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第2章エクスプレス グランドプロローグ

サイドBプロローグ 道化師は嗤う/サムライの末裔

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「事実ですか」

 一言発したあとに僅かな沈黙を挟んで、クラウンは語り始めた。それは穏やかで人間的な感情の篭った言葉である。
 
「なるほど、これこそ世界に冠たる日本警察と言うもの。やはり貴方がたは信頼に値する存在です。足を運んだ甲斐がありました」

 クラウンは日本警察を賞賛する言葉を述べると、恭しくその頭を垂れる。

「皆様方に申し上げます。今宵、ここにお伺いしたのは我が身の潔白を知らせるためではありません。皆様方に〝忠告〟をするために参ったのです」

 〝忠告〟――その言葉の響きに思わず声を発したのは近衛である。
 
「忠告だと?」

 クラウンは顔を上げる。上体を伏せたまま顔だけを上げて近衛へと言葉を返す。
 
「はい、さようで」

 近衛につづいてクラウンに問いかけたのは公安4課の大戸島だ。
 
「貴様のような身元の不確かな闇社会の住人が我々に何の忠告が出来るというのだ? 不確かで曖昧な情報なら願い下げるぞ」

 大戸島は猜疑心を隠さずに冷たく言い放った。正体はおろか、素性すら曖昧な闇社会の存在の言葉を簡単に信用出来ないのは当然といえば当然な話だ。だが、クラウンはひるまない。近衛や大戸島の反応すらも受け入れるが如く、言葉を続けたのだ。
 
「ですが――闇に身を置いている存在だからこそ語れる事実と言うものがあります。表社会に身を置いてはどんなに危険に身を晒しても得られない〝逸話〟と言うのが必ず在るものです。公安や暴対で日夜任務に向き合っている方でしたらお分かりになられるでしょう?」

 クラウンのその言葉に暴対の霧旗がおもわず頷いている。闇社会、犯罪組織社会と言うのはどこまで踏み入っても終わりのない迷宮のような世界だ。そこを完全に取り締まるということがどれほど困難なのか、毎日のように味わっているだけにどうしても否定出来ないにおだ。
 そして、集まる視線を真っ向から受けながらクラウンは数歩進み出てさらに語った。
 
「信じる信じないは敬愛する皆様方にお任せします。ですが、耳をふさぐ前に小耳の片隅にでも留めていただきたいのです。お聞きになりますか? 日本警察の皆さん?」

 それは思わぬ詰問だった。正体不明の侵入者が情報の提供の是非を自ら問いただしているのだ。ただ否定して拒絶するなら誰にもできる。得られる情報なら全て手に入れてから、あとから適時精査してもいいはずだ。場の全員を代表するかのように近衛がクラウンの問いかけに答え返す。

「聞かせてもらおうか」
 
 クラウンはそれを耳にして再び語りだしたのである。
 
「ありがとうございます。では、僭越ながら――」

 クラウンが辺りを見回し〝忠告〟始めた。
 
「ワタシが皆様にご忠告申し上げるのは〝黄昏〟についてです」

 黄昏――それが何を意味するかははっきりと判る。ガサクのことだ。
 
「黄昏に触れてはなりません。今の皆様方には荷が重すぎます。黄昏をイタズラに刺激すれば必ずや悲劇を招きます。闇社会に身を置く者として、ご忠告いたします。努々、黄昏を深追いしては決してなりません」

 抑揚のない冷徹な声でクラウンは告げた、それに反論の声を上げたのは近衛だった。
 
「何もせずにただ黙って見ていろというのか」

 クラウンは顔を左右に振った。
 
「いいえ、指をくわえて見ていろと言うのではありませんよ。ただ――、みなさまは見落としています。黄昏がいったいどのような存在と結びついて居るか? それを思い出して欲しいのです。黄昏は自ら独自に動くよりも、つながりを持っている他の闇社会勢力を支援することに特化しています。もし、黄昏が自らの立場に危機感を持てば、かならずや提携者に支援を求めるでしょう。そして、彼ら本来の力を駆使して、この国に世界中の反社会勢力や犯罪組織への影響力を行使し始めるはずなのです。同様の事例をアフリカの某国で散見したことがあります。オイルマネーと豊富な観光資源に支えられ、強固な軍隊を保持した中堅国家でしたが、今や見る影もありません。治安は瞬く間に崩壊し、今や一般市民は我先とばかりに逃げ出す始末。黄昏を怒らせれば、あの様な無残な結果を必ずや招いてしまうのです」

 クラウンの語る言葉に耳を傾けていた大戸島だったが、その脳裏に閃くものが有った。
 
「エジプトの事か? 近年、反政府系組織が急速に力をつけた事で治安の悪化が著しく悪化していると外務省も警戒しているはずだ」
「はい、さようで」
「まさか――?! あれもガサクが背後に居たというのか?」
「そうです。あれはエジプト政府がガサクの捕縛と抑圧に乗り出したので、世界中の提携組織の協力を得て徹底的な国家破壊の大規模テロに乗り出したのです。眠っていた人喰いトラのシッポを踏んだようなもの。見せしめとばかりにエジプトと言う国のあちこちでテロ目的のロボットやアンドロイドを大量に氾濫させられて、国家としての枠組みを瞬く間にガタガタにされてしまいました。今や、あの国を観光目的で訪れる者すらおりません。なぜなら、まさに世界中の悪がエジプトの地に集まり始めたのですから」

 クラウンは右手の人差し指を意味ありげに立てながら更に言葉を続ける。

「もし、黄昏をイタズラに刺激して危機感を煽れば、必ずや提携組織を日本へと大量に招き寄せるでしょう。それはすなわち、1年半前の成田事件や、今回の有明での一件の様なテロ事件が日本中で多発することにほかなりません。つまり、有明の超高層ビルで起きたようなアンドロイドテロが日本中を覆いかねないのです。そうなれば、いかな貴方がたと言えど全てを守りきることはもはや不可能。ここの特攻装警と言う存在をもってしても多勢に無勢。いずれ力尽きることは自明の理です」

 だが、クラウンの語るそら恐ろしい事実を耳にしてもなお、近衛はひるまずに反論を始めた。
 
「だがしかし! だからと言ってなにもしないわけにいかん!」
「当然です。警察が悪意を持った者を前にして何もせずに手を引いて良いはずがありません。ましてや勤勉で清廉なこの国の警察機構です。そのままに現実から逃げまわるような皆様方ではないことは十分承知しています」

 クラウンは皆を眺めながら二本の指を立ててみせる。
 
「よろしいですか? 皆様方がとりうる手段は2つあります。まずひとつ目が黄昏に対する動向把握を徹底させることです。敵にさとられぬように細心の注意をはらいながら、この日本においてどれほどの浸透を見せているか確実に把握するのです。そして、もう1つ――」

 クラウンはアトラスたち特攻装警の3人に視線を向けていた。
 
「もう1つは彼らの様な存在を充実させることです。目には目を、歯には歯を、この国が生み出した世界でも指折りのアンドロイド警察である特攻装警を、より確実に完成させていくことです。それが成った時こそ、黄昏に対して反撃することが可能となるのです。よいですか? 今はまだ黄昏を刺激するときではありません。努々、今成すべきことを間違えないことです」

 クラウンが語る言葉を、誰もがじっと聞き入っていた。それは光の当たらない闇社会に身を置くものであるからこそ、知りうる知見により放たれた言葉である。それが信用に足る忠告だったのか、今はまだ判断しきれないだろう。感謝の言葉はこそ誰の口からも出ることはなかったが、ただ、ディアリオはクラウンにその真意を問いただそうとしていた。
 
「クラウン」
「はい、何でしょう?」
「なぜ、この様な忠告を?」

 その言葉には戸惑いが有った。だが、クラウンもディアリオの言葉に、ある種の謝意を感じ取ったようである。
 
「あなたはなぜ、危険を犯してまでこの様な忠告をなさるのです?」

 ディアリオの問いかけにクラウンはピエロを模した笑い顔をマスクのスクリーンに映しながら答えようとしていた。
 
「わたし、この国の警察が大好きでしてねぇ。世界中を見回してもあなたがた程に、勤勉で高いモラルを宿した警察はありませんから」

 その言葉に謙遜を答えたのは大石だった。
 
「買いかぶり過ぎだ。我々とて完璧ではない」

 冷静に控えめに答える大石だったが、その言葉にクラウンは顔を左右に振りながら告げた。

「いえいえ、世界中を見回しても、この国の警察ほどに高い精神性を保持した治安機構はなかなか存在しません。今や、欧米の先進国の警察といえども、職務放棄や人種差別、汚職に不正と、法と平和を守るべき担い手が、その役目を放棄しているような事件があとを絶ちません。ワタクシ、これでも世界中を飛び回っています。クズとしか言いようのない警察を嫌というほど見てきました。しかし、この国は正面切って国家が軍隊を持つことが許されていません。だからこそ、この国では警察の力が重要視されます。だが、皆様方はどんなに強大な力を持たされても、信念が揺るぐことは無いでしょう。今日この場で皆様の姿を拝見させていただいて改めて納得いたしました。すなわち――」

 クラウンが右手を軽く振り回す。そして。胸のあたりで前方へと差し出した時、その手には一輪の端が握られていた。それは日本を代表する花――〝菊〟であった。
 
「――これこそが『サムライ』の末裔であるのだと」

 その言葉を語ると同時にクラウンは手にした一輪の菊を頭上へと投げ放った。そして、宙を舞う菊の花はある一点で解き放たれ、その花びらを吹雪のごとく舞い散らせ始めたのだ。花びらは倍々ゲームに増えていく。旋風を伴いながら、その部屋の一面を花吹雪が舞い踊り、人々の視界を奪っていく。その時アトラスが思わず叫んでいた。
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