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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/潜入編

Part4 七つの扉/闇のルールと快楽

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 そのペガソの膝の上ではあの女官がされるがままに身を委ねていた。そこから離れて持ち場へと戻ろうとしているのだがペガソがそれを許さない。なによりペガソが女性を弄ぶときのそのテクニックは本物であり、獲物を捉えて離さぬ蟻地獄のように現実感を失わせて陶酔の罠へと引きずり込んでいく。たまらず女官はペガソへと許しを請うた。
 
「你玩,請停止」

 だが、それを意に介する彼ではない。微笑みかけつつ彼女の懇願を無視して、上機嫌なまま緋色会の天竜へと声をかけた。
 
「なぁ、サムライヤクザ。さっきの女官の姉ちゃん。あんたのところで〝イジる〟んだろ?」

 ペガソに問いかけられて天龍は静かに笑みを浮かべたまま問い返した。
 
「そのつもりだ。今日明日にも基礎的な〝改造〟はするつもりだ。その後はオーダーが入り次第カスタムする事になる」
「それなら。俺に売ってくれないか? 以前から興味があったんだ。ここの女官たちには」

 ペガソがそう呟けば円卓の間に居合わせた女官たちに一斉に恐れと嫌悪が広がった。それを感じて之神老師がペガソに強い視線を向ける。その無言の敵意を込めた視線を受けて、ペガソは之神老師へと言葉を返した。
 
「心配すんな。爺さんのメンツを潰すような馬鹿な真似はしねぇよ。それにアンタのところのオールドドラゴンとは殺り合いたくねぇ。ソレくらいの常識は俺も持ってるつもりだ」

 闇社会には闇社会のルールがある。特に相手の自尊心と名誉を傷つけないのは最低限のルールだった。ペガスの弁明に之神老師ははっきりと頷いていた。
 
「それでよろしい。先程の〝元女官〟はあくまでも例外と言うことで」
「わかった。爺さんのメンツがたつならそれでいい。ついでにこの子はこのまま遊んでてもかまわないよな?」

 自らが捉えて離さない女官の事だ。憮然として黙り込む之神老師に変わって、その傍らに佇む麗莎女史が諭すような口調で答えた。
 
「あくまでこの会合の席だけでしたら」
「連れ帰るのは?」
「それだけはご勘弁願います。これでも大陸の祖国から丁重に招いてきた子ですので」

 声は穏やかだったがペガソを見つめる麗莎の目は鋭かった。それを見てペガソは諦めたように笑った。
 
「わかったわかった。飽きたら返すよ。あんまりイタズラして怒らせるのも面倒だしな」
「ご納得いただけたのなら幸いですわ」

 ペガスが意見を引いたのをうけて、麗莎は返礼した。そして、返す言葉でペガソは天龍へと言葉を向ける。
 
「天龍のダンナ、それで答えはどうなんだ?」

 老師が発した言葉にペガスが同意したことで、ひとまずこの部屋に居合わせた女官たちの身の安全が守られることになった。安堵の声が誰からともなく漏れてくる。この円卓の間に居合わせる事、それは一つの栄光であると同時に、いつ奈落に突き落とされるかもしれない薄氷の世界でもあるのだ。その場に居合わせた全員が、自らの背中に見えないナイフが突きつけられているような緊張を心の何処かに感じざるを得ないのだ。 
 そして、天龍はペガソから申し込まれた商談に答えを返した。
 
「よろしい。オーダーを受けよう。ミスターペガソ。あとで希望事項を言いたまえ。それに基づいて見積もりを出そう。入金がされ次第、加工作業にかかる。値段も格安に負けてやろう。その代わりと言っては何だが、こちらとしてはぜひ入手したい素材がある」
「素材? どんなだ」
「子供だ。10歳から12歳前後までの若い子供を頭数10人位だ。金持ち向けの〝ドール〟として〝生産〟にまわす。このところ手持ちの市場での仕入れが滞っていてね。新規に入手しなければならなくなったんだ。人種はそちらに任せるができるだけ健康で醜美の優れた者を頼む。教育の度合いは問わない。報酬は成功報酬として一人100万が基本、あとは素材の評価次第で加算しよう」
「それって親兄弟の類縁がなければいいんだろ?」
「無論だ、後始末は簡単な方がいい」
「オーケィ、明日にでも早速集めさせるよ。向こうの部下に指示する。良いのが手に入り次第連絡するよ」
「頼みましたよ。これもまたビジネスですので」
「あぁ、分かってるって。約束は必ず守る」

 必要条件さえ満たせば、何でも有りなのがこの場の特徴であった。欲望をそのまま絵に描いたような退廃と悪徳の情景がそこにはあった。闇社会の住人。ソレこそがこの場に集まった者たちの正体であった。
 極悪な権謀術数が飛び交う中で、ただ一人、無関心を装っているのは新華幇の伍志承だ。ただ淡々とつまらなそうに時を待っている彼に、緋色会の氷室が問いかけた。
 
「伍さんはこう言うのは興味が無いようですねぇ」

 伍は氷室に横目で視線を僅かに向けるがソレもすぐに前を向いて淡々と答え返していた。
 
「えぇ、わたしはこの悪徳の街に住んでいる無垢な中華系住人たちを護るためにここに来ています。闇社会のルールも、闇がもたらす過剰な快楽にも、そもそも手を出す理由がありません」
「なるほど、それもまた道理が通ると言うものです」

 伍の言葉に氷室も天龍も頷いている。伍はさらに答え返しながら、居合わせた皆に対してこう告げるのだ。

「そう言う事ですので皆様もご配慮願いたい。それと之神老師、これ以上は無駄に時間を過ごすのも苦痛です。そろそろ〝七審〟の話し合いを始めてもらいたい。如何ですか?」

 伍は之神老師に話し合いの開始をするように求めていた。しかし之神は事務的に答え返す。
 
「確かに――、そろそろ始めたいところなのですが。肝心な残る一人が未だ到着しておりません」

 之神老師の言葉にママノーラが反応する。それを追うように声を発したジョン・ガントへと続いた。
 
「残る一人――、と言うと〝アイツ〟だね?」
「〝ファイブ〟か。あの野郎、何やってやがる?」

 残る一人――、そのことについて皆が思索をめぐらそうとしたその時だった。
 
「僕はここに居るよ」

 まるで少年のような軽やかな声が聞こえてきた。
 円卓の周りに用意されていた大型の革張り椅子の数は、之神が座って居るのも含めて合計7基存在している。その7つの椅子のウチの残り1つが音もなくクルリと一回転して見せた。そして、椅子が再びこちら側を向いたとき、そこに座していた残りの一人の姿が現れたのである。
 ジョン・ガントが驚きその者の名を呼んだ。

「ファイブ?!」

 訝しがり問い詰めるのはママノーラだ。
 
「アンタ、どこから出てきたんだい?」

 驚きつつ冷やかしているのはペガソ。そして、それに続くように天龍が声を発して老師に問いかけていた。
 
「へぇ、相変わらず手のこんだことをする奴だぜ」
「だが、これで役者が全員揃いましたな。之神老師、そろそろ始めてはいかがですかな? 我々がここに集まるには〝理由〟と〝条件〟があるのですから」

 天龍の言葉に、皆から『ファイブ』と呼ばれた彼も同意していた。
 
「その通りです。僕らには集まるべき理由がある。そして集まるに際しては条件がある。その両者を満たすために、今こそ速やかに行動しなければなりません。さぁ、始めましょうか。我々『セブン・カウンシル』の幹部集会を」

 誰ともなくファイブの言葉に皆が頷いている。それを受けて、之神老師のそばに佇む麗莎女史は一呼吸おいた後に、強く明朗な声でこう告げたのである。
 
「それでは、中国語組織名『七審〔チーシェン〕』、英語組織名『セブン・カウンシル』、今宵の集会を始めます」

 その言葉が呼び水であった。今こそ、この悪徳と退廃の街に影響力を持つ7人が従者を伴って集ったのだ。今宵も悪しき者たちの会堂が始まったのである。
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