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第1章ルーキーPartⅡ『天空のラビリンス』

幕真:X−CHANNEL/ヴィジュアルハンター

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 とは言えダンテが提供した映像が場の空気を変えたのは事実である。
 男の子氏が言う。

「コレ誰?」

 解説を口にするのは賢者氏だ。

「主に海外でイギリス国籍の人たちをターゲットにして活動しているテロリストで〝マリオネット・ディンキー〟と言う人物だ。生身の人間は本人のみで残りはマリオネットと名付けられたアンドロイドと言う話だ。表沙汰で騒ぎにならないのは、世界中の警察組織や諜報機関が事実を封印しているかららしいな」

 青い霧氏がつぶやく。
 
「なんでそんなマネを?」
「オープンに喧伝すれば、個人レベルのテロにはアンドロイドを暴走させるのが有効だ――と宣伝するようなものだからね。彼らの手段の有効性を反社会組織に知られるわけには行かないとうわけさ」

 皆が賢者氏の語る言葉に頷いている。だが一人おさまらない人間がいる。
 
「それより! 他の特攻装警、何やってんだよぉ! フィールが重戦闘に向いてないのは分かりきったことじゃないか!」

 苛立ちを炸裂させたのはフィールの熱狂的なファンのミリタリー歩兵氏だ。彼の疑問はもっともだった。
 だがそこにルーム設置者が言う。
 
「それなんだが、どうやら1000mビル周辺で地上と空中で完全に分断しているらしいんだ。地上でアトラスとエリオットが動いていたのが別映像で確認されている。またそれぞれの固有機能から考えると、アトラスは地上警備、エリオットは待機、ディアリオがビルシステムの電脳セキュリティ、そしてフィールは海外VIPの接待か警護と言ったところだろう」

 猫貴族のペロが苦しげに言う。
 
「なるほど、テロのターゲットになっていた来賓の警護として張り付いていたから、ピンポイントで遭遇してしまったと言うわけか。不運としか言いようがないな――」
 
 肉球の右手で頭を掻いている。彼もフィール親衛隊を自称している。フィールの能力傾向と適正は理解していた。だがそこに男の子氏が問いかける。
 
「あれ? センチュリーは? テロ対策じゃ、エリオットなみにうってつけじゃん」
 
 その言葉にはたと気づいてミリタリー歩兵氏も疑問を口にする。
 
「そうだ、センチュリーってどうしてるの?」
「それだが、彼の姿だけがサミット会場周辺で見当たらないんだ。フィールの負傷転落以後、現場の報道管制レベルが引き上げられて音声データすら手に入らない。正直、彼も含めて現状がどうなっているのか知りたいところだ」
「そ、そんな――」

 驚きのあまり言葉をつまらせる。場に重い空気が漂っていた。だが――
 
「あの――」

 そっと手を上げたのはベルである。
 
「これ渋谷のガールズたちの間での噂話なんですが、一ヶ月前に横浜の港の方で、センチュリーが右手を負傷しましたよね」

 青い霧氏が答える。
 
「あぁ、南本牧コンテナ埠頭での戦闘事件か。そんな事もあったな。相手は武装暴走族のスネイルドラゴンだと言われているが?」
「それ違うんです」
「え?」

 思わず誰ともなく疑問の声が上がった。
 
「『センチュリーはただ負傷したんじゃなくて、右手を切り落とされた。そして切り落としたのは海外から来たテロリストだ』――、そんな噂話が出ていたんです。その噂の源泉となったのもセンチュリーの兄貴自身が渋谷や下北沢みたいな若い子が多い繁華街に全然寄り付かずに、首都圏中を何かを調べるように動いてたためなんです。みんな、横浜の事件で大負けして、その時の相手に強く執着してるから――って言ってるです」

 ミリタリー歩兵氏が言う。
 
「あのセンチュリーが? 渋谷に住んでるんじゃないか? って言われるほどあの街に愛着持ってるはずだぜ?」
「はい、そのはずなんですが――よっぽど今回は危機意識を持ったみたいで――、兄貴に助けを求めてる子、いっぱいいるのに」

 ベルの右の手のひらが彼女の顔を覆う。そこには一向に街のみんなの前に姿を表さないセンチュリーへの困惑と苛立ちが浮かび上がっていた。
 
「それだったら――」

 ミリタリー歩兵氏が飾らない素の自分の口調で言う。

「渋谷の109の裏手の方になるが『ウォーク・オブ・フェイム』って洋楽喫茶を頼るといい。そこの辰馬樹堂ってマスターがセンチュリーみたいな人助けやってる。生身の人だが、凄腕の人物だ」
「ありがとうございます」

 ベルはミリタリー歩兵氏に丁寧に頭を下げた。
 猫貴族のペロが言う。
 
「話をまとめてみようか――、
 有明で行われている文化交流サミットをおっかないテロリストのお爺さんが襲った。
 そのお爺さんの手下のマリオネットたちが大暴れして、たまたま居合わせたフィールが矢面に立った。
 でも普段は戦闘向きでないフィールでは歯が立たず倒されてしまった。
 フィールを倒した相手は彼女をビルの外へ捨てた。でも――」
 
 そこでペロは思わずため息をつく。
 
「彼女がその後どうなったかは現状では不明」

 整理すればするほど絶望的な状況である。だがその時である――
 
「あのちょっといいっすかー」

 それまで外野のギャラリーサイドに立っていた一人のアバターが発言権を持ったトーカーサイドに入ってくる。だぶだぶのサルエルパンツに派手なサイケ柄のTシャツ、ベースとなるキャラクターはリズムアクションゲームから抜き出したデフォルメキャラで何故かパイナップルがサングラスをしていた。理解しがたい感性である。
 思わず猫貴族のペロが突っ込んだ。
 
「君、そのアバターなに?」
「いや、自分レゲエ趣味なのと好きなリズムゲーのキャラ使ったんで。そんなことより――ちょいムービーたれますね」

〝ムービーをたれる〟――垂れ流すと言う言い回しから来たスラングである。数秒置いてスマートフォンで撮影した30秒ほどのショートムービーが流れ始める。そこに写った光景に全員から思わず歓声が沸き起こった。

「あっ!」
「おおお?」
「アトラスすげぇ!」

 それはアトラスたちが連携して、叩き落とされたフィールを受け止めようとしているところであった。映像はその付近を走る首都高速道路をまたいで設置されている陸橋から取られていた。
 ベルも思わず呟いた。
 
「受け止めた! すごい!」

 ダンテがパイナップルのレゲエ男に問いかける。
 
「よく撮影できたね、現場封鎖、厳しくなかったのかい?」
「やー、きびしいっつっちゃ厳しかったですけど、湾岸線の北っかわが結構手薄だったんでそっから潜りこんだっす。あとケーサツの人たちバイクでビルを登ろうとしてますよ。そっちは流石に撮れなかったけど」
「は? バイクで?」

 ペロが不思議がるが、青い霧氏が推測する。
 
「多分、1000mビルの側面に設置されている傾斜柱の〝デルタシャフト〟を使うんじゃないかな? センチュリーあたりのバイクテクなら行けるだろうね」

 そしてベルもまた安堵の言葉を口にした。
 
「じゃあ、センチュリーの兄貴、間に合ったんだ!」

 フィールがかろうじて助けられた、そしてセンチュリーが参入し、反撃が試みられようとしている。それらの事実が把握できただけでも十分な成果である。その成果を認めるようにルーム設置者はパイナップル男にこう告げたのだ。
 
「今の映像、ダウンロードや複写は禁止にした。彼のものだからね。君、今から行くんだろ? 売りに」

 そう問われれば、映像投影を終了しながらパイナップルの彼は頭をかきつつ最後の言葉を述べる。
 
「はい! コレが仕事なんで。んじゃ失礼しますね。お先!」

 そう言葉を残しながら彼は退散していった。言葉を発したのはダンテである。
 
「そうか、彼は〝ヴィジュアルハンター〟か!」
「なにそれ?」

 男の子氏の問にダンテは答えた。
 
「スクープ映像を危険を犯して撮影し、それをネット系の大手マスメディアに売却することを目的としたチョット危険なフリージャーナリストさ。必要とあればどこにだって乗り込んでいくよ」

 ヴィジュアルハンター、この時代に活発に活動する特殊なフリージャーナリストで、主に動画映像を中心にハイレベルのスクープ映像を自ら撮影、それをネット経由で大手マスメディアやマスコミに高額で売りつけることを目的としている。遠慮がなく、犯罪スレスレの侵入行為も厭わないので社会問題になりつつあるのだ。
 
「でも――」

 ペロは全てをまとめるように言った。
 
「これでなんとかなりそうだね。フィールはいずれ修理されて戦線復帰するだろうし、センチュリーやアトラスと言った連中も、1000mビルの中へと突入するだろう。あとは彼らの頑張りが勝利をもたらすのを待つだけさ」

 ペロの言葉に皆が頷いている。今度ばかりは冗談に逃げる者は誰も居ない。ベルが問う。
 
「勝ちますか?」

 誰も〝誰が?〟などとは聞かなかった。ペロは言う。
 
「勝つさ。だって彼らは日本警察のほこる〝正義の味方〟だからね!」
「それじゃ――」

 ルーム設置者が皆に言った。
 
「彼らの勝利が知らされるまでこのルームを継続させて待ちたいと思う。異論のある人は?」

 異論はない。退室する者も居なかった。
 そのルームに居た全員が、特攻装警たちの勝利と事件解決を信じていたのである。
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