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第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/潜入編
Part4 七つの扉/ステルスヤクザ
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「緋色会より、天竜陽二郎様、氷室 淳美様、お着きになられましてございます」
女官の凛とした声が響けば、それに答えたのはジョン・ガントだ。
「お、噂すればさっそくだぜ」
その言葉と同時に、開いた扉の奥から漂ってきたのはまるで真冬のような冷気だった。
否、冷たさが伝わってきたわけではない。人間なら誰もが抱くであろう恐怖。まさにそれを気配としてその二人はまとって現れたのである。
高級革製シューズのヒールの音を立てながら彼らは現れた。先を歩く天龍は威圧感のある黒系であり、付き従う氷室は濃い深青色の高級紳士服を端正に身に着けている。天龍がラフなオールバックの黒髪であり、氷室は長い髪をポマードで撫で付けていた。
二人のいずれもが穏やかな笑みを浮かべていても、どこか酷薄で剣呑な気配は隠しようが無い。そしてそれはジョン・ガントが現れたときと同じように、この円卓の間の空気を尖ったものに変えていくのだ。
女官が椅子を引いて待っていれば、天龍はそれに腰掛けながら手慣れた手つきで女官の首筋に手を出して指先でなぞってみせる。そして、首から胸元――そして腰へと一通り手を触れると、ニコリと笑ってこう告げるのだ。
「老師、あなたにしては珍しい失態ですね」
「それはどう言う趣旨かな? 天龍先生」
天龍の穏やかな笑みの中に剣呑な悪意の光が垣間見えていることに気づかぬ之神老師ではない。それでなくとも気の置けない常に緊張を強いられる人柄をしているのが天龍を始めとするステルスヤクザの特徴だった。その言葉のニュアンスに麗莎女史も何か気づいたのだろう。天竜を接待した女官に不安げな一瞥をくれていた。
ママノーラが興味深げに眺めて、ジョン・ガントがことの成り行きを面白そうに眺めている。伍が関心なさ気に無視する中で、天龍は傍らの哀れな女官に視線を投げながらこう告げたのだ。
「この女、孕んでますよ。この大切な円卓の夜会の女官を務めると言うのに。無礼千万極まりない」
天龍の言葉を耳にして怯えた目で女官が天龍を見下ろせば、その背後では、あの近衛課長とやりあった氷室が酷薄そうな笑みをさらに冷ややかにして女官の肩をしっかりと掴んで離さなかった。
之神老師が内心冷や汗をかきながら問いかける。
「まさか。そのような事が――」
「いえいえ、間違いはありません。わたしもこのような席で嘘を弄して皆さんのご気分を害するほど愚かではありませんよ。それに――、仕草や体つきや気配からすぐにわかります。これでも年に何百人もの女性たちを商品にしています。孕み腹の女はビジネスの上で商品価値を下げますからね。こういう目利きがどうしても身につくものでして」
女性にまつわるビジネス――ジャパニーズヤクザが営む定番の商売だ。それがどんな物なのか、詳細な説明をせずとも分かろうというものだ。軽くため息を吐きながら之神老師はかたわらの麗莎にそっと耳打ちする。そして、天龍たちの方へと向き直すと抑揚を抑えた声でこう告げた。
「いくらで処分していただけますかな?」
老師の言葉は人として在りえない言葉だった。だが、天龍たちにとってはまたとないビジネスチャンスである。
「20万でいかがしょう?」
「良いだろう。あとでそちらの口座に振り込ませよう」
「かしこまりました。それでは速やかに――」
老師にそう答え返すと振り向いて視線で氷室に合図をしていた。怯えた顔を隠そうとしない女官に、氷室が密着すると懐から小さな器具を取り出し女官の脇腹に押し付けた。
「請原諒」
どうにかして女官が発することの出来た言葉であった。だが、それを聞き届ける者は誰も居ない。
「王八蛋」
之神老師が低い声で静かに呟く。中国語で8つの徳を忘れた愚か者の意味だ。女官は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。用いたのはスタンガンだろう。それを受け止め抱き上げたのは氷室である。
天竜たちが入ってきた扉の向こうからさらに姿を表したのは身長だけならジョン・ガントと大差ない巨躯の日本人男性だ。ビジネススーツに身を包み気質のビジネスマンを装っているが、その巨躯と体のあちこちに垣間見える傷跡から彼もまた闇社会の構成員であることは明白であった。
氷室が抱きかかえた女官を、その巨躯の男へと渡す。そして、意識をなくした彼女が巨躯の男の肩に担がれた事を察して、天龍は振り向いて命じた。
「〝工場〟に運べ。処理の下準備を進めておけ。オーダーが確保でき次第。カスタムする」
天龍が発したその命令を巨躯の男は理解するとうなずき返した。下された言葉はビジネスライクで、ただただ事務的である。そこに一切の情も温かみは無く、女官を連れた彼は再び扉の向こうへと消えていくのだ。
女官の凛とした声が響けば、それに答えたのはジョン・ガントだ。
「お、噂すればさっそくだぜ」
その言葉と同時に、開いた扉の奥から漂ってきたのはまるで真冬のような冷気だった。
否、冷たさが伝わってきたわけではない。人間なら誰もが抱くであろう恐怖。まさにそれを気配としてその二人はまとって現れたのである。
高級革製シューズのヒールの音を立てながら彼らは現れた。先を歩く天龍は威圧感のある黒系であり、付き従う氷室は濃い深青色の高級紳士服を端正に身に着けている。天龍がラフなオールバックの黒髪であり、氷室は長い髪をポマードで撫で付けていた。
二人のいずれもが穏やかな笑みを浮かべていても、どこか酷薄で剣呑な気配は隠しようが無い。そしてそれはジョン・ガントが現れたときと同じように、この円卓の間の空気を尖ったものに変えていくのだ。
女官が椅子を引いて待っていれば、天龍はそれに腰掛けながら手慣れた手つきで女官の首筋に手を出して指先でなぞってみせる。そして、首から胸元――そして腰へと一通り手を触れると、ニコリと笑ってこう告げるのだ。
「老師、あなたにしては珍しい失態ですね」
「それはどう言う趣旨かな? 天龍先生」
天龍の穏やかな笑みの中に剣呑な悪意の光が垣間見えていることに気づかぬ之神老師ではない。それでなくとも気の置けない常に緊張を強いられる人柄をしているのが天龍を始めとするステルスヤクザの特徴だった。その言葉のニュアンスに麗莎女史も何か気づいたのだろう。天竜を接待した女官に不安げな一瞥をくれていた。
ママノーラが興味深げに眺めて、ジョン・ガントがことの成り行きを面白そうに眺めている。伍が関心なさ気に無視する中で、天龍は傍らの哀れな女官に視線を投げながらこう告げたのだ。
「この女、孕んでますよ。この大切な円卓の夜会の女官を務めると言うのに。無礼千万極まりない」
天龍の言葉を耳にして怯えた目で女官が天龍を見下ろせば、その背後では、あの近衛課長とやりあった氷室が酷薄そうな笑みをさらに冷ややかにして女官の肩をしっかりと掴んで離さなかった。
之神老師が内心冷や汗をかきながら問いかける。
「まさか。そのような事が――」
「いえいえ、間違いはありません。わたしもこのような席で嘘を弄して皆さんのご気分を害するほど愚かではありませんよ。それに――、仕草や体つきや気配からすぐにわかります。これでも年に何百人もの女性たちを商品にしています。孕み腹の女はビジネスの上で商品価値を下げますからね。こういう目利きがどうしても身につくものでして」
女性にまつわるビジネス――ジャパニーズヤクザが営む定番の商売だ。それがどんな物なのか、詳細な説明をせずとも分かろうというものだ。軽くため息を吐きながら之神老師はかたわらの麗莎にそっと耳打ちする。そして、天龍たちの方へと向き直すと抑揚を抑えた声でこう告げた。
「いくらで処分していただけますかな?」
老師の言葉は人として在りえない言葉だった。だが、天龍たちにとってはまたとないビジネスチャンスである。
「20万でいかがしょう?」
「良いだろう。あとでそちらの口座に振り込ませよう」
「かしこまりました。それでは速やかに――」
老師にそう答え返すと振り向いて視線で氷室に合図をしていた。怯えた顔を隠そうとしない女官に、氷室が密着すると懐から小さな器具を取り出し女官の脇腹に押し付けた。
「請原諒」
どうにかして女官が発することの出来た言葉であった。だが、それを聞き届ける者は誰も居ない。
「王八蛋」
之神老師が低い声で静かに呟く。中国語で8つの徳を忘れた愚か者の意味だ。女官は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。用いたのはスタンガンだろう。それを受け止め抱き上げたのは氷室である。
天竜たちが入ってきた扉の向こうからさらに姿を表したのは身長だけならジョン・ガントと大差ない巨躯の日本人男性だ。ビジネススーツに身を包み気質のビジネスマンを装っているが、その巨躯と体のあちこちに垣間見える傷跡から彼もまた闇社会の構成員であることは明白であった。
氷室が抱きかかえた女官を、その巨躯の男へと渡す。そして、意識をなくした彼女が巨躯の男の肩に担がれた事を察して、天龍は振り向いて命じた。
「〝工場〟に運べ。処理の下準備を進めておけ。オーダーが確保でき次第。カスタムする」
天龍が発したその命令を巨躯の男は理解するとうなずき返した。下された言葉はビジネスライクで、ただただ事務的である。そこに一切の情も温かみは無く、女官を連れた彼は再び扉の向こうへと消えていくのだ。
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