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第2章エクスプレス グランドプロローグ

サイドBプロローグ 道化師は嗤う/メッセージ

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「まずい!」

 舞い踊る花びらの中、アトラスは必死にクラウンの姿を探していた。すぐさまディアリオが後を追う。

「ディアリオ!」
「ダメです! センサーに反応ありません! 館内のセキュリティシステムにも痕跡無しです!」

 それでも人々は逃げ惑うこと無く、努めて冷静に行動していた。大石が、近衛が――、あるいはこの会議室に集まっていた人々が皆、突発的なことに戸惑うこと無く、それぞれの役目に応じた行動を速やかにとっていた。無駄だとはわかっている。だが、クラウンの逃亡を許すこと無く、その足跡だけでも捕捉しようとしていたのである。
 大石が鏡石に問う。
 
「何かわかったか?」
「だめです、館内の監視カメラはもとより、周辺の街頭カメラにも写っていません」

 同じくして、警備部の職員や武装警官部隊の隊員たちは会議室の壁面に異常がないか調べようとしている。武装警官部隊の隊長である妻木が問いただす。
 
「何か見つかったか?!」
「だめです! 傷一つ無しです!」
「くそっ! 一体どこに消えた?!」

 誰もが慌ただしく動き回っていた。だが、それでもクラウンの存在を証明するような物は足跡一つ残っては居なかったのである。
 
「なんてやつだ。本当に消え失せてしまった」
 
 驚きの言葉を発した近衛だったが、戸惑いや驚きよりも、その見事なまでの立ち振舞を少なからず賞賛しているのが言葉の端々に垣間見えていた。
 アトラスもため息混じりに、残された大量の菊の花びらをかき分けるようにして、確かめている。
 
「クラウンのヤツ! 後始末の事も考えろ!」
「まったくです」

 ディアリオも苛立ちを隠さずに必死になって痕跡を探している。だが、どんなに調べてもそこに残されているのは菊の花の残骸であった。苛立ちながらアトラスが語る。
 
「一体どうやって消えた?! いや、それ以前にこの花弁はどこから来た? 本庁庁舎の中でイリュージョンでもしに来たのかあいつは!」

 それほどに花びらは膨大だった。広い大会議室の約半分ほどを埋め尽くすほどの量である。とても手のひらで隠しおおせる物ではない。しかし、ディアリオはその花びらを数枚手に取ると自らのセンサーと視聴覚を駆使して調べ始めている。
 
【オールレンジアイ視覚センサー】
【特殊モード1        】
【   超精密HDR拡大モード】
【特殊モード2        】
【       X線透過モード】
【特殊モード2種同時起動   】
【スキャンスタート      】

 十数秒ほど数枚の花弁を注視していたが、ディアリオは速やかに回答を得ていた。
 
「兄さん、どうやらそのイリュージョンのネタ。少しは分かりそうですよ」
「なんだと?」

 アトラスが呟けば、周辺を確かめようと集まってきていた近衛や大石も振り向いている。歩み寄る大石がディアリオに問うた。
 
「どういうことだ?」
「はい、実はこの花弁。形状が全て同じなんです。表面や基本構造は一見、天然の物のように見えますが、その全てが全く同じ形や色をしています。寸分の狂いもありません。おそらく人工的に作られたものかと思われます。ですがこれ以上詳しくは専門部署で解析してもらったほうがよろしいかと」
「わかった。科捜研に回そう」
「お願いします」
 
 だが、その隣でエリオットも何かを見つけたようであった。
 
「ん?」
「どうした、エリオット?」

――クラウンが立っていた辺りの床に何かを見つけたのは、特攻装警のエリオットである。地面になにやらカード状の物が落ちている。エリオットはそれを拾い上げると傍らのアトラスにそのことを伝えた。

「これを見てください」

 エリオットの周りに皆が集まる。そして、名刺大の純白のアルミ製のカードに、何やら一文が記されていることに気づいている。
 
「何か書いてあります」

 近衛はエリオットに命じる。
 
「読み上げろ」
「はい――『聖なる龍は神となる』」
「どう言う意味だ?」
「わかりません。何かの暗号でしょうか?」

 皆が戸惑いを見せる中、有明の時にクラウンと相対した経験のあるディアリオがそのカードを手にとって見つめながら言う。
 
「いえ暗号と言うより、クラウンからのメッセージでしょう。私達に対する置き土産です。つまりこのキーワードを頼りに追ってこいという挑戦の意思表示と思われます」

 ディアリオにアトラスが問うた。
 
「どうする?」
「無論、追います。ここまで振り回されて黙っては居られません」
「そうか――、ならば俺達も動こう。メッセージの内容に引っかかる物がある。と、言うより心あたりがあるんだ。晃介、お前も同行してくれるな?」

 アトラスが荒真田を呼び寄せれば、それを間近で見ていた荒真田は抑揚を抑えた静かな声でこたえた。
 
「当然だろ? あんなやつに好き勝手に本庁庁舎に出入りされて、黙ってられるわけねぇ」
「早速、会議が終わり次第、情報収集だ。聖――、龍――、神――、やっこさんが置いていった足がかり。マブネタなのかガセネタなのか、しっかりと確かめさせてもらおう」
「あぁ」

 アトラスと荒真田が頷き合えば、二人の会話を耳にしていた場の者たちもそれに同意して頷いていた。そして近衛は内ポケットから純白のハンカチを取り出すと、エリオットが見つけたカードを受け取って大石に手渡す。
 
「大石、これも科捜研にまわしてくれ」
「わかった。何か分かり次第伝える」
「頼むぞ」

 そして、それを受け取った大石は部下の柊木管理官へとそれを託した。速やかに専門部署へと運ばれて詳細に調べられるだろう。大石は振り返ると皆の方へと告げる。
 
「それより、合同会議を仕切りなおそう。あんな奇っ怪な奴が暗躍しているとなれば捜査体制や機密保持のレベルも再考せねばならん。よろしいですね? 大戸島警視」

 気づけば公安の大戸島もアトラスたちの輪に歩み寄っていた。集まっていた者たちの顔を一瞥しつつ答え返す。
 
「異論はありません。むしろ、ガサクの存在が確実なものであり、犯罪社会が今までになく深刻な状態にあると確信が得られました。今回はあくまでも初顔合わせと言うことで、間を置かずに第2回目の会議を行いましょう。その上で捜査方針を決定したい」
「同感です」

 大戸島の言葉に大石が同意する。そして、皆が意思確認として頷き合っている。
 そして、鑑識の人々が会議室の中へと入ってくる。速やかに立入禁止のテープが張り巡らされ、クラウンが立ち振舞をしていたその場所は現場保存のために確保されることとなった。
 雑然としていた会議室内であったが、壇上の中央へと戻った大石が全員に向けて告げる。
 
「静粛に! 立ったままでいいのでその場で聞くように!」

 その号令を受けて皆が直立のままで大石の方へと視線を向けていた。
 
「不測の事態が発生したが、我々は立ち止まる訳にはいかない。今日はこれで一旦解散として明日あらためて合同会議を仕切りなおすこととする。それまでに各セクションにおいて今後の対策や方針について独自に検討するように。安全な市民生活と国家の安寧のためにも我々は立ち止まる訳にはいかない! 各自奮起するように! 以上!」

 そして、大石の部下の柊木管理官が告げた。
 
「それではこれにて解散!」

 号令が響き、全員が敬礼をする。一糸乱れぬ行動の後に、それぞれのセクションへと人々は帰っていく。
 エリオットは近衛と共に警備部へ、ディアリオは鏡石や大戸島とともに公安4課へ、大石も捜査部へと帰るだろう。荒真田がアトラスに告げる。
 
「俺達も行くか」
「あぁ」

 そう語り合う2人に、上司である霧旗が歩いてくるのが見える。彼らが戻るのは組織犯罪対策部、その中でもヤクザマフィアを主として取り扱う組織犯罪対策4課だ。
 休息の時は終わりを告げた。
 また、眠れぬ夜の日々が、彼らを待っているのだ。
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