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第2章エクスプレス サイドA①リトルモーニング

PartⅠ今井かなえの場合/優しい反乱

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 かたや、こちらは涙路署の捜査課フロアのレストルームだ。そこでは今井が娘との会話を終えて、タブレットを片付けている。そんな今井に声をかけてくる人物が居る。
 
「課長、娘さんとのお話終わりですか?」

 自販機のコーヒーの紙コップを片手に佇んでいるのは一人の実年男性だった。少し白髪の浮き始めた頭髪を丁寧にオールバックに仕上げた長身の男性。細い目が印象的な彼は、涙路署の捜査課の捜査一係の係長にして、課長補佐の肩書を持つ。階級は警部補、名前を『飛島 崇』と言う。
 今井課長より10以上年上だが、今井の日々の業務を支える名補佐役として厚い信頼を得ている人物だった。今井は飛島を方を向いて答えた。
 
「えぇ。あの子、あたしが例のイベントに同行できるとは思ってなかったみたいで、相当喜んでいたわ」
「 でしょうね。でも、子供の笑顔は何よりですよ」
「そうね。あの子が笑ってくれるとなによりホッとするわ」
「同感です。俺達の商売はどうしても家族のことを置き去りにしますからね。うちの所の高校生の娘なんか俺のことなどアテにもしてませんよ。寂しいもんです」
「警察家業の宿命みたいなものね」
「まったくです」

 二人ともそんな言葉を交わしながら、互いの身の上について苦笑いしている。そして飛島はさらに告げた。

「それにしても、今回は本庁の一課課長の大石さんには頭が上がりませんね。大石課長でしょ? 裏で色々と手を回してくれたのは」
「えぇ。そのとおりよ。まるで自分事みたいに親身になってくれたからホント助かったわ。あたしも、またあの子をがっかりさせるのかと思うと心配だったのよ」
「でも、そうならなくて良かったです。当日のここの留守番は任せてください」
「えぇ、よろしくね」

 飛島の言葉に今井は頷いていた。もうこの部署に互いが配属されてから二年が経つ。今や飛島は今井にとって無くてはならない存在であったのだ。そんな言葉を交わしている二人に声をかけてくる者が居る。朝研一である。レストルームの今井たちに気づくと挨拶がてらに声をかけてくる。
 
「課長、飛島さん、おはようございます!」
「えぇ、おはよう」
「おう」

 簡単に言葉をかわして挨拶にすると、朝は今井に問いかけた。
 
「課長、今日も娘さんとお電話ですか」

 それは今井の普段の姿を朝が見慣れていることの証しでもあった。今井は微笑みながら答えた。
 
「えぇ、どうしても話しておきたいことがあってね。ほら、例の例のリニア鉄道が4月に開通するでしょ? それの試乗会に小学生を特別招待するんだけど、うちの娘の学校から選ばれたのよ」
「へぇ」

 朝が相槌を打てば飛島が話を補足する
 
「本当ならスケジュール的に無理だったんだが、本庁の捜査課長の大石警視が助け舟を出してくれてな。ちょっと条件付きだが行けることになったんだ」
「ホントですか? かなえちゃん、喜んだでしょう」

 朝が驚きつつ問えば、今井は相好を崩して微笑んでいた。
 
「そうね。あの子、なまじ頭がいいからあたしの仕事について理解してくれてる分、めったに不満とか言わないよの。でも、やっぱり親子で居られるってだけでも喜んでたわ」
「そりゃいい。普段の分、めいっぱい相手してあげてください」
「ふふ、ありがとう」

 朝の言葉に素直に喜んで見せれば飛島が苦笑いしつつ告げる。
 
「そのためにはお前がポカを減らさないとな。なあ?」
「あ、えーと――」

 それは朝の普段のケアレスミスの多さを指摘したものであった。流石にそれを言われるとぐうの音も出ない。だが今井はそれを気にするそぶりはなかった。

「それは――、ココでは言わないでおくわ。最近、グラウザーと一緒に実績を上げてきてるし」
「そう言っていだけると、助かります」

 朝の言葉に飛島もアドバイスする。
 
「正直、グラウザーがものになったからな。お互いのミスをフォローし合える状態になったから、これからはもっと成績をあげられるだろう」
「そうね。相乗効果と言ったところね」
「はい、これからもアイツと一緒に頑張ります」
「ほんと期待してるからね」

 今井がかける言葉は飾らない賞賛に満ちていた。イタズラに叱責するのではなく褒めるときは褒め、認めるときは認めて、ヤル気と自尊心を引き出す。それが彼女の教育方針だからだ。
 そして、朝はかねてから疑問に思っていたことを問いかけた。
 
「そう言えば――、課長のところですけど、娘さんの普段の世話ってやっぱりアンドロイドとか入れてるんですか? 娘さん一人じゃ何かと大変でしょう?」
「あら、どうしたの? 急に?」

 部下からの不意の問いかけに今井は訝しげに問い返す。
 
「いえ――、最近、いろいろな事件に目を通していて、子育てをロボットやアンドロイドに任せる世帯が増えてる様に思えたんで。先日の事件でも、共働き世帯だったんですがメイドタイプのアンドロイドを置いといてたんで。もしかしたら課長のところでもそうなのかなって」
「あぁ、そういやメイドロイドとかネニーロイドとか、若い世帯で人気だってニュースでも特集して
たな」

 飛島が補足の言葉を告げる。メイドロイドは家政婦型のアンドロイドで、ネニーロイドは児童介護や乳母役の機能を持った家庭向けアンドロイドの事だ。

「そうですね。すごい勢いで家庭に浸透してるみたいです。買い取りじゃなくてリース形式での運用が定着してるんでなおさら広まってるみたいですね」

 朝は飛島の言葉に答える。その二人の会話を耳にしていて、今井は神妙な表情を浮かべながら静かに告げた。
 
「あぁ、それね? うちはアンドロイドは入れないことにしてるの」
「え? じゃぁ、娘さん一人で?」
「ううん。マンション備え付けのホームオートメーションのAIがとても優秀だからあたしと娘の仲を必要な分だけフォローしてくれてるのよ」
「へぇ――」

 朝は今井の以外な答えに驚きの言葉を漏らした。今井はアンドロイド不在の意外な理由をさらに告げた。
 
「実はね、娘の学校からメイドロイドやネニーロイドをあまり使わないようにって通達が出てるのよ」
「え? なんでですか?」

 便利だから導入する。省力化になるから導入する。それがロボットやアンドロイドの導入の動機の最たるものだ。朝が疑問に思うのは最もだった。
 
「言われてみてなるほどと思ったんだけど――、子育てをアンドロイドに任せすぎたせいで、子供が実の親を拒否して、アンドロイドになついている事例が増えているんですって。娘の学校でも長年一緒に居たネニーロイドを親から取り上げられた子が心的ショックから軽い自閉症になって学校に出てこなくなったケースが出てるのよ。それでなくても最近のアンドロイドは民生用でもコミニュケーション機能が飛躍的に向上してるでしょ? 大人からすれば便利な道具レベルでしか無くても、子供からすれば大切な家族であり、親より長い時間行動をともにしていれば親以上に信頼関係ができてしまうケースもありえるわ。横浜のとある学校ではネニーロイドに嫉妬した親がネニーロイドを子供の目の前で重機で破壊、その子がその日のうちに自殺を図った――なんてシャレにならない話もあるのよ」

 深刻に語る今井の言葉に飛島は思い至るものがあった。

「あぁ、あれか――、そういや俺の姪っ子もあの事件がきっかけでネニーロイドの予約を取り消したって言ってたな」
「そんなことがあったんすか」

 朝の言葉に今井ははっきりとうなうづいていた。

「第2科警研の人たちに話を聞いたんだけど、海外でも同様の事例が問題になってて、アンドロイドの製造メーカーとの間で訴訟になってるケースもあるそうよ。専門家から言わせるとアンドロイドの新種の反乱だ――、なんて言い方もあるみたいだけどね」
「アンドロイドの反乱――」
「〝やさしい反乱〟――なんて言い方もあるみたいね。それに本庁でも捜査課のフィールさんが一部の企業から過剰に気に入られて問題になってたでしょ? 確かにロボットやアンドロイドは人間社会にとって大切なパートナーだけど、そのつきあい方は十分に考える必要があると思うのよ。もし、自分が家に帰っても娘が家政婦アンドロイドにベッタリで親のことを冷ややかに見る――そんなの想像するだけでもゾッとするわ」

 深刻な会話に考えこむ朝に今井はさらに告げた。
 
「それでもグラウザーたちの存在からも分かる通り、私達の生活がアンドロイドやロボットを全て拒否できるような状態でないことは判るでしょ? 大切なのは適切なつきあい方をつくり上げることだと思うの」
「そのつきあい方を見つけるのは――朝、お前の仕事ってわけだな」
「はい。そのとおりですね」

 今井の言葉に飛島がフォローして、朝に言葉を投げかければ、その意味をしっかりと認識ているのか朝ははっきりとうなづきながら同意の言葉を発した。そして、今井は笑いながら告げた。
 
「頼んだわよ。あなたたちに期待しているんだから」
「はい」

 若い世代が次の次代をつくる。それはいつも変わらない普遍の法則だった。朝もその真意を理解したのか満足気に頷いていた。そして今井は朝にさらに告げる。
 
「そうだ。朝君、今日の午後はグラウザーを連れて私と本庁まで同行して」
「え? 俺とグラウザーですか? 構いませんけど」
「本庁で打ち合わせに行くんだけど、その際にあなた達2人を連れるように言われているのよ」
「わかりました。それじゃ俺とグラウザーの予定を変更しておきます」
「頼んだわよ」
「はい」

 今井とそんな会話を交わしていれば、レストルームのドアが開けられたところだ。開けたのは朝のパートナーのグラウザーである。
 
「朝さん、今日の予定のデータ揃いました」
「分かった今行く!」

 振り返ってグラウザーに答えれば、朝は慌ただしく今井へと挨拶する。
 
「それじゃ、そろそろ行きます。例の東京アバディーンでの捜査なんで」
「東京アバディーン――あの、無法地帯か」

 飛島が相槌を打ち、今井が問いかける。

「たしか本庁のセンチュリーさんが協力してくれるんでしょ?」
「えぇ、今日は打ち合わせをしながら下見をします。そののちに具体的な捜査方法を検討します。やはり中に足を踏み入れないとどうにもならないので」
「気をつけろよ。無理して怪我したら元も子もないからな?」
「はい!」

 飛島のアドバイスにはっきりと答えると、朝は今井と飛島に軽く会釈で挨拶する。そして慌ただしくその場から立ち去っていった。そんな朝の後ろ姿を眺めていた飛島が告げた。
 
「アイツもかなり物になってきましたね。グラウザーの兄貴分も板についてきた感じだ」
「アナタがそう言ってくれるなら、あの2人を組ませたのはひとまず成功ってところね」
「ちょっと時間がかかりましたけどね」
「仕方ないわ。生身の若者を育てるのとはわけが違うから」
「でも、それもなんとかうまくいきました。あとは実績を積んでいくだけでしょう」
「実績ね――、彼らなら大丈夫よ。それを見守るのが私達の責務だわ。さ、あたしたちも行きましょう。そろそろ時間だわ」

 そんな風に言葉を交わしていた今井と飛島だったが、壁にかけられた時計を眺めると雑談が許される時間が終わっていることを知る。

「さ、行きましょう」
「えぇ」

 そして互いにそれぞれの持ち場へと速やかに帰っていく。今日も気が抜けない慌ただしい時間が始まるのだ。
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