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第2章エクスプレス サイドA①リトルモーニング

PartⅠ今井かなえの場合/母と子のオンライン

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 そして、リビングの上には食事の用意がしてあった。トーストとハムエッグ、サラダに、それとオーダー通りのコーヒー牛乳とスタンダードなメニューが並んでいる。
 決められた席に腰をおちつけかなえは朝食を始める。

「いただきまーす」

 まずはトーストに手を出す。バターもマーガリンもつけない主義でプレーンなままのトーストが彼女のお気に入りだ。そして、トーストを噛りながらマリアンに問いかける。

「マリアン、テレビ!」
「はい」

 マリアンはかなえに求められてリビングの大型の液晶テレビを作動させた。すると、たまたま放送中のCMが画面に流れだしてくる。

『ハイパー・イリュージョン ジャスト カミングナウ! 多彩なアンドロイドたちが織り成す驚異のハイテクファンタジーワールド! 横浜、MM21特設ドームにて、来週よりプレイベントスタート!』

 そこに映しだされたのは世界的にも珍しいアンドロイドにより全てのパフォーマンスが行われるサーカスチームの公演予告のCMであった。
 
「ねぇ、これなに?」

 かなえは思わずマリアンに問いかけていた。
 
「〝プレヤデス・クラスターズ〟と言って世界的に有名な全メンバーがロボットやアンドロイドで構成されたサーカスパフォーマンスチームです。世界中をサーキットしておりまして、日本には初上陸とあります」
「全メンバー――って全部アンドロイドなの?」
「そのようです」
「へぇ――」

 かなえは少なからず驚いていた。この時代、ロボットやアンドロイドの普及が進んで芸能ジャンルでの活躍も珍しくはない。だが、全てがアンドロイドなどの人工物で構成されたパフォーマンスチームとなれば早々あるものではないのだ。
 
「ね、これもっと調べられない?」
「了解しました。ご帰宅までにデータ収集しておきます。チケット関連もお調べしておきますね」
「うん、お願いね」
「かしこまりました」

 マリアンはいつも気配りが行き届いている。先走りすぎずに、それでいてこちらが望むことの一歩先を動いてくれる。それ故に母親が不在の時が多くても、不便や寂しさを感じたことは殆ど無かった。かなえにとってマリアンは家族の一員のようなものであるのだ。

「あ、そうだ。マリアン」
「なんでしょうか?」
「昨日の学校からの話、ママに言ってくれた?」
「はい、お伝えしました。特別招待のお知らせの件ですね?」
「うん」
「お母様からその事でお話したいことがあるそうです」
「お話?」
「はい、そのためにホットラインをご用意しております。少々お待ちください」
「え? なんだろ?」

 かなえがつぶやく間に、マリアンは槙子のもとへとテレビ電話回線を繋いでいく。
 
【発信元、今井家本宅            】
【発信先、今井槙子モバイル端末       】
【発信プロトコルスタート          】
【接続完了                 】

 接続の手順は素早く行われた。そして、リビングの端に設置されている大型の液晶テレビが対面式のテレビ電話装置として機能を始めた。画面の右上に――
 
【デジタル回線、映像・音声通話中      】

――と表記されている。
 そして、画面の向こう側に現れたのは、小型のタブレット端末のカメラ越しに微笑む母・槙子の顔である。背景は涙路署の捜査課オフィスではなく、同フロア内にあるレストルームだ。そこにある丸テーブルの上にタブレット端末を斜めに立てて設置して、簡易的なテレビ電話端末として使っているのだ。
 
「ママ!?」
「おはよう、かなえ。だいたい時間通りね。きちんと起きれたみたいね」
「うん、マリアンが丁寧――と言うか遠慮しないというか、しっかり起こしてくれるから。なんか起こし方がだんだん手荒くなってくるけどね」

 苦笑いで答えるかなえに、槙子は笑いかける。
 
「とうぜんでしょ? かなえったら最近夜がかなり遅くなってるし。朝はなかなか起きないでぐずるでしょ? ちょっと乱暴にしてもいいってマリアンに言っといたのよ。だいたい昨日は何時まで起きてたの?」
「あーえっとね。午前二時――」

 さすがに子供の身の上で起きていい時間ではなかった。話しづらそうにしている娘に槙子は笑いながら注意する。

「ちょっと遅すぎよ? 何してたのそんな時間まで?」
「いつものだよ。ホビーロボットのコンテストマシンのプログラム造り。このあいだ話した春の地方大会だよ」
「あの、ゴールデン・ウィークにやるトーナメントでしょ?」
「うん。ミニマムクラスのバトル部門、去年は準優勝だったから今度こそ優勝したいし」
「優勝出来たら全国大会ね」
「うん。いつもソフトウェアが詰めが甘くて負けるから今年こそはしっかりとやりたいし」
「頑張ってね。でも、無理のしすぎはダメよ? 学校で寝てたりしてたら本末転倒だから」
「わかってる。学校ではちゃんとやってるから安心して」

 娘を励ましつつも体を案じる母親の言葉に、かなえは静かに微笑みながら母を心配をさせないように丁寧に答えを返していた。そのかなえの趣味は意外にもホビーロボットづくりである。バトルからレース、果てはダンスパフォーマンスなど多種多様な小型ロボットを手がけており、多彩なロボットを作っては様々なコンテストに出場している。大人に混じっての意外な活躍に天才少女と噂する人も居るが、本人はただひたすら純粋に〝好きだから〟こそ打ち込んでいるだけであり、周囲になんと言われようとも一向に気にしていなかった。
 そもそも、かなえのロボット趣味は一人遊びから始まったもので、その事を思えば槙子は心苦しい物がある。だが今では、それが娘が外の世界に積極的に出て行くきっかけになっているのは思わぬ収穫であった。

「それより、お話って何?」

 かなえは話題を切り替えた。それに朝の登校前だ。時間的な余裕はあまり無い。
 
「そのことだけど、あなた学校から通知来ていたでしょ?」
「うん、こんど開通するリニア鉄道の試乗会の特別招待の話。マリアンにママに話してくれるように言っておいたよ」
「うん、昨日聞いたわ。でもママのところにも一週間くらい前に学校から父兄あてに連絡が来ていたのよ。選ばれる可能性があるから参加可能かお返事くださいって」
「え? そうなの?」

 かなえにして見れば、とっておきの秘密だったが先回りに情報が流れていたことを知って少々拍子抜けだった。だが、かなえが驚くのはその先である。
 
「だからママも、なんとか都合つけられないか色々と聞いてみたのよ。そうしたらなんとかなりそうなの」
「ほんと?!!」
「本当よ。本庁の偉い人がいろいろと助けてくれて、その日に特別招待のある横浜に行けることになったの。その日、一日はずっと一緒よ」
「ウソじゃないよね?」
「ウソのはずないでしょ? こんな大切なことなのに」
「やった!」
 
 かなえは思わず両手を叩きながら小声で喜んだ。
 
「よかったー、ママいつも忙しいから多分ダメだと思ってた」
「そうね。いつもかなえの事を残念がらせてたから今度だけは絶対に連れて行ってあげたかったのよ

「でも、ほんとに大丈夫? ママ、無理してない?」
「無理はしてないわよ。でも、いろんな人の手助けが無かったらちょっと難しかったかもね」
「じゃ、その偉い人にありがとうだね!」
「ふふ、そうね」

 かなえも十分に分かっていた。母の仕事はとにかく多忙であり休みも一般の人とは全く異なっている。学校行事に顔を出すことは稀であり、大抵は母の実家の祖母や祖父が代わりに顔を出してくれるのが常であった。ありえないと思って端から諦めかけていた事が現実になる。かなえが外聞もなく興奮するには十分である。
 
「予定日時は4月の1日だったわよね?」
「うん、春休み。前日にオリエンテーションがあって、そのままホテルに泊まって当日参加」
「それだけど、オリエンテーションは同行するのはちょっと難しいけど前日泊は大丈夫だし、終わったあとはそのままどこかで一泊しましょ。たまにはかなえと一緒に出かけたいし」
「それじゃあたし見たいのがあるんだ」
「あら、何かしら?」
「えへへ、それはあとでマリアンに伝えておく。今日も遅いんでしょ?」
「そうねぇ。今夜は会議予定もないし少し早めに帰れるかもしれないわね。晩ごはん少し我慢できるなら外で一緒に食べれるわよ?」
「ほんと? じゃぁママからの連絡、待ってるね」
「できるだけ早く帰るからちょっとまっててね」
「うん!」

 画面の向こうで母・槙子は手を振っている。
 
「それじゃ、いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん、行ってきます!」
 
 かなえも喜んで手を振り返す。そうする間にも通信は終了した。画面を挾んで互いに手を振りながら。

【現在、7時12分。通信終了しました    】

 通信終了後に現われたメッセージを見てかなえはあわてた。
 
「いけない! 時間!」

 時間に追われて現実に戻ると、急いで食事を終えてランドセルを取りに行く。するとマリアンがセグメントロボットを使って、先回りランドセルを準備してくれていた。

「よかったですね。お母様とご一緒になれて」
「うん!」

 かなえは喜びを素直に顔に現しながら、マリアンが渡してくれたランドセルを手にする。そして、それを背負い準備を終えると慌ただしく玄関へと向かう。足音が元気に騒々しく鳴り響く。マリアンはセグメントロボットを使って玄関までかなえを追いかけていく。そして、本当の母親がするように片手を振ってかなえを送り出した。

「お気をつけて」
「うん、行ってきます!」

 元気に、賑やかに、かなえは自宅を飛び出していった。後に残されたマリアンは有能なメイドのように後片付けを始めた。それは今井家にとっていつもの見慣れた光景であるのだ。
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