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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/グラウザー編 

Part16 オペレーション/五常の五徳

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「そう言う事か」

 朝の声にシェンが振り向く。

「何がだ?」
「あんたがカチュアをこの国の大病院に運ばないと言った意味だ」

 朝のその言葉にシェンの口元に笑みが浮かんだ。

「これだけハイテク仕掛けでオートメーション化が進んでいれば、一人だけでも十分に手術が可能だ。むしろ余分な人手を借りる必要が無いから、無駄を省くこともできる。神の雷くらいのスキルが有るなら、これだけ複雑なシステムも使いこなせるだろうしな」
「わかってくれたみたいで安心したよ」
「あぁ、いくら頭の悪い俺でもこれを見させられたら納得するしか無いさ」

 自虐的につぶやく朝に砕けた口調でシェンが語りかけた。

「チャオ、お前は頭は悪くない。むしろ、俺が見た日本警察の人間の中では〝頭の良い〟方だ。単に知識を詰め込んだだけじゃなく、修羅場を乗り越えて生きた知恵を身に着けたタイプだ」
「随分と俺のことを買ってくれるんだな」
「当然だ。知識と規則が優先して情の通わないやつは犬にも劣る。情が通じるが生きた知恵を身に着けてないやつは猫も劣る。人として大切な五常の五徳、これを身に着けられずに図体だけでかくなっているやつが今の時勢いかに多いことか。だがお前にはそれがしっかりと身についているのが見える」

 朝はシェンがシステムを立ち上げる作業を見つめながら、彼の言葉を聞き入っていた。
 
「仁・義・礼・智・信――これを5つの徳と言う。あの特攻装警とか言うアンドロイドを導く役目を担うのなら、それなりの人徳があってしかるべきだ。そうでなければ特攻装警とやらは、社会の安寧と平穏の護り手ではなく、単に規則を形通りに維持しようとするだけのマシーンになってしまう。だが、あのグラウザーの振る舞いには単なる人間の模倣ではなくて、人として大切な〝心〟が宿っているのがよく分かる。一振りの刀があったとして、それを握る者を正義の守り手にするか、権力を護衛するだけの悪漢にするかは、すべて人としての心の有り様にかかっている。あのグラウザーにはそれがある。だからこそその導き役である君の意見を受け入れることにしたんだ」
「そう言ってくれると――」

 朝は肩の力が抜けたように笑みを浮かべながら答えた。
 
「今までの苦労が報われるよ」
「相当に苦労したようだな」
「あぁ、そこいらの子供の世話をするよりも大変だったよ。何しろ飲み込みが悪くてなぁ。勘が悪いというか――、知識でなく感情で納得出来ないと全然先へと進まない。それを一つ一つ噛み砕いて教えてやってきたんだ。無理強いして詰め込んでも〝正義の味方〟は生まれないからな」

 そして朝は何かを思い出すようにして言葉を吐いた。

「たとえ泥臭いと言われても〝警察は正義の味方であるべき〟だと俺は信じている」

 その言葉にシェンが問う。
 
「それは君の亡き父上君との約束か? 警察官として非常に有能で人徳のある人だったみたいだな」

 唐突なシェンからの指摘、それを耳にして朝はハッとしたような表情を浮かべた。

「知っているのか? 俺のオヤジを?」
「知っていると言うか――調べさせてもらったんだ」

 朝の問いにシェンは詫びを入れるような控えめな口調で語り始めた。

「経歴、能力、評価、そして人柄――、情報の把握は俺の一番のスキルだ。一応、この街の侵入者だから必要な事だと思っている。まぁ、勝手に色々と覗いたのは悪いと思っている」
「別にいいさ。それで信用してもらえるなら。まぁ、オヤジとの約束と言うよりオヤジの生き様が〝格好良かった〟からさ。俺にとっておやじの背中は今でも正義の味方なんだ。オヤジが昔捕まえた窃盗犯や不良少年たちが、真面目に生きなおしてオヤジにありがとうと言っているその姿が誇らしかったんだ。おれはそれに追いつきたい。過ちを犯した人をまっとうな道に〝生きなおし〟させる手助けがしたいんだ。だから俺は警察をやってるんだ」

 朝からの思わぬ独白にシェンは一つ一つ頷いていた。
 かたや洋上スラムにて神の雷とされるハイテク犯罪者、
 かたや新設の警察署にてアンドロイド警官の指導役である新米刑事、
 接点が無いどころか、対立する立場にしか見えない者同士が奇妙な縁でお互いを認めつつあった。これもまた一つの奇跡といえるかもしれなかった。シェンは朝に声をかける。

「チャオ」

 その声に朝の視線が向けられる。そしてシェンはあらためて朝に告げた。
 
「君は正しい」

 シェンの言葉に朝が満足げに笑みを浮かべる。とその時だ。
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