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第2章エクスプレス グランドプロローグ

プレストーリー 滅びの島のロンサムプリンセス/ガール・ミーツ・ボーイ

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 色黒いアラブ系の風貌が彼には入り混じっている。少なくとも二国以上の人種の血が交じり合っているのは間違いない。少年はなおも語りかけてくる。
 
「ここ、日本の警察がよく巡回してるんだ。ここに居るとあぶないぜ」
「え?」
「ほら、立って! 俺、温まれる所知ってるから一緒に来いよ!」

 戸惑う少女からの返事も待たずに、少年は少女の右手を握ると強引に引っ張った。
 
「きゃ!」

 少女と大差ない小柄ななりであるのに、少年は見かけによらず腕力があった。少女を簡単に引き起こすとその手をなおも引いてくる。
 
「お前も行く場所ないんだろ?」

 少女はどう答えるべきか迷ったが、少年の問いかけに小さく頷いていた。
 
「なら来いよ。〝向こう側〟に」

 向こう側――、少年が指し示す先にはかつて『中央防波堤』と呼ばれたエリアがある。今は『ならず者の楽園』と呼ばれる治安悪化地域だ。

「向こう側って?」

 少女が戸惑って問い返せば少年は笑いながら彼女の手を引いて歩き出した。
 
「細かい話はあとだ! っとやべぇ! ポリスだ!」

 警らの巡回の警察官が二人一組で遠くから歩いてくるのが見える。まだ二人の存在には気づいていないが時間の問題だった。
 
「行くぜ! 掴まってイミグレに渡されたら逃げらんねぇからな」
「うん」

 少女は涙をそでで拭うと少年とともに走り始めた。何処へ行くのかは分からないがこのまま泣き崩れているよりはマシだった。走りながら少年が問いかけてくる。
 
「俺、ラフマニ。お前は?」
「ローラ」
「んじゃ、ローラ。このまま埠頭の向こうへと走ってくからついてこいよ!」
「うん!」

 不思議だった。あの事件以来、誰に声をかけられても不快でしか無かったのだが、この異国人の少年の声はローラの心に素直に入ってくる。かつての仲間以外でこんなことは生まれて初めてだった。
 二人で手を握り合ったまま遊歩道を駆け抜ける。その途中で、宣伝チラシと電子マネーを配っている宣伝サンタの姿が見えた。通りすがりにラフマニの右手が素早く動いた。
 
「いただき!」

 サンタが小脇に抱えていたチラシと電子マネーの束をまとめて引っこ抜いた。一枚の電子マネーカードは数百円と少額だが、まとめてとなればそれなりの金額になるだろう。
 宣伝サンタが驚き怒鳴りながら追いかけてくる。だが、ラフマニは笑いながら言い放った。
 
「ボーっとして立ってんのが悪いんだよ!」

 そして、そのまま立体交差の陸橋へと差し掛かる。眼下には青海の街を北西から南東へと貫く6車線路が見えていた。
 
「飛ぶぞ!」

 陸橋の欄干に手をかけるとそこから飛び降りる。当然、手を握られたままのローラも一緒に引きずり落とされることとなった。
 
「きゃっ!!」

 驚き青ざめるローラだが、ラフマニは狼狽えなかった。冷静に落ち着いて着地すると両手を広げてローラの体をしっかりと受け止める。
 
「よっと!」
「ちょっといきなり何すんのよ!」
「わりぃ。俺、いつもこうやって追っ手振り切るからさ」

 高さは5~6mはあるだろうか? その高さから飛んでもラフマニがダメージを負ったように見えなかった。ローラは思わずラフマニの脚に視線を向けてしまう。
 
「あなた、まさか――?」

 ローラの問いかけに答えるラフマニの顔は自慢げだった。
 
「すげぇだろ? 本気出せば20mくらいは飛び降りれるぜ?」

 ラフマニはローラを下ろしながらそう誇らしげに語った。マントの下のラフマニはジーンズに厚手の革ジャケットと言う出で立ちで脚には年季の入った革ブーツが履かれている。そして、革ブーツの足音を鳴らしながら青梅埠頭を倉庫街の方へと軽くステップを踏む。
 
「それよりパトカー来る前にバックレるぞ。お前、足速いか?」

 横目で見つめてくるラフマニの視線を見つめ返しながらローラははっきりと頷き返した。
 
「走るのは得意」

 本当なら自分の能力を見せてしまうと正体がバレる恐れがある。だが、今だけは――この眼前の少年ラフマニならば、自分の能力の一端を垣間見せてもいい――とローラは思うのだ。
 
「よし、それじゃ一気に行くぜ」
「うん」
 
 ラフマニの言葉にローラは頷いた。次の瞬間、ラフマニが全力で一気に加速する。その走りは明らかにサイボーグ技術に裏打ちされたものであった。
 なぜ? どうして? 疑問がいくらでも湧いてくるが、今はそれよりもラフマニから離れない事の方が何よりも重要だった。もとより走ることは得意だった。速度の領域ではマリオネットの中では誰にも負けたことは無い。だが今は、ただ昔のことよりも目の前の現実のことだけがローラの心を捉えている。
 軽くステップを踏み、走りだす。
 引き絞られた矢が放たれるように彼女は駆け出すとラフマニの後を追った。
 二人の進む先――、青海埠頭の倉庫街のその向こう――海底道路を越えたその先に一つの街があった。二人の姿はその街へと消えていったのである。
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