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グランドプロローグ『未来都市のタイムライン』

1:午前7時:芝浦ふ頭倉庫街/グラウザー初任務

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〔グラウザー! 次が来るぞ!〕

 無線越しに朝刑事の声がする。残る二人のうちロレンゾが拳銃を抜き放っていたからだ。
 
Vá em frente!先に行け!

 ロレンゾがポルトガル語で金に叫ぶ。
 グラウザーの体内には多数の外国語を同時通訳可能な言語能力がある。ロレンゾが発した言葉の意味もお見通しである。
 
〔特7号より報告! ロレンゾが足止めを、金が逃走しようとしています!〕

 グラウザーは体内に備わった無線機能で捜査員全員に知らせた。それに応じたのは上司の飛島だった。

〔了解! こちらで捕える! 全員に告ぐ! 金の飛び降りに注意しろ! 無力化用のテイザーガンの使用を許可する!〕

〝テイザーガン〟拳銃の形状をした非殺傷の無力化武器だ。発射されるのは弾丸ではなく細いワイヤーのついた2本の針で、針とワイヤーから数万ボルトから十数万ボルトの高電圧流され対象者は気絶させられることになる。
 サイボーグ犯罪者が増えたこの世相にあって、警察官が強力な非殺傷武器の傾向をするのは決して珍しいことではない。
 
 グラウザーが飛島とやり取りをしている間にもロレンゾは武器を抜き放っていた。 
 黒光りする金属塊――、それを黒と白の迷彩柄のスウェットパンツのヒップホルスターから抜き放つ。
 
『タウルスM85』
 
 ブラジルのガンメーカー・タウルス社が作った軽量コンパクトな5連発リボルバー拳銃だ。銃身が短く携帯しやすいのが特徴である。使用される弾丸は38スペシャル。かつては世界の警察にて標準的に使われていた弾薬である。
 ロレンゾは片手で安々とM85を構えるとその狙いをグラウザーの頭部へと向けていた。その光景は後方で控えていた朝刑事からも見えていた。
 位置関係からしてグラウザーの頭部側面を狙っているのが分かる。
 朝は、グラウザーの背後にて気配を殺して補佐と状況把握に徹していた。だがとっさに進み出ると両手で構えていたシグP226にてロレンゾへと警告を発した。
 
「止まれ! ロレンゾ!」

 警句を発すると同時にあえて急所を避け、ロレンゾの太ももを狙って引き金を三度引く。その銃口から9ミリパラベラム弾が撃ち放たれた。

「今だ!」

 朝が叫ぶと、それをトリガーにしてグラウザーは勢いよく全力で飛び出した。
 フロアを蹴り大きく跳躍する。それと同時に体全体をひねると大きく振り出した右足にてロレンゾの頭部を横薙ぎに蹴り飛ばしたのである。
 
――ズダァン!――

 生身の人間を遥かに超える速度とインパクトで繰り出されたその蹴りは弾丸の威嚇射撃よりも遥かに威力があった。ロレンゾは引き金を引く暇もなく一撃にてその場に崩れ落ちたのである。
 無力化した二人を確かめる暇もなく残る一人をグラウザーと朝は視線で追う。すると、主犯である金が窓ガラスを体当たりで割ろうとしていたところであった。
 
「止まれぇ!」

 相手が窓際にいる状況で射撃すれば、弾が命中したことで地上へと落下する危険がある。だが――
 
「すでに一人殺している。やむを得ない!」

――朝は覚悟を決めて更に2発撃ちはなった。
 背中に一発が確実に当たった。だがそれでも逃走者は止まらない。弾の威力がまるで通じないかのようである。その謎の答えを朝は叫んだ。
 
「体内防弾パネルか!」

 人体の内部に埋め込む防弾素材の事だ。金属パネル/メッシュ、セラミックプレート、無菌化アラミド織布――それらを様々に体内に埋め込み、万が一の被弾時に致命傷を免れる――当然、日本国内では認可されていない違法な人体改造行為である。
 
――ガシャァアン!――

 高層マンションにも使われる高強度のワイヤー細線入りのメッシュガラス。それを体当たりで打ち砕きながら、主犯格である金友成ジン・ユンチョンは軽やかに窓の外へとその身を躍らせたのである。
 
「待てえ!」

 割れた窓ガラスをくぐって二人はベランダへと躍り出る。だがその先に見えてきた光景に愕然とさせられるのだ。
 
「しまった! 道路際の部屋を確保していたのはこのためか!」

 二人が見ていた視界の中で、逃走犯となった金は道路の斜向かいにある別なマンションの5階ベランダへと飛び移っていた。そしてマンションのベランダにある〝避難壁〟を破壊しながら移動している。追手である警察捜査員の動きを見定めながらさらなる別な逃走手段を講じるつもりなのだろう。
 グラウザーと朝の後方で待機していた別な捜査員数名がなだれ込み、無力化され気を失っているロレンゾと松実の2名を速やかに拘束する。サイボーグ用の合金ブロック製手錠に、結束用単分子高強度ワイヤー、気を失っている隙に身動きの取れぬようにがんじがらめにしてしまう。
 捜査員の宣言がその場に響いた。
 
「7時〇〇分、容疑者2名確保!」

 だがその逮捕劇の余韻を味わう余裕は朝とグラウザーには無かった。朝は無線越しに上司の飛島に告げたのである。
 
「朝より報告〕
〔飛島だ。話せ〕
「ロレンゾと松実を確保、しかし主犯格の金は逃走。ベランダから道路の反対側の別棟のマンションへと移り――今、窓を破壊して室内へと侵入しました!」
〔それはこちらでも確認した。今、地上包囲班が追っている。お前たちはロレンゾと松実の身柄を確実に抑えろ〕
「了解」

 飛島の新たな指示に朝は返答する。一人を取り逃がした事が朝の心の中にしこりを残している。だがその一方で傍らに視線を向ければパートナーであるグラウザーがベランダから主犯の金が逃走した方向へと視線を送っているのが見えた。その背中に悔しさと後悔の念が垣間見えている。
 朝は思う、どう声をかけるべきかを。だがその時、ワイヤレスイヤホンに入感する声がある。
 
〔朝――〕

 上司の飛島の声だ。
 
「はい」
〔3人中2人を確保したのは十分すぎる成果だ。金は情報収集とセキュリティ突破がメインだ。仮にここで金を取り逃がしても単独では出来る事に限界がある。3人組の主戦闘力は間違いなくその二人だ。それをお前とグラウザーが制圧したんだ〕
「はい」

 飛島が語る言葉は力強かった。そして、無線の向こうの部下が抱くであろう戸惑いと後悔を読み取り、諭したのだ。飛島は更に言う。
 
〔朝よ、グラウザーを褒めてやれ。十分に役目を果たしたとな〕
「はいっ」
〔よし、そっちの二人の拘束と護送は確実に行なえ。以上だ〕
「了解。身柄の確実な確保と護送準備に取り掛かります」

 通話を終えて無線を切る。そして朝はロレンゾたちを拘束し終えた先輩の捜査員の元へと向かう。
 
「二人の身柄の移送、よろしくお願いします」

 その問いかけに答えたのは幾分恰幅のいい男だった。
 
「あぁ、移送作業は任せろ。じきに現場鑑識のチームが応援に来るからお前たちはその引き継ぎを頼む。その後に署に帰投して課長に報告してくれ」
「〝あいつ〟の初仕事の顛末ですね?」
「あぁ〝おふくろさん〟心配して待ってるはずだからな」
「はい、わかりました。それでは」
「おう」

 拘束された二人は医療用担架に乗せられて運ばれていった。肉体そのものを凶器化している違法サイボーグは通常の手錠による拘束では全く足らない。強度を増した特殊手錠と高強度の単分子ワイヤーを併用して完全に結束拘束する事が警察内規で規定されているのだ。
 朝は運び出される二人を見送るとベランダにてなおも外を見ていたグラウザーに声をかけた。
 
「グラウザー! こっち来い」
「はい」

 朝の声にグラウザーは素直に応じる。声が弾んでいない辺りに彼が胸中に抱いた思いがにじみ出ていた。だが朝は告げる。
 
「係長の飛島さん――覚えてるな?」

 朝はあえて丁寧に前振りする。グラウザーは神妙な面持ちで頷いた。
 
「飛島さんが褒めてたよ。よくやった――ってさ」
「え? でも一人逃して――」
「それはお前が気にすることじゃないさ」

 朝はグラウザーと対峙しながらその目を見つめて告げる。それは戸惑いを隠さない血気盛んな少年を教え諭すのに似ていた。
 
「捜査も犯人制圧もお前一人でやるわけじゃない。全てチームでやる事だ」
「チーム――?」
「そうだ。指揮官がいて、監視役がいて、犯人の退路を断つ包囲役がいて、現場を調べる鑑識役がいる。そして最前線で犯人を制圧し拘束する主戦力となる者がいる。だがそれらはバラバラに動いているわけじゃない。お互いがお互いの足らないところを補い合って初めて〝仕事〟は成り立つんだ。それをなんと言うか分かるか?」

 朝の言葉をグラウザーはじっと聞き入っていた。大人が教える新しい知識を興味ありげに耳を傾ける子供のようでもある。
 だがグラウザーは戸惑いを浮かべつつ顔を左右に振った。そのグラウザーに朝は告げる。
 
「〝チームワーク〟って言うんだ。これからアンドロイドであるお前がこの〝警察〟と言う世界で生きていく上でとても重要なことだ。お前は捜査チームの中で与えられた役割を十分に果たした。だから一人を逃したことは責任を感じなくていい。後のことは――」

 朝はグラウザーに歩み寄りその肩をそっと叩いた。
 
「――〝チーム〟の他の仲間たちに任せておけ」

 神妙な面持ちで朝の言葉を聞き入っていたグラウザーだったが、その意味を解したのか迷いが晴れた表情になると明快にこう答えたのだ。
 
「はい!」
「よし、それじゃ現場保存だ。すぐに現場鑑識と応援がくる。彼らに引き継いで俺たちは一旦〝署〟に帰還だ」
「課長の今井さんのところですね?」
「あぁ、結果報告だ」
「わかりました」

 互いに頷き合うと制圧現場となったマンションのルームから出ていく。そして、周囲に視線を配れば、制服姿の警察官や鑑識員が上がってくるのが分かる。今、グラウザーの中で朝が応援の彼らを迎えようとしていた。
 
 時、同じくして警察無線に新たな情報が流されていた。
 
【警視庁第1方面本部より通達        】
【                     】
【 本日、午前7時より芝浦エリアにて行われた】
【容疑者制圧行動にて逃走案件発生。     】
【 容疑者グループ3名のうち主犯格の金友成ジン・ユンチョンが】
【制圧現場より逃走。これを追跡中の容疑者制圧】
【チームからの要請により付近一帯に警戒非常線】
【を設定。                 】
【 現在、警視庁本庁の刑事部捜査1課より、 】
【特攻装警第6号機〝フィール〟が応援として 】
【派遣されている。             】
【 現場各員は協力・連携して警戒にあたること】
【                     】
【                   以上】

 朝とグラウザーは引き継ぎを終え覆面パトカーに乗り込み走り出そうとしていた。
 ハンドルを握る朝のその隣で、グラウザーは無線に聞き入っていた。

「フィール――姉さん?」

 ふとグラウザーがつぶやけば、その隣で朝が答えていた。
 
「そうだ、特攻装警6号フィール――お前のお姉さんだ」
「はい」

 呟く声に朝がグラウザーの顔を垣間見れば物憂げに思案している。そんな彼に朝はこう告げたのだ。
 
「早く会えるように〝正式ロールアウト〟を目指さないとな」
「はいっ」

 まだ未熟なグラウザーを朝が諭せば、グラウザーも力強く答えていた。
 事件はまだ終わっていないのだ。
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