上 下
315 / 462
第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/グラウザー編 

Part18 サイドストーリー・ファミリー/約束の日

しおりを挟む
 寝息を立てるジズの頭にそっと手を触れる。するとかつては紫色の逆さモヒカンだったあの奇抜な頭は、女の子らしいショートの黒髪に変わっていた。頭部の皮膚に彫り込んであった蜘蛛の入れ墨もきれいに除去されているのは〝皮膚そのもの〟が新しいものになっているためである。
 その眠り続けている姿をだけを見るのなら、心を病んで病院のベッドにて眠り続けている哀れな少女にしか見えなかった。
 
「この髪は?」

 ジニーロックがそう問えば、答えたのはモンスターのアシスタントのメテオラだ。
 
「私が手配してさしあげました」

 静かに語る口調にはある種の同情が現れている。
 
「髪は乱暴に丸坊主に剃り上げられてました。看護管理を簡単にするためでしょう。それに以前から人工毛髪だったらしくて、そのままでは再生しないので人造皮膚の張替えを兼ねて新しくしました」
「そうか」

 メテオラの言葉に相槌を打ちながらジズの新しい髪を眺めている。

「可愛くしてくれてありがとうよ」

 ジニーロックの口から感謝の言葉が出る。
 
「こういう奇抜な髪型や外見もハイロンの指示だったんだ。こいつは本音じゃ嫌がってたが逆らえなくってな」
「幹部とは名ばかりのオモチャってことか。悪趣味にも程があるぜ」
「まったくだ」

 ジニーロックは眠りこけているジオをベッドサイドで見下ろしながら呟く。
 
「やっと助け出してやれたな」

 そしてすぐそばへと歩み寄り、膝をかがめると顔を寄せると右手を伸ばしてジズの頬にそっと手を触れてささやきかける。その時の語り口は自分の愛娘を労るかのように優しかった。
 ジニーロックがささやいた時だ。かすかに動いたのはジズのまぶただった。
 
「ん――」

 人の気配に気づいたのだろう。それは明らかにジニーロックが触れた手に反応して目を覚ました。やがてその目はうっすらと開かれ、その視線はベッドサイドで彼女を見守る一人の男へと向けられる。
 
「………」

 薄っすらと開いた目はまだまどろみの中にある。だが眼前に現れた男の姿にジズは静かに微笑んでいた。
 
「よぉ」

 ジニーロックがそっと声をかければジズは微笑みながら声を返す。
 
「あ、チリチリのおじちゃん」

 チリチリ……、ジニーロックのドレッドヘアの事だろう。思わずモンスターの顔にも苦笑が漏れている。
 造られた体のジズの声は強制的に大人の声質の物になっている。でもその時の彼女の語り口はどこか拙く幼くて舌足らずだった。
 
「やっと約束守ってやれたな。覚えてるか?」

 それは過酷な悪意に切り刻まれ続けた一人の少女と交わした大切な約束だった。一人の少女としての正体を隠す必要も無くなったジズは本来の相応の喋り方となっていた。甘ったるくとつとつと、それでいて言葉を舌先で転がすような喋り方。そして彼女の顔には精一杯の笑顔が浮かんでいたのだ。
 
「うん、覚えてるよ。おじちゃん」
「待たせたな」

 ジニーロックの言葉にジズは顔を左右に振った。
 
「へいきだよ、おじちゃんが必ずきてくれるから」

 そうつぶやきながらジズは弱々しく右手を必死に伸ばしていた。その指先がジニーロックの手を求めているのは誰の目にも明らかだ。それに応えるようにジニーロックも両手でジズの手をそっと握りしめてやる。
 
「あたりまえだ。俺はお前との約束は必ず守る」
「うん」

 久しぶりに握ってもらえたその手の感触にジズの顔に弾けるような笑顔が溢れた。やっと彼女が待ち望んだ〝約束の時〟が訪れたのだ。でもジズが口にしたのは感謝と喜びだけではなかった。
 
「でもね、おじちゃん」
「何だ?」
「あのね? みんながジズをいじめるの。みんなで酷いことをするの」
「どんな事をしたんだ?」
「言うことを聞かないとすごくぶつの。ビリビリする棒で叩くの。それにアタシの手と足ももってっちゃったの。うるさくすると痛い注射されるの。お腹空いても何も食べさせてくれないの。みんな、アタシのことをいじめるの。じゃまだめんどうだって文句ばかり言うの――」

 笑顔だったジズの顔は涙で曇り始めていた。そればかりか最後の頃は嗚咽で言葉になっていなかった。そしてジズはジニーロックに訊ねていた。
 
「ねぇ、おじちゃん」
「なんだ?」
「ジズ、いらない子なの? ジズのママみたいに捨てられちゃうの? だれもジズを褒めてくれないの、居ていいって言ってくれないの――」

 言葉として形を成していたのはそこまでだった。あとは泣きじゃくるばかりでメッセージにすらなっていなかった。だがジニーロックがジズに何が起こっていたかを理解するためにはそれで十分だった。
 暴力が振るわれていた事、スタンガンロッドで拷問が行われていたこと、病院の看護婦により言葉の暴力があった事、介護の放棄があった事、鎮静剤の投与が無理やりだった事――それらはすべて警察組織の外とはいえ公権力の監視下で行われていた事実である。警察に関わる者のすべてが近衛や朝の様にモラリストばかりだとは限らないのだ。
 ジズの語る言葉の意味を理解した時、ジニーロックのみならず、モンスターの顔にも怒りと義憤が浮かんでいるのが良くわかった。
 
「そんなことねえよ」

 ジニーロックは身を乗り出してジズの体をそっと抱いてやる。作り物の体。子供のはずなのに無理矢理に大人にされてしまった体。大人の欲望のために弄ばれ続けた体。12歳のジズが望む物はなにも残っていなかった体。戦闘能力だけを追求されたその体はあまりに軽く、そして冷たかった。
 だがそれでジニーロックはジズを抱いた。女性としてではなく、一人の子供として、守ってやるべき対象として、両手で抱きしめてやったのだ。

「もう誰もお前をいじめたりしねえよ。お前はもう自由だ。そして――」

 ジニーロックがさらに強く愛おしくジズを抱きしめる。そしてその耳元で囁いてやる。
 
「お前は俺のファミリーだ」
「ふぁみりー?」

 ジズが不思議そうに問い返してくる。
 
「あぁ、そうだ」
「ちりちりのおじちゃんがジズのパパ?」
「そうだ。今日から俺がお前のパパだ。ずっと前からその約束だったろ?」

 約束――その言葉を耳にしてジズは何度も頷いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神の国から逃げた神さまが、こっそり日本の家に住まうことになりました。

羽鶴 舞
キャラ文芸
 神の国の試験に落ちてばかりの神さまが、ついにお仕置きされることに!   コワーイおじい様から逃げるために、下界である日本へ降臨!  神さまはこっそりと他人の家に勝手に住みこんでは、やりたい放題で周りを困らせていた。  主人公は、そんな困った神さまの面倒を見る羽目に……。 【完結しました。番外編も時々、アップする予定です】

初恋フィギュアドール

小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。 主な登場人物 井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン 島本由美子  ・ ・・41歳 独身 フィギュアドール・・・イズミ 植村コウイチ  ・・・主人公の友人 植村ルミ子・・・・ 母親ドール サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール エレナ・・・・・・ 国産A型ドール ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール 如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール

転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜

万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。 こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?! 私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。 バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。 その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。 鬼が現れ戦う羽目に。 事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの? この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。 鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます! 一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。 はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。

正義の味方は野獣!?彼の腕力には敵わない!?

すずなり。
恋愛
ある日、仲のいい友達とショッピングモールに遊びに来ていた私は、付き合ってる彼氏の浮気現場を目撃する。 美悠「これはどういうこと!?」 彼氏「俺はもっとか弱い子がいいんだ!別れるからな!」 私は・・・「か弱い子」じゃない。 幼い頃から格闘技をならっていたけど・・・それにはワケがあるのに・・・。 美悠「許せない・・・。」 そう思って私は彼氏に向かって拳を突き出した。 雄飛「おっと・・・させるかよ・・!」 そう言って私のパンチを止めたのは警察官だった・・・! 美悠「邪魔しないで!」 雄飛「キミ、強いな・・・!」 もう二度と会うこともないと思ってたのに、まさかの再会。 会う回数を重ねていくたびに、気持ちや行動に余裕をもつ『大人』な彼に惹かれ始めて・・・ 美悠「とっ・・・年下とか・・ダメ・・かな・・?」 ※お話はすべて想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。メンタルが薄氷なんです・・・。代わりにお気に入り登録をしていただけたら嬉しいです! ※誤字脱字、表現不足などはご容赦ください。日々精進してまいります・・・。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。すずなり。

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

【第1章完】ゲツアサ!~インディーズ戦隊、メジャーへの道~

阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
 『戦隊ヒーロー飽和時代』、滋賀県生まれの天津凛は京都への短大進学をきっかけに、高校時代出来なかった挑戦を始めようと考えていた。  しかし、その挑戦はいきなり出鼻をくじかれ……そんな中、彼女は新たな道を見つける。  その道はライバルは多く、抜きんでるのは簡単なことではない。それでも彼女は仲間たちとともに、メジャーデビューを目指す、『戦隊ヒーロー』として!

和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね
キャラ文芸
1期 少女と白狐の悪魔が和菓子屋で働く話です。 2018年4月に完結しました。 2期 死んだ女と禿鷲の悪魔の話です。 2018年10月に完結しました。 3期 妻を亡くした男性と二匹の猫の話です。 2022年6月に完結しました。 4期 魔女と口の悪い悪魔の話です。 連載中です。

処理中です...