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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/潜入編

Part5 七審・セブンカウンシル/銀仮面のファイブ

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 高層ビル、ゴールデンセントラル200の32階フロア――、そこは何人たりとも特別な許可なしには立ち入ることの出来ない特別な場所である。通称〝円卓の間〟――そここそは、この魔窟の街・東京アバディーンを統べる特別な7人だけが集うことのできるエリアであった。
 その円卓の間には8つの扉と8つの席がある。1つは空席であり、残り7つがセブン・カウンシルの幹部たちの定席である。その7つの席が埋められたとき、この円卓においてセブン・カウンシルの会合は開かれるのである。

 席の後ろ側から見て、右の端から――

〔新華幇〕代表の〔伍 志承ウー シーツェン
〔ステルスヤクザ緋色会〕の筆頭若頭の〔天龍陽二郎〕
〔ゼムリ ブラトヤ〕のボスの〔ママノーラ〕こと〔ノーラ ボグダノワ〕

――となり、中央の席でこの会合の場を仕切っているのが――

翁龍オールドドラゴン〕の首魁の〔王之神ワン ツィシェン

――であり、さらにその隣が――

〔ブラックブラッド〕のボスの〔モンスター〕こと〔ジャリール ジョン ガント〕
〔ファミリア デラ サングレ〕の代表の〔ペガソ グエヴァラ クエンタニーリャ〕

――と続き、左の端にて7人目の参加者である――

〔サイレントデルタ〕のメインの〔通称〝ファイブ〟〕

――の七つの存在で締めくくられていた。

 在日中華系民族保護結社、武闘派ステルスヤクザ、極東ロシアンマフィア、中華系極秘武闘組織、アフリカ系人種ソサエティ、南米系ギャング組織――と、錚々たる闇社会の実力者が軒を並べている様はある種壮観であり表社会では在りえない異様な光景でもあった。しかし、その在りえない光景の円卓の末席に悪びれもせずに遅れて現れた剛の者。ソレこそがこの場に集った中でも最も異様なルックスを持っている人物であった。
 場に合わせた者たちの視線が一箇所に注がれる。その先に居るのは一体の――否、一人の人物。
 トラディショナルなスリーピーススーツに身を包みメタリックブルーのワイシャツにダークブルーのチェックのネクタイ、スーツはダークグレー、履いているシューズはオックスフォードと呼ばれるスタイルで編み上げの革靴を履いている。緋色会の天龍たちにも引けを取らないコーディネートであったが、やはり彼は〝異質〟であった。
 なぜなら彼の頭部は生身ではなくフルメタリックなアンドロイドの物だったからである。

「ファイブ、いつからそこに居やがった?」

 ドスの利いた重い声で問いただしたのはブラックブラッドを支配する巨体の黒人、ジョン・ガント、巷での別名を『モンスター』と言う。モンスターが問いかければ、その人物――〝ファイブ〟は悪びれもせずに答えた。彼が発するその声は、声のみで判断するなら歳の頃17か18の若者と言った辺りだろう。
 
「君らが集まる前から待機していた。このボディを先行してこの部屋に送り込んでおいたんだ。その上でちょっとした新技術を使ってこのボディーを隠しておいたのさ。なに、君らから声をかけられる前は視聴覚は一切起動していない。盗み見、盗み聞きはしていないから安心してくれたまえ」

 彼の名はファイブ――、人間ではない。頭部はもとより全身がメカニカルなアンドロイドボディである。顔面には目鼻も鼻梁もなく銀の仮面のようである。その顔面のスクリーンの上で、自らが発する音声に合わせて複雑かつアーティスティックな図形が踊っている。まるで音楽再生アプリのヴィジュアライザーの如くで、それが彼の感情表現の手段でもあった。ファイブのメカニカルな両手には革製の指出しグローブが嵌められている。この男は体こそメカであるが、立ち振舞や着こなしは一人の人間として自らを律しているのがひと目で解った。体格的にはさほど大きくなく、痩せ型の成人男性とほぼ同じ程度だろう。
 ファイブは肘掛け椅子に身を委ね、両指を胸のあたりで組んで場を眺めていたが、自らに集まってく視線の意味には気づいていたのか間を置かずに弁明した。

「君たちの疑念は分かるよ。僕としてはちょっとした演出のつもりだったが、どうやら〝あの男〟の事を思い出させてしまったみたいだね」

 詫びるように告げれば、天龍が鋭い睨みを効かせて言い放った。
 
「分かっているのなら、配慮願いたいものだね」
「あぁ、たしかにあの〝クラウン〟を真似る形になったのは確かに軽率だったな。以後、気をつけよう」
「そう願いたいね、それに今夜は久しぶりのフルメンバーだ、あまり無駄な時間はかけれない。次は気をつけたまえ」

 口調は丁寧で紳士的だったが、その口調の端々に苛立ちと怒りが混じっているのが感じられる。天龍のその怒りの理由は特段語らなくともこの場に居合わせたものなら誰でも知っているからだ。

「承知した。この埋め合わせは必ずさせて頂くよ」
「良いだろう」

 非礼と失態に対しては相応の対価を払うのがここでのルールだ。口では笑いあっていても、それは上辺だけのものでしか無い。ファイブが天竜へ詫びを終えると同時に、座を仕切る立場にある之神老師が口を開いた。
 
「それでは全員揃ったので会合を始めよう。よろしいかな?」

 皆に告げるのと同時に目配せする。各々が頷き返して行くと同時に、参加者の表情からは笑みと余裕と冗談と愛嬌とが少しづつ見えなくなってくのが傍目にも解った。同意の意思が確認されたことで之神は語り始めた。
 
「では、早速始めよう。今回の七審、すなわちセブン・カウンシルの招集だが、いつもの情報交換のための定期会合ではない。幾つかの緊急事態が起きているため、その注意喚起と事実確認が必要と成ったためだ。そのために話し合わねばならない案件は基本6つ存在する。詳細は会合の招集人である彼の口から聞くこととしよう」

 そう告げつつ之神が指し示したのは、最も遅れて姿を表した〝ファイブ〟であった。それを知ってモンスターが訝る。
 
「どういうこった? お前が俺たち全員を呼び寄せるなんて滅多にねぇだろ?」

 その言葉にママノーラが同意しつつファイブに問いかける。
 
「そうだね。アンタが自ら動くときはよほどのことだ。このセブン・カウンシルのシステムを立ち上げたのはそもそもアンタだ。いつもは見届け役と情報提供に徹していたアンタが、この〝円卓〟を開いたということはそれなりの大事が起きてるんだろ?」

 ママノーラも日頃の〝活動〟の中で何かしらの疑問と違和感を感じていたのだろう。ファイブと言う男の行動のその裏を感じてか問だたさずには居られなかった。そして、伍もかねてから胸の中に抱いていた疑問をファイブへと問いかけた。
 
「ミスターファイブ、私たちは貴方の正体も素性も知らない。その貴方が利害も理念も成り立ちも全く異なる我々を結びつけ、抗争を抑止させ、新たなる闇の秩序を築き上げたことについては私は心から賞賛している。正体不明・素性不明の貴方を我々が全幅の信頼をおいているのは、貴方が我々にそれぞれの事情に即した〝多大な利益〟をもたらしているからに他ならない。不用意な抗争を抑え、この国の治安機構をはねつけ、日本企業を出し抜いて、この洋上の埋立地に我々のような『日本の社会にとって〝異物〟となる者たち』の楽園を作り上げてしまった。その才覚も技術も称賛に値するものです。そもそも、私自身は表社会の人間であり、本来ならこの円卓に集まる彼らのような者たちとは接触することすら難しい。むしろ私のような人間は彼らのような闇社会の者たちによって捕食される運命にあるはずだった。それがこの七審によって安全な居場所が得られたのみならず、この円卓の席を介することで、彼らとの間で新たな利益関係が生み出せたことについては心から感謝している。昨今の日本では日本国籍を持たない者はたとえ合法的な在住者でも肩身が狭い思いを余儀なくされている。しかし貴方は我々に、日本の警察すらも容易には手を出せない絶対的な秩序をもたらしてくれた。ソレについてはこの場に集った誰もが異論はないはずです」

 伍がそう語れば、だれともなく頷くような雰囲気が漂っていた。だが、それで伍の言葉は終わらなかった。
 
「ミスターファイブ。言わば貴方は、この【ならず者の楽園】の見届人だ。その貴方が自ら動いた。それはこの東京アバディーンに〝危機〟が迫っていると見ていいでしょう。ミスターファイブ。お聞かせ願いたい。一体何が起きているのです?」

 伍の言葉を否定するものは居なかった。否定するくらいならこの円卓の場に現れることも無かっただろう。皆の視線がファイブの元へ一つに集まっていた。そして、その話題のキーとなる彼は無邪気さを感じさせる穏やかな声で語り始めたのである。
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