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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/グラウザー編
Part15 オペレーション/包囲網
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初春の寒空を一迅の風が吹き抜ける。
それは一つの仕事を成し終えた男の居た気配を消し去り、世界を恐怖に陥れた悪漢からその力を根源が失われたことを呼び覚ますかのように冷たかった。
そして今、周囲の構造物の間を縫うように、巨大な蜘蛛の巣の如くに漆黒の単分子ワイヤーが張り巡らされている。その蜘蛛の巣にとらわれているのはもはや抜け殻と化したかつてのテロアンドロイド――〝狂える拳魔〟と呼ばれた男、ベルトコーネである。
ベルトコーネはもはや糸の切れたマリオネットである。
あるいは操者に見捨てられた懸糸傀儡のようにただぶら下がっているだけにも見える。
週にそびえるビルや倉庫の建物、あるいは電柱などを足がかりとして張り巡らされた糸に絡め取られて、放心しきった状態で呆然とした表情で垂れ下がるのみだ。その無様な姿を見ているのは二人の特攻装警である。
「あっけねぇなぁ――」
そうつまらなそうにつぶやくのは特攻装警3号機のセンチュリーだ。ベルトコーネに歩み寄りながら静かに見上げる。空中にて絡め取られているかつての仇敵を半ば同情するかのような目で見つめている。
その背中に語りかけるのは彼の弟機にして特攻装警第7号機となるグラウザーだ。
アーマーギアと言う名の2次武装装甲に身を包み〝変身〟している彼は兄たるセンチュリーに背後から歩み寄り語りかけようとする。
「兄さん」
静かに一言――そっと語りかける言葉のニュアンス。そこから兄たるセンチュリーはグラウザーが何を意図しているかすぐに察した。
「納得できねぇか。グラウザー」
「――――」
グラウザーは黙したまま答えなかった。その沈黙が答えそのものだ。センチュリーはグラウザーを叱りつけるように強い口調で言葉を浴びせた。
「納得しろ! たとえ納得できなくても、自分の魂と心を殴りつけてでも納得しろ! 警察って場所で仕事をしていくならこんな事ぐらい何度だって起こる! 公的組織に身を置くならこんな理不尽なんか日常茶飯事だ! 屈辱と理不尽を毎日のように食わせられるのが俺たち警察の仕事だなんだよ!」
「はい――」
静かに返答するグラウザー、だがセンチュリーは兄として、労る心を忘れたわけではなかった。彼は解っていたグラウザーが何に憤っていたかを。何に納得がいっていないかを。
「――なぁ、グラウザーよぉ」
センチュリーは左手に手にしていたデルタエリートを腰裏のホルスターに戻しながら言う。
「俺が今までの仕事で一番恐怖を感じたって言ったらお前信じるか?」
それはあまりに唐突な言葉だった。驚きのあまりグラウザーが口にできたのはたった一言である。
「えっ?」
だがその一言から伝わるニュアンスがそれまでとは変わったことに気づいてセンチュリーは背中を向けたまま語り続けた。
「あいつ言ってたよな。俺達をたどると一人の技術者に行き着く――って。あれは間違いなくイギリスのガドニック教授のことだ」
「僕もそうだと思います」
「でもなぁ、ガドニック教授が日本の警察と共同作業をしていることは日英間のトップシークレットなんだ。教授の身に危険が及ぶ恐れがあるからだ。この事は英国のスコットランドヤードやMI6/MI5からも厳命されていることなんだ。でもそれがヤツには筒抜けだった。これがどう言う意味を持つか分かるか?」
言い切るセンチュリーが振り向く。その顔には普段のように気軽にジョークをかます余裕は感じられない。ひたすら真剣である。だがグラウザーもセンチュリーの語る言葉の意味をすぐに理解する。それは考えることすら恐怖を感じる。
なぜなら――、
その可能性は本来在ってはならないことだからだ。
「わかります。ヤツには僕達に関するトップシークレットも筒抜けだったと言うことです」
「そうだ。そしてそれは俺達の身体に関する秘密がヤツには丸見えな可能性も考えられるんだ。〝コイツ〟の様にな――」
そう語る声で指し示す先には、力なくして放心するベルトコーネの姿がある。その姿と兄の語る言葉を重ね合わせると、自分がいつこうなるとも限らないと言う事実に、底知れぬ恐れすら感じられるのだ。
「―――!」
グラウザーは再び沈黙した。その沈黙の意図をセンチュリーもすぐに察する。
「わかったか。あの〝神の雷〟と言うやつの厄介さ・恐ろしさを。俺たちが今、こうして無事でいられるのも紙一重の事なんだよ」
紙一重――その言葉が再びグラウザーの口を開かせた。
「ただ無為に苛立っている場合ではありませんね。兄さん」
「漸くわかったか、ひよっ子。俺達の置かれている状況ってやつが。あのシェン・レイのことだ。敵対しない限りはなにもしないと思うが、ヤツを怒らせたら何が起こるか検討もつかねえ。いいか? 確実な情報と対策が得られるまでは迂闊なことは絶対するな。ヤツは――神の雷はそれができるって事をしっかり覚えておけ。いいな?」
「はい!」
兄たるセンチュリーからの問いに、グラウザーははっきりと縦に頷いていた。
「このことに対する対策は本庁に戻り次第、上層部と内密に話し合おう。実家のオヤジたちの力も借りないとならんからな。それより――」
そこまで言った所でセンチュリーは踵を返して背後のベルトコーネの方へと振り向いたのだ。
「コイツをどうするか――だな」
「はい」
グラウザーはセンチュリーの隣に並び立つと、それまで死闘を繰り広げてきたこの仇敵をじっと見つめていたが、僅かに思案してすぐに決断する。
「応援を呼びましょう。いくらここの街が接近困難な厄介な場所だとは言え、空中から盤古の支援を求めることくらいは可能なはずです。念のため、回収と周辺警護で盤古2小隊を要請しましょう」
「そうだな。俺もそれが良いと思う。でも――、この辺りには違法セキュリティが仕掛けられているらしくて本庁と連絡が取りにくくてなぁ」
センチュリーはそう愚痴りながら周囲を見回す。それにグラウザーは提案した。
「それならディアリオ兄さんを呼びましょう。兄さんなら連絡可能でしょう」
「そうだな。それじゃそっちは頼む。俺は――」
そこで不意に言葉を区切るとため息混じりに吐き出した。
「やられた右腕の破片を集めねぇとな」
「あぁ、それもありましたね。残骸を残したままにする訳にはいきませんしね」
場所柄考慮しなければならない事だ。警察の介入が容易に可能なエリアなら現場封鎖しておいて、後から回収することもできる。だがこの土地ではそう言う手法は取れないだろう。
「そう言うこった。手間だがそっちの方は頼むわ」
「はい、了解です」
そう答えながら早速グラウザーはネット越しにディアリオの存在に呼びかける。その傍らではベルトコーネに粉砕された右腕のかけらを集めているセンチュリーの姿があった。完膚なきまでに圧壊させられているので、あたり一面に飛び散っている。集めるだけでも一苦労になりそうだ。
「まったく――実家のオヤジたちになんて言われるか」
「言い訳考えときますか?」
「言い訳より始末書だよ! 腕一本まるごとの言い訳なんて思いつかねーよ!」
冗談交じりに問いかけてくるグラウザーに、センチュリーも笑いながら答え返す。
そんな二人の傍らでベルトコーネは何も聞こえず何も見えていないかのように、なおも茫然自失となって居るばかりだ。彼に逃れる術はもう残されていない――、はずであった。
グラウザーたち二人は気づいていなかった。
彼らを取り囲む視線があることに。剣呑にして冷静、冷酷にして俊敏。グラウザーたちはまだ彼らの恐ろしさを知り得なかった。
視線の中のひとりが小声でつぶやく。
「От майора, к охотнику, чтобы начать обратный отсчет. Для того, чтобы начать ситуации через 30секунд.」
майор――メイオールと呼び、意味は少佐、
охотник――アクトーニクと呼び、意味は狩人、
会話の文脈から察するに、30秒後に何かが起こるらしい。
その呼びかけは小規模な秘匿化回線を通じて、集まった男たちへと伝えられていた。そしてそれを耳にした者たちから確認の声が帰ってくる。
「да!」
一糸乱れぬタイミングでその声は返ってくる。すでに準備は終わっていて、行動する時を待つのみである。とてつもなく深い悪意が闇にひそんでいる。彼等の存在にグラウザーたちはまだ気づいては居ない――
それは一つの仕事を成し終えた男の居た気配を消し去り、世界を恐怖に陥れた悪漢からその力を根源が失われたことを呼び覚ますかのように冷たかった。
そして今、周囲の構造物の間を縫うように、巨大な蜘蛛の巣の如くに漆黒の単分子ワイヤーが張り巡らされている。その蜘蛛の巣にとらわれているのはもはや抜け殻と化したかつてのテロアンドロイド――〝狂える拳魔〟と呼ばれた男、ベルトコーネである。
ベルトコーネはもはや糸の切れたマリオネットである。
あるいは操者に見捨てられた懸糸傀儡のようにただぶら下がっているだけにも見える。
週にそびえるビルや倉庫の建物、あるいは電柱などを足がかりとして張り巡らされた糸に絡め取られて、放心しきった状態で呆然とした表情で垂れ下がるのみだ。その無様な姿を見ているのは二人の特攻装警である。
「あっけねぇなぁ――」
そうつまらなそうにつぶやくのは特攻装警3号機のセンチュリーだ。ベルトコーネに歩み寄りながら静かに見上げる。空中にて絡め取られているかつての仇敵を半ば同情するかのような目で見つめている。
その背中に語りかけるのは彼の弟機にして特攻装警第7号機となるグラウザーだ。
アーマーギアと言う名の2次武装装甲に身を包み〝変身〟している彼は兄たるセンチュリーに背後から歩み寄り語りかけようとする。
「兄さん」
静かに一言――そっと語りかける言葉のニュアンス。そこから兄たるセンチュリーはグラウザーが何を意図しているかすぐに察した。
「納得できねぇか。グラウザー」
「――――」
グラウザーは黙したまま答えなかった。その沈黙が答えそのものだ。センチュリーはグラウザーを叱りつけるように強い口調で言葉を浴びせた。
「納得しろ! たとえ納得できなくても、自分の魂と心を殴りつけてでも納得しろ! 警察って場所で仕事をしていくならこんな事ぐらい何度だって起こる! 公的組織に身を置くならこんな理不尽なんか日常茶飯事だ! 屈辱と理不尽を毎日のように食わせられるのが俺たち警察の仕事だなんだよ!」
「はい――」
静かに返答するグラウザー、だがセンチュリーは兄として、労る心を忘れたわけではなかった。彼は解っていたグラウザーが何に憤っていたかを。何に納得がいっていないかを。
「――なぁ、グラウザーよぉ」
センチュリーは左手に手にしていたデルタエリートを腰裏のホルスターに戻しながら言う。
「俺が今までの仕事で一番恐怖を感じたって言ったらお前信じるか?」
それはあまりに唐突な言葉だった。驚きのあまりグラウザーが口にできたのはたった一言である。
「えっ?」
だがその一言から伝わるニュアンスがそれまでとは変わったことに気づいてセンチュリーは背中を向けたまま語り続けた。
「あいつ言ってたよな。俺達をたどると一人の技術者に行き着く――って。あれは間違いなくイギリスのガドニック教授のことだ」
「僕もそうだと思います」
「でもなぁ、ガドニック教授が日本の警察と共同作業をしていることは日英間のトップシークレットなんだ。教授の身に危険が及ぶ恐れがあるからだ。この事は英国のスコットランドヤードやMI6/MI5からも厳命されていることなんだ。でもそれがヤツには筒抜けだった。これがどう言う意味を持つか分かるか?」
言い切るセンチュリーが振り向く。その顔には普段のように気軽にジョークをかます余裕は感じられない。ひたすら真剣である。だがグラウザーもセンチュリーの語る言葉の意味をすぐに理解する。それは考えることすら恐怖を感じる。
なぜなら――、
その可能性は本来在ってはならないことだからだ。
「わかります。ヤツには僕達に関するトップシークレットも筒抜けだったと言うことです」
「そうだ。そしてそれは俺達の身体に関する秘密がヤツには丸見えな可能性も考えられるんだ。〝コイツ〟の様にな――」
そう語る声で指し示す先には、力なくして放心するベルトコーネの姿がある。その姿と兄の語る言葉を重ね合わせると、自分がいつこうなるとも限らないと言う事実に、底知れぬ恐れすら感じられるのだ。
「―――!」
グラウザーは再び沈黙した。その沈黙の意図をセンチュリーもすぐに察する。
「わかったか。あの〝神の雷〟と言うやつの厄介さ・恐ろしさを。俺たちが今、こうして無事でいられるのも紙一重の事なんだよ」
紙一重――その言葉が再びグラウザーの口を開かせた。
「ただ無為に苛立っている場合ではありませんね。兄さん」
「漸くわかったか、ひよっ子。俺達の置かれている状況ってやつが。あのシェン・レイのことだ。敵対しない限りはなにもしないと思うが、ヤツを怒らせたら何が起こるか検討もつかねえ。いいか? 確実な情報と対策が得られるまでは迂闊なことは絶対するな。ヤツは――神の雷はそれができるって事をしっかり覚えておけ。いいな?」
「はい!」
兄たるセンチュリーからの問いに、グラウザーははっきりと縦に頷いていた。
「このことに対する対策は本庁に戻り次第、上層部と内密に話し合おう。実家のオヤジたちの力も借りないとならんからな。それより――」
そこまで言った所でセンチュリーは踵を返して背後のベルトコーネの方へと振り向いたのだ。
「コイツをどうするか――だな」
「はい」
グラウザーはセンチュリーの隣に並び立つと、それまで死闘を繰り広げてきたこの仇敵をじっと見つめていたが、僅かに思案してすぐに決断する。
「応援を呼びましょう。いくらここの街が接近困難な厄介な場所だとは言え、空中から盤古の支援を求めることくらいは可能なはずです。念のため、回収と周辺警護で盤古2小隊を要請しましょう」
「そうだな。俺もそれが良いと思う。でも――、この辺りには違法セキュリティが仕掛けられているらしくて本庁と連絡が取りにくくてなぁ」
センチュリーはそう愚痴りながら周囲を見回す。それにグラウザーは提案した。
「それならディアリオ兄さんを呼びましょう。兄さんなら連絡可能でしょう」
「そうだな。それじゃそっちは頼む。俺は――」
そこで不意に言葉を区切るとため息混じりに吐き出した。
「やられた右腕の破片を集めねぇとな」
「あぁ、それもありましたね。残骸を残したままにする訳にはいきませんしね」
場所柄考慮しなければならない事だ。警察の介入が容易に可能なエリアなら現場封鎖しておいて、後から回収することもできる。だがこの土地ではそう言う手法は取れないだろう。
「そう言うこった。手間だがそっちの方は頼むわ」
「はい、了解です」
そう答えながら早速グラウザーはネット越しにディアリオの存在に呼びかける。その傍らではベルトコーネに粉砕された右腕のかけらを集めているセンチュリーの姿があった。完膚なきまでに圧壊させられているので、あたり一面に飛び散っている。集めるだけでも一苦労になりそうだ。
「まったく――実家のオヤジたちになんて言われるか」
「言い訳考えときますか?」
「言い訳より始末書だよ! 腕一本まるごとの言い訳なんて思いつかねーよ!」
冗談交じりに問いかけてくるグラウザーに、センチュリーも笑いながら答え返す。
そんな二人の傍らでベルトコーネは何も聞こえず何も見えていないかのように、なおも茫然自失となって居るばかりだ。彼に逃れる術はもう残されていない――、はずであった。
グラウザーたち二人は気づいていなかった。
彼らを取り囲む視線があることに。剣呑にして冷静、冷酷にして俊敏。グラウザーたちはまだ彼らの恐ろしさを知り得なかった。
視線の中のひとりが小声でつぶやく。
「От майора, к охотнику, чтобы начать обратный отсчет. Для того, чтобы начать ситуации через 30секунд.」
майор――メイオールと呼び、意味は少佐、
охотник――アクトーニクと呼び、意味は狩人、
会話の文脈から察するに、30秒後に何かが起こるらしい。
その呼びかけは小規模な秘匿化回線を通じて、集まった男たちへと伝えられていた。そしてそれを耳にした者たちから確認の声が帰ってくる。
「да!」
一糸乱れぬタイミングでその声は返ってくる。すでに準備は終わっていて、行動する時を待つのみである。とてつもなく深い悪意が闇にひそんでいる。彼等の存在にグラウザーたちはまだ気づいては居ない――
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