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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/洋上スラム編
Part8 母親/台湾人街
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噂とは時として風よりも光よりも早い。
ハイヘイズの孤児たちの家を何者かが襲っている――
その噂は瞬く間に広まった。
それはブラジル系の住民が住む場所で――
「おい! ヤバイぞ! 〝ローラの家〟が襲われている!」
それは東南アジア系の住民の住む場所で――
「子供が一人殺られた! 〝ローラ〟が一人で戦ってる!」
それはアラブ系の住民の住む場所で――
「ベルトコーネとかいうテロリストだ!」
「昔の仲間を連れ戻すために、子どもたちを殺そうとしている!」
「絶対許すな! 腕のたつヤツ集めろ!」
それはロシア系の住民の住む場所で――
「誰が殺られた?」
「カチュアとか言うロシア系だ。まだローラが保護してる!」
「ママノーラにも知らせろ!」
それは黒人系の多い場所で――
「頭砕かれて死にかけてるってよ」
「モグリでもなんでもいい! 医者連れて来い!」
それは瞬く間に東京アバディーンの街を駆け巡った。無論、中華系の住民の多い街でもだ。
「大変だ!」
切迫する事態を伝えるために大声をあげて走り回る者がいる。それは人混みを掻き分けてある場所へと向かう。楊夫人の天満菜館である。時間が日が沈んで夜も暮れ始めた時間のためか、天満菜館には夕食と酒を求めて数多くの人々が集まっていた。若者から老人まで顔ぶれは多彩である。
「大変だ! 皆聞いてくれ!」
歳の頃30代半ばの中年男性だ。日焼けした顔を汗でびっしょりと濡らして駆け込んできた。彼の声に店内に居た者たちが一斉に視線を向けた。
「子どもたちの家が襲われてる! ローラが一人で戦ってる!」
店の中が一斉にざわつき始める。そして、男の声に店内で客に給仕をしていた楊夫人が駆け寄ってきた。歳の頃40過ぎの細身の中年女性だ。長い髪を後ろ髪にまとめてフリル付きの長エプロンを着けている。長いまつげが印象に残る女性だ。楊夫人は突然の凶報にもうろたえずに努めて冷静に話を聞き始めた。
「それで怪我人は? 誰か死んだりしてないだろうね?!」
「いや――、それがカチュアが襲ってきたやつに思い切り殴られたらしい」
「なんだって?!」
「カチュアが死んだかどうかはまだ解らない。でもローラがカチュアを護りながら襲ってきたやつと戦ってる! 急いでカチュアを受け取って治療してやらないとほんとに死んじまうよ!」
二人の会話を耳にしてそれまで店の中にいた数人が立ち上がった。やたらとガタイがよく明らかに警護役や用心棒めいた荒事に慣れているような風体の男たちであった。
「俺が行こう。子どもたちのところへ案内してくれ」
「俺も行く。何があるか判らん。数は多い方がいい」
「それじゃ俺が道案内する。ついてきてくれ」
彼らがそんな会話を交わしていると、頭につば無しの中華風の帽子をかぶった白髪長髪の老人が立ち上がった。年の割に足腰のしっかりした人物だった。
「それなら、儂の病院に連れてきなさい。万が一のことが有った時はシェンさんとそう言う約束になってるんだ」
李大夫――、台湾人の多い中華系の街の占い師で非合法のモグリの医者をしている人物である。
「分かった。必ず連れてくる」
「頼むぞ、儂は今から病院を開けて待っているからな。気をつけてな」
「はい、わかりました。それじゃ行くぞ、道案内頼む!」
「分かった、裏から回って子どもたちに近い方から行こう!」
若い男たちは李とそんなやり取りを交わしながら、急いでローラたちのところへと向かう。そして、李もまた自分の隠し病院へと戻っていく。すると、楊夫人が李に声をかけた。
「李大夫、私たちに何かできることは?」
「そうだな――皆はシェンさんを急いで呼んでくれ。あの人を確実に呼ぶなら少しでも声とメッセージは多い方がいい。それとできれば誰か手伝ってほしいんだが」
「わかったよ。あたしも行くよ」
「頼む。先に行ってるからあとから来てくれ」
李もまた天満菜館から出ていく。そして、残された人々も動き出す。
楊夫人はエプロンを脱ぐと歩き出しながら店員たちに声をかけた。
「あたしは李さんの病院を手伝いに行ってくる。みんなは店番頼むよ」
店員が頷く中、店内にいた客のうちネットに強そうな若者がスマホやネット端末を開いていた。
「みんな! 沢山メッセージ送って! シェンさんが気がつくように!」
そして、店の付近に居合わせた年嵩の女性たちが口々に噂をしあいながらも楊夫人の後を追いはじめた。今、街全体がハイヘイズの子どもたちを救おうと一斉に動き始めていた。これもまたローラがあのクリスマスの夜から孤独な戦いを続けてきた結果であった。
人々の小さな善意は一つに集まろうとしていたのである。
ハイヘイズの孤児たちの家を何者かが襲っている――
その噂は瞬く間に広まった。
それはブラジル系の住民が住む場所で――
「おい! ヤバイぞ! 〝ローラの家〟が襲われている!」
それは東南アジア系の住民の住む場所で――
「子供が一人殺られた! 〝ローラ〟が一人で戦ってる!」
それはアラブ系の住民の住む場所で――
「ベルトコーネとかいうテロリストだ!」
「昔の仲間を連れ戻すために、子どもたちを殺そうとしている!」
「絶対許すな! 腕のたつヤツ集めろ!」
それはロシア系の住民の住む場所で――
「誰が殺られた?」
「カチュアとか言うロシア系だ。まだローラが保護してる!」
「ママノーラにも知らせろ!」
それは黒人系の多い場所で――
「頭砕かれて死にかけてるってよ」
「モグリでもなんでもいい! 医者連れて来い!」
それは瞬く間に東京アバディーンの街を駆け巡った。無論、中華系の住民の多い街でもだ。
「大変だ!」
切迫する事態を伝えるために大声をあげて走り回る者がいる。それは人混みを掻き分けてある場所へと向かう。楊夫人の天満菜館である。時間が日が沈んで夜も暮れ始めた時間のためか、天満菜館には夕食と酒を求めて数多くの人々が集まっていた。若者から老人まで顔ぶれは多彩である。
「大変だ! 皆聞いてくれ!」
歳の頃30代半ばの中年男性だ。日焼けした顔を汗でびっしょりと濡らして駆け込んできた。彼の声に店内に居た者たちが一斉に視線を向けた。
「子どもたちの家が襲われてる! ローラが一人で戦ってる!」
店の中が一斉にざわつき始める。そして、男の声に店内で客に給仕をしていた楊夫人が駆け寄ってきた。歳の頃40過ぎの細身の中年女性だ。長い髪を後ろ髪にまとめてフリル付きの長エプロンを着けている。長いまつげが印象に残る女性だ。楊夫人は突然の凶報にもうろたえずに努めて冷静に話を聞き始めた。
「それで怪我人は? 誰か死んだりしてないだろうね?!」
「いや――、それがカチュアが襲ってきたやつに思い切り殴られたらしい」
「なんだって?!」
「カチュアが死んだかどうかはまだ解らない。でもローラがカチュアを護りながら襲ってきたやつと戦ってる! 急いでカチュアを受け取って治療してやらないとほんとに死んじまうよ!」
二人の会話を耳にしてそれまで店の中にいた数人が立ち上がった。やたらとガタイがよく明らかに警護役や用心棒めいた荒事に慣れているような風体の男たちであった。
「俺が行こう。子どもたちのところへ案内してくれ」
「俺も行く。何があるか判らん。数は多い方がいい」
「それじゃ俺が道案内する。ついてきてくれ」
彼らがそんな会話を交わしていると、頭につば無しの中華風の帽子をかぶった白髪長髪の老人が立ち上がった。年の割に足腰のしっかりした人物だった。
「それなら、儂の病院に連れてきなさい。万が一のことが有った時はシェンさんとそう言う約束になってるんだ」
李大夫――、台湾人の多い中華系の街の占い師で非合法のモグリの医者をしている人物である。
「分かった。必ず連れてくる」
「頼むぞ、儂は今から病院を開けて待っているからな。気をつけてな」
「はい、わかりました。それじゃ行くぞ、道案内頼む!」
「分かった、裏から回って子どもたちに近い方から行こう!」
若い男たちは李とそんなやり取りを交わしながら、急いでローラたちのところへと向かう。そして、李もまた自分の隠し病院へと戻っていく。すると、楊夫人が李に声をかけた。
「李大夫、私たちに何かできることは?」
「そうだな――皆はシェンさんを急いで呼んでくれ。あの人を確実に呼ぶなら少しでも声とメッセージは多い方がいい。それとできれば誰か手伝ってほしいんだが」
「わかったよ。あたしも行くよ」
「頼む。先に行ってるからあとから来てくれ」
李もまた天満菜館から出ていく。そして、残された人々も動き出す。
楊夫人はエプロンを脱ぐと歩き出しながら店員たちに声をかけた。
「あたしは李さんの病院を手伝いに行ってくる。みんなは店番頼むよ」
店員が頷く中、店内にいた客のうちネットに強そうな若者がスマホやネット端末を開いていた。
「みんな! 沢山メッセージ送って! シェンさんが気がつくように!」
そして、店の付近に居合わせた年嵩の女性たちが口々に噂をしあいながらも楊夫人の後を追いはじめた。今、街全体がハイヘイズの子どもたちを救おうと一斉に動き始めていた。これもまたローラがあのクリスマスの夜から孤独な戦いを続けてきた結果であった。
人々の小さな善意は一つに集まろうとしていたのである。
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