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第2章エクスプレス グランドプロローグ

プレストーリー 滅びの島のロンサムプリンセス/グラウザー再び

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 そこは青海のお台場と呼ばれるエリアだった。
 数台のパトカーが集まっている。そして、サンタ風のコスチュームをした宣伝担当が警察の事情聴取を受けている。このエリアなら最寄の警察は東京湾岸警察署で第1方面の所属だ。グラウザーを擁する涙路署とは同じ指示系統である。
 本来ならこのエリアの事件は東京湾岸警察署が担当となる。だが、今回は湾岸署だけでなく、港区の涙路署の覆面パトカーも事件現場に姿を現していた。
 覆面パトカーから降りてきたのは二人の刑事――いや、刑事が一人に、特攻装警が一体だ。涙路署捜査課所属・朝研一巡査部長と、特攻装警第7号機のグラウザーである。

「ご苦労様です」

 周囲警戒をしていた警ら警官が敬礼して二人を迎える。そして、もう一人、二人を迎える人物がいる。東京湾岸警察署の捜査課刑事、皆川春木巡査部長だ。

「涙路署の朝です。こっちは特攻装警7号グラウザー」

 朝が敬礼し、グラウザーもそれに習う。そして、皆川は感謝の念を述べた。

「ご協力感謝いたします。本来でしたら軽窃盗扱いで簡単に済ませるのですが」
「えぇ、詳細は聞き及んでいます。それで、被害者の方は」
「あちらに――、今、ご案内します」

 朝に問われて皆川は二人を別場所へと連れて行く。引ったくりが行われた事件現場の橋の上で、そこにあの宣伝サンタが佇んでいた。

「こちらが被害にあわれた宣伝業者の方です」

 それは例の無人タクシーの宣伝をしていた人物であった。あの後、警察へと通報したのだが、現場捜査と目撃者への事情聴取からただの引ったくり案件でないことが分かってきた。
 それはある人物の存在だった。目撃証言や街頭防犯カメラの映像などから浮かび上がってきた事実によるもののためであった。その人物が誰なのか特定する必要が出たため、上級部署との連携を行うために本庁と涙路署に協力要請がなされたのだ。
 派遣されたのは朝とグラウザーだった。例の有明の事件で朝自身も例の有明1000mビルの中で活躍したことも影響していた。そして、事件の顛末も――
 朝が進み出て宣伝サンタの人物に自らの警察手帳を縦開きにして提示する。
 
「第一方面広域管轄署捜査課の朝と言います。お忙しいところ。ご協力いただき感謝いたします」

 その言葉を告げると手帳をしまいながら早速本題へと入っていく。
 
「事件の経緯については湾岸警察署の方からお聞きしています。今回のひったくり事件の際に犯人が橋の欄干から飛び降りたというのはほんとうですか?」

 朝が問えば宣伝サンタははっきりと頷いた。そして、自ら歩き出すとひったくり犯が飛び降りたという場所へと案内する。
 
「はい、間違いありません。すれ違いざまに試供品用の電子マネーカードの束をひったくると――」

 彼が案内したのは例の橋の欄干だった。そこから眼下の地上までは軽く5mくらいの落差がある。
 
「――ここから飛び降りたんです」

 そして、さらに南南東の方角を指差す。
 
「そして、そのままあちらの方角へとものすごい勢いで走り去って行きました。おそらく二人とも最近よくある違法サイボーグじゃないかと」
「あちらの方角ですか――」
「はい」

 宣伝サンタが指差した方角には、かつて中央防波堤と呼ばれたエリアが有った。今はそこは中央防波堤無番区――またの名を東京アバディーンと人々が呼んでいる場所であった。
 
 朝と皆川が被害者に質問をしている傍らで、グラウザーはその持てるセンサーをフルに使いこなして現場状況を把握していく。そして、容疑者の行動をシュミレーションしつつ、それが実行可能な犯人の実体像を再現していく。

「朝さん!」
「どうしたグラウザー」
「犯人の想定シミュレーションが終わりました」

 グラウザーは朝に告げながら歩み寄ってくる。

「それでシミュレーション結果はどうだ?」
「はい、欄干からの高さは約5.5m程度、生身でも飛び降りれないことはありませんが、着地後に何もなかったように走り去るのは想定負傷状態から考えても不可能です。しかも、同行していた女性を着地と同時に受けとめている事から、相当な耐衝撃性を備えていることが考えられます。やはり最低でも部分サイボーグである事は間違いないと思います。それから、犯人と同行者の再現画像も出来ました」
「よし。それじゃ被害者の方にも見てもらう。こっちに来い」
「わかりました」

 グラウザーは朝の指示に従いながら手際よく行動していく。あの有明の事件以後、事件現場での対応能力は日増しに磨かれており、今では一人前の刑事として何の遜色もないくらいに成長していた。
 グラウザーは小脇に抱えていた警察用の耐衝撃型の小型タブレット端末を操作して、それまでに得られた資料から幾つかの人物画像を表示させる。朝はグラウザーが表示させたものを確認するとそれを事件被害者へと提示しながら質問を続けた。
 
「お尋ねしますが、ひったくり犯には同行者が居たそうですね」
「はい、二人で手をつなぎながら走り去って行きました。橋の欄干からはひったくり犯が先に飛び降り、女性は強引に手を引かれて引きずり落とされたようにも見えました」
「では、ひったくり自体にはその同行者の女性は関与していないのですね?」
「はい」
「では、もう1つ――」
 
 朝はそこで被害者に、タブレット端末に用意したいくつかの画像を提示した。映し出されたのは人物画像で、横や斜めといった複数方向からの撮影画像をもとに撮影対象の人物の精密な3次元画像をつくり上げる。再現したのはひったくり犯本人と、犯人に同行していた女性である。
 
「そのひったくり犯と同行者はこれで間違いありませんか?」

 タブレット端末に表示されたシミュレーション再生映像――、一人はフードを被ったアラブ系の風貌のハーフ、そして、同行者がアイルランド系と思われる容姿を持った黒髪の少女。いずれも日本人では無かった。それを見せられた被害者だったが彼の反応は明確だった。
 
「はい! そうです! まちがいありません!」

 興奮気味に叫びながらアラブ風の少年の顔を指差す。日本人でないということ、走り去っていった方角――、それらを加味すると、このひったくり事件が解決が非常に困難な案件になるであろうとは容易に想像できる。
 その事を考えると朝にも皆川にも眉間にシワが寄らざるを得ない。朝は本音を抑えながら、もう一つの画像を表示させる。
 
「グラウザー、あの記録画像を出してくれ」
「わかりました」

 朝に命じられてグラウザーは日本警察の専用データベースへとアクセスする。そして、とある記録映像を検索して表示させる。
 
【日本警察、大規模データベースシステム   】
【検索対象、特攻装警視聴覚アップロード映像 】
【検索日:2029,11,3        】
【検索対象特攻装警:第6号機フィール    】

 必要情報を与えて検索を開始すれば、必要となる画像はすぐに見つかった。それをタブレット端末の方へと転送させる。
 
「もう1つ、ご覧頂きたい物があります」

 タブレットに表示されたもの。それは、あの有明1000mビルの第4ブロック階層にてフィールが戦いを挑んだあのマリオネットたちの映像だった。その中でも女性形の4体、そして、その最後の生き残りである個体の撮影映像が映しだされているのだ。
 それを改めて提示しつつ、被害者に確認を求める。
 
「この人物画像と、今回のひったくり犯の同行者、これをご覧になられてどう思いますか?」

 街頭防犯カメラなどから得られた情報から作られたシミュレーション映像と、あの日、有明にて繰り広げられた死闘の際の記録映像――それらを並べて比較するが、その一致度は極めて高かった。
 
「非常によく似ています。背格好や体格もよく似ています。間違いありません」
「そうですか。ありがとうございました。ご協力感謝いたします」

 朝は被害者に軽く会釈をして質問を終えた。そして、グラウザーもまた朝に倣って会釈をする。
 必要な確認作業を終えてその場から離れるが、現場刑事の皆川を交えてあらためて話し合いを始めた。先に口を開いたのは皆川である。
 
「それで、確認結果は?」

 それに答えたのは朝だ。ややため息混じりに不愉快そうにしている。
 
「クロです。想定していた対象者に間違いありませんよ」
「あの有明事件での逃走者ですか?」
「えぇ、逃走に成功した2体の内の一人、小柄な女性形の方です。個体名ローラ、唯一全くの無傷で逃走しています。海外逃亡も東京都心からの逃走もせずに、あれから二ヶ月あまり逃走を続けていたみたいですね」
「それが今回の事件で姿を表したと?」
「どうもそのようですね。しかし意図的に事件現場に居たのではなく、どうも偶発的に巻き込まれたと考えた方が妥当なようですね」
「なるほど――、被疑者にとっては想定外だったと」
「そう言う事です」

 朝の推測を聞かされて、皆川は納得している。そして、朝は南南東の方角に視線を向ける。
 
「しかし、ここからが厄介ですよ。ひったくりの被疑者はどうも生身の犯罪者ではなさそうなんです。異国人でサイボーグの疑いあり、さらには旧中央防波堤埋立地の方へと逃走――と言うことになれば単なる通りすがりの不良青少年の乱暴事件とはわけが違う。あのふざけたスラム街で寝起きをしている不法滞在外国人だと考えるべきです。しかも、サイボーグ化しているとなれば追跡も補足も困難を極めます」
「やはり、あの〝島〟へと逃走したと?」
「それで間違いないでしょう。むしろ〝向こう側〟の住人だと考えるべきだ。まぁ、八割以上、迷宮化は避けられないでしょうね」
「そうですか――」

 朝の説明に皆川も頭を掻いて溜息をつかざるをえない。厄介なのに絡まった――と思わずには居られなかった。

「今回の捜査データは整理した上で警察用データベースへと保管しておきます。そちらを参照なさってください」
「かしこまりました。ご協力感謝いたします」
「それではこれにて――」
 
 必要な説明を終えて挨拶の後に朝とグラウザーはその場を離れた。そして、あらためて例の橋の欄干へと向かい佇むと朝はグラウザーへと尋ねた。
 
「お前はどう思う?」

 そのシンプルな問いにグラウザーは答えた。
 
「僕もディンキー配下のあの〝ローラ〟で間違いないと思います」
「やはりそうか。それがあの〝向こう側〟へと渡ったことになる」
「はい。あのならず者の楽園に身を隠した可能性が考えられます」
「そうか――」

 自らの意志なのか、同行したひったくり犯に招かれたのか、それを判断するのは情報不足だ。ただ、それを安易に調査する訳にはいかない。
 そこは東京中央防波堤無番区――警察ですら容易には手を出せない最悪の場所であるのだ。
 朝は思案していた。そして、苦慮していた。
 
「年末だってぇのに、めんどくさいのに絡まっちまったぜ」
「そうですね」

 グラウザーも困惑していた。あの場所の面倒さは警察の正規要員として活動するようになってから、何度も味わっている。日本でありながら、日本でない場所。それは日本全体の治安を悪化させる元凶としてマスコミからも度々糾弾されている場所なのだ。
 
「とりあえずは資料集めからだ。そして、なんとしてもあのローラの足跡をつかまないとな」
「はい」
「それじゃ署に一旦戻るぞ」
「了解です」

 朝がそう告げればグラウザーも頷いて朝の後を追う。これから涙路署に帰って得られたデータの分析と報告調書作成が待っていた。おそらく今夜は徹夜になるだろう。
 
「行くぞ」
「はい」

 二人は連れ立って覆面パトカーを停めた場所へと戻っていく。
 事件はまだ終わっては居ないのだ。 
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