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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編
Part25 鏡像/ヘルメットを外す時
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怒気を孕んだ荒い言葉は明らかにグラウザーたちの存在を拒絶する意図が隠されていた。その言葉と同時に、それまでホログラム迷彩にて隠されていた20近い銃口がかすかに姿を現す。夜の帳の中でも町明かりの残渣を反射させて、その存在をグラウザーたちに対して攻撃の意図を誇示している。
「お前たちは現実を知らん。奴がどれほどの悪意に満ちていて、どれほどの悲劇と惨劇を世界に撒き散らしてきたかを。単に身柄を抑えて官憲どもと学者連中とで分解解析すれば終わりだと考えているならとんだお笑い草だ! いいかハポンスキのポリスロボット――、一度しか言わんぞ」
そしてウラジスノフの右手が動いて合図がなされ、もう一機隠匿されていたデグチャレフPTRDが姿を現す。地面すれすれに伏射で準備されており闇のシェードが一陣の風で吹き飛ばされたかのように、不意にその姿を現してきた。口径は15.4ミリ。弾種によっては近代戦車の側面装甲すら撃ち抜くほどの威力を秘めており、その後の対戦車ライフルの開発の歴史に重要な足跡を残した可搬型砲撃兵器である。
その銃砲口の輝きを誇示するかのように、自らの立ち位置をわずかばかりに動かすとグラウザーたちへと強く言い放った。
「ディンキー・アンカーソンと言う男がこの世に残した悪意は何よりも深く闇に満ちている! 表社会の貴様らが法のルールの上で遊び感覚で太刀打ちできるほど甘くはないんだ!」
そしてデグチャレフPTRDの銃口が上下にかすかに揺れていたのは照準が合わせられているためだ。その銃口はグラウザーの脇をかすめて背後のセンチュリーを狙っているのは明らかだ。
グラウザーは思案する。今、彼のもとに残された状況と言うカードは最悪極まるものだった。
未知なる敵、
負傷して行動不能寸前の兄弟機、
支援を絶たれたスラム街の真っ只中、
奪われようとしているベルトコーネの機体、
そして、対戦車ライフルと言う新たなる脅威。
そこから放たれるであろう大口径弾丸は確実に彼の兄たるセンチュリーの体を砕くだろう。その兄を救う手立てはやはりココからの逃亡しかないのだろうか? だがそうすればベルトコーネの確保と言う目的のために今日に至るまでに積み上げてきた努力と犠牲はどうなるのだろう? ダメでしたでは済まされないのだ。
どうすればいい? どう立ち回ればいい?
必死に思考を巡らせるグラウザー――、
あえて言うのならば、彼はまだ若い。経験は明らかに浅い。だが彼とて特攻装警である。この悪化の一途をたどる日本の治安と平和を取り戻すために警察と技術者の力を集めて産み出された叡智と努力の結晶である。その指先から頭脳の内部に至るまで、最初のアトラスから、フィールに至るまでの実績と経験が積み重ねられてきたのだ。
――ハポンスキ? どう言う意味だ?――
その積み上げられた物は伊達ではなかった。グラウザーは僅かな間の思索の末に謎の人物が発した言葉の2つの特徴に気づいていた。そしてそれをキーにしてさらに過去の記憶を掘り起こす。その記憶はあの有明1000mビルでの襲撃事件に関する記憶を手繰っていた。
――たしかあの時、ディアリオ兄さんは――
特攻装警には人間には無い、とある特殊な機能があった。
【――特攻装警は自らの視聴覚データを、特攻装警自身が必要と認めた場合に限り、警察のネットワークデータベースにアップロードできる――】
有明事件解決後に受けた特別研修、そして、その中でアトラスからフィールに至るまで、全ての特攻装警の視聴覚データのバックアップにアクセス、事件にまつわる事実と情報を多面的に学習する機会を得ていた。
そしてベルトコーネの暴走の後にディアリオがネット経由でアトラスたちに告げたある言葉を思い出す。そしてそれはこの場で得られたわずかばかりのデータとリンクして、起死回生の切り札をグラウザーの思考に与えたのである。
「なるほど、そういうことですか」
「なに?」
グラウザーのつぶやきにウラジスノフが問い返すが、それにはすぐには答えぬままにグラウザーは自らが装着した2次アーマー体のヘルメットユニットを操作した。
【2次アーマーシステム装着着脱系統アクセス 】
【 】
【>ヘルメットユニット頸部 ⇒連結部分開放 】
【>頭部拘束系 ⇒ 内部頭蓋アンロック 】
【>ヘルメットユニット ⇒ 総体伸張 】
【>メイン中枢システムネット連携 】
【 ⇒ ヘルメットユニットとの連結解除 】
【 】
【 ≫ヘルメットユニット脱着〝OK〟 】
グラウザーの頭部に装着されたアーマーヘルメットが、軽い電子音をたてて前後左右にスライド拡張する。そして頸部での胴体との接続を解除すると脱着可能となる。今、この状況で武装の一部を解除する事は決して得策ではない。むしろ自分の身を危険に晒すだろう。だがグラウザーはあえてそうした。それがこれから彼が成そうとしている事にはどうしても必要だったからだ。
必要なのは対立ではない。
必要なのは武力ではない。
必要なのは理解だ。
必要なのは協力だ。
そして、ともに事態を解決へと導く事だった。
グラウザーは警察だ。
グラウザーは兵士ではない。
グラウザーの使命は、治安の回復である。
グラウザーの使命は、敵対者の排除ではないのだから。
今、グラウザーが発しようとしていた声は、まだヘルメットが被さっているために電子的に濁った音声となっている。
「あなたたちがこの土地にて武器を手にしている理由がわかりました」
だがヘルメットをその両手で外していく。当然、ヘルメットユニットは動力が切れて音声のアプリファーフィルターはオフとなる。その後に聞こえてきたのはグラウザーの若々しい張りのある青年としての声である。
その凛として澄み渡った声でグラウザーはウラジスノフへと告げる。
「ボクとあなた達は、この局面を打開するために協力しあえると思います」
そして運命は新たに歯車を回し始める。偶然の神秘、運命のいたずら。それは様々な名で呼ばれている現象だった。だがウラジスノフには悪夢と写ったに違いない。ヘルメットユニットを外したグラウザーの素顔がそこに露わになった時、ウラジスノフはすべての言葉を奪われることとなるのだ。
「――!」
この世界に生まれ落ちてからの日々でグラウザーは様々な価値観を得ていた。
彼には大好きなものがあった。それは人々が笑顔に満ち溢れて互いを信頼し合う事だ。
彼には耐えられないものがあった。分かり合えるはずの者たちが無知と無理解が故に対立しあい争い合う事だ。今こそグラウザーは叫ぶ。ありったけの思いを込めて。
「僕の言葉に答えてください、ロシアの軍人のみなさん!」
グラウザーは見抜いていた。包囲者たちの正体を。驚くウラジスノフたちの答えを待たずにさらに声をかける。
「あなたたちは敵(かたき)を討ちたいのではないのですか? ベルトコーネとマリオネット・ディンキーに対して」
グラウザーは気づいていた。世界に平和を取り戻すために必要なのは武器ではないということを。必要なのは理解し合うことなのだ。そしてこれもまた彼にしかできない戦いなのだ。グラウザーは必死の思いを込めて、今まさに戦っていたのである。
「おそらく僕たちには重要なデータが欠けているのだと思います。それはロシア国内で発生した3件のベルトコーネ暴走の案件に絡むものです。かつて僕の兄であるディアリオがベルトコーネがロシア国内で諜報機関が極秘扱いとするほどの被害を生み出して居ることを突き止めています。だがその内容までは僕達ではつかめていません。一般社会に流布している情報の範囲内で、このベルトコーネを討伐し、その身柄を確保しようとしていました。それですべてが終わると言う前提のもとに僕たちは行動していた。ですが――」
グラウザーは脱いだヘルメットユニットを右の小脇に抱えると、未だ全ての全身像を見せないウラジスノフへと歩み寄る。無言のまま何も対応を起こさないという事実は、グラウザーの方が優位になりつつあることの証拠でもあった。
「あなた達には僕達にない重要情報が握られている。表社会には絶対に出てこない闇の情報だ。そしてそれこそがあなた達のそれぞれの過去に繋がる物であり、あなた達はそのそれぞれの過去に報いるためにはるばる海を超えてこの国へと渡ってきた――」
グラウザーは周囲を見回す。グラウザーたちへと向けられた20の銃口を一つ一つ諌めるかのように――、その視線に促されるかのように20の銃口は一つ一つ逸らされていく。1分もたたぬうちについにはグラウザーへと銃口を向ける者は一人も残っては居なかったのである。
「そう、すべては――、ベルトコーネの暴走の犠牲となり命を失った、同胞や仲間たちの仇を討つために!」
その言葉は核心であった。それを言い放ったのがグラウザーであるという事実にウラジスノフは驚愕と動揺を抱かずには居られないのだ。いささか冷静さを欠いたような口調でウラジスノフは問い返した。
「――なぜだ? なぜ判った?」
「あなた達の正体についてですか?」
その問いかけに、ウラジスノフははっきりと頷いた。グラウザーは慎重に言葉を選びながら答える。
「時間が無いであろうということは解っています。でも、できればその前に姿を見せてくださいませんか?」
グラウザーのその言葉をウラジスノフは拒否できなかった。なぜなら――
「まさか、こんな事が起きようとはな」
ウラジスノフはグラウザーに対してステルスを解除する。向かい合ったグラウザーに対してのみ姿を表し、別角度からは見えないようにしている。そして、他の隊員たちもウラジスノフの行動にならっている。半透明に近い状態で姿を表しグラウザーたちに対して対話の意志を表していたのだ。
ともすれば震えそうになる声をこらえながら、ウラジスノフは努めて冷静さを心がけながら自らを表す。
「はじめてお目にかかる。ゼムリ・ブラトヤ戦闘部隊司令官役のウラジスノフだ」
グラウザーの前に姿を表したのは齢70近くになろうという老軍人だった。それは決して平穏とは言えない苦難に満ちた人生を歩んできたであろうと言うことを感じさせずには居られない風貌であった。
片方の目は人工カメラアイ、頬にはナイフの傷跡。そしてその風貌に深く刻まれた皺は、彼が積み重ねてきた日々の過酷さを物語っていた。グラウザーは直感していた。
――この人は悪人ではない――
根っからの悪党であったり、犯罪行為を喜々として行う人間というのは独特な粗野な所が見受けられるものだ。だが、グラウザーはウラジスノフのその丁寧な受け答えに、彼の人間性の本質を垣間見たような気がするのだ。
「日本警察アンドロイド警察官・特攻装警、第7号機のグラウザーです。呼びかけに答えていただきありがとうございます」
そしてそこには静かに微笑んでウラジスノフと対峙するグラウザーが居た。
今まさにウラジスノフは〝息子の面影の鏡像〟と向かい合っていたのである。
「お前たちは現実を知らん。奴がどれほどの悪意に満ちていて、どれほどの悲劇と惨劇を世界に撒き散らしてきたかを。単に身柄を抑えて官憲どもと学者連中とで分解解析すれば終わりだと考えているならとんだお笑い草だ! いいかハポンスキのポリスロボット――、一度しか言わんぞ」
そしてウラジスノフの右手が動いて合図がなされ、もう一機隠匿されていたデグチャレフPTRDが姿を現す。地面すれすれに伏射で準備されており闇のシェードが一陣の風で吹き飛ばされたかのように、不意にその姿を現してきた。口径は15.4ミリ。弾種によっては近代戦車の側面装甲すら撃ち抜くほどの威力を秘めており、その後の対戦車ライフルの開発の歴史に重要な足跡を残した可搬型砲撃兵器である。
その銃砲口の輝きを誇示するかのように、自らの立ち位置をわずかばかりに動かすとグラウザーたちへと強く言い放った。
「ディンキー・アンカーソンと言う男がこの世に残した悪意は何よりも深く闇に満ちている! 表社会の貴様らが法のルールの上で遊び感覚で太刀打ちできるほど甘くはないんだ!」
そしてデグチャレフPTRDの銃口が上下にかすかに揺れていたのは照準が合わせられているためだ。その銃口はグラウザーの脇をかすめて背後のセンチュリーを狙っているのは明らかだ。
グラウザーは思案する。今、彼のもとに残された状況と言うカードは最悪極まるものだった。
未知なる敵、
負傷して行動不能寸前の兄弟機、
支援を絶たれたスラム街の真っ只中、
奪われようとしているベルトコーネの機体、
そして、対戦車ライフルと言う新たなる脅威。
そこから放たれるであろう大口径弾丸は確実に彼の兄たるセンチュリーの体を砕くだろう。その兄を救う手立てはやはりココからの逃亡しかないのだろうか? だがそうすればベルトコーネの確保と言う目的のために今日に至るまでに積み上げてきた努力と犠牲はどうなるのだろう? ダメでしたでは済まされないのだ。
どうすればいい? どう立ち回ればいい?
必死に思考を巡らせるグラウザー――、
あえて言うのならば、彼はまだ若い。経験は明らかに浅い。だが彼とて特攻装警である。この悪化の一途をたどる日本の治安と平和を取り戻すために警察と技術者の力を集めて産み出された叡智と努力の結晶である。その指先から頭脳の内部に至るまで、最初のアトラスから、フィールに至るまでの実績と経験が積み重ねられてきたのだ。
――ハポンスキ? どう言う意味だ?――
その積み上げられた物は伊達ではなかった。グラウザーは僅かな間の思索の末に謎の人物が発した言葉の2つの特徴に気づいていた。そしてそれをキーにしてさらに過去の記憶を掘り起こす。その記憶はあの有明1000mビルでの襲撃事件に関する記憶を手繰っていた。
――たしかあの時、ディアリオ兄さんは――
特攻装警には人間には無い、とある特殊な機能があった。
【――特攻装警は自らの視聴覚データを、特攻装警自身が必要と認めた場合に限り、警察のネットワークデータベースにアップロードできる――】
有明事件解決後に受けた特別研修、そして、その中でアトラスからフィールに至るまで、全ての特攻装警の視聴覚データのバックアップにアクセス、事件にまつわる事実と情報を多面的に学習する機会を得ていた。
そしてベルトコーネの暴走の後にディアリオがネット経由でアトラスたちに告げたある言葉を思い出す。そしてそれはこの場で得られたわずかばかりのデータとリンクして、起死回生の切り札をグラウザーの思考に与えたのである。
「なるほど、そういうことですか」
「なに?」
グラウザーのつぶやきにウラジスノフが問い返すが、それにはすぐには答えぬままにグラウザーは自らが装着した2次アーマー体のヘルメットユニットを操作した。
【2次アーマーシステム装着着脱系統アクセス 】
【 】
【>ヘルメットユニット頸部 ⇒連結部分開放 】
【>頭部拘束系 ⇒ 内部頭蓋アンロック 】
【>ヘルメットユニット ⇒ 総体伸張 】
【>メイン中枢システムネット連携 】
【 ⇒ ヘルメットユニットとの連結解除 】
【 】
【 ≫ヘルメットユニット脱着〝OK〟 】
グラウザーの頭部に装着されたアーマーヘルメットが、軽い電子音をたてて前後左右にスライド拡張する。そして頸部での胴体との接続を解除すると脱着可能となる。今、この状況で武装の一部を解除する事は決して得策ではない。むしろ自分の身を危険に晒すだろう。だがグラウザーはあえてそうした。それがこれから彼が成そうとしている事にはどうしても必要だったからだ。
必要なのは対立ではない。
必要なのは武力ではない。
必要なのは理解だ。
必要なのは協力だ。
そして、ともに事態を解決へと導く事だった。
グラウザーは警察だ。
グラウザーは兵士ではない。
グラウザーの使命は、治安の回復である。
グラウザーの使命は、敵対者の排除ではないのだから。
今、グラウザーが発しようとしていた声は、まだヘルメットが被さっているために電子的に濁った音声となっている。
「あなたたちがこの土地にて武器を手にしている理由がわかりました」
だがヘルメットをその両手で外していく。当然、ヘルメットユニットは動力が切れて音声のアプリファーフィルターはオフとなる。その後に聞こえてきたのはグラウザーの若々しい張りのある青年としての声である。
その凛として澄み渡った声でグラウザーはウラジスノフへと告げる。
「ボクとあなた達は、この局面を打開するために協力しあえると思います」
そして運命は新たに歯車を回し始める。偶然の神秘、運命のいたずら。それは様々な名で呼ばれている現象だった。だがウラジスノフには悪夢と写ったに違いない。ヘルメットユニットを外したグラウザーの素顔がそこに露わになった時、ウラジスノフはすべての言葉を奪われることとなるのだ。
「――!」
この世界に生まれ落ちてからの日々でグラウザーは様々な価値観を得ていた。
彼には大好きなものがあった。それは人々が笑顔に満ち溢れて互いを信頼し合う事だ。
彼には耐えられないものがあった。分かり合えるはずの者たちが無知と無理解が故に対立しあい争い合う事だ。今こそグラウザーは叫ぶ。ありったけの思いを込めて。
「僕の言葉に答えてください、ロシアの軍人のみなさん!」
グラウザーは見抜いていた。包囲者たちの正体を。驚くウラジスノフたちの答えを待たずにさらに声をかける。
「あなたたちは敵(かたき)を討ちたいのではないのですか? ベルトコーネとマリオネット・ディンキーに対して」
グラウザーは気づいていた。世界に平和を取り戻すために必要なのは武器ではないということを。必要なのは理解し合うことなのだ。そしてこれもまた彼にしかできない戦いなのだ。グラウザーは必死の思いを込めて、今まさに戦っていたのである。
「おそらく僕たちには重要なデータが欠けているのだと思います。それはロシア国内で発生した3件のベルトコーネ暴走の案件に絡むものです。かつて僕の兄であるディアリオがベルトコーネがロシア国内で諜報機関が極秘扱いとするほどの被害を生み出して居ることを突き止めています。だがその内容までは僕達ではつかめていません。一般社会に流布している情報の範囲内で、このベルトコーネを討伐し、その身柄を確保しようとしていました。それですべてが終わると言う前提のもとに僕たちは行動していた。ですが――」
グラウザーは脱いだヘルメットユニットを右の小脇に抱えると、未だ全ての全身像を見せないウラジスノフへと歩み寄る。無言のまま何も対応を起こさないという事実は、グラウザーの方が優位になりつつあることの証拠でもあった。
「あなた達には僕達にない重要情報が握られている。表社会には絶対に出てこない闇の情報だ。そしてそれこそがあなた達のそれぞれの過去に繋がる物であり、あなた達はそのそれぞれの過去に報いるためにはるばる海を超えてこの国へと渡ってきた――」
グラウザーは周囲を見回す。グラウザーたちへと向けられた20の銃口を一つ一つ諌めるかのように――、その視線に促されるかのように20の銃口は一つ一つ逸らされていく。1分もたたぬうちについにはグラウザーへと銃口を向ける者は一人も残っては居なかったのである。
「そう、すべては――、ベルトコーネの暴走の犠牲となり命を失った、同胞や仲間たちの仇を討つために!」
その言葉は核心であった。それを言い放ったのがグラウザーであるという事実にウラジスノフは驚愕と動揺を抱かずには居られないのだ。いささか冷静さを欠いたような口調でウラジスノフは問い返した。
「――なぜだ? なぜ判った?」
「あなた達の正体についてですか?」
その問いかけに、ウラジスノフははっきりと頷いた。グラウザーは慎重に言葉を選びながら答える。
「時間が無いであろうということは解っています。でも、できればその前に姿を見せてくださいませんか?」
グラウザーのその言葉をウラジスノフは拒否できなかった。なぜなら――
「まさか、こんな事が起きようとはな」
ウラジスノフはグラウザーに対してステルスを解除する。向かい合ったグラウザーに対してのみ姿を表し、別角度からは見えないようにしている。そして、他の隊員たちもウラジスノフの行動にならっている。半透明に近い状態で姿を表しグラウザーたちに対して対話の意志を表していたのだ。
ともすれば震えそうになる声をこらえながら、ウラジスノフは努めて冷静さを心がけながら自らを表す。
「はじめてお目にかかる。ゼムリ・ブラトヤ戦闘部隊司令官役のウラジスノフだ」
グラウザーの前に姿を表したのは齢70近くになろうという老軍人だった。それは決して平穏とは言えない苦難に満ちた人生を歩んできたであろうと言うことを感じさせずには居られない風貌であった。
片方の目は人工カメラアイ、頬にはナイフの傷跡。そしてその風貌に深く刻まれた皺は、彼が積み重ねてきた日々の過酷さを物語っていた。グラウザーは直感していた。
――この人は悪人ではない――
根っからの悪党であったり、犯罪行為を喜々として行う人間というのは独特な粗野な所が見受けられるものだ。だが、グラウザーはウラジスノフのその丁寧な受け答えに、彼の人間性の本質を垣間見たような気がするのだ。
「日本警察アンドロイド警察官・特攻装警、第7号機のグラウザーです。呼びかけに答えていただきありがとうございます」
そしてそこには静かに微笑んでウラジスノフと対峙するグラウザーが居た。
今まさにウラジスノフは〝息子の面影の鏡像〟と向かい合っていたのである。
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