上 下
337 / 462
第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編

Part23 静かなる男・前編/気配

しおりを挟む
 それは全くの人形と化していた。
 意識薄く呆然とし、糸に吊るされた人形のごとく全く動かなかった。それはすべての抵抗を止めていた。自らの力の証明であったものを奪われたがために。
 哀れなる人形――その名はベルトコーネ。誰の目にも悪運尽きたかに見えていたのである。
 
「よし、そっちから降ろせ。それともうすこし足をぎっちり縛ろうぜ」
「はい」

 センチュリーとグラウザーが作業している。無力化されたベルトコーネの回収準備作業である。あとは支援要請の結果到着するであろうヘリや警察車両により所定の場所へと搬送するだけだ。足を手を胴体を完全かつ幾重にも縛り上げ身動きできなくする。万が一の抵抗を想定して手首と手足の筋に相当する部分を切断しておく。不本意では会ったが、肩と股関節にも対アンドロイド仕様の徹甲弾を何発も打ち込み破壊する。そして動く事すら不可能な状況にして抵抗の可能性を完璧に封じるのだ。
 
「兄さん、足の固定終わりました」
「よし、俺の方も手足の主要関節の破壊完了だ。いくらこいつでもここまでやればもう大丈夫だろう。まぁ――」

 センチュリーは少し苦虫を潰したような表情を浮かべる。
 
「本当は完全にバラバラにしちまった方が良いんだがな」
「えぇ、そうですね。でもどうしてだめなんです?」

 ベルトコーネの厄介さを嫌というほどに味わっている2人にしてみれば、これでも安心できないくらいだ。だが、そうできない理由が有るのだ。
 
「こいつにはICPOにも世界各国から多数の情報提供要請が寄せられている。たとえ残骸からでも良いからなんらかの情報を引き出したい国はいくらでもあるんだ。然るべき検査を終えないと処分できねーんだよ。めんどくさいけどな」
「国際協力って事ですよね?」

 グラウザーはベルトコーネを安易に破壊できない一番の理由を察した。その言葉にセンチュリーは頷いた。

「あぁ、犯罪捜査は国際協力あって初めて成立する面もある。国際テロならなおさらだ。個人の判断ではどうにもならない事はいくらでも起きるさ。さて、それじゃこれで一段落だな。向かえを待つとしようぜ」
「はい」

 2次アーマーを身に着けたままのグラウザーが頷く。そして休憩すべくメットを外そうとする。だがそれをセンチュリーが左手をかかげて静止した。
 センチュリーが周囲の様子を警戒している。グラウザーもほぼ同時に周囲を見回していた。
 何かが居る。誰かが居る。だがそれが誰かがわからない。センチュリーが呟く。

「センサーで検知できねえ」

 そのつぶやきを耳にして、兄の代わりにグラウザー周囲をセンサーでサーチする。幾つかのセンサーを行使したが微かながら反応が帰ってきた。
 
【 光学センサー:シグネチャーフィルター  】
【  > 反応なし             】
【 音響センサー:外界自然雑音解析     】
【  > 対人ノイズ、機械ノイズ      】
【     周囲存在物体との異変検知できず 】
【 電界電磁波ノイズセンサー        】
【  > 極めて微弱ながら反応有り     】
【  推測稼働機器〔小規模電子機器〕    】
【   >ただし              】
【    ノイズキャンセラーの作動痕跡あり 】

 その解析結果を小声で兄に伝えた。

「兄さん」

 グラウザーの囁きに微かな動きで反応してみせる。

「殆どのセンサーに反応結果ありませんでしたが、極めて微小な痕跡レベルで電子機器の作動が確認されました。ただしノイズキャンセラーが働いているので僕以外にはまずわかりません」

 今のグラウザーは2次アーマー体を装着している。アーマーに備えられた高感度センサーがあるがゆえの解析結果であり、センサー機能が一世代前のセンチュリーでは判別不能であった。それはセンチュリーにも解ることだ

「電子機器?」
「例えばそう、義肢や義足の動力機構とか」
「ホログラム迷彩は?」
「使われているでしょう。無音化装備も使用されてます」
「それじゃまるで――」
「アメリカかロシアのステルス装備準拠の対機械化戦闘チームですよ」
「まじかよ?」

 2人の胸中に不安がよぎる。まだ戦いも事件も終わりではない事を突きつけられていた。
 互いに背中合わせに立ちながら周囲に視線を配り続ける。周囲の存在というのが何者なのか? それが判別できない状況では警告すら発することもできなかった。
 
「くそっ、やっとコイツを運び出せる目鼻がついたってのに!」
「それですよ」
「あ?」

 センチュリーの発した愚痴に何かを感づいたみたいにグラウザーが告げる。
 
「ベルトコーネの残存ボディを狙ってるんでしょう。これがほしいヤツはいくらでも居るでしょうから。仮に直接利用するアテがなくても、いくら手間賃を払ってでも横取りしたい連中は居るはずです」
「依頼されている可能性か」
「えぇ」
「それなら心当たりがあるぜ。ディンキーの爺いに南本牧で恥をかかされた緋色会の連中だ。やつらなら自分のメンツを保つためにも、ディンキー本人が無理でも、ベルトコーネを手に入れようとするだろうさ」
「でもそれだと――」

 グラウザーはセンサー感度を最大値に設定しながら兄へと疑問を語った。
 
「緋色会が軍隊並みの戦闘部隊を持っていることになります。連中なら配下の武装暴走族を送り込むはずです。緋色会直下の実行部隊は聞いたことがありませんから」

 緋色会はとにかく地下潜伏を最優先する。足がつきやすくなる直下部隊は動かさない。直接の実行部隊を持っていると言う話はまず聞かない。だがそれを否定したのがセンチュリーだ。
 
「いや、一つだけ有る。緋色会直下の戦闘部隊がな。俗称『鬼七』――少数精鋭だが凄腕で犯罪組織同士の抗争にのみ現れる。兄貴は三度ほど遭ったそうだ。俺も一度だけ遭遇したことがある」
「え?」

 さすがのグラウザーも驚きの声を上げる。経験はまだまだ浅いグラウザーだが、首都圏の犯罪組織事情には一通りの知識を身に着けていただけあって、予想外のデータに驚いた形だった。

「でも〝連中〟がこう言う状況で顔を出すとは考えられねえ。奴らは存在自体を悟られないからこそ緋色会直下の実行部隊足り得るんだ。だからコイツらは――」
「依頼を受けた〝代理人〟――?」
「おそらくな。それも俺たちにはまだ知られてないつながりだろうぜ」

 迂闊な動きができない場所で周囲への警戒を最大レベルにしていたその時だった。
 
――カラン――

 崩れたコンクリート塀からコンクリートの欠片が転がった。そちらへとグラウザーの意識が向いた瞬間である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

短編集

いといしゅん
キャラ文芸
いといしゅんが創り出す数多の物語。 それを集めた短編集です。 単発は好評なら続きます。

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

夢みるいつか

後見 ナイ
キャラ文芸
 アルファポリスキャラ文芸大賞用の作品です。 〜更新日時〜  一月末での完結を目指して執筆します。更新は毎週日曜日の朝7時です。 〜あらすじ〜  現代社会を生きていく人は皆、様々な想いを持って生きている。悩みを抱える人、夢を追い求める人、過去を忘れられない人……。そんな悩みを屋台で聞いて周る物好きな女性がいるらしい。その姿の美しさだけでなく作られる料理もとても美味しく心に秘められた願望すらうっかり言ってしまうほどだと言う。  悩みを抱えたり、忘れたり、諦めたり、始まったり多くの人は限られた人生で今の生活よりも良いいつかを夢見て生きていく。

もしも、記憶力日本一の男が美少女中学生の弟子を持ったら

青キング
キャラ文芸
記憶力日本一の称号を持つ蟹江陽太は、記憶力の大会にて自身の持つ日本記録を塗り替えた。偶然その瞬間を見届けていた一人の少女が、後日に彼の元へ現れ弟子入りを志願する。  少女の登場によりメモリースポーツ界とそれぞれの人間関係が動き出す。 記憶力日本一の青年+彼に憧れた天才少女、のマイナースポーツ小説

妖しきよろずや奇譚帖 ~我ら妖萬屋なり~

こまめ
キャラ文芸
「青年、儂が見えるのか?」 山路浩三は小説家を目指し上京したごく普通の青年。ある日事故に会い、三年間の眠りの末に目覚めたその日から、彼の世界は一変した。聞こえないはずの音が聞こえ、見えるはずのないものが見えるようになってしまった彼は、近所の神社である男と出会う。自らを《天神》と名乗る男に任されたのは、成仏されずに形を変え、此岸に残る《この世ならざる者》を在るべき場所へ還す、《妖萬屋》という仕事だった。 これは、あやかしものが見えるようになってしまった男が織りなす、妖とヒトを紡ぐ、心温まる物語。

和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね
キャラ文芸
1期 少女と白狐の悪魔が和菓子屋で働く話です。 2018年4月に完結しました。 2期 死んだ女と禿鷲の悪魔の話です。 2018年10月に完結しました。 3期 妻を亡くした男性と二匹の猫の話です。 2022年6月に完結しました。 4期 魔女と口の悪い悪魔の話です。 連載中です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...