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第2章エクスプレス グランドプロローグ

サイドAプロローグ マイ・オールド・フレンズ/螢雪の技術者

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 話と話に花が咲く。記憶の空白を埋めていくかの様に互い互いの個人的事情を少しづつ開かしあっいく。そして、その過程の中で、忘却の彼方に消えた思いがけぬエピソードが蘇ってきたりする。
 だが、親友同士の再開劇にはそれすらも暖かく感じられる。

「それにしても驚いたよ、医者になったはずのお前がアンドロイドの研究に鞍替えしてたなんてなぁ」
「いろいろと複雑な事情があってな。医者よりもこっちの方がかえって弱い者を助けられるんだ。それに医療用の技術としてフィードバックできるものが大きいんだ」
「そうか」
「でも結構、楽しいぞ。意外な収穫もあったりするしな」
「収穫?」
「おぉ、そうだ。俺の部下も紹介するよ」

 呉川は店の奥の大久保たちに声をかける。その声に導かれたのは大久保のほか、市野や金沢ゆきなどの面々で、グラウザーも混じっていた。
 菱畑たちの座っていたテーブルに他のテーブルがつなげられた。そこに大久保らは並んで座する。グラウザーは呉川の隣に静かに黙って座っていた。そして、居並ぶ面々どうしで各々自己紹介がなされていく。

 素材開発の市野、サイバネティックス学の大久保、そう大まかに専門分野だけを語ることにより、その素性の中の第2科警研にからむ部分は巧妙にオブラートされていた。ことに市野も大久保も、エンジニアとしての名前はそれなりに知れ渡っていたし、市野は昔の大学教授の肩書きが彼の知名度や理解の度合いを深めていた。そして、グラウザーについては第2科警研で働いているメンバーとだけ簡単に話した。
 当然、金沢についても説明がなされた。その彼女とアンドロイド開発とのつながりには菱畑たちも意表を突かれたようだ。
 
 そもそも彼女はファッション関連の活動をする傍ら人体工学や生活環境工学の研究をしてきた人物である。アンドロイドと言う世界の技術概念からは門外漢だが、その彼女の技量は間違いなく特攻装警たちの対人コミニュケーションスキルを向上させることに一躍買っている。
 第2科警研で、アンドロイドたちのファッションコーディネートやコスチュームデザインなどがメインだが、顔面での表情機能やより自然な仕草や身のこなしなどについて、この娘の存在は第2科警研の中では意外なまでの力を発揮していた。
 そして、その事をスムースに説明してくれたのは大久保であった。
 
「――アンドロイドを人間社会に浸透させて行くためには、より人間的なコミニュケーション能力の獲得が必須です。俺達みたいな技術屋では頭の回り切らない、外見デザインやボディーランゲージ、あるいはファッションセンスとか――彼女はそう言う人間らしい技術でアンドロイドをより人間らしくしてくれるひと……そんなふうに思いますよ」
「え――、それほどでもないですよぉ」

 そんな大久保の丁寧な紹介に、金沢はいつもながらのとぼけ口調で照れていた。そして、当然の流れとして菱畑らの紹介へとつづく。呉川の口から、菱畑らがリニアモーターのHSST開発に関わっている事が出た時、ゆきの口からボケが出た。

「あの、リニアモーターって」
「ん? なんだね?」
「磁石で浮いて走る電車の事ですよねぇ?」

 大久保と市野が苦笑いしつつ言う。

「いや、たしかに間違ってはいないが」
「でも、そら簡単すぎやで、ゆきちゃん」
「え~~、そうなんですかぁ?」

 地で素直なボケが彼女のかわいいところだ。だが彼女のズレた疑問に答えてくれのは、本家の専門家である菱畑だった。

「リニアモーターってのはね、つまりはこう言うことなんだ」

 菱畑はテーブル上の箸たてから割り箸をひとふり取り出す。そして、それを割り一本を短くすると、長い方の上に短い方を重ねてテーブルの上に置いた。
「この下に置いたほうがレールで、上の短いほうが列車だ」

 金沢はうなづく。

「ここで回るタイプの普通のモーターを思い出してほしい。知っているね?」
「はい、磁石の中で中でコイルが回ってるあれですね。昔、学校でやったのを覚えてます」
「うん、その中のコイルを広げたしたのがこの列車、そのモーターの周りにあった磁石が長く真っすぐに引き伸ばされたのがレールの方さ」
「真っ直ぐにするって言うと……平たくするんですか?」

 菱畑が金沢の感の良さに満足げにうなづく。

「そう、中のコイルはN極S極が自動的に切り替わる。そして周りの磁石をひっぱったり、弾いたりして動いている。リニアモーターはそれを回すんじゃなくて、直線に動かして、そのまま列車の動きに使おうとしたものなんだ」
「なるほど。分かります」

 菱畑の丁寧な説明に、金沢は心底感心している。

「そして、それをさらに磁石の吸い付く力や弾きあう力でレールから列車を浮かせたのが、実際のリニアモーター列車だ」
「ん……」

 ふとそこで金沢は気付くものがあったらしい。菱畑に訊ね返す。

「吸い付けるのと弾きあげる、どうして“2つ”あるんですか?」
「ん? ん~それはだね」

 だが、菱畑は言いにくそうにする。それを察して呉川が語りだす。

「日本のリニアモーター鉄道には大別して2つあるんだよ。JRが造っていたマグレブって言うと、菱畑たちの会社が造っていたHSSTとがね」
「HSSTとマグレブ」
「弾き上げるのはマグレブ、吸い付けるのがHSST、わかるね?」
「はい」

 金沢がとりあえず納得の声をあげる。その脇の菱畑らの部下の表情には、自分たちの手懸けているものの名前が出たことにかすかなうれしさが表れていた。

「各々に一長一短がありどちらが優秀とは言えないと思う。だが、安全で性能がいいのはHSSTの方だと儂は思うね」
「え――、どうしてですか?」
「マグレブは構造が複雑でね、列車じゃなくて、レールの磁石の方を操作して列車を走らせてる。それに、材料が恐ろしく高くて建設費が馬鹿にならない。既存の新幹線の数倍以上と言われているんだ。
 それにマグレブは反発させるから磁力線が外に漏れるという致命的な問題がある。ペースメーカーなどの医療用の機器を使っている人などからすれば、本当に死活問題になってしまう。公には、それらの問題はクリアされたと言われているが、一部のマスコミからは疑問の声が出ている」
「へー」
「それにマグレブは最高速度性能が高いが、その分、低速が苦手でね、どうしても長距離間での使用に限定されてしまうんだ」

 呉川の説明に金沢は頷いている。呉川は言葉を続けた。

「反対にHSSTは――菱畑、これはお前が話した方が早かないか?」
「そうだな」

 菱畑は落ち着いて息をつく。

「マグレブは超伝導と言ってね特殊な冷却コイルを使っている。これに用いる液体ヘリウムなどの冷却剤が非常に高い。それを取り扱うための関連設備も必要になる。マグレブは全体がこう言った高級品の固まりだといっていい。とてもではないがここまでいくと、おいそれとそう簡単には路線は造れない。しかし、わたしたちのHSSTは基本的に特殊な技術は何一つ使っていないんだ。磁石からレールから車体にいたるまで全てね」

 特殊な技術をおごることよりも、身近な知恵を菱畑らが駆使しているいる事をゆきは理解した。

「そして、もともとHSSTは街の中での地域交通の鉄道を造るために考えていたんだ。静かで…早くて……そして、簡単に安く丈夫に造れる。それが一番の目的だった。わたしたちはそれを追求するために研究を続けてきたんだ」

 いつしか、金沢はグラスを手に身を乗り出し気味に聞き入っていた。周囲も呉川と菱畑のリニアモーター鉄道講座を、酒のさかな代わりにして盃の数を増やしていく。

「実を言うとね」

 そして菱畑は機会を待っていたかのようにうれしそうに切り出した。

「わたしたちのHSSTはね、今度、関東サテライトリニアラインとして大きく完成することになったんだよ。それも世界最高速の超々特急としてね」
「世界最高速……ですか?!」
「すごーい」

 大久保とゆきが簡単の声をもらす。世界最高という言葉に聞き入る物があったらしい。だが、市野がそれに口を挟む。

「ちょっとまってや。HSSTって速度面でマグレブには追いつかんのとちゃうん?」
「たしかにそうです。今まではね。ですが現在わたしたちが走らせようとしていたのは、HSSTの高速改良型である『HSSTⅡ』なんです」
「HSSTⅡ?」

 菱畑がうなずき、周囲の部下の一人が気をつかって、手元の資料をテーブルの上に差し出した。

「車体自体を空力学を応用して揚力発生させて浮上力を強化するとともに、素材の改良などで磁石性能を強化、これまでの技術的課題のブレイクスルーに成功したんです。その結果、現在では理論上は最高速で600キロは行けます!」
「600かいな? 随分と大きく出はりましたな!」
「すごーい!」

 テーブルの上の資料にはブルーメタリックに輝く未来的なフォルムの列車の写真があった。その車体にはHSSTⅡと誇らしげに印してある。それは決して虚構ではない。

「マグレブが苦手とする低速域ではHSSTがもともと有利だ。それにプラスして超高速域でも性能を発揮できれば都市内交通から、長距離間交通まで幅広く展開可能だ。これがうまく行けば日本の鉄道――いや、世界の鉄道はリニアへとモーダルシフトを起こす」
「へー、そこまでいけたらほとんど航空機とためをはれまんなぁ。よくそこまでできたもんや」
「じゃ、次のライバルはJRじゃなくて親会社の航空会社か? 菱畑」
「く、呉川! それはちょっと」

 菱畑は狼狽えた。さすがにそれは洒落になってないコメントだ。

「でも、そこで満足せず速度1000キロの世界にも行ってもらいたいものだな」
「1000キロ、マッハですか?」
「そこまで行けますかね? 主任」

 呉川の突然の提案に、菱畑の部下が疑問の声をあげた。それが引き金になって菱畑とその部下たちは議論を始めた。

「常識的には無理だが――」
「そこまでの速度だと空気抵抗が問題になりますね」
「低圧チューブ列車にすれば――」
「いやいや、航空機技術を転用して――」
「本体の空力と遮音壁技術を組み合わせて――」
「流石に難易度が高すぎるなぁ。1000キロはどうかなぁ」

 議論の中で菱畑が苦笑しつつ否定してしまう。だが、呉川はハッパをかけるように告げた。

「何言ってる、やってみろよ菱畑!」
「呉川?」
「HSSTをここまでの存在にしたお前だ。それに例え不可能であったとしても出来ると信じきるのが技術屋の鉄則だろう?」
「出来ると信じきる――か――」

 親友である呉川の言葉を菱畑はかみしめていた。そして、その言葉にうなづきながら答える。
 
「そうだな。それを忘れていてはエンジニアは成り立たん。これは今後の宿題にしてくれ」
「宿題か、おまえ昔から宿題をよく忘れてたろ?」

 場から笑い声が大きく沸き起こる。それが長い雑談へと移行するのには然したる時間はかからなかった。それからのち彼らが座を解いたのは2時間あとのことである。
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