3 / 462
グランドプロローグ『未来都市のタイムライン』
1:午前7時:芝浦ふ頭倉庫街/グラウザー初任務
しおりを挟む
〔グラウザー! 次が来るぞ!〕
無線越しに朝刑事の声がする。残る二人のうちロレンゾが拳銃を抜き放っていたからだ。
「Vá em frente!」
ロレンゾがポルトガル語で金に叫ぶ。
グラウザーの体内には多数の外国語を同時通訳可能な言語能力がある。ロレンゾが発した言葉の意味もお見通しである。
〔特7号より報告! ロレンゾが足止めを、金が逃走しようとしています!〕
グラウザーは体内に備わった無線機能で捜査員全員に知らせた。それに応じたのは上司の飛島だった。
〔了解! こちらで捕える! 全員に告ぐ! 金の飛び降りに注意しろ! 無力化用のテイザーガンの使用を許可する!〕
〝テイザーガン〟拳銃の形状をした非殺傷の無力化武器だ。発射されるのは弾丸ではなく細いワイヤーのついた2本の針で、針とワイヤーから数万ボルトから十数万ボルトの高電圧流され対象者は気絶させられることになる。
サイボーグ犯罪者が増えたこの世相にあって、警察官が強力な非殺傷武器の傾向をするのは決して珍しいことではない。
グラウザーが飛島とやり取りをしている間にもロレンゾは武器を抜き放っていた。
黒光りする金属塊――、それを黒と白の迷彩柄のスウェットパンツのヒップホルスターから抜き放つ。
『タウルスM85』
ブラジルのガンメーカー・タウルス社が作った軽量コンパクトな5連発リボルバー拳銃だ。銃身が短く携帯しやすいのが特徴である。使用される弾丸は38スペシャル。かつては世界の警察にて標準的に使われていた弾薬である。
ロレンゾは片手で安々とM85を構えるとその狙いをグラウザーの頭部へと向けていた。その光景は後方で控えていた朝刑事からも見えていた。
位置関係からしてグラウザーの頭部側面を狙っているのが分かる。
朝は、グラウザーの背後にて気配を殺して補佐と状況把握に徹していた。だがとっさに進み出ると両手で構えていたシグP226にてロレンゾへと警告を発した。
「止まれ! ロレンゾ!」
警句を発すると同時にあえて急所を避け、ロレンゾの太ももを狙って引き金を三度引く。その銃口から9ミリパラベラム弾が撃ち放たれた。
「今だ!」
朝が叫ぶと、それをトリガーにしてグラウザーは勢いよく全力で飛び出した。
フロアを蹴り大きく跳躍する。それと同時に体全体をひねると大きく振り出した右足にてロレンゾの頭部を横薙ぎに蹴り飛ばしたのである。
――ズダァン!――
生身の人間を遥かに超える速度とインパクトで繰り出されたその蹴りは弾丸の威嚇射撃よりも遥かに威力があった。ロレンゾは引き金を引く暇もなく一撃にてその場に崩れ落ちたのである。
無力化した二人を確かめる暇もなく残る一人をグラウザーと朝は視線で追う。すると、主犯である金が窓ガラスを体当たりで割ろうとしていたところであった。
「止まれぇ!」
相手が窓際にいる状況で射撃すれば、弾が命中したことで地上へと落下する危険がある。だが――
「すでに一人殺している。やむを得ない!」
――朝は覚悟を決めて更に2発撃ちはなった。
背中に一発が確実に当たった。だがそれでも逃走者は止まらない。弾の威力がまるで通じないかのようである。その謎の答えを朝は叫んだ。
「体内防弾パネルか!」
人体の内部に埋め込む防弾素材の事だ。金属パネル/メッシュ、セラミックプレート、無菌化アラミド織布――それらを様々に体内に埋め込み、万が一の被弾時に致命傷を免れる――当然、日本国内では認可されていない違法な人体改造行為である。
――ガシャァアン!――
高層マンションにも使われる高強度のワイヤー細線入りのメッシュガラス。それを体当たりで打ち砕きながら、主犯格である金友成は軽やかに窓の外へとその身を躍らせたのである。
「待てえ!」
割れた窓ガラスをくぐって二人はベランダへと躍り出る。だがその先に見えてきた光景に愕然とさせられるのだ。
「しまった! 道路際の部屋を確保していたのはこのためか!」
二人が見ていた視界の中で、逃走犯となった金は道路の斜向かいにある別なマンションの5階ベランダへと飛び移っていた。そしてマンションのベランダにある〝避難壁〟を破壊しながら移動している。追手である警察捜査員の動きを見定めながらさらなる別な逃走手段を講じるつもりなのだろう。
グラウザーと朝の後方で待機していた別な捜査員数名がなだれ込み、無力化され気を失っているロレンゾと松実の2名を速やかに拘束する。サイボーグ用の合金ブロック製手錠に、結束用単分子高強度ワイヤー、気を失っている隙に身動きの取れぬようにがんじがらめにしてしまう。
捜査員の宣言がその場に響いた。
「7時〇〇分、容疑者2名確保!」
だがその逮捕劇の余韻を味わう余裕は朝とグラウザーには無かった。朝は無線越しに上司の飛島に告げたのである。
「朝より報告〕
〔飛島だ。話せ〕
「ロレンゾと松実を確保、しかし主犯格の金は逃走。ベランダから道路の反対側の別棟のマンションへと移り――今、窓を破壊して室内へと侵入しました!」
〔それはこちらでも確認した。今、地上包囲班が追っている。お前たちはロレンゾと松実の身柄を確実に抑えろ〕
「了解」
飛島の新たな指示に朝は返答する。一人を取り逃がした事が朝の心の中にしこりを残している。だがその一方で傍らに視線を向ければパートナーであるグラウザーがベランダから主犯の金が逃走した方向へと視線を送っているのが見えた。その背中に悔しさと後悔の念が垣間見えている。
朝は思う、どう声をかけるべきかを。だがその時、ワイヤレスイヤホンに入感する声がある。
〔朝――〕
上司の飛島の声だ。
「はい」
〔3人中2人を確保したのは十分すぎる成果だ。金は情報収集とセキュリティ突破がメインだ。仮にここで金を取り逃がしても単独では出来る事に限界がある。3人組の主戦闘力は間違いなくその二人だ。それをお前とグラウザーが制圧したんだ〕
「はい」
飛島が語る言葉は力強かった。そして、無線の向こうの部下が抱くであろう戸惑いと後悔を読み取り、諭したのだ。飛島は更に言う。
〔朝よ、グラウザーを褒めてやれ。十分に役目を果たしたとな〕
「はいっ」
〔よし、そっちの二人の拘束と護送は確実に行なえ。以上だ〕
「了解。身柄の確実な確保と護送準備に取り掛かります」
通話を終えて無線を切る。そして朝はロレンゾたちを拘束し終えた先輩の捜査員の元へと向かう。
「二人の身柄の移送、よろしくお願いします」
その問いかけに答えたのは幾分恰幅のいい男だった。
「あぁ、移送作業は任せろ。じきに現場鑑識のチームが応援に来るからお前たちはその引き継ぎを頼む。その後に署に帰投して課長に報告してくれ」
「〝あいつ〟の初仕事の顛末ですね?」
「あぁ〝おふくろさん〟心配して待ってるはずだからな」
「はい、わかりました。それでは」
「おう」
拘束された二人は医療用担架に乗せられて運ばれていった。肉体そのものを凶器化している違法サイボーグは通常の手錠による拘束では全く足らない。強度を増した特殊手錠と高強度の単分子ワイヤーを併用して完全に結束拘束する事が警察内規で規定されているのだ。
朝は運び出される二人を見送るとベランダにてなおも外を見ていたグラウザーに声をかけた。
「グラウザー! こっち来い」
「はい」
朝の声にグラウザーは素直に応じる。声が弾んでいない辺りに彼が胸中に抱いた思いがにじみ出ていた。だが朝は告げる。
「係長の飛島さん――覚えてるな?」
朝はあえて丁寧に前振りする。グラウザーは神妙な面持ちで頷いた。
「飛島さんが褒めてたよ。よくやった――ってさ」
「え? でも一人逃して――」
「それはお前が気にすることじゃないさ」
朝はグラウザーと対峙しながらその目を見つめて告げる。それは戸惑いを隠さない血気盛んな少年を教え諭すのに似ていた。
「捜査も犯人制圧もお前一人でやるわけじゃない。全てチームでやる事だ」
「チーム――?」
「そうだ。指揮官がいて、監視役がいて、犯人の退路を断つ包囲役がいて、現場を調べる鑑識役がいる。そして最前線で犯人を制圧し拘束する主戦力となる者がいる。だがそれらはバラバラに動いているわけじゃない。お互いがお互いの足らないところを補い合って初めて〝仕事〟は成り立つんだ。それをなんと言うか分かるか?」
朝の言葉をグラウザーはじっと聞き入っていた。大人が教える新しい知識を興味ありげに耳を傾ける子供のようでもある。
だがグラウザーは戸惑いを浮かべつつ顔を左右に振った。そのグラウザーに朝は告げる。
「〝チームワーク〟って言うんだ。これからアンドロイドであるお前がこの〝警察〟と言う世界で生きていく上でとても重要なことだ。お前は捜査チームの中で与えられた役割を十分に果たした。だから一人を逃したことは責任を感じなくていい。後のことは――」
朝はグラウザーに歩み寄りその肩をそっと叩いた。
「――〝チーム〟の他の仲間たちに任せておけ」
神妙な面持ちで朝の言葉を聞き入っていたグラウザーだったが、その意味を解したのか迷いが晴れた表情になると明快にこう答えたのだ。
「はい!」
「よし、それじゃ現場保存だ。すぐに現場鑑識と応援がくる。彼らに引き継いで俺たちは一旦〝署〟に帰還だ」
「課長の今井さんのところですね?」
「あぁ、結果報告だ」
「わかりました」
互いに頷き合うと制圧現場となったマンションのルームから出ていく。そして、周囲に視線を配れば、制服姿の警察官や鑑識員が上がってくるのが分かる。今、グラウザーの中で朝が応援の彼らを迎えようとしていた。
時、同じくして警察無線に新たな情報が流されていた。
【警視庁第1方面本部より通達 】
【 】
【 本日、午前7時より芝浦エリアにて行われた】
【容疑者制圧行動にて逃走案件発生。 】
【 容疑者グループ3名のうち主犯格の金友成が】
【制圧現場より逃走。これを追跡中の容疑者制圧】
【チームからの要請により付近一帯に警戒非常線】
【を設定。 】
【 現在、警視庁本庁の刑事部捜査1課より、 】
【特攻装警第6号機〝フィール〟が応援として 】
【派遣されている。 】
【 現場各員は協力・連携して警戒にあたること】
【 】
【 以上】
朝とグラウザーは引き継ぎを終え覆面パトカーに乗り込み走り出そうとしていた。
ハンドルを握る朝のその隣で、グラウザーは無線に聞き入っていた。
「フィール――姉さん?」
ふとグラウザーがつぶやけば、その隣で朝が答えていた。
「そうだ、特攻装警6号フィール――お前のお姉さんだ」
「はい」
呟く声に朝がグラウザーの顔を垣間見れば物憂げに思案している。そんな彼に朝はこう告げたのだ。
「早く会えるように〝正式ロールアウト〟を目指さないとな」
「はいっ」
まだ未熟なグラウザーを朝が諭せば、グラウザーも力強く答えていた。
事件はまだ終わっていないのだ。
無線越しに朝刑事の声がする。残る二人のうちロレンゾが拳銃を抜き放っていたからだ。
「Vá em frente!」
ロレンゾがポルトガル語で金に叫ぶ。
グラウザーの体内には多数の外国語を同時通訳可能な言語能力がある。ロレンゾが発した言葉の意味もお見通しである。
〔特7号より報告! ロレンゾが足止めを、金が逃走しようとしています!〕
グラウザーは体内に備わった無線機能で捜査員全員に知らせた。それに応じたのは上司の飛島だった。
〔了解! こちらで捕える! 全員に告ぐ! 金の飛び降りに注意しろ! 無力化用のテイザーガンの使用を許可する!〕
〝テイザーガン〟拳銃の形状をした非殺傷の無力化武器だ。発射されるのは弾丸ではなく細いワイヤーのついた2本の針で、針とワイヤーから数万ボルトから十数万ボルトの高電圧流され対象者は気絶させられることになる。
サイボーグ犯罪者が増えたこの世相にあって、警察官が強力な非殺傷武器の傾向をするのは決して珍しいことではない。
グラウザーが飛島とやり取りをしている間にもロレンゾは武器を抜き放っていた。
黒光りする金属塊――、それを黒と白の迷彩柄のスウェットパンツのヒップホルスターから抜き放つ。
『タウルスM85』
ブラジルのガンメーカー・タウルス社が作った軽量コンパクトな5連発リボルバー拳銃だ。銃身が短く携帯しやすいのが特徴である。使用される弾丸は38スペシャル。かつては世界の警察にて標準的に使われていた弾薬である。
ロレンゾは片手で安々とM85を構えるとその狙いをグラウザーの頭部へと向けていた。その光景は後方で控えていた朝刑事からも見えていた。
位置関係からしてグラウザーの頭部側面を狙っているのが分かる。
朝は、グラウザーの背後にて気配を殺して補佐と状況把握に徹していた。だがとっさに進み出ると両手で構えていたシグP226にてロレンゾへと警告を発した。
「止まれ! ロレンゾ!」
警句を発すると同時にあえて急所を避け、ロレンゾの太ももを狙って引き金を三度引く。その銃口から9ミリパラベラム弾が撃ち放たれた。
「今だ!」
朝が叫ぶと、それをトリガーにしてグラウザーは勢いよく全力で飛び出した。
フロアを蹴り大きく跳躍する。それと同時に体全体をひねると大きく振り出した右足にてロレンゾの頭部を横薙ぎに蹴り飛ばしたのである。
――ズダァン!――
生身の人間を遥かに超える速度とインパクトで繰り出されたその蹴りは弾丸の威嚇射撃よりも遥かに威力があった。ロレンゾは引き金を引く暇もなく一撃にてその場に崩れ落ちたのである。
無力化した二人を確かめる暇もなく残る一人をグラウザーと朝は視線で追う。すると、主犯である金が窓ガラスを体当たりで割ろうとしていたところであった。
「止まれぇ!」
相手が窓際にいる状況で射撃すれば、弾が命中したことで地上へと落下する危険がある。だが――
「すでに一人殺している。やむを得ない!」
――朝は覚悟を決めて更に2発撃ちはなった。
背中に一発が確実に当たった。だがそれでも逃走者は止まらない。弾の威力がまるで通じないかのようである。その謎の答えを朝は叫んだ。
「体内防弾パネルか!」
人体の内部に埋め込む防弾素材の事だ。金属パネル/メッシュ、セラミックプレート、無菌化アラミド織布――それらを様々に体内に埋め込み、万が一の被弾時に致命傷を免れる――当然、日本国内では認可されていない違法な人体改造行為である。
――ガシャァアン!――
高層マンションにも使われる高強度のワイヤー細線入りのメッシュガラス。それを体当たりで打ち砕きながら、主犯格である金友成は軽やかに窓の外へとその身を躍らせたのである。
「待てえ!」
割れた窓ガラスをくぐって二人はベランダへと躍り出る。だがその先に見えてきた光景に愕然とさせられるのだ。
「しまった! 道路際の部屋を確保していたのはこのためか!」
二人が見ていた視界の中で、逃走犯となった金は道路の斜向かいにある別なマンションの5階ベランダへと飛び移っていた。そしてマンションのベランダにある〝避難壁〟を破壊しながら移動している。追手である警察捜査員の動きを見定めながらさらなる別な逃走手段を講じるつもりなのだろう。
グラウザーと朝の後方で待機していた別な捜査員数名がなだれ込み、無力化され気を失っているロレンゾと松実の2名を速やかに拘束する。サイボーグ用の合金ブロック製手錠に、結束用単分子高強度ワイヤー、気を失っている隙に身動きの取れぬようにがんじがらめにしてしまう。
捜査員の宣言がその場に響いた。
「7時〇〇分、容疑者2名確保!」
だがその逮捕劇の余韻を味わう余裕は朝とグラウザーには無かった。朝は無線越しに上司の飛島に告げたのである。
「朝より報告〕
〔飛島だ。話せ〕
「ロレンゾと松実を確保、しかし主犯格の金は逃走。ベランダから道路の反対側の別棟のマンションへと移り――今、窓を破壊して室内へと侵入しました!」
〔それはこちらでも確認した。今、地上包囲班が追っている。お前たちはロレンゾと松実の身柄を確実に抑えろ〕
「了解」
飛島の新たな指示に朝は返答する。一人を取り逃がした事が朝の心の中にしこりを残している。だがその一方で傍らに視線を向ければパートナーであるグラウザーがベランダから主犯の金が逃走した方向へと視線を送っているのが見えた。その背中に悔しさと後悔の念が垣間見えている。
朝は思う、どう声をかけるべきかを。だがその時、ワイヤレスイヤホンに入感する声がある。
〔朝――〕
上司の飛島の声だ。
「はい」
〔3人中2人を確保したのは十分すぎる成果だ。金は情報収集とセキュリティ突破がメインだ。仮にここで金を取り逃がしても単独では出来る事に限界がある。3人組の主戦闘力は間違いなくその二人だ。それをお前とグラウザーが制圧したんだ〕
「はい」
飛島が語る言葉は力強かった。そして、無線の向こうの部下が抱くであろう戸惑いと後悔を読み取り、諭したのだ。飛島は更に言う。
〔朝よ、グラウザーを褒めてやれ。十分に役目を果たしたとな〕
「はいっ」
〔よし、そっちの二人の拘束と護送は確実に行なえ。以上だ〕
「了解。身柄の確実な確保と護送準備に取り掛かります」
通話を終えて無線を切る。そして朝はロレンゾたちを拘束し終えた先輩の捜査員の元へと向かう。
「二人の身柄の移送、よろしくお願いします」
その問いかけに答えたのは幾分恰幅のいい男だった。
「あぁ、移送作業は任せろ。じきに現場鑑識のチームが応援に来るからお前たちはその引き継ぎを頼む。その後に署に帰投して課長に報告してくれ」
「〝あいつ〟の初仕事の顛末ですね?」
「あぁ〝おふくろさん〟心配して待ってるはずだからな」
「はい、わかりました。それでは」
「おう」
拘束された二人は医療用担架に乗せられて運ばれていった。肉体そのものを凶器化している違法サイボーグは通常の手錠による拘束では全く足らない。強度を増した特殊手錠と高強度の単分子ワイヤーを併用して完全に結束拘束する事が警察内規で規定されているのだ。
朝は運び出される二人を見送るとベランダにてなおも外を見ていたグラウザーに声をかけた。
「グラウザー! こっち来い」
「はい」
朝の声にグラウザーは素直に応じる。声が弾んでいない辺りに彼が胸中に抱いた思いがにじみ出ていた。だが朝は告げる。
「係長の飛島さん――覚えてるな?」
朝はあえて丁寧に前振りする。グラウザーは神妙な面持ちで頷いた。
「飛島さんが褒めてたよ。よくやった――ってさ」
「え? でも一人逃して――」
「それはお前が気にすることじゃないさ」
朝はグラウザーと対峙しながらその目を見つめて告げる。それは戸惑いを隠さない血気盛んな少年を教え諭すのに似ていた。
「捜査も犯人制圧もお前一人でやるわけじゃない。全てチームでやる事だ」
「チーム――?」
「そうだ。指揮官がいて、監視役がいて、犯人の退路を断つ包囲役がいて、現場を調べる鑑識役がいる。そして最前線で犯人を制圧し拘束する主戦力となる者がいる。だがそれらはバラバラに動いているわけじゃない。お互いがお互いの足らないところを補い合って初めて〝仕事〟は成り立つんだ。それをなんと言うか分かるか?」
朝の言葉をグラウザーはじっと聞き入っていた。大人が教える新しい知識を興味ありげに耳を傾ける子供のようでもある。
だがグラウザーは戸惑いを浮かべつつ顔を左右に振った。そのグラウザーに朝は告げる。
「〝チームワーク〟って言うんだ。これからアンドロイドであるお前がこの〝警察〟と言う世界で生きていく上でとても重要なことだ。お前は捜査チームの中で与えられた役割を十分に果たした。だから一人を逃したことは責任を感じなくていい。後のことは――」
朝はグラウザーに歩み寄りその肩をそっと叩いた。
「――〝チーム〟の他の仲間たちに任せておけ」
神妙な面持ちで朝の言葉を聞き入っていたグラウザーだったが、その意味を解したのか迷いが晴れた表情になると明快にこう答えたのだ。
「はい!」
「よし、それじゃ現場保存だ。すぐに現場鑑識と応援がくる。彼らに引き継いで俺たちは一旦〝署〟に帰還だ」
「課長の今井さんのところですね?」
「あぁ、結果報告だ」
「わかりました」
互いに頷き合うと制圧現場となったマンションのルームから出ていく。そして、周囲に視線を配れば、制服姿の警察官や鑑識員が上がってくるのが分かる。今、グラウザーの中で朝が応援の彼らを迎えようとしていた。
時、同じくして警察無線に新たな情報が流されていた。
【警視庁第1方面本部より通達 】
【 】
【 本日、午前7時より芝浦エリアにて行われた】
【容疑者制圧行動にて逃走案件発生。 】
【 容疑者グループ3名のうち主犯格の金友成が】
【制圧現場より逃走。これを追跡中の容疑者制圧】
【チームからの要請により付近一帯に警戒非常線】
【を設定。 】
【 現在、警視庁本庁の刑事部捜査1課より、 】
【特攻装警第6号機〝フィール〟が応援として 】
【派遣されている。 】
【 現場各員は協力・連携して警戒にあたること】
【 】
【 以上】
朝とグラウザーは引き継ぎを終え覆面パトカーに乗り込み走り出そうとしていた。
ハンドルを握る朝のその隣で、グラウザーは無線に聞き入っていた。
「フィール――姉さん?」
ふとグラウザーがつぶやけば、その隣で朝が答えていた。
「そうだ、特攻装警6号フィール――お前のお姉さんだ」
「はい」
呟く声に朝がグラウザーの顔を垣間見れば物憂げに思案している。そんな彼に朝はこう告げたのだ。
「早く会えるように〝正式ロールアウト〟を目指さないとな」
「はいっ」
まだ未熟なグラウザーを朝が諭せば、グラウザーも力強く答えていた。
事件はまだ終わっていないのだ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
神の国から逃げた神さまが、こっそり日本の家に住まうことになりました。
羽鶴 舞
キャラ文芸
神の国の試験に落ちてばかりの神さまが、ついにお仕置きされることに!
コワーイおじい様から逃げるために、下界である日本へ降臨!
神さまはこっそりと他人の家に勝手に住みこんでは、やりたい放題で周りを困らせていた。
主人公は、そんな困った神さまの面倒を見る羽目に……。
【完結しました。番外編も時々、アップする予定です】
正義の味方は野獣!?彼の腕力には敵わない!?
すずなり。
恋愛
ある日、仲のいい友達とショッピングモールに遊びに来ていた私は、付き合ってる彼氏の浮気現場を目撃する。
美悠「これはどういうこと!?」
彼氏「俺はもっとか弱い子がいいんだ!別れるからな!」
私は・・・「か弱い子」じゃない。
幼い頃から格闘技をならっていたけど・・・それにはワケがあるのに・・・。
美悠「許せない・・・。」
そう思って私は彼氏に向かって拳を突き出した。
雄飛「おっと・・・させるかよ・・!」
そう言って私のパンチを止めたのは警察官だった・・・!
美悠「邪魔しないで!」
雄飛「キミ、強いな・・・!」
もう二度と会うこともないと思ってたのに、まさかの再会。
会う回数を重ねていくたびに、気持ちや行動に余裕をもつ『大人』な彼に惹かれ始めて・・・
美悠「とっ・・・年下とか・・ダメ・・かな・・?」
※お話はすべて想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。メンタルが薄氷なんです・・・。代わりにお気に入り登録をしていただけたら嬉しいです!
※誤字脱字、表現不足などはご容赦ください。日々精進してまいります・・・。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。すずなり。
異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い
八神 凪
ファンタジー
旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い
【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】
高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。
満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。
彼女も居ないごく普通の男である。
そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。
繁華街へ繰り出す陸。
まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。
陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。
まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。
魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。
次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。
「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。
困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。
元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。
なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。
『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』
そう言い放つと城から追い出そうとする姫。
そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。
残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。
「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」
陸はしがないただのサラリーマン。
しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。
今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
メカメカパニックin桜が丘高校~⚙①天災科学者源外君の躁鬱
風まかせ三十郎
キャラ文芸
桜が丘高校の二年生にして天災(?)科学者の平賀源外。彼の実験と発明品が他の生徒に恐怖と破壊と殺戮をもたらし、高校を血と涙と笑いで染め上げる! そんな彼の傍若無人な暴走を止められるのは、幼馴染にして正統派科学者の同級生、織美江愛輝ただ一人だけだった。彼女は源外の悪魔の実験の犠牲者、桜井咲子を救うべく、己の研ぎ澄まされた知性と鍛え上げられた肉体を駆使して、狂気の科学者と化した源外と対峙するのであった。
属性 マンガオタ、アニオタ、特撮オタ、科学オタ、古典文学オタ、医学オタ、拳闘オタ、戦国オタ、お笑いオタ、その他。おっさんホイホイ。
(かなり以前に執筆した作品なので、時事ネタなどに多分に古いものが含まれていることをご了承ください)
※短編集②の方もご愛読していただければ幸いです。
【第1章完】ゲツアサ!~インディーズ戦隊、メジャーへの道~
阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
『戦隊ヒーロー飽和時代』、滋賀県生まれの天津凛は京都への短大進学をきっかけに、高校時代出来なかった挑戦を始めようと考えていた。
しかし、その挑戦はいきなり出鼻をくじかれ……そんな中、彼女は新たな道を見つける。
その道はライバルは多く、抜きんでるのは簡単なことではない。それでも彼女は仲間たちとともに、メジャーデビューを目指す、『戦隊ヒーロー』として!
妖しきよろずや奇譚帖 ~我ら妖萬屋なり~
こまめ
キャラ文芸
「青年、儂が見えるのか?」
山路浩三は小説家を目指し上京したごく普通の青年。ある日事故に会い、三年間の眠りの末に目覚めたその日から、彼の世界は一変した。聞こえないはずの音が聞こえ、見えるはずのないものが見えるようになってしまった彼は、近所の神社である男と出会う。自らを《天神》と名乗る男に任されたのは、成仏されずに形を変え、此岸に残る《この世ならざる者》を在るべき場所へ還す、《妖萬屋》という仕事だった。
これは、あやかしものが見えるようになってしまった男が織りなす、妖とヒトを紡ぐ、心温まる物語。
アンドロイドちゃんねる
kurobusi
SF
文明が滅ぶよりはるか前。
ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。
アンドロイドさんの使命はただ一つ。
【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】
そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり
未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり
機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる