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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の養生楼閣都市/集結編

Part21 天使と希望と/第2科警研にて

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■第2科警研にて

 夜の第2科警研の建物の中、長い廊下を歩きながら何処かへとスマートフォンをかけている女性が居た。第2科警研F班主任研究員・布平しのぶである。
 
「はい、ありがとうございます。ご配慮感謝いたします。その代わり試験出動の結果についてのすべての取得データは全データをそちらに必ず開示いたします。それによりさらなる運用ノウハウが期待できるはずです。――はい、かならず事態解決に導いてみせます――はい、ありがとうございます。それでは――」

 会話を終えると足早に駆け出す。そして通路の先にあるF班のメイン研究作業室へと駆け込んでいく。室内に足を踏み入れると同時に布平はメンバーへと声をかけた。
 
「みんな! OK出たわよ! F2、何時でもOKよ!」

 布平を除く4人は一つのメディカルベッドの周囲で作業をしている最中だった。その中で最初に振り向いたのは五条である。
 
「あら、意外と簡単にOKでたわね。もっとゴネられるかと思ったんだけど」
「それがね。この程度の実戦投入で壊れるようなら災害現場に投入なんかできない。思う存分やってくれって」
「すごいこと言うのねあちらさん。細かいこと気にする警視庁のお偉方とは偉い違いね」

 布平と五条のやり取りに声をかけたのは一の原だ。
 
「あたりまえやん。災害はまってくれへんし、正式投入時には完璧に使い物になる事を期待しとるはずやからね。おそらく、今から飛ばすエリアで突発的事態にどれだけ対処できるかで、具体的な判断材料とするつもりやろ」

 それにさらに言葉をかけたのは桐原だった。
 
「それだけ先方にもフィールの活動実績が魅力的に写ったのよ。それだけに期待に見合う動きができるという〝証拠〟が欲しいのよ。これくらいで破壊されて帰還できないようならキャンセルされるでしょうね」

 桐原が少しきついコメントを漏らしたが、それに返したのは金沢だ。
 
「あ、あたし聞いたこと有ります」

 言葉を一区切りしつつ続ける。
 
「消防のレスキューって、候補者を教育する時にこう言うそうです『決められた日数で使い物になってもらう』って。時間をかけて育成するのが前提ではなく、現場出動に見合う人材になる事が初めから当然とされているんですって。だから〝この子〟に対してもそうなんでしょうね」

 寝台の上に横たわっていたのは一体のアンドロイド。フィールに瓜二つのシルエットを持つ女性型であった。髪はフィールの亜麻色とは異なり、鮮やかな輝きを持つ琥珀色だった。顔立ちもよく似ており、2人並べば姉妹と称しても通じるだろう。衣類は無くアンドロイドとしての肌色のベースボディの上に簡素な医療用ガウンを纏っている。彼女がフィールと大きく異なるのは人造皮膚化された体表面積がより大きくなっているということだ。それ故に現行のフィールよりも、より人間味が増していると言えた。
 
「――絶対に期待した結果を出してくれるって」

 そう語りながら金沢はその女性型アンドロイドの頭髪と顔の仕上がりをチェックしていた。髪型、表情、顔の造作、まつげなどの細かな造形――それらを最終チェックする。
 
「よしっ、仕上がりOK。しのぶさん。インターフェイス系OKです。メット装着行けますよ」
「サンキュ、ゆき。いい仕上がりじゃない。人造皮膚の精度がフィールよりも向上してるからよりキレイね」
「でもすごいですね。これで瞬間温度1000度にまで耐えられるんですね」
 
 金沢の驚きの声に桐原が告げる。
 
「当然よ。なにしろ第2科警研の素材の神様の最高傑作ですから。しのぶ、体内メカニズム諸動力系統、チェックOKよ」

 次に報告の声を出したのは一の原だ。
 
「なにせ、フィール完成のあとにできたグラウザーからもぎょうさんフィードバックもろうたさかい、目一杯レベルアップしとるしね。よしっ、基本構造解析完了や、単純化内骨格と柔構造外骨格の連携も歪みゼロや」

 次々と寄せられる報告を耳にして布平は満足気に頷く。そして残る五条にも問いかけた、
 
「枝里、特殊機能部、中枢頭脳系統は?」
 
 五条は髪をかきあげながら答えた。
 
「フィールから機能スライドした特殊機能は異常無し。耐熱能力のための熱排除システムも正常。F2から追加装備した機能もセルフチェックはオールグリーン。中枢頭脳も問題なし。人格バランス、ストレスパラメータ、脳機能波形スピンドル、いずれもOKよ」

 仲間から寄せられた答えに一つ一つ頷いて布平は告げる。

「OK、トータルでオールグリーンね。枝里、再覚醒させて」
「了解」

 布平の指示に頷き、五条はコンソールを操作した。体内メカニズムのトータルチェックのために休眠状態でアイドリングさせていたのだが、あらためて完全覚醒させることとなったのだ。

「いくわよ」

 そして最後のコマンドを打ち込む。彼女たちがF2と呼ぶ存在が目を覚ましていく。
 
【 特攻装警基幹アンドロイドアーキテクチャ 】
【       トータルメンテナスシステム 】
【 ――Pygmalion         】
【    Handler Ver.12―― 】
【                     】
【 個別ID:AFW-XJα-F002   】
【 管理ID:Unit-F-0002    】
【 管理者名:布平しのぶ          】
【 AutherID:SPL2F01349 】
【                     】
【 コマンドエントリー:          】
【 〔アイドルアップスタートフルモード〕  】
【 >基底休眠状態から完全覚醒状態へ移行  】
【 >プロセス予測タイム:128s     】
【 >カウントダウンスタート        】

 彼女たちがF2と呼ぶアンドロイドは、総合メンテナンスのために機体のほぼ全てが休眠状態にレベルを落としてあった。そして検査結果が良好だったことを受けて、完全稼働のために全システムを覚醒状態へと移行させるプロセスを開始させたのだ。
 別モニターに表示されていたのはいつかのモニターデータだ。
 
――主動力出力数値――
――基底中枢頭脳部活動波形――
――脊髄系統神経インパルス――
――抹消系統各種モニタリングデータ――
――意識系統外部確認リンケージ――

 それらを見守れば、全てが順調に目を覚ましつつ有るのがわかった。
 そして〝彼女〟の意識があらためて目覚め始めている。中枢頭脳の意識系は外部へと音声マイクなどを通じてつながっている。全パラメータをチェックし、彼女がほぼ目覚めつつある事を確認するとF班のリーダーたる布平が〝彼女〟へと話しかけたのだ。
 
「聞こえる? 〝F2〟」
「ハイ……聞こえマス……」

 その反応に一ノ原が五条に問いかける。
 
「ちょい、音声が片言やね」
「大丈夫よ。まだ目覚め始めよ。徐々に覚醒するわ」

 その会話に金沢の声が続く。
 
「そっか。寝起きで寝ぼけてるんですね」

 言い得て妙な例えに桐原が思わず吹き出していた。場の雰囲気に苦笑しつつも布平はさらに問いかける。
 
「〝F2〟もう一度答えて。あなたの型式番号は?」
「ワ・タ・シ――の形式番号は――AFW-XJα-F002です」
「所属は?」
「東京消防庁警防部特殊災害課です」

 濁りがあった音声は途中で急速にクリアになる。そして高いトーンのリズミカルな声が溢れ出した。その声はフィールに似ているが少しばかりトーンが低く骨太で堅実な印象があった。
 
「OK、いい返事よ。それじゃ再度確認するけどアナタの開発者は?」

 布平からの問いかけに〝F2〟は以外な言葉を返した。
 
「わたしの〝家族〟は――『布平しのぶ』『五条枝里』『桐原直美』『一ノ原かすみ』『金沢ゆき』――以上5人の皆さんです」

 F2は開発者と尋ねられて家族と答えた。それが彼女の持つ明確な価値観の一つであった。布平たちが満足げに頷き、再度問いかける。
 
「F2、それじゃ〝アナタの名前〟と〝お姉さんの名前〟を教えてちょうだい」

 布平からの問いに〝F2〟のまぶたがゆっくりと開く。そして周囲を見回しながら微笑んでこう答えたのだ。
 
「わたしの名前は〝フローラ〟わたしの姉は〝フィール〟、ともに飛行機能を有した特攻装警F型シリーズの一つです」

 そしてメディカルベッドの上に横たわる彼女に桐原が手を差し出した。その手を握り返す彼女を皆が抱き起こしていく。
 
「おはよう。フローラ」
「はい、おはようございますしのぶさん」
「目覚めてすぐで悪いけどあなたにやってもらいたいことが有るの」

 その問いかけの意味を思案してフローラは最適な答えを口にした。そこに不安はない。自身有りげな強い瞳と笑顔があるだけだ。
 
「〝任務〟ですね?」

 意外とも言える答え。だが、それは布平たちと、フローラを必要とする人々が、彼女に対して与えた教育の賜であった。
 
「ええそうよ。今までは基礎教育と稼働テスト、及びその習熟のための仮想トレーニングが続いていたけどいよいよアナタを実践の場へと向かわせる日が来たわ。急だけどやってくれるわよね?」

 布平はフローラに問いかけた。目的を有してこの世に産み出されるアンドロイドには嫌も応もない、ただ実行有るのみのはずだ。だが布平はあえて選択の自由を与える問いかけをした。それは生みの親たる布平が、我が娘同然のフローラに対して彼女の自由意志を心から尊重していたためでも有った。
 そしてそれはフローラにも伝わっていた。ベッドから足をおろしベッドサイドに腰掛けながら布平たちを見上げて凛としたよく通る声でこう答えたのだ。
 
「もちろんです。かならず期待に答えてみせます!」

 その力強い語り口に彼女の性格の一端が見えていた。布平が彼女に告げた。
 
「いい返事よ。さ、いらっしゃい。あなたのお姉さんたちをアナタが救うの。アナタの力が必要とされているのよ」
「はい!」

 フローラは頷き答えながら自らベッドから降り立った。布平たちがフローラの歩みゆく先を案内している。向かう先は隣り合った予備作業室だ。フローラに五条と桐原が告げた。
 
「こっちにいらっしゃい。あなたの〝衣装〟一式を用意してあるわ。あたしたちが作ったなかでは最高機能の物よ」
「使い方はアナタのマニュアルデータベースに備わっている通り。基礎トレーニングにはない装備も有るけど、そのつど臨機応変に機転を利かせて。アナタのスペックなら可能よ」
「はい」

 与えられる言葉にフローラは小気味よく頷いている。それはまるで初めて外出する子供が親からの忠告に一つ一つ頷いているさまに見えなくもない。さらに一ノ原もアドバイスする。その口調は少し厳し目で注意というよりは忠告であるかのようだ。
 
「それから、向こうではあんたの姉さんのフィールが居るんやけど、現地空域では絶対に無線で問いかけたらアカンで」

 2つの足で立ち、自分自ら体の各部を確かめるように動かしていたフローラは不思議そうに小首を傾げながら一ノ原の顔を見つめ返した。
 
「なぜですか? かすみさん?」
「あんたはまだ外部からの電脳犯罪者からの侵入攻撃への対策に慣れとらん。迂闊に通信回線を開けばあっと言う間にクラッキングの餌食になってまう。そうなったら一発でしまいや」

 一ノ原が語る言葉は何時になく厳しさに満ちていた。だが厳しさもまた親心である。

「ええか。フローラ。世の中の電脳犯罪者が駆使する違法ハッキングスキルはアンタに教えてあるマニュアル資料なんかのサンプルデータなんか比べ物にならんくらい臨機応変でハイレベルや。ああ言うんは実践で場数を踏まん限り勝ち目はないさかいな。いずれは4号ディアリオなんかにレクチャーしてもろて対策スキルを身に着けさせるさかい、それまでは現場での無線はくれぐれもつこたらアカンで。あんじょう気をつけや」

 実践を想定したアドバイスにフローラは、自らがこれから向かう世界の剣呑さを感じて少しばかり表情が曇る。だがそれに声をかけたのは金沢である。
 
「大丈夫よ! あなたにはアトラス兄さんから始まって、グラウザー兄さんまで積み上げられてきた物が全て詰め込まれているの。今までの兄さんたちの経験と技術がきっとアナタを助けてくれるわ」

 金沢はまるでフローラの母親であるかのように温かみのある包容力に満ちた言葉をかけてやった。その温もりにフローラの表情も明るくなっていく。そしてフローラの不安を洗い流すように金沢は力強く告げた。
 
「自信を持って。フローラ。アナタならきっとできるから」

 技術者にとって自らが生み出したアンドロイドは我が子同然である。母からの言葉にフローラは力強く頷いていたのだ。そして、場を締めるように声をかけたのは布平である。
 
「さ、向こうで皆が待っているわ。思い切り自由に飛んできなさい」
 
 それは布平が我が娘に向けて送ったエールである。困難に立ち向かい戦うことを宿命付けられたフローラに対する精一杯のメッセージだった。フローラは5人の母親たちの言葉を胸にしっかりと収めると力強く頷いた。
 
「はい! 必ず期待に答えてみせます!」

 そしてフローラは歩き出した。
 困難に満ちた世界へと、その世界に住まうすべての人々を救うために。
 彼女こそのちに〝フィールの妹〟として注目を浴びる特攻装警応用機〝フローラ〟である。
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