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第2章エクスプレス グランドプロローグ

サイドBプロローグ 道化師は嗤う/世界の闇

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 そのクラウンの姿は実画像ではなく、CGによる再現画像だった。その映し出された画像に対してディアリオは説明を続ける。

「CG再現画像で恐縮ですが、私の肉眼では視認できていたのですが、デジタル記録に保存した段階でまるでレンタルビデオを不正ダビングしようとしたみたいにスクランブルがかかってしまい再生が困難な状態にあります。この画像は私の記憶を頼りに再構成したものです。ご了承ください」

 ディスプレイに映し出された人物画像について、組織犯罪対策の霧旗が思わず疑問を口にする。

「そんなことがあるのかね? アンタの“目”では見えていたのだろう?」

 霧旗が呈した疑問にディアリオは簡潔に答える。

「あくまでも推論ですが、一般的なレンタルのDVDなどでも、デッキで再生する分には正常に表示されますが、これを何らかの手段で不正に複製し保存しようとすると画像が乱れて再生が困難になるケースがあります。おそらくはそう言ったスクランブル信号を含んだパターンであると推測されます」
「なるほど、分かった」

 その説明に霧旗も頷かざるをえない。

「この画像の人物ですが、個体名はクラウン、私が有明1000mビルの内部にて遭遇した人物で、ベルトコーネと同じ、ディンキー配下のアンドロイドである個体名ローラを拉致して連れ去った人物です。その正体素性は一切不明であると同時に、詳細不明な手段による高度なステルス能力を持ち、さらにはマグナム弾丸の射撃すらも無効化するほどの特殊な防御力を備えています。この人物について我々情報機動隊では有明事件以後も調査を続けてきました。ですが、ネット上では都市伝説レベルで参照にすらならない噂話程度の情報しか確認できませんでした。そこで、現在今なお、調査を続行していますが進展は無い状態です」

 会議室に困惑に満ちた空気が漂っていた。おぼろげなイメージのみで具体性に何一つ乏しい情報は捜査の妨げになりかねないからだ。だが、ディアリオは続ける。このクラウンなる人物について知らせなければならない必然性があるためだ。

「今回、この人物についてご報告した事には理由があります。まず、有明事件の被疑者集団の残党2名のうち1名を拉致・保護したのが紛れもなくこの人物であるということ、さらには昨年のクリスマス・イブの12月24日に中央防波堤無番区の市街地にてこの人物を目撃したという証言が得られたためです。つまり、この人物は実在であり極めて高度な技術力を有していること、また画像情報の保存が困難であるため視認がしにくいこと、いつどこに出現してもおかしくないこと、などから個体名ローラと同様にベルトコーネとも遭遇していた可能性も考えられるためです。もしそれが事実であるとするなら、その高度なステルス能力によりベルトコーネの足跡が抹消されていると考えてもおかしくないためです」

 そのディアリオの発言を受けて大石が告げた。

「なるほど、それではベルトコーネの追跡調査を行う際に、この人物に遭遇する可能性もわるわけだな?」
「はい、かなり高い確率で姿を現すでしょう。ですが、生身の人間ともサイボーグともアンドロイドとも判別できないため、接触時に強引な行動は慎むべきかと思います」
「判った」

 大石はそう答えると、会議室の全員に告げる。

「皆に告げる。本件の捜査にあたるさいはこの人物については十分留意するように。目撃時のいかなる情報も捜査本部に報告し記録する事だ。いいな!?」
「はいっ!!!」

 大石の言葉に一斉に返答がなされた。そして、さらにディアリオが告げる。

「そしてさらに、今回の事件の背後関係について新たに得られた情報があるのですが、コレについては私ではなく、公安部の方から報告させて頂きたいと思います」

 ディアリオが告げる。そして、会議室にやや遅れて姿を現した公安部が一斉に動いていた。情報機動隊を擁する公安4課、かつては記録情報の整理と管理が主任務だったのだが、組織再編によって、より能動的な情報収集と情報犯罪への攻撃的な対処が可能な組織へと改変がなされた経緯がある。
 その公安4課の課長である大戸島がディアリオの後を受けて説明すべく立ち上がった。

 刑事警察の場に公安が現れる。それだけでも大事なのだが、そもそも合同捜査となる事自体がこれまでは考えられない話だ。しかし、それが目の前に居る。その事実だけで場に緊張が走っている。
 しかし、立ち上がった大戸島にそれを気にする素振りは全く無く超然としていて一切の気後れはしていなかった。三つ揃えのスーツを着こみ鋭い視線をたたえたまま、鏡石の上司はよく通る低い声で話し始めた。

「改めて失礼いたします。公安部公安4課、課長大戸島です。今回の合同捜査の件、ご協力、まことに感謝いたします」

 しかし、その言葉を持ってしても、その場に漂う不信感は拭いようがなかった。大戸島はそれらを気にすること無く平然と語り続けた。

「この場にお集まりいただいた皆様には、いささかの違和感がお有りかと思います。ですが、大変に切迫した状況にある事をご承知頂きたい。そもそも、本事案において我々公安が介入したのには理由があります。それは今回の有明事件の主犯であるディンキー・アンカーソン一味の背後に存在している国際犯罪組織が非常に厄介、かつ危険なものであるためです」

 そして、その言葉を受けるように、ディアリオがその傍らで大型ディスプレイにデータ表示を始める。そこには、アジア、アフリカ、南アメリカ、南半球世界のありとあらゆる名だたる反社会組織が映しだされようとしていた。
 中近東のISIS、中央アフリカのボコラハム、ヒズボラ、新人民軍、メキシコの麻薬カルテル、ロシアンマフィアのブラトラ、ケニアのムンギギ、中南米のMS13、ロス・セタス、ブラジルのPCC、中華圏のトライアド、インドネシアのジェマー・イスラミア、台湾幇………そして、日本のヤクザマフィア
 中には相互に利害対立していて到底、同参は不可能な組織の名前すらも有る。一見するとそれが意味する物が何であるのか、容易にはわからない。この会議場に居合わせた人々が狐につままれたような表情を浮かべている中で、大戸島は冷静な表情の中に深刻さを滲ませながら口を開いた。
 
「我々はディンキー・アンカーソンが日本に上陸した際に支援関係に有った組織の名前を独自に入手していました。同時に、特攻装警第3号機のセンチュリーも独自にその組織の名称を調べあげていたことも判明いたしました。この組織の名称は〝ガサク〟、アラビア語で〝黄昏〟を意味しております。そして、この組織がこれまでの犯罪組織やテロ団体とは思想や行動方針が全く異なる新しいタイプの組織であることも掴みました。今回のベルトコーネの消息追跡において彼らに遭遇する可能性が高いことをご承知いただきたいのです」

 大戸島が告げた言葉は深刻さを帯びていた。自然に場を仕切っていた大石から改めて質問の言葉が投げられる。
 
「新しいタイプの組織――とは?」

 その言葉に反応して視線を返してうなづくとディアリオに命じながら更に言葉をつづける。そこにはガサクの行動の具体的なパターンが示されていた。
 
「本来、反社会組織というのは、それ自体が活動の母体となる中心的な拠点や指導者を持ち、一定のエリアを支配下に置きながら活動しています。かつて我が国で科学薬物によるテロ事件を引き起こした某団体もそうでした。反社会組織というのはいかに巨大になろうと、いかに広範囲に広がろうと、決して命令系統と言うシステムから逃れることはできません。そして、その命令系統とその中枢部を維持し、拡大し、その機密性を守るために、それぞれが独自のドグマや教義を持つように至ります。さらには時間の経過とともに手段が目的化しより複雑化する。そう言った犯罪性組織の成り立ちを我々は今までにたくさん見ている。しかしながら、それらは個々の組織によって独立しており全く別個のものです。一時的な協力関係は発生してもすぐに利害対立が表面化してまた離合集散を繰り返します。それが故に我々警察の対処は可能でした。たとえ相手が我々の何倍もの組織規模を持っていたとしてもです」

 大戸島のその言葉を否定する者は誰も居ない。それは警察として治安を守るものとして、常日頃から向き合っている現実だからだ。大戸島はさらに語る。普段、いかなるときも冷静であり感情を表に現さない彼がめずらしく熱を帯びた言葉で語り続けていた。

「ですが今回、ディンキー・アンカーソンに関する案件にて存在が判明した“ガサク”――、この組織だけは根本からそのロジックが一切通用しないのです」

 会議場に大戸島の言葉が響き渡る。そして、その言葉の真意を確かめるように声を発したのは、あの時、有明ビルの最前線で死闘を演じたアトラスであった。アトラスは挙手の上で大戸島へと問いかけた。
 
「大戸島警視、それはどう言う意味です?」

 アトラスには疑問があった。組織犯罪対策というセクションで、常に闇社会組織と向き合い続けてきたアトラスにとって、今以上に特殊性に満ちた組織など有るのだろうか? 想像力の外と言う他無く全く想像すらつかなかった。だが、その疑問を出さずに居られるアトラスではなかった。
 
「特攻装警の第1号機として、そして組織犯罪対策部で日進月歩で次々に新顔が現れる闇社会の最前線で私は戦い続けてきました。警視がディアリオに命じて表示させた反社会組織はいずれもが既存の反社会組織や犯罪性組織の範疇に収まるものであり、新しいタイプの組織が現れたとしてもそれらを大きく超えるとは到底思えない。しいて言えば、現在我々が対応に苦慮しているステルスヤクザなどがそれにあたる。一般社会はもとより犯罪社会の側からも視認しにくいほどに地下潜伏を徹底させている彼らは、時代の移り変わりと社会のネット化によって生まれた新しい形態の反社会組織と言えなくもない。警視にお尋ねしたい。ガサクはそれすらも超えるというのですか?」

 アトラスの問いは切実なものだった。時代の移り変わりは社会概念や技術の進歩、その他、様々な要因が重なり合って生まれる。犯罪のあり方も、それを抑止する手段や方法も常に変わり続ける。それに対処し続けるのは警察の宿命であり絶対条件だ。その必要性はアトラスも承知の上だ。
 その時、大戸島はアトラスのその問いにはっきりと頷いていた。何の迷いもなく明確にアトラスの問いを肯定している。そして、大戸島はその口で告げる。
 
「その通りです。ガサクは我々が、否、世界中の法治組織が体験したことのない全くの新種の組織と言わざるをえない物なのです」
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