値観が常識人から外れていて、昨日親切にしていたと思えば、次の日には首筋に刃物を振るう――、そうかと思えば人間をゴミみたいに見ていたと思えば、その生き残りを手塩にかけて守る――、あらゆることが矛盾している。何を成したいのか、何を目的に見据えているのか整合性がまったくない。敵対すれば一切の慈悲も容赦もなく、それでいて自分の仲間内は手厚く守る。両極端で気分屋、分析すればするほど常識的な人間の範疇から遠ざかっていく。理論的なコミニュケーションはまず無理だな」
そしてため息をつきながら言った。
「交渉はできないだろうな」
ダウのその言葉にトリーは言う。
「まぁ、私達の望んでいることを認めてもらうのは無理だろうね。でも――」
トリーが漏らした意外な言葉にダウは思わず視線を向けた。
「わたしは〝可哀想な人〟だとおもったな」
「可哀想?」
「うん――、何て言うかさ、過去にあまりに大きな困難に襲われて心も気持ちも何もかも滅茶苦茶にされてさ、それでいて人間という生き物を諦めきれずに何とか近づこうとしている。それでもうまく行かなくてもがいている――」
トリーは少し悲しそうに瞼を伏せながら言葉を続けた。
「でも、気が狂いそうなほどの苦しみや怒りや不安と言ったものにずっと襲われ続けてて沸き起こる怒りを抑えきれなくなる。そんな風に見える。ほらあの人、仮面をずっと付けてるでしょ?」
「あぁ、ピエロだからね」
「うん。でも多分あれ、ああやっていないと自分の本心がどうなのかわからなくなるんだと思う。あの仮面の下の素顔はきっと泣いていると思うな」
「それはトリーがそう〝感じる〟のかい?」
「うん、わたしの〝力〟は〝感じる〟ことと〝伝える〟ことしかできないから」
トリーが語る言葉をダウはしみじみと噛み締めている。そしてダウは大きく頷きながらまた前を見据える。
「わかった。今のトリーの言葉覚えておくよ」
「うん」
それは理性派と情緒派の会話だった。全てを理で分析し判断する事で対処するタイプと、センスと感情で感じることで向き合うタイプとの違いが現れていた。だがそこには対立も齟齬も無かった。
トリーはアイスを食べ終えると軽く両手をはたいてコーンの欠片を払い落とす。そしてその仕草にダウもトリーが休憩を終えたことを悟った。
「行くのかい? トリー」
「うん、アタシもそろそろ動く。この辺の動物さんたちとお話しておきたいし」
「そうか、他の連中は?」
「デュウとペデラは下で待ってた。パンプとタンとグウィントとダエアはもう街の方へ行ったよ」
「わかった。僕もウノからの指示を待って動くよ」
「オッケー、それじゃまたあとで会おうね!」
「あぁ、君も気をつけて」
「うん!」
ダウの言葉にトリーは目いっぱいに笑顔を浮かべて手を振りながら去っていく。あとには軽やかに金属製の外階段を降りていく足音がきこえる。
その時だ。
「――僕だ。うんわかった。スグ行く」
ダウは右手を自らの右耳にあてながら独り言のようにつぶやき始めた。まるで電話で誰かと語り合っているかのように。そして通話を終えたかのように右手をおろすときびすを返してその場から離れて歩き始める。
「行こう」
今、ダウの視線は何よりも強く前方を見据えていた。力強い視線をたたえて彼女はこうつぶやいた。
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